ファン・ダイクの名言50選!死を覚悟した病気や遠藤航・W杯の言葉を原文つきで解説
サッカーのリヴァプールとオランダ代表で主将を務めるファン・ダイクの名言です。足の遅い右サイドバックだった16歳、遺書に署名した20歳、無冠のシーズン。遠回りを力に変えたファン・ダイクの名言は、苦しい時にもう一度立ち上がる力をくれます。
Writer
公式ライター Activel編集部
フィルジル・ファン・ダイクは、リヴァプールとオランダ代表で主将を務めるサッカーのセンターバックです。16歳の頃は足の遅い右サイドバックで、20歳の時には病気で遺書に署名しましたが、やがて当時の世界最高額のディフェンダーとなり、チャンピオンズリーグを制しました。ファン・ダイクの名言に重みがあるのは、その遠回りを本人が隠さず語っているからです。2025年にホームで大敗した後には「家に帰って泣くのか? いや、家に帰って、どう立て直すかを考える」と言い切りました。うまくいかない時にファン・ダイクの名言を読むと、もう一度立ち上がる力が湧いてきます。遠藤航をリーダーの一人と認め、ワールドカップで引き分けた日本を素晴らしいチームと語った言葉には、相手への敬意が表れています。
フィルジル・ファン・ダイクのプロフィール
ファン・ダイクは1991年生まれのオランダのセンターバックで、大きな体と落ち着いた守備が持ち味です。ただ、早くから注目された選手ではありません。プロになるまでの道のりを知ると、名言の重みが変わります。
基本プロフィール
オランダのブレダで、オランダ人の父とスリナム人の母のもとに生まれました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | フィルジル・ファン・ダイク |
| 生年月日 | 1991年7月8日 |
| 出身 | オランダ・ブレダ |
| 身長 | 193cm |
| ポジション | センターバック |
| 所属 | リヴァプール(主将) |
| 背番号 | 4 |
| 代表 | オランダ代表(主将) |
生い立ち・幼少期
ファン・ダイクの生い立ちをたどると、出発点は地元ブレダのクラブ、ウィレム2の下部組織です。16歳の頃はまだ足の遅い右サイドバックで、背も弟に抜かれそうなほどでした。ところが17歳になる夏に18センチも背が伸び、そこからプレーが変わっていきます。
15、16歳の頃は、練習のない日にレストランで皿洗いもしていました。18歳になってもウィレム2からプロ契約は出ず、2010年にオランダ北東部のフローニンゲンへ移ります。のちに世界最高額のディフェンダーになる選手を、育ったクラブは引き止めなかったのです。フローニンゲンに移った頃は自転車で練習に通い、初任給は車の教習に消えました。
フローニンゲンからリヴァプールの主将までの経歴
経歴を見ると、ファン・ダイクはオランダからスコットランド、イングランドへと一段ずつ舞台を上げてきました。2011年にフローニンゲンでプロの試合に初めて出ましたが、翌2012年4月に虫垂炎の緊急手術を受け、命の危険がありました。回復して2013年にスコットランドのセルティックへ移り、2015年にイングランドのサウサンプトンへ渡ります。
2018年1月には、ディフェンダーとして当時の世界最高額(報道で約7500万ポンド)でリヴァプールに入団しました。2019年にチャンピオンズリーグを制して欧州サッカー連盟(UEFA)の年間最優秀選手に選ばれ、世界最高の選手に贈られるバロンドールではメッシに7ポイント差まで迫る2位でした。翌シーズンにはプレミアリーグも制しています。
2020年10月に右膝の前十字靭帯を痛めて長く離脱しますが、2021年8月に復帰しました。2023年7月にリヴァプールの主将となり、2025年4月に2年の契約延長を決め、同じ月に2度目のプレミアリーグ優勝を果たします。2025-26シーズンは5位で無冠に終わりました。
オランダ代表では2018年3月から主将を務めています。2026年のワールドカップは、決勝トーナメント1回戦にあたるラウンド32でモロッコにPK戦で敗れました。その後、新監督のシャビと話して代表を続けることを決め、2026年10月に代表100試合に達しました。
座右の銘
座右の銘をはっきり挙げた発言は見つかりませんでした。
座右の銘に近いのは、2025年8月にクラブの公式インタビューで話した「続けること、ぶれないこと、諦めないこと、そしてこの先の道のりをすべて楽しむこと」という言葉です。若い頃の自分には夢にも思えなかった場所に立って、サッカーと人生の美しさとして語りました。
ファン・ダイクの名言50選

ファン・ダイクの名言で語られるのは、芽が出なかった頃、死を覚悟した病気、値段を背負った日々、そして負けた後の思いです。どれも雑誌やラジオのインタビュー、試合後の取材で話した言葉で、苦しい時の言葉ほど飾りがありません。一方で、家族を語る時や冗談を言う時には、柔らかい素顔も見せています。
足の遅い右サイドバックだった頃の名言
世界最高額のディフェンダーになってからも、本人は若い頃の話を隠しません。華やかな経歴の裏にあった目立たない時期と断られた経験を、自分の言葉で語っています。
01「16歳の僕は足の遅い右サイドバックで、センターバックをやれるほどの力はなかった。U-19でキャプテンになるまで、目立つ選手だったことは一度もない」
“At 16, I was a slow right-back and wasn’t good enough to play centre-back. I was never a standout player until I played for the under-19s and became the captain.”
— 2019年2月、BBC ラジオのインタビューで
02「土曜の夜に街へ遊びに行きたくて働いていた。月に350ユーロくらいもらえて、それでとても幸せだった。マクドナルドで友達におごれたから。そこからお金の大切さが分かってきたけれど、一番大事なものじゃない」
“I worked because I wanted to go to town on a Saturday night. I got maybe 350 euros every month and I was so happy with that, I could go to McDonald’s and treat my friends. Then I started to realise how important money can be, but it’s not the most important thing.”
— 2019年2月、BBC ラジオのインタビューで
03「評価されていないと感じた。…彼らは賭けようとしなかった。でも、フローニンゲンは賭けてくれた」
“I didn’t feel appreciated because they hadn’t made me an offer at a time where I’d be in the reserves or under-23s, … They didn’t want to take the gamble, but Groningen did.”
— 2019年2月、サッカー誌 FourFourTwo のインタビューで
04「長い道のりだったけれど、それも僕の旅の一部で、僕自身の一部だ。こうである必要があった。18歳で一気に駆け上がった選手じゃない。一歩一歩、努力するしかなかった。それが僕で、そのことにとても満足している」
“It’s been a long road but that’s part of my journey, it’s part of who I am. I needed it like this, I’m not a player who was 18 years old and had that rise straight away. I had to work hard for every step of the way – that’s part of me and I’m very happy about that,”
— 2019年8月、UEFA の年間最優秀選手に選ばれた時に
05「一歩ずつ、今いる場所まで来た。その道のりをとても誇りに思う。ほかの人にも伝えられることがある。先を見すぎなくていい。本当に特別な場所へたどり着く道は、いくつもある」
“Step-by-step, I came to where I am. That journey makes me very proud, and it shows others: Don’t look too far ahead. There are different ways to reach something really special.”
— 2026年10月に公開された雑誌 Man About Town のインタビューで
遺書に署名した病気を語った名言
フローニンゲンで調子を上げていた20歳のファン・ダイクを、2012年4月に病気が襲いました。虫垂炎(盲腸)から腹膜炎と腎臓の感染症を併発し、13日間入院します。遺書にまで署名した時のことを、本人は生々しく話しています。
06「僕は死と目を合わせた。恐ろしい体験だった」
“I looked death in the eye – and it was a terrible experience”
— 2019年3月、英紙ミラーの取材で
07「生まれて初めて、サッカーが何の意味も持たなくなった。まったく大事じゃなかった。生き延びることが、すべてだった」
“For the first time in my life, football meant nothing to me. It was not important at all. This was all about trying to stay alive.”
— 2019年3月、英紙ミラーの取材で
08「ある時、書類に署名しなければならなかった。遺書だった。もし病院で死んだら、お金の一部を母に渡すというものだった」
“At one point, I had to sign these documents. It was a will. If I would die in hospital, part of my money would go to my mum.”
— 2019年3月、英紙ミラーの取材で
09「正直に言う。かなり怖かった。死んでいたかもしれない」
“I’m not going to lie, I was pretty scared. I could have died.”
— 2019年2月、サッカー誌 FourFourTwo のインタビューで
10「テレビをつけたら、コールドプレイの『Viva la Vida』が流れてきて、胸に迫るものがあった。今この曲を聞くと、苦しかった時のことと、今がどれだけ良いか、どれだけ誇っていいかを思う」
“I put the TV on and a song came on – Viva la Vida by Coldplay, it was an emotional moment. If I hear it now I think of the tough moments and how good it is right now and how proud I can be.”
— 2019年2月、BBC ラジオのインタビューで
11「あの時は本当に苦しかった。…でも、人生のこういう経験が人を作る」
“It was very difficult at the time, … But then, these experiences in life shape you,”
— 2026年10月に公開された雑誌 Man About Town のインタビューで
移籍金とリヴァプール入団の名言
約7500万ポンドという当時のディフェンダーの世界最高額には、高すぎるという声もありました。その値段を背負って入団した本人は、どう受け止めていたのでしょうか。
12「緊張はしない。これまで積み重ねてきた努力への大きな賛辞だと思っている。リヴァプールがそれだけの額を払ってくれるんだから。額のことは僕には変えられない」
“It doesn’t make me nervous, it’s a big compliment to myself for the hard work I’ve put in so far, that Liverpool are willing to pay that much money. I can’t change anything about that.”
— 2018年1月、Sky Sports の対談で
13「値段が高いからといって、毎週試合に出られるわけじゃない。まだ自分を証明しないといけない」
“It doesn’t mean I’m going to play every week, just because of the price tag, I still need to prove myself.”
— 2018年1月、Sky Sports の対談で
14「クロップ監督は、僕がこのクラブに来た大きな理由の一つだった。…最初に話した時から、譲らなかった。君は僕の人生を変えると言い、ほかの誰でもなく君が欲しいと言ってくれた」
“He was one of the biggest reasons I joined this club, … From the first time we sat down, he was adamant: he told me I was going to change his life. He said he wanted me and nobody else.”
— 2025年4月に公開された雑誌 British GQ のインタビューで
欧州の頂点に立った2019年の名言
2018年のチャンピオンズリーグ決勝に敗れ、翌年の決勝で勝って頂点に立ちました。その負けをどう受け止め、バロンドールを争ったメッシをどう見ていたのかが、この時期の言葉から分かります。
15「リーダーシップ。それが僕だ。僕のポジションでは、仲間を率いて、まとめて、手本にならないといけない。自分が何を望んでいるかは分かっている。黙っていたことはない。何か思えば、必ず口を開いて伝える」
“It’s leadership, … That’s who I am. In my position, you have to lead, organise players and be an example. I know what I want. I’ve never been quiet. If I think about something, I’ll always open my mouth and tell you.”
— 2019年2月、サッカー誌 FourFourTwo のインタビューで
16「受け止めて、学んで、二度と起こさないようにする」
“Take it, learn from it and try to not let it happen again.”
— 2019年2月、サッカー誌 FourFourTwo のインタビューで
17「僕は何でもシンプルにしておきたい。昔からそうだったし、そうあるべきだ。なぜ物事を難しくするのか。必要もないのに、なぜつらい時間を過ごすのか。人生を楽しんで前向きでいられるのに、なぜ後ろ向きになるのか。年月をかけて学んだことだ」
“I like to keep everything simple. That’s how it was back in the day and that’s the way it should be. Why make things difficult? Why have tough times when it’s not necessary? Why be negative when you can enjoy life and be positive? That’s something I learned over the years.”
— 2019年2月、BBC ラジオのインタビューで
18「メッシが世界最高の選手だと思う。…彼がプレーしている限り、ふさわしいのは彼だ。だからバロンドールのことは考えていない」
“I think Messi is the best player in the world, … I think he deserves it as long as he plays. So the Ballon d’Or is not something I’m thinking of.”
— 2019年6月、チャンピオンズリーグ優勝後の記者会見で
19「授賞式の夜にメッシと話した。彼は英語をあまり話さないから、長い会話じゃなかった。…それでも、僕たちの間の敬意が今は向こうからも向けられていると分かるには十分だった」
“I spoke to Messi during the evening. It was not the longest conversation because he doesn’t speak a lot of English. … But it was still enough to make me realise that the respect between us now also runs the other way.”
— 2019年12月、英紙ミラーの取材で
ファン・ダイクが世界最高と言い切った相手の言葉も読んでみたくなった人は、メッシの名言へどうぞ。
前十字靭帯の怪我から戻るまでの名言
2020年10月のエヴァートン戦で、ファン・ダイクは右膝の前十字靭帯を痛めました。プレミアリーグを制した数か月後の大きな怪我で、ピッチを離れたのは300日です。それでも本人はこの時期を「人生で最高の時の一つ」と語ります。理由は、ドバイで家族と過ごした7週間にありました。
20「きつかった。何より心が。眠れない夜もある。この先どうなるのか、元の選手に戻れるのか、自分に問い続けるんだ」
“It was tough. Mentally more than anything. You do have sleepless nights. You keep asking yourself, How is this gonna pan out? Will I be the same player?”
— 2025年4月に公開された雑誌 British GQ のインタビューで
21「人生で最高の時の一つだった」
“It was one of the best times of my life.”
— 2025年4月に公開された雑誌 British GQ のインタビューで
22「九つ正しいことをしても、一つ間違えば、人はその一つしか見ない」
“I know you can do nine things right and one thing wrong, and people will only focus on that one wrong thing.”
— 2025年4月に公開された雑誌 British GQ のインタビューで
23「怪我はとても重かった。…自分の膝をもう一度知らないといけないのは当然だ。でも、今はもう気にならない」
“My injury was very serious, … It is not surprising that you have to get to know your knee again, so to speak. But now I don’t notice it anymore.”
— 2023年11月に報じられた言葉
キャプテンとして語った名言
ファン・ダイクがリヴァプールのキャプテンになったのは2023年7月です。インタビューで繰り返し出てくるのは、自信をなくした仲間をどう支えるかという話です。クロップ監督から教わった言葉もあります。
24「自信は花のようなものだ。…ユルゲンに教わった。繊細で、簡単につぶれてしまう。だから、僕を見るだけでリーダーシップが伝わるようにしないといけない」
“Confidence is like a flower, … Jürgen taught me that. It is delicate. It can be easily crushed. So I know I have to communicate leadership just by someone looking at me.”
— 2025年4月に公開された雑誌 British GQ のインタビューで
25「顔にも、立ち方にも、すべてに自信が見えていないといけない。…すべて自分の手の中にあると分かってもらう。そうやって仲間は自信を得る」
“They have to see confidence in your face, the way you stand, everything, … They have to know you have everything under control. That’s how they get confidence.”
— 2025年4月に公開された雑誌 British GQ のインタビューで
26「僕は感情的な人間だ。ピッチの外では…お人好しとまでは言わないよ。そう、すごく気にかける人間、とだけ言っておこう。だから誰かが自信をなくしていると、自分のことのように痛い。何としても助けたい」
“I am emotional. Off the pitch, I’m – … I won’t say I am a softie. No, let’s just say that I care a lot. And so when someone is low on confidence, it hurts me personally. I want to help them at all costs.”
— 2025年4月に公開された雑誌 British GQ のインタビューで
27「抱きしめ続けるしかなかった。泣いているところを見られたくなかったから」
“I had to keep holding him, … because I couldn’t let them see me crying.”
— 2025年4月に公開された雑誌 British GQ のインタビューで、クロップ監督の最後の試合で抱き合った場面を振り返って
28「誰もが自分らしくいないといけないし、自分らしくいられないといけない。遠慮していると感じさせてはいけない。ピッチのプレーにも響くから」
“Everyone has to be themselves, has to be able to be themselves and don’t feel that they are holding themselves back, because it would affect them playing on the pitch as well.”
— 2025年4月、契約延長のインタビューで
29「とにかく素晴らしい、特別な気持ちだ。若い頃の僕には夢にも思えなかった。それがサッカーの美しさで、人生の美しさでもある。続けること、ぶれないこと、諦めないこと、そしてこの先の道のりをすべて楽しむこと」
“It’s just amazing, it’s just a special feeling. Personally, I could have never dreamed about this when I was younger. That’s the beauty of football as well and the beauty of life: keep going, consistency, never give up and enjoy the whole ride that’s ahead of you.”
— 2025年8月、サラーとの対談で
苦しんだ2025-26シーズンの名言
プレミアリーグの連覇を狙った2025-26シーズンは、5位で無冠に終わりました。開幕前の7月には仲間のディオゴ・ジョタが亡くなり、チームは負けを重ねます。主将として、負けた後も何度も記者の前に立ちました。
30「腹をくくって厳しさに向き合い、もう一度、もう一度、何度でも立ち向かわないといけない。諦めたいなら、ここは君のいる場所じゃない。このクラブは長い年月、多くの逆境を越えてきて、いつも抜け出してきた」
“You have to be a man and face the toughness and go again, again and again because if you want to give up then you are at the wrong place. This club has gone through much adversity over the years and we’ve always come out of it.”
— 2025年11月、ノッティンガム・フォレスト戦の後で
31「僕はどうする? 家に帰って泣くのか? いや、家に帰って、どう立て直すかを考える。みんなもそうしていてほしい」
“What am I going to do? Go home and cry? No, I’m going to go home and try to think how we can turn this around and hopefully that is what everyone is doing as well.”
— 2025年11月、ノッティンガム・フォレスト戦の後で
32「僕は投げ出す人間じゃない。絶対に投げ出さない。続ける。でも、つらくないわけじゃない」
“I’m not a quitter. I will never quit. I will keep going but it doesn’t mean it isn’t tough to take.”
— 2025年11月、ノッティンガム・フォレスト戦の後で
33「とても残念なシーズンで、受け入れられないシーズンで、きつい。でも、自分たちをかわいそうに思ってはいけない」
“It’s been a very disappointing season, an unacceptable season, and it’s tough. We shouldn’t feel sorry for ourselves whatsoever.”
— 2026年5月、マンチェスター・ユナイテッド戦の後で
34「このクラブを本当に大切に思っている。苦しいシーズンなのは分かっている。それでも、いい日もそうでない日も、僕はここにいる」
“I care so much about this club. I know that it has been a tough season, but I will always be there in good and lesser good days.”
— 2026年5月、マンチェスター・ユナイテッド戦の後で
35「二人は決して、決して忘れられない。僕たちはいつまでもその思い出を背負っていく」
“They will never, ever be forgotten, and we will carry their memory always.”
— 2025年12月、試合のプログラムに載せた本人のコラムで
36「苦しい時を越えると、必ず強くなる。ありきたりに聞こえるけれど、本当にそうなんだ」
“Going through difficult moments will always make you stronger. It sounds very cliché, but it is like that.”
— 2026年10月に公開された雑誌 Man About Town のインタビューで
37「試合でパスを一本ミスすることはある。でも、そこでどうする? 試合中ずっとそのパスのことを考えるのか、気持ちを切り替えて次を必ず良いパスにするのか。成功への道はそれしかない。続けることだ」
“In a game, I can make a misplaced pass. But then what am I going to do? Am I going to think about that pass for the whole game, or am I going to switch on and make sure the next one is going to be good? That’s the only way to success – consistency.”
— 2026年10月に公開された雑誌 Man About Town のインタビューで
遠藤航について語った名言
ファン・ダイクと遠藤航は、2023年8月からリヴァプールで一緒にプレーしています。2025年7月に横浜で行われた親善試合では、交代で入る遠藤に自分のキャプテンマークを手渡しました。ファン・ダイクは遠藤を、試合に出る時間の長さとは関係なく高く評価しています。
38「残念だよ。彼はチームのとても大切で尊敬される一員で、リーダーの一人で、いつも自分の姿で手本を示している」
“It’s not great, he is such an important and respected member of the team, he’s one of the leaders and he always leads by example as well,”
— 2026年2月、遠藤が足を痛めた後の取材で
39「でも、僕たちは彼のためにいる。ずっと一緒にいて、必要なことは何でも支える」
“But we are here for him, we are going to be together with him all the way and support him with everything he needs.”
— 2026年2月、遠藤が足を痛めた後の取材で
40「ピッチの外でも、彼はリーダーの一人だ。いてくれて本当にうれしい」
“Also off the pitch, he is one of the leaders. I’m really happy to have him,”
— 2025年4月、レスターの本拠地で記者に話して
オランダ代表とワールドカップの名言
オランダ代表の主将になったのは2018年3月です。2026年のファン・ダイクのワールドカップは、日本戦の先制点から始まりましたが、89分に鎌田大地に追いつかれて引き分けました。決勝トーナメント1回戦にあたるラウンド32ではモロッコにPK戦で敗れ、代表を退くことも考えます。
41「監督から聞いた時、これ以上ないほど誇らしかった。…イングランド戦で初めてキャプテンマークを巻いたのは信じられない気分だった。チームを、ほとんど国を率いて入場するのは、子どもなら誰もが夢見ることだ」
“I couldn’t have been prouder when he told me, … It was incredible wearing that captain’s armband for the first time against England. To lead out the team, the country almost, is something every youngster dreams of.”
— 2019年2月、サッカー誌 FourFourTwo のインタビューで
42「世間は日本を少し甘く見ていたと思う。素晴らしいチームだ。あの試合は最初から難しくなると分かっていた」
“I think the outside world underestimated Japan a little; they’re a great team. That match was always going to be difficult.”
— 2026年6月、ワールドカップのスウェーデン戦の後で
43「これは、サッカー選手にとって最もひどい瞬間だ」
“Ja, dit zijn de meest verschrikkelijke momenten als voetballer”
— 2026年6月、ワールドカップのモロッコ戦の後で
44「でも、時にはそれが人生だ。…受け入れること。勝つのが相手の時もある」
“but that’s just life sometimes, … It’s just acceptance. Sometimes another team is the winning side.”
— 2026年10月に公開された雑誌 Man About Town のインタビューで
45「とにかく、これからの2年を最高の時間にしよう」
“Laten we er de komende twee jaar in elk geval een geweldige tijd van maken.”
— 2026年9月、代表を続けると決めた後の取材で
46「その後で新しい代表監督と話して、10秒で続けると分かった。彼が何と言ったか? 君はフィルジル・ファン・ダイクだ、と」
“Daarna volgde een onderhoud met de nieuwe bondscoach en binnen tien seconden wist ik dat ik door zou gaan. Wat hij zei? Dat ik Virgil van Dijk ben.”
— 2026年9月23日、オランダ代表の記者会見で
家族と素顔が見える名言
大きな体と落ち着いたプレーからは怖い人にも見えますが、話を聞くと印象が変わります。撮影で怖い顔をしてすぐに笑い出し、好きなドラマの話をして、家族のことを聞かれれば何より大切だと言い切ります。
47「誰も僕には逆らわない。…まあ、たぶんね」
“No one messes with me, … Well, hopefully not.”
— 2019年2月、サッカー誌 FourFourTwo の表紙の撮影で
48「『You’ll Never Walk Alone』の歌声は、セルティックとリヴァプールのどちらが上か? どちらもだよ。一つは選べない。自分の子どもを選べと言うようなものだ」
“Who sings You’ll Never Walk Alone better – Celtic or Liverpool? Both. I can’t pick one, because that’s like choosing between your children.”
— 2019年2月、両クラブのファンが歌う曲について聞かれて
49「僕はテレビドラマが大好きなんだ。『プリズン・ブレイク』の大ファンで、8回見た」
“I’m a big TV show guy. I’m a big fan of Prison Break – I’ve watched it eight times.”
— 2019年2月、BBC ラジオのインタビューで
50「家族、妻と子どもたちが一番大切だ。長い間に苦しい時がたくさんあったけれど、家に帰って、子どもたちの笑顔と妻を見て、みんなが元気なら、世の中のことは何もかもどうでもよくなる。それが僕を動かす力で、僕はそのためにすべてをやっている」
“My family, my wife and my kids are the most important thing. I’ve had many tough times over the years but coming home and seeing my kids smiling and my wife, everyone is healthy, then nothing matters to me in the world. That’s the driving force for me. That’s what I do it all for.”
— 2019年2月、BBC ラジオのインタビューで
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