2018年8月30日 更新

ロベルトバッジョの凄さとは?名言とともにご紹介!

引退後10年以上を経てもなお、サッカーにおけるファンタジスタとは、ロベルトバッジョそのものだと評される稀代のサッカー選手。そのロベルトバッジョの凄さを彼や周囲の名言とともに紹介しながら、現代では絶滅危惧種とされるファンタジスタという存在に迫ってみたいと思います。

  
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「伝説のファンタジスタ」ロベルトバッジョ

Roberto BaggioさんはInstagramを利用しています:「16 maggio 2004」 (53047)

愛称:ロビー、コディーノ
国籍:イタリア
生年月日:1967年2月18日(51歳)
出身地:カルドーニョ
身長:174cm
体重:73kg
ポジション:FW / MF
利き足:右足
経歴
1982-1985 ヴィチェンツァ
1985-1990 ACFフィオレンティーナ
1990-1995 ユヴェントス
1995-1997 ACミラン
1997-1998 ボローニャFC
1998-2000 インテル・ミラノ
2000-2004 ブレシア

ファンタジスタそのものと言えるプレースタイル

Roberto BaggioさんはInstagramを利用しています:「Contro il Psg#instagram#instavideo#instaphoto#instamoment#hello#ciao#football」 (53048)

ロベルトバッジョのプレースタイルは、現代サッカーでは失われて久しい「ファンタジスタ」という稀有なサッカー選手にだけ与えられる称号そのものというもので、サッカーというスポーツが持つ芸術性を体現するような存在です。
引退後ずいぶん経った今でも、ファンタジスタとは?と聞かれればロベルトバッジョだと答えるサッカーファンは数多くいることでしょう。
それほどロベルトバッジョのプレイは華麗で、激しいチャージに晒されながらも誰もが想像もしないテクニックでさらりとかわし、芸術的なゴールをあっさりと決める凄さがあり、現在でもロベルトバッジョを超える選手はいないのではないかと言われるほどです。

怪我と背中合わせのプレースタイル

しかしこのような華麗なロベルトバッジョのプレースタイルは常にオフェンスの中心となるものですから、相手チームのディフェンスの標的になりやすくもありました。
そのため幼少期からロベルトバッジョはプレッシングのターゲットにされながらプレイをしており、それがまたロベルトバッジョの技術を世界最高レベルへと成長させていったのです。
ただ激しいチャージで削られることは怪我に直結するため、あまりにも素晴らしいプレースタイルと引き換えに、常に怪我と付き合いながらの選手人生となってしまったのは皮肉なことだと言えるでしょう。

脆さと儚さがよりロベルトバッジョを高めることに

Roberto BaggioさんはInstagramを利用しています:「Grazie Brescia...RB10#instagram#brescia#calcio#footballretro#instamoment#football#me#ricordi」 (53049)

実際にロベルトバッジョは10代後半にステップアップの移籍が決まった直後の試合で、右膝前十字靭帯および外側靭帯断裂、内半月板損傷、膝蓋骨骨折という大怪我を負い、当時の医療水準では復帰は絶望的とまで言われる状況を乗り越えてきたのです。
その間もロベルトバッジョの復帰とその才能を信じてクラブは待ち続けたという事実が、ロベルトバッジョの凄さとその才能の素晴らしさを物語っています。
このようにロベルトバッジョのサッカー人生には常に怪我がつきまとい、その危うさがさらにロベルトバッジョのプレイを際立たせるというものになっていくのです。

当時のサッカーもロベルトバッジョには逆風

その後も怪我と上手に付き合いつつ、芸術的なプレースタイルで活躍を続けたロベルトバッジョですが、当時のサッカー戦術のトレンドは決してロベルトバッジョにとって良いものではありませんでした。
当時のサッカーは、スター選手を擁する相手チームのストロングポイントを激しいプレッシングで潰していくサッカーが主流となっており、華麗なテクニックと創造性で勝負する繊細なプレースタイルのロベルトバッジョには居心地がいいサッカーとは言えなかったのです。
それでもロベルトバッジョは21歳から27歳までの6シーズンに、通算186試合出場、102ゴールと素晴らしい成績を出し、怪我に堪えながらレギュラーとして毎シーズンコンスタントに15~20ゴール上げていきました。

代表でも守備戦術の中で活躍をする

Roberto BaggioさんはInstagramを利用しています:「AC MILAN #instagram#acmilan1899#acmilan#milan#football#calcio」 (53050)

このようなロベルトバッジョの活躍をしてもイタリア代表では不遇であったのはほんとうに信じられない話です。
当時のサッカーは、代表戦においても守備的戦術が全盛で、プレッシングの強いピッチ上でロベルトバッジョのようなプレースタイルのファンタジスタを置くことは、大変なリスクになると考えられたからです。
しかしロベルトバッジョはテクニックだけではなく無類の勝負強さも持ち合わせており、少ないプレー時間でもしっかりと結果を残し、出場した1990年イタリアW杯、1994年アメリカW杯、1998フランスW杯では、それぞれ3位、準優勝、準々決勝進出と、いずれもベスト8以上に入っており、イタリアの守備力にロベルトバッジョの創造性が加味されたゆえの結果です。

後年は怪我の悪化で苦しむ

30歳を超えるころには若いころの右膝の怪我が悪化しプレー時間が減少しましたが、センターフォワードではなく下がり目のトップ下ながら史上5人目のセリエA通算200得点という偉業を達成し、その凄さを数字ではっきりと示しました。
このころのロベルトバッジョはブレシアに在籍し、自分のためにオーガナイズされたチーム戦術の中で、従来のファンタジスタ的なプレイを老練に洗練したテクニカルなプレースタイルで、大活躍することになります。
むしろ元々強靭ではないフィジカルに頼ることなく、少ないタッチ数とポジショニング、周囲の味方の使い方など、一切の無駄がそぎ落とされたスタイルは、ある意味で本当のファンタジスタではないかと言えるでしょう。

ロベルトバッジョの名言集

Roberto BaggioさんはInstagramを利用しています:「#instagood#bolognacalcio#bologna#squadra#calcio#football#footballretro#gol#me#instalike」 (53052)

ロベルトバッジョは怪我や境遇の不遇さなどから、ある種サッカーを達観したところがあり、各種のインタビューなどでも後世のサッカー界に遺る名言をいくつも残しています。
その中からいくつかピックアップし、ロベルトバッジョの凄さに迫ってみたいと思います。

「思いついたプレーの中で最も難しいものを選択している」

これはロベルトバッジョのファンタジスタとしてのサッカーへの取り組み方をよく表している言葉です。
サッカーではシンプルなプレイが良いとされる傾向があるため、逆に難しい選択肢をシンプルに行うことができるなら、それはピッチ上の誰もが想像できないプレイになり、そして観るものを魅了するスペクタクルなサッカーにも繋がるわけです。
ファンタジスタとしてのスタイルを貫いたロベルトバッジョらしいと言える名言でしょう。

「僕の知っているドーピングはただ1つ、努力だ」

ロベルトバッジョに限らず多くのサッカー選手が努力の大切さについて語っていますが、再起不能と言える大怪我を乗り越えその後も怪我と戦い続けたロベルトバッジョが言うと凄さが違ってくる名言です。
途方もない努力を行ってテクニックを磨き続けて、怪我を含めた自身のフィジカルコンタクトの弱さを克服し、ピッチ上でファンタジスタとして輝くために、ロベルトバッジョはすべてを捧げていたのでしょう。
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