今永昇太の名言40選!投げる哲学者の語録と面白いコメント、高校・大学時代の言葉も解説
DeNA1年目の今永昇太は、援護のない負けが続いても言い訳をしませんでした。カブスの入団会見やシャンパンファイトの面白いコメントまで、投げる哲学者と呼ばれる今永昇太の名言40選と語録を、広まった名言の元の言葉とともに読めます。
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公式ライター Activel編集部
ネットで知られる今永昇太の名言「援護がないという言い訳は…」は、本人が話した言葉そのままではありません。プロ1年目の2016年4月、援護が1点だけで3敗目を喫した夜の言葉は「援護がないとか、防御率0点台のピッチャーが言うこと」でした。大学時代から2026年まで、今永昇太の名言40選を、いつの言葉かと一緒に読めます。
今永昇太のプロフィール
北筑高校に入学した2009年の今永は、球速が最速110キロほどで、腕立て伏せも10回できない投手でした。その少年が14年後にはWBC決勝の先発を任され、負けた試合の後のコメントや米国の記者を笑わせたインタビューから、今永昇太の名言が次々に生まれていきます。
基本プロフィール
今永昇太は、福岡県北九州市八幡西区出身の左投手です。地元の永犬丸中学校では軟式野球部の3番手ほどの投手で、高校から本格的に力をつけました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 今永昇太(いまなが しょうた) |
| 生年月日 | 1993年9月1日 |
| 出身 | 福岡県北九州市八幡西区 |
| 身長 | 178cm |
| 投打 | 左投げ左打ち |
| 出身校 | 北筑高校・駒澤大学 |
| ドラフト | 2015年 DeNA 1位 |
| 所属 | DeNA(2016〜2023年)・カブス(2024年〜) |
| 異名 | 投げる哲学者 |
今永昇太は2025年11月、カブスが出したクオリファイング・オファーを受けて、1年契約でチームに残りました。フリーエージェントになる選手に球団が出す1年契約の提示で、受ければ翌年もそのチームでプレーします。勝負の1年となった2026年は32試合に先発して11勝10敗、防御率3.77。チームはプレーオフの最初の段階のワイルドカードシリーズで敗れ、2027年からどのチームで投げるかは、このオフに決まります。
北筑高校・駒澤大学からDeNA、カブスまでの歩み
今永昇太は北筑高校で144キロを投げる左腕になりましたが、プロ志望届は出さず、東都大学リーグの駒澤大学に進みました。大学1年の春のデビュー戦では、リリーフで取った4つのアウトをすべて直球の空振り三振で奪っています。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2012年 | 駒澤大学に入学 |
| 2015年 | DeNAからドラフト1位指名 |
| 2016年5月 | 6試合目でプロ初勝利 |
| 2022年6月 | ノーヒットノーラン |
| 2023年3月 | WBC決勝で先発・勝利投手 |
| 2024年 | カブスで15勝3敗 |
| 2026年 | 11勝10敗・ワイルドカードで敗退 |
大学4年の春は左肩を痛めて1試合も投げられず、プロに進むかどうか迷ったうえで、駒澤大学の経済学部を卒業する年のドラフトでDeNAから1位指名を受けました。プロでは1年目から援護に恵まれない試合が続き、負けた夜に自分を責める言葉が、今永昇太の名言として広まっていきます。
投げる哲学者と呼ばれる理由
投げる哲学者は、DeNAに入った1年目から使われている呼び名です。2016年4月、好投しても打線の援護がなく負けが続く中で、今永は敗戦の理由を自分の投球に求める言葉を話し続け、その年の9月にはDeNAファンから「投げる哲学者」とも呼ばれていました。誰が最初に言い始めたのかは、分かっていません。独特な言い回しの言葉は、母校の駒澤大学のページでも今永語録として紹介されています。
| 呼び名 | 使われ始めた時期 |
|---|---|
| 投げる哲学者 | 2016年(DeNA 1年目) |
| The Throwing Philosopher | 2024年1月(カブス入団) |
2024年1月のカブスの入団会見では、同席したカブスの選手補強の責任者、ホイヤー編成本部長がこの呼び名を紹介し、米国でも投げる哲学者として知られるようになりました。由来を聞かれた今永は「向上心を常に持ってやってきたことが、そのニックネームにつながったんじゃないか」と答えています。その春の対談では「僕はあんまり好きじゃないんですけど」と言いながら、「それをちょっと利用してるところもあるんで」とも話しました。北筑高校の野球部の副部長は、高校時代の性格を「ひと言で言うと、調子に乗って遊んでいるタイプでした。今みたいに『投げる哲学者』というイメージはないです(笑)」と振り返っています。
座右の銘
今永昇太が座右の銘として挙げた言葉は、見当たりません。大切にしているのは、北筑高校の井上勝也監督(当時)から教わった「逆境こそ覚醒のとき」という言葉で、駒澤大学3年のときからグラブの内側に刺繍しています。2017年には「ピンチで自分を楽にしてくれる言葉ですね。これを乗り切れば、自分が成長できる。逆境はチャンスでもある、という意味です。」と話しています。
今永昇太の名言40選
プロ1年目の2016年4月に「負けた投手の名は残らない」と話した今永昇太は、カブスでの3年目を終えた2026年9月、「いつ野球を辞めてもいいような準備を毎日重ねて」いきたいと話しました。今永昇太の名言と語録は、時期ごとに古い順に並べています。
高校・大学時代の言葉
大学時代の今永昇太は、1年春のリーグ戦デビューで日本一を口にし、4年春は左肩を痛めて1試合も投げられませんでした。プロ3年目に振り返ったエースの心得は、北筑高校の監督から教わったものです。
01「大学日本一になるためにここに来た。必ず日本一になって、駒大は強いということを思い知らせたい」
— 2012年春、駒澤大学1年でのリーグ戦デビューの後に
02「ケガをする前よりも進化した自分を見せよう」
— 2015年秋、左肩のけがで4年春のリーグ戦を1試合も投げられなかった後に
03「率直に、ホッとしました。胸のモヤモヤが晴れたかなと思います」
— 2015年10月22日、ドラフト会議でDeNAから1位指名を受けて
04「マウンドの上でも練習のときにも、グラウンドにインするときでもエースであれ、と……もっと言えば、食事をするときも寝るときも、エースはエースでなければならないんです。そうすればすべての行動に責任も生まれますし、適当な練習もできなくなる」
— 2018年3月のインタビューで、北筑高校の監督から教わったエースの心得を振り返って
05「プロ野球選手になれたとしてもそこがゴールになってしまっては意味がない」
— 大学4年でプロに進むか迷った時期を、駒澤大学の同窓会報のインタビュー(2026年に大学の公式ページに再掲)で振り返って
06「大学の4年間は決して楽しいことばかりではありませんでした。学年が上がるにつれて責任も増え、後輩ができたり、先輩との関係の中で自分の立ち位置を理解することを学びました。それは社会に出てからも同じで、楽なことばかりではないし、人との関わりの中で自分の役割を考えることが求められます。大学は、社会の縮図だと思っています。」
— 2026年、駒澤大学の受験生向けサイトの卒業生紹介で、大学の4年間を振り返って
DeNA時代の名言
DeNAでの1年目、今永昇太は開幕から好投しても勝てず、プロ初勝利は6試合目でした。打線の援護がない試合のたびに自分を責めた試合後のコメントが、のちに広まる名言の始まりです。雨にもよく降られ、2017年は8月1日までに球団の雨天中止が6試合あり、そのうち4試合が今永の先発予定の日でした。
07「負けた投手の名は残らない。僕が若松に1-0で投げ負けた。それだけです」
— 2016年4月5日、中日戦で7回1失点ながら0-1で敗れて
08「援護がないとか、防御率0点台のピッチャーが言うこと。自分が安定したピッチングをしていれば、打線は爆発してくれる。きょうは本当に自分の力不足」
— 2016年4月14日、甲子園の阪神戦で3敗目を喫した後に
09「三振を取れる投手より、勝てる投手の方がいい。痛いところで打たれていては三振の数は評価できない。力のない人間は練習するしかない」
— 2016年4月29日、甲子園の阪神戦で14三振を奪いながら4敗目を喫して
10「いい投球だったとしてもプロ野球は昨日得た信頼を今日失う世界なので」
— 2016年4月、好投しながら敗れた試合について
11「自分は負けている時が、その人の本当の姿だと思っている。打ってる、勝ってる時は周りが騒いで浮かれることもある。でも、負けている時の例えばベンチでの姿や試合後の言葉を、みんな見ていると思うんです」
— 2016年4月、勝てない時期の取材で
12「単純に遅すぎた。これだけ勝つことが大変だと…。今日は広島ではなく過去の自分に勝てた」
— 2016年5月6日、広島戦でプロ初勝利を挙げて
13「悪い試合こそ、あえていいところを見つけて、好投したときほど悪いところを見つける。そういった反省をすることによって、常に満足しない考え方ができると思うんです」
— 2016年6月、プロ1年目のインタビューで(試合中の修正の仕方について)
14「僕はこう見えて完璧主義者なんですよ。理想が高くなり欲を出してしまうところもあるのですが、おそらく僕は完全試合をしないかぎり納得するコメントを出すことも、満足することもないと思いますね」
— 2016年6月、同じインタビューで(22歳で持つ哲学はどこから来るのかと聞かれて)
15「僕は野手が苦しいときに信頼される投手になりたいんです。『今永が投げていれば絶対に抑えてくれる。じゃあ今永のために打ってやろう』と思ってもらえる存在になりたいんです」
— 2016年6月、同じインタビューで
16「雨だから負けていい、なんていうのはレベルが低い。幼稚な考え方。そこをどうするか考えることでランクが上がる。」
— 2016年8月28日、雨の中の巨人戦を6回2失点に抑えた後に
17「マウンドにいるのは、偽りの自分なのかもしれない。表情から読み取らせないようにしている。相手にすきを見せてはいけないので。」
— 2019年8月25日、東京ドームの巨人戦で12勝目を挙げた後に
18「このまま、ケガをする情けない選手として引退したくない」
— 2022年春、けがで出遅れていた時期に、スマートフォンのメモに書いた言葉
19「私自身、緊迫した試合展開でもあったので、ノーヒットノーランという記録よりは、まずは勝ちたいという気持ちが自分自身を無にしてくれたのではないかと思います。」
— 2022年6月7日、札幌ドームの日本ハム戦でノーヒットノーランを達成して
20「野球を終える(引退する)時に、一番最初に思い出すような、投球をしたいです。最後は勝たなければ面白くないと思うので、チームが勝てるように、チームが勝つための投球をしたいです。」
— 2023年3月20日、WBC準決勝のメキシコ戦の後、決勝の先発を前に
メジャー・カブス時代の名言
2024年1月のカブスの入団会見で、今永昇太は紙に書いた英語のあいさつを読み上げました。その紙を今も大事に持ち歩いていると明かしたのは、カブスでの3年目を終えた2026年9月のことです。メジャーに移ってからの言葉には、本人がつくった人生に2連敗はないという言葉や、ボールを立方体にたとえた投げ方の話もあります。
21「ヘイ、シカゴ。どうだい? 今日はカブスが勝つぞ」
“Hey Chicago, what do you say? Cubs are gonna win today.”
— 2024年1月12日、カブスの入団会見の最初のあいさつで(英語で)
22「もしこれを船出と例えるなら、まだ船からロープを外しただけというか。まだこれから百五十何試合ある。まだそんな気持ち」
— 2024年4月1日、メジャー初登板で初勝利を挙げた後に
23「とにかく僕はアメリカでは小学校1年生みたいなものなので、すべてのことに興味を持って、成功している人に話を聞いたり、時には苦労を味わった選手にもアドバイスを求めたり、そういったことが大事なんじゃないかなと思います」
— 2024年4月28日、ESPNの中継で試合中に受けたインタビューで(先発陣のリーダー格になっていると言われて)
24「現状維持は衰退。今年やったことが来年通用するわけがないので、変化を恐れずにやるしかない。」
— 2024年9月、15勝3敗だったメジャー1年目のシーズンを終えて
25「自分で勝手に作った言葉なんですけど、『人生に2連敗はない』という。挑戦した時点で、もう一回勝ってるというか。挑戦が失敗したとしても1勝1敗じゃないですか。なので、2連勝するチャンスしかない。」
— 2024年12月8日、東京での小学生向けの野球イベントで
26「僕はボールを球体ではなく、立方体とイメージして、その角に自分の指を引っかけて、このアーチを保ったまま腕を振って投げる。遠心力でボールを持ちきれなくなって、そこで離すしかなかったというのが一番いいボールだと思います」
— 2025年3月、NHKのインタビューで(いいボールを投げる感覚について)
27「彼のような素晴らしい選手とやるときには、打たれて当然だと、そういう気持ちで彼とは対戦しているので、そういう心の持ち方がたまたまそういうふうになっているだけで、たまたまが10回続いているだけなので、これから後10回対戦したら10割打たれるかもしれないですし、本当に小さな奇跡が10回続いただけです」
— 2025年4月22日、ドジャース戦で大谷翔平から2三振を奪い、対戦成績を10打数無安打とした試合の後に
28「自分はプレーヤーとしてはもちろん良くなかった、ダメだった。だけど、自分の人間性とか人格までダメになったわけではない。」
— 2025年10月11日、プレーオフの地区シリーズ第5戦で敗れ、メジャー2年目のシーズンを終えて
29「アヒルが初めて見たものを親と認識するような感じで、僕にとっては初めて来た街、初めて見たファンの方々、初めてプレーしたグラウンドがシカゴ・カブスっていうことはもう変わりないんで一生。」
— 2025年12月、1年契約でカブスに残ることを決めた後のテレビの取材で、シカゴへの思いを語って
30「退路も断ってやれるのが一番だと思うんで、保険をかけないっていう。腐っても勝負師だと思うんで、1年契約なんで結果出なかったらまず終わりですし、怪我しても駄目ですし、逃げ道はないので。」
— 2025年12月、1年契約でカブスに残ることを決めた後のテレビの取材で
31「正直、希望は全くないですし、ただひとつ言えるのはいつ野球を辞めてもいいような準備を毎日重ねていって、(野球をやめても)自分がゼロじゃない自分になりたいですね」
— 2026年9月30日、ワイルドカードシリーズで敗れて3年目を終えた後に、来季以降どんな環境でプレーしたいかを聞かれて
面白い名言・迷言
今永昇太の語録には、真面目な話の合間に記者を爆笑させる一言も多くあります。米国では通訳が英語にした瞬間に会見場が爆笑することもあり、インタビューで飛び出した面白いコメントは、シャンパンファイトの夜のように現地のアナウンサーまで笑わせました。
32「パフォーマンスに関しては、えー、……自信があるので」
— 2015年10月22日、DeNAから1位指名を受けた会見で、ラミレス監督からファンサービスを求められたらと聞かれて(会場は爆笑)
33「雨の日に勝たないと雨男じゃないです。雨の日に負けるとシンプルに力のないピッチャーです」
— 2017年8月1日、先発予定の試合が雨で中止になって
34「こういう梅雨の時期なので。皆さんも日本の四季を楽しんでいただけたらと思います。以上です」
— 2021年5月20日、左肩の手術を経て、その年の初登板の予定だった試合が雨で中止になって
35「試合前は炭水化物をたくさん食べるので、きのう食事会場に(新潟名物の)笹だんごがあったけど、2つ食べた後3つポケットに入れて帰りました。計5個です」
— 2021年8月、新潟での登板を前に
36「スパイダーマンで見てた景色がホテルから広がっていたので、なんかスパイダーマンで見たなって思いながら見ていました」
— 2024年5月1日、ニューヨークでのメッツ戦の後、初めてのニューヨークの感想を聞かれて(現地の記者を笑わせた)
37「クラビー(クラブハウスの職員)に冗談半分で話したら本当にプレートまで作ってくれて…」
— 2024年6月15日、ロッカーの名札が「Mike Imanaga II」に変わったことを聞かれて
38「多分、バンドのTシャツだと思うんですけど、U2っていうバンドのだと思うんですけど。申し訳ないですけど、一曲も知らないです」
— 2025年7月2日、ガーディアンズ戦の後の会見で、着ていたU2のTシャツについて聞かれて(通訳が英語にすると会場は爆笑)
39「10本以上開けました。口から飲むよりも、肌から吸収した方がおいしいことが分かりました」
— 2025年9月17日、5年ぶりのポストシーズン(プレーオフ)進出を決めたシャンパンファイトで、地元テレビのインタビューに
40「これが日本のスタイルだ。日本の禊(みそぎ)だ」
“This is Japanese style. Japanese misogi.”
— 2026年9月24日、2年連続のポストシーズン進出を決めた祝勝会で(英語で)
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