森下翔太の名言60選!ヒーローインタビューや佐藤輝明を語った言葉を解説
森下翔太はプロ野球・阪神の主砲で、2026年に35本塁打を放ち初タイトルを取りました。「勝つ気がないと打席に立たない」と話したヒーローインタビューや佐藤輝明を語った言葉など、森下翔太の名言には悔しさを力に変える強さがあります。
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公式ライター Activel編集部
森下翔太は、阪神タイガースで背番号1を付ける野球選手です。2026年は35本塁打でチームのリーグ連覇を引っ張り、塁に出る割合が一番高い打者に贈られる最高出塁率のタイトルを初めて取りました。森下翔太の名言には、チームメートの佐藤輝明との本塁打争いで「勝つ気がないと打席に立たないので、勝つ気でいます」と言い切った言葉もあれば、「何も考えてないからじゃないですかね」と笑わせた言葉もあります。順に読むと、どの言葉にも、悔しさを隠さず次の打席へ向かう強さが通じています。
森下翔太のプロフィール
横浜市で生まれた森下翔太は、父との練習で打撃の土台を作り、東海大相模高校と中央大学を経て阪神に入った外野手です。1年目は打てなくて2軍に落ちましたが、4年目の2026年には初タイトルを取っています。
基本プロフィール
背番号1は、鳥谷敬が長く付けた番号です。森下翔太は新人の年からこの番号を受け継いでいます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 森下翔太(もりした しょうた) |
| 生年月日 | 2000年8月14日 |
| 出身 | 神奈川県横浜市 |
| 身長・体重 | 182cm・93kg |
| 投打 | 右投げ右打ち |
| ポジション | 外野手 |
| 所属 | 阪神タイガース |
| 2026年の成績 | 143試合・打率.292・35本塁打・84打点 |
| 通算の成績 | 509試合・打率.273・84本塁打・287打点 |
2026年の本塁打はリーグ2位で、打率と打点は3位、出塁率.394は1位でした。年ごとの数字はNPB公式の個人年度別成績で見られます。
生い立ちと東海大相模、中央大学の頃
小学校に入る頃に野球を始め、父の善文さんと自宅近くの公園で練習を重ねました。父は息子が退屈しないように、色のついた3つのボールを同時に投げて指定した色だけを打たせるなど、いくつもの練習を考えたそうです。自宅のリビングの白い壁には、バットを振った跡が無数に残りました。中学では戸塚リトルシニアでプレーし、東海大相模高校では2018年春のセンバツでベスト4に入っています。
中央大学では1年の春からベストナインに選ばれ、1年の夏には大学日本代表にも入りました。2学年上には今はDeNAにいる牧秀悟がいました。打てないと態度に出す後輩を牧が厳しく叱ったと、当時の清水達也監督が語っています。4年では副主将を務め、春には満票で2度目のベストナインに選ばれました。
阪神に入ってからの歩み

2022年のドラフトでは、阪神が高松商の浅野翔吾をくじで外した後に、森下翔太を1位で指名しました。2023年は開幕戦から6番で先発しましたが、月間の打率が1割台に落ちて2軍も経験しました。7月9日にプロ1号を打ち、9月29日には満塁の場面で三振し、ベンチに戻って涙を見せました。日本シリーズでは新人最多の7打点を挙げて優秀選手に選ばれ、チームは38年ぶりに日本一になっています。
2024年は129試合で打率.275と数字を伸ばし、プレミア12(野球の世界ランキング上位の国・地域の大会)では4番を任されて、ベストナインと最多得点に輝きました。2025年は初めて全143試合に出て23本塁打、89打点を記録しています。チームはリーグ優勝し、本人はリーグのベストナインとゴールデングラブ賞を初めて受賞しました。クライマックスシリーズ(CS)のファイナルではMVPに選ばれています。ただ、日本シリーズはソフトバンクに敗れ、日本一には届きませんでした。
2026年はWBC(野球の国・地域別対抗戦)の準々決勝で、負傷した鈴木誠也に代わって2回から出場し、3回に3ランを打ちましたが、日本は5対8で敗れました。シーズンでは6月6日に自身初の退場を経験した後、6月度の月間MVPを受賞しました。チームは10月3日に球団初のリーグ連覇を決めましたが、CSのファイナルではDeNAに4連敗し、日本シリーズには進めませんでした。その後、3番と4番を組んできた佐藤輝明のメジャー挑戦を球団が認めています。
座右の銘
森下翔太の座右の銘は、2022年のドラフト前のアンケートで答えた「一日一生」です。プロ入りを前にした取材でも「1日1日大切にしながら頑張っていきたい」と話していました。
入団の後も同じ言葉なのかは、本人の話が見つからず分かりません。
森下翔太の名言60選
森下翔太の名言で心に残るのは、打てなかった時や負けた時に、ヒーローインタビューや試合後のコメントで口にした言葉です。2026年にクライマックスシリーズで敗れた夜には「日本シリーズに行けなくて悔しいです」と話しました。勝っている時も同じで、本塁打でリーグのトップに立った8月のインタビューでは「まだまだ満足してないです」と話しています。
佐藤輝明と本塁打を争った2026年の連覇の名言
森下翔太と佐藤輝明は、3番と4番を組みながら本塁打王を争った間柄です。チームメートだから遠慮する、という様子はありません。佐藤が三冠王になってメジャーへ向かう時まで、森下翔太の言葉には敬意と悔しさが一緒に出ています。
01「まだまだ満足してないですけど、後ろにとんでもない人がいるので、何とか早く逃げ切れるように打ちたいなと思います」
— 2026年8月23日、DeNA戦のヒーローインタビューで、31号を打ってリーグ単独トップに立った後に
02「勝つ気がないと打席に立たないので、勝つ気でいます」
— 同じヒーローインタビューで、佐藤輝明との本塁打王争いに勝つ自信を聞かれて。球場の阪神ファンから大きな歓声が上がりました
03「本塁打王はいずれ取らないといけないって自分でも思っているタイトル」「輝さんも絶対どこかで追いついてくる。その中で自分がしっかりこのままいけるように日々準備していきたい」
— 2026年7月8日、初めて月間MVPに選ばれた日に
04「目の前で(佐藤)テルさんを見た中で刺激をもらったのはホームラン。自分の中では角度だったり、もっとコンタクト、芯で当てる率を上げたり、というところはまだまだ課題があるなと思った」
— 2025年12月14日、契約更改の後に、この年40本塁打の佐藤輝明について
05「自分はテルさんが後ろなんで、よく見てますよ。すごいっすよ。相手も嫌なんだろうなという感じもするし、四球を出す機会も多い。警戒心というのは、自分より強いんじゃないかなって思ってます」
— 2025年9月、リーグ優勝の後の佐藤輝明との対談で
06「自分と仲が悪いみたいなことも言われてますけど、全くそんなことはないです。」
— 2026年10月、連覇の後に本人が書いた手記で
07「自分も輝さんにすごく刺激をもらいながらプレーもしていたので、そこのおかげというのも一つあるかなと思います。」
— 2026年10月3日、リーグ優勝の共同記者会見で、自己最多になった本塁打の手応えを聞かれて
08「うれしいのと、ホッとしたのと、タフなゲームが続いたなっていう。そういう思いが今は強いです。」
— 同じ会見で、連覇の率直な思いを聞かれて
09「やっぱりやるからには日本一を目指したいなと思いますし、取れるっていう自信もあるので、そこの打線を自分が引っ張っていけたらなと思います。」
— 同じ会見で、日本一への思いを聞かれて
10「もちろん勝つ気でいましたし、最後までやりましたけど、結果は結果なので。ベイスターズは本当に強かったですし、日本シリーズに行けなくて悔しいです」
— 2026年10月17日、クライマックスシリーズのファイナルで敗れた後に
11「いずれは行くと思っていましたし、そんなに行くことに対して驚かないというか。あとはメジャーでケガなく結果を残してほしいです」
— 2026年10月20日、佐藤輝明のメジャー挑戦について
12「輝さんが抜けてチームが弱くなったと言われないように、自分も今まで以上に頑張らないといけないなというのは思っているところです」
— 同じ日の取材で、来シーズンに向けて
13「ずっと3、4番でやってきたんで、さみしさはすごいありますけど」
— 同じ日の取材で、3番と4番を組んできた佐藤輝明について
ヒーローインタビューで笑わせた面白い名言
森下翔太の面白い言葉は、真面目な質問への答えから出てきます。ヒーローインタビューでも肩の力が抜けた答えを返し、スタンドや記者を笑わせてきました。
14「何も考えてないからじゃないですかね(笑)平常心です」
— 2024年4月17日、巨人戦のヒーローインタビューで、勝負強さの秘けつを聞かれて
15「勝ちましたぁー!!」
— 2025年10月16日、クライマックスシリーズのファイナル第2戦、延長10回のサヨナラ2ランの後のヒーローインタビューで
16「もう、メチャクチャだったので、覚えてないですけど、(小幡)竜平にはバントしっかり決めとけと言っておきました(笑)」
— 同じヒーローインタビューで、サヨナラの後に仲間にもみくちゃにされた場面を聞かれて
17「日本一しか…」
— 2024年11月10日、チェコとの強化試合のヒーローインタビューで、意気込みを聞かれて言い間違えた一言
18「ここからオリンピックに負けないように頑張りたいと思います。言わせられました(笑)」
— 2024年7月、2軍から戻って3ランを打った試合の後の取材で
19「テルさん(佐藤輝)が書きまして。いい流れができたので、明日も書いて臨みます」
— 2023年9月1日、ヤクルト戦のヒーローインタビューで、目の下に引いた黒い線(アイブラック)について
20「『10本打たなかったら返せ』って言われたので、『10本打ちます』って返しました」
— 同じ日の試合後に、佐藤輝明からもらったリュックサックの話で
21「自分、最初本物じゃないと思っていたので。『これ(ホームランボール)』と言われて、『あ、はい』みたいな感じで」
— 2023年7月9日、プロ1号の後の球団の動画で、渡されたボールについて
22「普通じゃないですけど、契約って感じ(笑)」
— 2023年12月2日、初めての契約更改の感想を聞かれて
23「退場になった時は両親からもLINEが来てました。無視してるんですけどね(笑)。」
— 2026年10月、本人の手記で、感情的になった時に声をかけてくれる人の話として
24「正直覚えてないです!自分も親から聞いて、こういうエピソードあったよって言われたんで。」「普通でしたけどね!野球やってるから周りよりは投げれたぐらいで。人よりもちょっと体も大きかったんで、まぁ・・・ちょっとお前はどっか行けみたいな感じじゃないですか。」
— 2025年、ファンの質問に答えるインタビューで、子どもの頃に女子だけのチームに入ってドッジボールで圧勝した話を聞かれて
25「もうホームラン打ちすぎてるんで、どのホームランがどの場面でっていうのは、正直あんま覚えてないです。」
— 2025年9月、佐藤輝明との対談で、佐藤のベストプレーを聞かれて
チャンスと甲子園を語ったインタビューの名言
チャンスの重圧について聞かれた森下翔太は、インタビューで「回ってきてほしい」と答えました。重圧を避けるのではなく、自分から迎えに行く考え方です。打てなかった時の悔しさも、隠さず話しています。
26「回ってきてほしい。自分はそういうところで打って価値があると思うので」
— 2024年4月、4試合連続で打点を挙げた頃に、チャンスの重圧について
27「チャンスで来ることを想定しながら、常に練習から、ネクストからやってきたので、想定内のことが起きたなって」
— 2025年3月29日、開幕2戦目のヒーローインタビューで、逆転2ランの打席を振り返って
28「自分の持ち味は積極性なんで、ここで消極的になったらダメだと」
— 2025年4月24日、7回2死三塁から決勝の2ランを打った試合のヒーローインタビューで
29「試合に出て打てなかったら悔しいんで、常に毎試合、ヒットのためにやっています」
— 2025年9月10日、優勝を決めた後のDeNA戦で決勝2ランを打って
30「正直全然足りない。もっと打つべきところで、打てないことはしょうがないですけど、その回数をなるべく減らしたい。」
— 2025年6月のインタビューで、ここまでの49打点について
31「痛いですけど、折れていなければ野球はできるので」
— 2026年8月30日、左腕に死球を受けた翌日の試合前に
32「甲子園で打つホームランが一番気持ちいい。これからもたくさん打ちたいと思います」
— 2026年6月30日、中日戦でサヨナラ本塁打を打って
WBCと日本代表についての名言
森下翔太のWBCは、控えから始まって準々決勝の3ランで注目を集めた大会でした。メジャーの選手を間近で見て、どこが足りないかをはっきり口にしています。その前の国際大会から、代表への思いも語ってきました。
33「トップでやってる人たち。技術的にはもちろんすごいですし、経験もすごくあると思うんで自分が臆することなく堂々とやりたいです」
— 2026年2月12日、WBCを前にしたキャンプで、対戦するメジャーの選手について
34「結果として、メジャーで活躍している選手たちと比べると、現時点ではまだ劣っていると感じます」「自分のなかでも『できる』という手応えは、肌感覚としてしっかりあります。実際に体感してみて、そう感じられる部分もある。だからこそ、もっともっと上を目指してやっていきたいと思います」
— 2026年のWBCの強化試合の頃に、大谷翔平らの打撃練習を見て
35「もっと頑張らないといけないと、思わせられた。常に上を目指す」
— 2026年3月18日、WBCから戻った後のオープン戦で、大谷翔平らと一緒に戦った大会を振り返って
36「(意識は)しないっすね。日本が勝たないと意味がないと思う」
— 2024年11月19日、プレミア12の途中に台湾から帰国した時に、大会の最年少MVPの可能性を聞かれて
37「大学代表の時に1本も安打を打てていなかったので、この侍ジャパンのユニホームを着ての初安打が本塁打で、こうやって良い形にできて本当に良かったです。全力でやるだけ。明日も必ず勝ちます」
— 2023年11月16日、アジアプロ野球チャンピオンシップの台湾戦で先制本塁打を打って
岡田監督と新人の年の日本シリーズの名言
森下翔太を3番で根気よく使ったのが岡田監督です。森下は1年目の9月に満塁の場面で三振してベンチで涙を見せ、その年の日本シリーズでは守りのミスの直後に逆転打を打ちました。監督が退任した時には「岡田監督なしでは今の自分はないと思う」と話しています。
38「自分のことを選んでくれて、使っていただいて。岡田監督なしでは今の自分はないと思う。いい形で終わりたかったですけど、1回しか優勝できなかったんで。成長した姿を見せて恩返しできればなと思います」
— 2024年10月14日、岡田彰布監督の退任について
39「伝えようとしていることの意味は分かった。監督という立場だったら難しい部分もある。感謝しています」
— 2024年12月12日、契約更改の会見で、岡田前監督について
40「その前にエラーして迷惑かけたので、何とか自分の前にランナーを出そうと先輩達が必死になってくれた。絶対にかえすと思って打席に入った」
— 2023年11月2日、日本シリーズ第5戦のヒーローインタビューで、8回の逆転打について
41「エラーした奴にチャンスで打席が回ってくるのが野球。取り返したいという思いしかなかった」
— 同じ試合の後に
42「ファームに落ちた時は壁を感じたというか、自分のふがいなさを痛感した瞬間でしたね」「ファームの和田監督を含めたコーチ陣の方にすごく支えられたというか、そこで折れかけていたところをもう一回戻してくれて」
— 2023年12月2日、初めての契約更改の後に、1年目を振り返って
43「プロは野球に対する意識が全く違う」
— プロ1年目を終えた後の地元紙の取材で
性格が分かる感情とメンタルの名言
森下翔太の性格を一番よく表すのは、感情の話です。ベンチ前の姿が話題になった2026年に、本人は手記で、感情を「抑えようとはしていません」と書きました。その年の死球はリーグ最多の20個で、強気に見える本人が「怖いものは怖い」とも認めています。
44「今年は感情について注目された1年でした。自分は感情をコントロールはしますけど、抑えようとはしていません。」
— 2026年10月、本人の手記で
45「先日の試合のシーンについて、ネット等で『相手チームを挑発している・吠えている』ように見えてしまっているようですが、決してそのような意図はありません!あくまで自分自身のプレーを鼓舞するため、また自チームを盛り上げるために感情が高ぶって出てしまいました」
— 2026年6月1日、本人のインスタグラムのストーリーで、5月30日のロッテ戦でベンチ前の姿が話題になった後に
46「ただ、退場になったのは自分の責任。チームに迷惑をかけたなと思っています。」
— 2026年10月、本人の手記で、6月6日の退場を振り返って
47「『メンタルは技術』と言っていますが、どんなに技術がついたとしても、3割しか打てないのが野球で、7割は失敗する。その中で結果を残し続けるのは、想像しているよりタフなことだなというのは今年より感じた部分ですね。」
— 2026年10月、本人の手記で、9月に打てない時期が続いた話の後に
48「投手も抑えるために内角を攻めてくると思うので、仕方ないことだとは思いますけど、怖いものは怖い。」
— 同じ手記で、死球について
49「打てなかったときの調子の浮き沈みとか、ミスしたときに恥ずかしいとか、プライドの部分もあって、なかなか前向きなことができなかったですけど、そこがうまく自分でコントロールできるようになって成長できているかなと」
— 2022年10月20日、ドラフトで指名された後に、大学で成長した点を聞かれて
50「プロ野球も、タイガースというチームも、周りからの信頼があってこそ。信頼される人でありたいと思っています。」
— 2026年10月、本人の手記の結びで
目標とレベルアップの名言
毎年の数字を積み上げても、森下翔太は満足したとは話しません。35本という目標を年の初めに口にして、その年に35本を打ちました。
51「最初の目標は新人王。将来は球界を代表するバッターになって三冠王を取り、『侍JAPAN』の ユニフォームを着られたら最高です。」
— 2022年10月20日、中央大学の取材で、プロでの目標を聞かれて
52「ホームランを打ちたいし、30本は1つの壁であり目標なので。でも30本を目指していたらなかなか上にはいけないと思うので、35本を目標に頑張りたい」
— 2026年1月、沖縄の自主トレで
53「レベルアップするのが当たり前なので、そこに対して特に思うことはない」
— 2026年10月4日、DeNA戦の後に、新人の時からの毎年の成長について
54「個人的にはそれなりに頑張ったシーズンかなと思いましたが、また課題もできた。オフでつぶしたい」
— 2026年10月17日、クライマックスシリーズで敗れた後に、シーズンを振り返って
55「最後の最後まで全力で頑張りました悔いはないです」「レベルアップした姿で来年また会いましょう!」
— 2026年10月20日、本人のインスタグラムで、シーズンを振り返って
父との練習と大学時代、入団の頃の名言
今の打撃の土台は、父と続けた練習にあると本人は話しています。大学では先輩の牧秀悟に憧れました。鳥谷敬の背番号1を受け取った時には、いつか1番を自分の番号にする夢を語っています。
56「楽しいときも嫌なときも半々くらいだった」「あの練習があったから今の自分がある」
— 2022年10月の取材で、父との特訓を振り返って
57「子どもたちには、楽しみながら練習することが大切と伝えたい」
— プロ1年目を終えた後の地元紙の取材で、父との練習を振り返って
58「リーグ戦で打てなかったときに牧さんが夜のスイングに誘ってくれて、そこで一緒にスイングをしたのが自分の思い出になっています」
— 2022年10月20日、ドラフトで指名された後に、大学の先輩の牧秀悟について
59「伝統ある番号をいただいたことはすごく嬉しく思いますし、自覚と責任をもって今後プレーしていきたいと思います。鳥谷さんの背番号を引き継ぎながら、自分のプレーを発揮して1番が自分の背番号になるよう、夢は大きくもっていきたいと思います。」
— 2022年12月12日、阪神タイガースの新人選手入団発表会で、背番号1への思いを聞かれて
60「(高校時代は)1回しか出場していないが、(本塁打を打てずに)良い印象が残っていない。悪い思い出を塗り替えるようなプレーをしたい。」
— 2022年10月20日、ドラフトで指名された後に、甲子園について聞かれて
よくある質問(Q&A)
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