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川﨑宗則の名言30選!ムネリンの英語インタビューとイチローへの言葉

川﨑宗則の名言30選!ムネリンの英語インタビューとイチローへの言葉

「猿はけいれんしない(Monkey never cramps)」。ブルージェイズ時代の英語インタビューの名言で笑いを呼んだムネリンこと川﨑宗則。イチローへの憧れや、ネガティブな自分との付き合い方まで、川﨑宗則の名言30選を言った時期とともに読めます。

2026.10.18 | 野球

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公式ライター
Activel編集部

2026年9月、ポストシーズン進出の祝勝会で村上宗隆は「I AM JAPANESE!」と叫び、翌日「これは川崎さんのやつだから」と明かしました。元になった名言は、ムネリンこと川﨑宗則が13年前、サヨナラ打の後のインタビューで叫んだ一言です。川﨑宗則の名言30選を、いつどこで語った言葉かとあわせて載せています。

川﨑宗則のプロフィール

ムネリンの愛称で親しまれる川﨑宗則は、ダイエー・ソフトバンクで盗塁王と最多安打を手にした後、30歳でメジャーに渡った内野手です。英語を話せないまま飛び込んだアメリカで数々の名言を残し、45歳になった2026年も独立リーグの栃木ゴールデンブレーブスでプレーを続けています。

基本プロフィール

1981年に鹿児島県で生まれた川﨑宗則は、中学2年生だった1995年に地元の球場でオリックスのイチローを見て心を奪われ、右打ちから左打ちに変えました。プロに入ってからも、その憧れが野球人生の行き先を何度も決めていきます。

項目 内容
名前 川﨑宗則(かわさき むねのり)
愛称 ムネリン
生年月日 1981年6月3日
出身 鹿児島県姶良市
出身校 鹿児島工業高校
ポジション 内野手
投打 右投左打
身長・体重 180cm・75kg
所属 栃木ゴールデンブレーブス
主なタイトル 盗塁王(最多盗塁)・最多安打(2004年)
著書 『逆境を笑え』ほか

グラウンドで声を張り上げ、インタビューでは周りを笑わせる姿から明るい印象の強い川﨑宗則ですが、本人は自分の性格を「昔からずーっとネガティブ」だと打ち明けています。コメントの最後を故郷・鹿児島の掛け声「チェスト!」で締めるのがお決まりで、2010年からは地元の姶良市のふるさと大使も務めています。

ソフトバンクからメジャー、栃木までのキャリアの歩み

ホークスのレギュラーに定着したのはプロ4年目の2003年で、翌2004年には42盗塁で盗塁王(最多盗塁)、171安打で最多安打に輝きました。最多安打は、チームの主砲だった松中信彦と同じ本数での受賞です。

年 主な出来事
1999年 ドラフト4位でダイエーに入団
2004年 盗塁王・最多安打
2006年 第1回WBCで優勝
2009年 第2回WBCで優勝
2012年 マリナーズに入団
2013〜2015年 ブルージェイズでプレー
2016年 カブスでプレー
2017年4月 ホークスに復帰
2018年3月 ホークスを退団
2019年7月 台湾の味全ドラゴンズへ
2020年9月 栃木ゴールデンブレーブスに入団
2025年12月 UAEの大会でMVP

メジャーの5年間は、マイナーとの行き来をくり返しながらの日々でした。いちばん長く過ごしたのは2013年からの3年間のブルージェイズで、2016年に在籍したカブスは、その年にワールドシリーズを制しています。日本に戻った2017年の夏からは脚のリハビリを続けるうちに自律神経の病気にもなり、2018年3月にホークスを退団して、いったん野球から距離を置きました。それでも翌年には台湾で選手兼コーチとしてグラウンドに戻り、2026年も開幕から栃木の選手として登録されています。

座右の銘

川﨑宗則が座右の銘として挙げた言葉は、見つかっていません。いちばん近いのは、口ぐせの「チェスト!」です。2024年に栃木との契約を更新した時のコメントでも、「43歳『加齢』なplayをお見せする事を約束します。知恵を捨て感じるままに…チェスト!」と球団の発表で締めくくっていました。

川﨑宗則の名言30選

27歳だった2009年1月に「すべてにおいてイチローさんに負けたくない」と言い切った川﨑宗則は、44歳の2026年2月には「がむしゃらにやること? いや、違います。チェストです」と話しています。

イチローへの憧れを語った名言

川﨑宗則とイチローの縁は、地元の球場でオリックスの試合を見た1995年に始まります。プロになってからも憧れは変わらず、2006年のWBCで初めて同じチームで戦い、2012年にはついにマリナーズで同じユニフォームを着ました。病気で電車にも乗れなかった時期に、もう一度野球をやろうと思わせてくれたのもイチローでした。

01「すべてにおいてイチローさんに負けたくない」

— 2009年1月、故郷の鹿児島・姶良町(今の姶良市)で公開した自主トレで

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発言時期: 2009年1月8日(第2回WBCの約2か月前)

発言状況: WBCへの意気込みを聞かれ、「できれば4番を打ちたい」と続けてあえて大きな目標を口にし、「それぐらいの気持ちでいかないとダメ」と自分に言い聞かせていました。この大会で日本は連覇し、韓国との決勝では延長10回にイチローが決勝打を放っています。

出典: 福岡ソフトバンクホークス公式サイト(2009年1月9日)

02「強いて言うなら、イチロー選手はおにぎりみたいな感じです」

— 2010年6月、「報道ステーション」のインタビューで

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発言時期: 2010年6月(6月1日に放送されたインタビュー)

発言状況: 子どもたちと同じように、自分にとってのスーパースターもイチローだと話した後に、イチローをたとえた言葉です。聞き手のアナウンサーに「毎朝焼き肉が出てきたら、武内さんはどうします?」と聞き返し、毎日食べても飽きないおにぎりのように「飽きないことが、素晴らしい」と理由を話しました。

03「あまりにも好きすぎると会えないんですよ」

— 2010年6月、同じインタビューで2006年のWBCでの初対面をふり返って

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発言時期: 2010年6月(6月1日に放送されたインタビュー)

発言状況: 共通の知人を通して会えるチャンスがあっても断ってきたのは、会ってみて変な人だったら「ショックが5倍くらいになる」から。2006年のWBCで一緒に代表に選ばれ、ホテルのエレベーターの前で名前を名乗ってあいさつすると、イチローから「ああ宗くんだね」と返され、「頭がパーンと真っ白になりました」とふり返りました。

04「イチロー選手と同じチームだけを希望しています」

— 2011年12月、海外FA権(海外の球団と契約できる権利)を使ってメジャーに挑むと表明した後の会見で

05「逆から読めばイチロー。素晴らしい番号をいただいた」

— 2012年2月、マリナーズのキャンプで初めて練習した日に、背番号61について

06「唯一、楽しみなのはランチタイム。おにぎりを隣同士で食べるんです。何か喋るわけじゃなく、ただ黙々と(笑)。でも、その時間が僕にとってはホント幸せです。イチローさんは癒しなんです」

— 2012年春、マリナーズのアリゾナのキャンプで受けた雑誌の取材で

07「2012年にマリナーズに入団した時、イチロー選手とプレーをしたいという小さな頃からの夢を叶えるために行きました」

— 2017年4月、ホークスに戻った時の入団会見で

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発言時期: 2017年4月1日(ホークス復帰の入団会見)

発言状況: 6シーズンぶりにホークスへ戻った会見で、メジャーに渡った理由をふり返った言葉です。続けて「本当はそれで終わりだったはずなのに、またアメリカに残りました」と話し、日本に帰ってきたばかりの心境を「クビになり、こりゃ困ったとなっていたところに一番にホークスが声をかけてくれた。それが嬉しかった」と明かしています。

出典: 福岡ソフトバンクホークス公式サイト(2017年4月1日)

08「『イチローさんは引退してない』と僕は思っています」

— 2025年1月、イチローの米国野球殿堂入りが決まった日に、フジテレビの「めざまし8」で

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発言時期: 2025年1月22日

発言状況: アジア人で初めての殿堂入りを「アジア人としても誇りですね」と喜び、その理由として「イチロー先輩は今でもトレーニングしています」と話した後の言葉です。普段のイチローについては「すごくおちゃめなんですよ。ギャグも大好きで、食事に行ってもみんなを笑わせたりする」と、素顔も紹介していました。

09「今でもあのイチロー先輩をイメージして練習している」

— 2026年2月、WBC公式ストアのオープニングイベントで、2009年の決勝のイチローの決勝打をふり返って

イチロー本人の言葉は、イチローの名言58選!メジャーリーグでも活躍した野球選手のかっこいい言葉・語録で読めます。

メジャーの英語インタビューの名言

2013年からの3年間を過ごしたブルージェイズで、川﨑宗則は片言の英語とメモ帳を手に、テレビのインタビューに体当たりで答え続けました。その受け答えはトロントのファンの心をつかみ、MLB(大リーグ機構)の公式サイトやSNSは、10年以上たった今もこの頃の映像を取り上げています。なかでもバナナの話から生まれたMonkey never crampsは、2025年のワールドシリーズで、トロントのファンがボードに書いて掲げたほどです。

10「みなさん、こんにちは。川﨑宗則です。ムネと呼んでください。日本から来ました。今はまだ英語が下手です。だって日本人だから」

“Hi all. My name is Munenori Kawasaki. Call me Mune. I’m from Japan. My English isn’t good now. Because I’m Japanese.”

— 2012年5月、マリナーズの学校訪問で、約500人の児童の前で

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発言時期: 2012年5月8日(現地時間)

発言状況: マリナーズが毎年行っている学校訪問で、イチロー、岩隈久志と3人で近くの小学校を訪れた時のあいさつです。地域への恩返しとして、薬物の危険や学ぶことの大切さを子どもたちに伝える行事で、3人を代表して川﨑宗則が英語であいさつしました。メジャー1年目、まだ開幕から1か月ほどの頃です。

11「僕の名前は川﨑宗則。日本から来ました。僕は日本人です!」

“My name is Munenori Kawasaki. I am from Japan. I am Japaneeese!”

— 2013年5月26日、オリオールズ戦でサヨナラ打を打った後のインタビューで

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発言時期: 2013年5月26日(現地時間)

発言状況: 9回にサヨナラの二塁打を放ち、ブルージェイズが6-5で勝った試合の後です。テレビ局Sportsnetのインタビューを受けていたチームメイトのマーク・デローサがマイクを川﨑宗則に渡すと、この言葉を叫び、続けてポケットからメモ帳を取り出して「My teammates gave me an opportunity, so I wanted to do something about it」(仲間がチャンスをくれたから、何かしたかった)と話しました。直後にチームメイトからシェービングクリームとスポーツドリンクを浴びています。2026年9月に村上宗隆が叫んだ言葉は、このインタビューが元になっています。

出典: MLB.com(2019年11月24日)

12「J.P.は僕の通訳さ」

“J.P., my translator.”

— 2013年6月、トロントでの取材で、チームメイトの捕手J.P.アレンシビアを指して

13「猿はけいれんしない」

“A monkey never cramps.”

— 2014年7月、脚の故障で試合を外れた後のインタビューで

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発言時期: 2014年7月(7月12日に公開されたインタビュー)

発言状況: 7月11日のレイズ戦の7回、脚の故障で途中交代し、翌日の試合を休んだ時のことです。トロントのテレビ局Sportsnetのインタビューで何を食べて治すのかと聞かれ、猿は毎日バナナを食べているからけいれんしない、だから自分はバナナが3本必要だ、と答えて笑いを誘いました。バナナの話はその後も語り継がれ、2024年4月には本人も、差し入れのバナナのお礼とともに自分のXに「Monkey never cramps!」と投稿しました。

出典: MLB.com の動画(2014年7月12日)

14「ただ振れ。ただ投げろ。ただ捕れ。みんな、考えるな。ただ勝て!」

“Just swing. Just throw. Just catch. Don’t think, everybody. Just win.”

— 2015年10月、プレーオフの地区シリーズを勝ち抜いた夜のインタビューで

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発言時期: 2015年10月14日(現地時間)

発言状況: ブルージェイズがプレーオフの地区シリーズ第5戦でレンジャーズを6-3で破り、ワールドシリーズへの1つ手前のリーグ優勝決定シリーズに進んだ夜です。シャンパンでずぶぬれのままテレビ局Sportsnetのインタビューに加わり、次のシリーズで何が必要かと聞かれて答えました。同じ夜、別の局CBCのインタビューでは「CBCをどう思うか」と聞かれ、ABCの歌を歌い出しています。

15「バナナがあるから。バナナがあるから、問題なし!みんな、また来年ね!」

“I have bananas. I have bananas, no problems! I see you guys next year!”

— 2025年12月、UAEの野球リーグ(ベースボール・ユナイテッド)の大会でMVPに選ばれた後に

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発言時期: 2025年12月(大会の第3戦の後)

発言状況: 44歳で出場したUAE(アラブ首長国連邦)での大会でMVPに選ばれ、トロフィーを手に来年もプレーするつもりかを語った場面です。「来年は45歳になる。でも挑戦したい。ベストを尽くしたい」と英語で話した後に、この言葉で締めました。次はどこでプレーするのかと聞かれると「宇宙」を英語で何と言うかを聞き返し、「Space! I want to go to space!」と答えています。

16「岡本選手がブルージェイズに、決まってめちゃくちゃ嬉しいです。カナダは最高です。行けば分かります。家族のみなさんも安心できる場所です。困ったら、Monkey never crampsでかわしてください(笑)」

— 2026年1月、岡本和真のブルージェイズ入りが決まった時に、新聞社に寄せた祝福のメッセージで

野球と人生・仕事についての名言

2018年に自律神経の病気でホークスを退団してから、ムネリンの言葉には、心やメンタルとの付き合い方の話が増えていきました。踏ん張りすぎない、不安と戦わない、いつでも辞められると思って働く。どれも、本人が取材のたびに語ってきた考え方です。

17「生きている限りには失敗なんていくらでもあるし、そもそもアメリカに行っている先輩達は大成功した人しか僕は見ていません」

— 2015年1月、メジャー3年目を終えたオフのインタビューで

18「トライするのは怖いことだけど、元気な足があるなら、それを使わないことには何一つ始まらない。海外に興味があったら、あとはチケットを予約して、飛行機に飛び乗ればいい」

— 2015年11月、メジャー4年目を終えて帰国した時の雑誌のインタビューで

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発言時期: 2015年11月(メジャー4年目のシーズンを終えて帰国した時)

発言状況: 海外に出てみたい人へ向けた言葉で、続けて「計画を立てたい気持ちもわかるけど、行ってみて駄目なら帰ってくればいいんだし、シンプルに考えればいいんじゃないかな」と話しました。言葉が通じなくても「どの国にも身振り手振りで教えてくれる人が必ずいますから」と続けています。

19「だって、そもそも引退って何なの。メジャーでもマイナーでも、NPBでも独立リーグでも台湾でも草野球でも、野球はできる。だったら引退なんてしなくていいし、何が引退なのかがわからない」

— 2020年9月、栃木ゴールデンブレーブスに入った直後の取材で

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発言時期: 2020年9月(39歳で栃木に入った直後)

発言状況: 2018年にホークスを退団し、台湾を経て独立リーグに来た時の取材です。続けて「今も携帯がピーンと鳴って、『明日、何時からプレイボールだよ』ってメッセージが来たら、『はいよ』って試合へ行く」と話し、プレイボールとはボールで遊べということだから、ボールを追いかけて遊べばいい、と野球への向き合い方を語っています。

20「踏ん張らなくていい。転んでいいの。その代わり、転び方を覚えてね。自然に転べば、きれいに立ち上がれる」

— 2020年10月に公開されたインタビューで

21「あー、僕本当はポジティブじゃないんですよ。昔からずーっとネガティブなんです」

— 2020年秋、栃木県小山市の練習場でのインタビューで

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発言時期: 2020年秋(11月23日に公開されたインタビュー)

発言状況: 取材の中で、自分の性格について話した言葉です。続けて「みんなネガティブをなくそうとするんだけど、ネガティブさって武器になるから、そのままでいいんだよね」と話し、不安は解決しようとしなくていいとも語りました。いろいろな国の野球と文化にふれて分かったのは「大変なことが起きても、しょせん『大変なだけ』ってこと」だそうです。

22「25歳から30歳ぐらいの会社員の人なら、『仕事を辞める』ってカードを胸に1枚持ちながら働くべきって言いたい。『俺は明日にでも辞めます』っていうカードね」

— 2020年秋、同じインタビューで

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発言時期: 2020年秋(11月23日に公開されたインタビュー)

発言状況: 同じ取材で、働く人に向けて話した言葉です。「みんな思考停止して、無意識に『続ける』っていうカードだけを持ってない? だから仕事がつらいの」と話し、「『いつでも辞められる』って思うだけで、ふわっとモノの見方が変わって、自由に体が動くようになる」と続けました。

23「必死になって追い込むことをあきらめた。歯を食いしばることをやめたら力が抜けていいプレーができるようになり、試合でも活躍できるようになりました」

— 2021年8月、日本スポーツ協会のインタビューで、プロに入った頃をふり返って

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発言時期: 2021年8月(8月2日に公開されたインタビュー)

発言状況: プロに入って1か月ほどで、一軍に上がるのは無理だと思い、親に電話して「ごめん、一軍を目指すのはあきらめた」と伝えたという話の続きです。同じインタビューでは「僕自身は勝とうと思って野球をやっていません」とも話し、勝ち負けより、ボールが来た時にいい反応ができる準備をしているかが大事だと語っています。一軍をあきらめたその新人が、4年後の2004年には盗塁王になっています。

24「僕も昨日はきっちり緊張していましたよ。すごくいい時間でした。生きていて、緊張しないなんてもったいない」

— 2025年2月、メキシコで開かれたカリビアンシリーズに、日本のチームの一員として43歳で出場した時に

25「夢を無理に持つ必要はない。だけど、好きなものはあるはず。そのかわり、それに夢中になればいい。今は夢中になるクセを身につければいいんです」

— 2025年9月、福岡市の中学校で開いた特別授業で

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発言時期: 2025年9月26日

発言状況: 「夢」をテーマにした中学生への授業で、「将来の夢がある子もいれば、今はまだない子もいると思います。それでいいんです」と話した後の言葉です。現役については「70歳までやりたいな。ちょっと控えめに言って」と話し、父が70歳で電気工事の仕事を引退したので、自分も70歳になったら引退を考えたいと続けていました。

26「がむしゃらにやること? いや、違います。チェストです。その精神で名古屋にもはやらせてください」

— 2026年2月、中日の春季キャンプに臨時コーチ兼選手として加わった日に

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発言時期: 2026年2月2日(沖縄県北谷町のキャンプ)

発言状況: キャンプへの参加を誘われた時のことを、「井上監督から『チェスト』と言われたので『チェスト』と返しました。それで電話が終わりました」と話しています。

著書の言葉

川﨑宗則の本は3冊あります。メジャー3年目の春に出した『逆境を笑え 野球小僧の壁に立ち向かう方法』(文藝春秋・2014年3月、2016年5月に文庫)、アメリカでの4年間をつづった『閃きを信じて Don’t think too much!!』(ぴあ・2016年4月)、病気と向き合った日々を書いた『「あきらめる」から前に進める。』(KADOKAWA・2022年3月)です。

27「この先目指す方向を指す、光が見えている。だから今のおれは、その光の方向に向かって、自分らしく進むだけ」

— 2014年3月の著書『逆境を笑え 野球小僧の壁に立ち向かう方法』で

28「みんな野球を楽しんで、好きな野球で飯を食えていることを喜んでいる」

— 2016年4月の著書『閃きを信じて Don’t think too much!!』で、マイナーリーグの選手たちについて

29「『あきらめる』ことはネガティブに聞こえるかもしれません。でも、頭の中で考えただけの、目に見えない『理想』を捨ててほしい。僕は『あきらめる』ことで、再び前に進むことができたんです。理想をあきらめて力を抜くことで、心が、そして体が動くようになる。あきらめることはポジティブなことなんです」

— 2022年3月の著書『「あきらめる」から前に進める。』(KADOKAWA)で

30「また本格的に野球をやってみようと思わせてくれたのは、やっぱりイチローさんでした」

— 2022年3月の著書『「あきらめる」から前に進める。』で、体調を崩していた頃をふり返って

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発言時期: 2022年3月(著書の発売)

発言状況: 体調を崩し、電車にも乗れない状態だった頃、オフに神戸で自主トレをしていたイチローに会いたい一心で新幹線に飛び乗った時のことを書いた一節です。イチローの姿を見ただけでホッとして「ワンワン泣いていました」と書き、その笑顔が「仏様のように見えましたね」とふり返っています。同じ本では、自律神経の病気を「風船」のように横に置いたまま、一生付き合っていくつもりだとつづっています。

出典: KADOKAWA『「あきらめる」から前に進める。』

ほかの野球選手の言葉は、プロ野球選手の名言60選!心に響くかっこいい言葉・語録や野球選手のかっこいい努力の名言70選!メジャーで活躍した選手が目標を達成するために必要とした考え方とは?でも読めます。

よくある質問(Q&A)

Q1. 「猿はけいれんしない」(Monkey never cramps)は、いつ・どんな場面の言葉ですか?

2014年7月、ブルージェイズ時代に脚の故障で試合を外れた後のインタビューで、川﨑宗則がバナナを食べる理由として英語で答えた言葉で、元の英語はA monkey never cramps.です。2026年7月、足をつって途中交代したカブスの鈴木誠也がバナナを100本食べると話した時も、MLB公式の記事はこの言葉から書き始めていました。日本語では「猿は痙攣しない」「猿は足をつらない」と訳されることもあり、どれも同じ言葉です。

Q2. 村上宗隆が叫んだ「アイアムジャパニーズ」は、ムネリンの言葉ですか?

はい。2013年5月26日、オリオールズ戦でサヨナラ打を打った川﨑宗則が、試合後のインタビューで叫んだ「I am Japaneeese!」が元です。2026年9月24日、ホワイトソックスの村上宗隆が祝勝会でこの言葉を叫び、翌日のインタビューで「これは川崎さんのやつだから」と話しました。元のインタビューは海外の反応も大きく、2013年のMLBのファン投票の賞(GIBBY)にも選ばれています。

Q3. 川﨑宗則とイチローはどんな関係ですか?

中学2年生の時に地元の球場でイチローを見て憧れ、右打ちから左打ちに変えたほどの大ファンです。2006年と2009年のWBCで一緒に世界一になり、2012年にはイチローと同じチームでプレーしたいとマリナーズに入りました。ただ、イチローはその年のうちにヤンキースへ移り、2024年11月のトークショーでは「海外まで追いかけたのに、半年でヤンキースに行かれましたけど…」と笑っていました。

Q4. 川﨑宗則は今も現役ですか?

はい。2020年9月から独立リーグの栃木ゴールデンブレーブスに所属し、2026年シーズンも開幕から栃木の選手として登録されています。2018年にホークスを退団した時も、引退ではなく「野球から距離をおいてみよう」と話していました。

Q5. 「川崎宗則」と「川﨑宗則」、正しい字はどちらですか?

本人の公式インスタグラムや所属の栃木ゴールデンブレーブス、日本のプロ野球(NPB)の選手のページは、「﨑」の字を使った川﨑宗則です。ダイエー・ソフトバンク時代の記録や報道、本の著者名では川崎宗則と書かれることも多く、どちらも同じ人を指します。

Q6. ムネリン語録によく出てくる「チェスト」には、どんな意味がありますか?

本人が「チェスト」の意味を言葉で説明したものは見つかっていません。故郷・鹿児島の言葉に由来する掛け声で、ホークスの元広報の証言では、チームが勝てずに沈んでいた時期のヒーローインタビューで初めて披露し、球場がどっと盛り上がったそうです。川﨑宗則の名言やコメントは、今もこの一言で締めくくられることが多くあります。


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