川﨑宗則の名言30選!ムネリンの英語インタビューとイチローへの言葉
「猿はけいれんしない(Monkey never cramps)」。ブルージェイズ時代の英語インタビューの名言で笑いを呼んだムネリンこと川﨑宗則。イチローへの憧れや、ネガティブな自分との付き合い方まで、川﨑宗則の名言30選を言った時期とともに読めます。
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公式ライター Activel編集部
2026年9月、ポストシーズン進出の祝勝会で村上宗隆は「I AM JAPANESE!」と叫び、翌日「これは川崎さんのやつだから」と明かしました。元になった名言は、ムネリンこと川﨑宗則が13年前、サヨナラ打の後のインタビューで叫んだ一言です。川﨑宗則の名言30選を、いつどこで語った言葉かとあわせて載せています。
川﨑宗則のプロフィール
ムネリンの愛称で親しまれる川﨑宗則は、ダイエー・ソフトバンクで盗塁王と最多安打を手にした後、30歳でメジャーに渡った内野手です。英語を話せないまま飛び込んだアメリカで数々の名言を残し、45歳になった2026年も独立リーグの栃木ゴールデンブレーブスでプレーを続けています。
基本プロフィール
1981年に鹿児島県で生まれた川﨑宗則は、中学2年生だった1995年に地元の球場でオリックスのイチローを見て心を奪われ、右打ちから左打ちに変えました。プロに入ってからも、その憧れが野球人生の行き先を何度も決めていきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 川﨑宗則(かわさき むねのり) |
| 愛称 | ムネリン |
| 生年月日 | 1981年6月3日 |
| 出身 | 鹿児島県姶良市 |
| 出身校 | 鹿児島工業高校 |
| ポジション | 内野手 |
| 投打 | 右投左打 |
| 身長・体重 | 180cm・75kg |
| 所属 | 栃木ゴールデンブレーブス |
| 主なタイトル | 盗塁王(最多盗塁)・最多安打(2004年) |
| 著書 | 『逆境を笑え』ほか |
グラウンドで声を張り上げ、インタビューでは周りを笑わせる姿から明るい印象の強い川﨑宗則ですが、本人は自分の性格を「昔からずーっとネガティブ」だと打ち明けています。コメントの最後を故郷・鹿児島の掛け声「チェスト!」で締めるのがお決まりで、2010年からは地元の姶良市のふるさと大使も務めています。
ソフトバンクからメジャー、栃木までのキャリアの歩み
ホークスのレギュラーに定着したのはプロ4年目の2003年で、翌2004年には42盗塁で盗塁王(最多盗塁)、171安打で最多安打に輝きました。最多安打は、チームの主砲だった松中信彦と同じ本数での受賞です。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1999年 | ドラフト4位でダイエーに入団 |
| 2004年 | 盗塁王・最多安打 |
| 2006年 | 第1回WBCで優勝 |
| 2009年 | 第2回WBCで優勝 |
| 2012年 | マリナーズに入団 |
| 2013〜2015年 | ブルージェイズでプレー |
| 2016年 | カブスでプレー |
| 2017年4月 | ホークスに復帰 |
| 2018年3月 | ホークスを退団 |
| 2019年7月 | 台湾の味全ドラゴンズへ |
| 2020年9月 | 栃木ゴールデンブレーブスに入団 |
| 2025年12月 | UAEの大会でMVP |
メジャーの5年間は、マイナーとの行き来をくり返しながらの日々でした。いちばん長く過ごしたのは2013年からの3年間のブルージェイズで、2016年に在籍したカブスは、その年にワールドシリーズを制しています。日本に戻った2017年の夏からは脚のリハビリを続けるうちに自律神経の病気にもなり、2018年3月にホークスを退団して、いったん野球から距離を置きました。それでも翌年には台湾で選手兼コーチとしてグラウンドに戻り、2026年も開幕から栃木の選手として登録されています。
座右の銘
川﨑宗則が座右の銘として挙げた言葉は、見つかっていません。いちばん近いのは、口ぐせの「チェスト!」です。2024年に栃木との契約を更新した時のコメントでも、「43歳『加齢』なplayをお見せする事を約束します。知恵を捨て感じるままに…チェスト!」と球団の発表で締めくくっていました。
川﨑宗則の名言30選
27歳だった2009年1月に「すべてにおいてイチローさんに負けたくない」と言い切った川﨑宗則は、44歳の2026年2月には「がむしゃらにやること? いや、違います。チェストです」と話しています。
イチローへの憧れを語った名言
川﨑宗則とイチローの縁は、地元の球場でオリックスの試合を見た1995年に始まります。プロになってからも憧れは変わらず、2006年のWBCで初めて同じチームで戦い、2012年にはついにマリナーズで同じユニフォームを着ました。病気で電車にも乗れなかった時期に、もう一度野球をやろうと思わせてくれたのもイチローでした。
01「すべてにおいてイチローさんに負けたくない」
— 2009年1月、故郷の鹿児島・姶良町(今の姶良市)で公開した自主トレで
02「強いて言うなら、イチロー選手はおにぎりみたいな感じです」
— 2010年6月、「報道ステーション」のインタビューで
03「あまりにも好きすぎると会えないんですよ」
— 2010年6月、同じインタビューで2006年のWBCでの初対面をふり返って
04「イチロー選手と同じチームだけを希望しています」
— 2011年12月、海外FA権(海外の球団と契約できる権利)を使ってメジャーに挑むと表明した後の会見で
05「逆から読めばイチロー。素晴らしい番号をいただいた」
— 2012年2月、マリナーズのキャンプで初めて練習した日に、背番号61について
06「唯一、楽しみなのはランチタイム。おにぎりを隣同士で食べるんです。何か喋るわけじゃなく、ただ黙々と(笑)。でも、その時間が僕にとってはホント幸せです。イチローさんは癒しなんです」
— 2012年春、マリナーズのアリゾナのキャンプで受けた雑誌の取材で
07「2012年にマリナーズに入団した時、イチロー選手とプレーをしたいという小さな頃からの夢を叶えるために行きました」
— 2017年4月、ホークスに戻った時の入団会見で
08「『イチローさんは引退してない』と僕は思っています」
— 2025年1月、イチローの米国野球殿堂入りが決まった日に、フジテレビの「めざまし8」で
09「今でもあのイチロー先輩をイメージして練習している」
— 2026年2月、WBC公式ストアのオープニングイベントで、2009年の決勝のイチローの決勝打をふり返って
イチロー本人の言葉は、イチローの名言58選!メジャーリーグでも活躍した野球選手のかっこいい言葉・語録で読めます。
メジャーの英語インタビューの名言
2013年からの3年間を過ごしたブルージェイズで、川﨑宗則は片言の英語とメモ帳を手に、テレビのインタビューに体当たりで答え続けました。その受け答えはトロントのファンの心をつかみ、MLB(大リーグ機構)の公式サイトやSNSは、10年以上たった今もこの頃の映像を取り上げています。なかでもバナナの話から生まれたMonkey never crampsは、2025年のワールドシリーズで、トロントのファンがボードに書いて掲げたほどです。
10「みなさん、こんにちは。川﨑宗則です。ムネと呼んでください。日本から来ました。今はまだ英語が下手です。だって日本人だから」
“Hi all. My name is Munenori Kawasaki. Call me Mune. I’m from Japan. My English isn’t good now. Because I’m Japanese.”
— 2012年5月、マリナーズの学校訪問で、約500人の児童の前で
11「僕の名前は川﨑宗則。日本から来ました。僕は日本人です!」
“My name is Munenori Kawasaki. I am from Japan. I am Japaneeese!”
— 2013年5月26日、オリオールズ戦でサヨナラ打を打った後のインタビューで
12「J.P.は僕の通訳さ」
“J.P., my translator.”
— 2013年6月、トロントでの取材で、チームメイトの捕手J.P.アレンシビアを指して
13「猿はけいれんしない」
“A monkey never cramps.”
— 2014年7月、脚の故障で試合を外れた後のインタビューで
14「ただ振れ。ただ投げろ。ただ捕れ。みんな、考えるな。ただ勝て!」
“Just swing. Just throw. Just catch. Don’t think, everybody. Just win.”
— 2015年10月、プレーオフの地区シリーズを勝ち抜いた夜のインタビューで
15「バナナがあるから。バナナがあるから、問題なし!みんな、また来年ね!」
“I have bananas. I have bananas, no problems! I see you guys next year!”
— 2025年12月、UAEの野球リーグ(ベースボール・ユナイテッド)の大会でMVPに選ばれた後に
16「岡本選手がブルージェイズに、決まってめちゃくちゃ嬉しいです。カナダは最高です。行けば分かります。家族のみなさんも安心できる場所です。困ったら、Monkey never crampsでかわしてください(笑)」
— 2026年1月、岡本和真のブルージェイズ入りが決まった時に、新聞社に寄せた祝福のメッセージで
野球と人生・仕事についての名言
2018年に自律神経の病気でホークスを退団してから、ムネリンの言葉には、心やメンタルとの付き合い方の話が増えていきました。踏ん張りすぎない、不安と戦わない、いつでも辞められると思って働く。どれも、本人が取材のたびに語ってきた考え方です。
17「生きている限りには失敗なんていくらでもあるし、そもそもアメリカに行っている先輩達は大成功した人しか僕は見ていません」
— 2015年1月、メジャー3年目を終えたオフのインタビューで
18「トライするのは怖いことだけど、元気な足があるなら、それを使わないことには何一つ始まらない。海外に興味があったら、あとはチケットを予約して、飛行機に飛び乗ればいい」
— 2015年11月、メジャー4年目を終えて帰国した時の雑誌のインタビューで
19「だって、そもそも引退って何なの。メジャーでもマイナーでも、NPBでも独立リーグでも台湾でも草野球でも、野球はできる。だったら引退なんてしなくていいし、何が引退なのかがわからない」
— 2020年9月、栃木ゴールデンブレーブスに入った直後の取材で
20「踏ん張らなくていい。転んでいいの。その代わり、転び方を覚えてね。自然に転べば、きれいに立ち上がれる」
— 2020年10月に公開されたインタビューで
21「あー、僕本当はポジティブじゃないんですよ。昔からずーっとネガティブなんです」
— 2020年秋、栃木県小山市の練習場でのインタビューで
22「25歳から30歳ぐらいの会社員の人なら、『仕事を辞める』ってカードを胸に1枚持ちながら働くべきって言いたい。『俺は明日にでも辞めます』っていうカードね」
— 2020年秋、同じインタビューで
23「必死になって追い込むことをあきらめた。歯を食いしばることをやめたら力が抜けていいプレーができるようになり、試合でも活躍できるようになりました」
— 2021年8月、日本スポーツ協会のインタビューで、プロに入った頃をふり返って
24「僕も昨日はきっちり緊張していましたよ。すごくいい時間でした。生きていて、緊張しないなんてもったいない」
— 2025年2月、メキシコで開かれたカリビアンシリーズに、日本のチームの一員として43歳で出場した時に
25「夢を無理に持つ必要はない。だけど、好きなものはあるはず。そのかわり、それに夢中になればいい。今は夢中になるクセを身につければいいんです」
— 2025年9月、福岡市の中学校で開いた特別授業で
26「がむしゃらにやること? いや、違います。チェストです。その精神で名古屋にもはやらせてください」
— 2026年2月、中日の春季キャンプに臨時コーチ兼選手として加わった日に
著書の言葉
川﨑宗則の本は3冊あります。メジャー3年目の春に出した『逆境を笑え 野球小僧の壁に立ち向かう方法』(文藝春秋・2014年3月、2016年5月に文庫)、アメリカでの4年間をつづった『閃きを信じて Don’t think too much!!』(ぴあ・2016年4月)、病気と向き合った日々を書いた『「あきらめる」から前に進める。』(KADOKAWA・2022年3月)です。
27「この先目指す方向を指す、光が見えている。だから今のおれは、その光の方向に向かって、自分らしく進むだけ」
— 2014年3月の著書『逆境を笑え 野球小僧の壁に立ち向かう方法』で
28「みんな野球を楽しんで、好きな野球で飯を食えていることを喜んでいる」
— 2016年4月の著書『閃きを信じて Don’t think too much!!』で、マイナーリーグの選手たちについて
29「『あきらめる』ことはネガティブに聞こえるかもしれません。でも、頭の中で考えただけの、目に見えない『理想』を捨ててほしい。僕は『あきらめる』ことで、再び前に進むことができたんです。理想をあきらめて力を抜くことで、心が、そして体が動くようになる。あきらめることはポジティブなことなんです」
— 2022年3月の著書『「あきらめる」から前に進める。』(KADOKAWA)で
30「また本格的に野球をやってみようと思わせてくれたのは、やっぱりイチローさんでした」
— 2022年3月の著書『「あきらめる」から前に進める。』で、体調を崩していた頃をふり返って
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