ルカ・モドリッチの名言30選!キーパーへのミスの言葉と退団スピーチを英語で解説
「自分を疑ったことは一度もない」。子どもの頃は体が小さくて弱いと断られ、レアル・マドリードでは「最悪の補強」と言われながら、バロンドールを取ったルカ・モドリッチの名言です。疑われても前に進んできたモドリッチの名言は、自信をなくしかけた時や失敗が怖い時に力をくれます。
Writer
公式ライター Activel編集部
ルカ・モドリッチは子どもの頃、体が小さくて弱いとクラブに断られ、レアル・マドリードでは1年目に「最悪の補強」とまで言われました。それでも世間の疑いの声を、自分の力に変え、メッシとロナウドを抑えてバロンドールを取るほどの選手になりました。「ほかの人が疑っても、僕は自分を疑ったことは一度もない」と言い切るモドリッチの名言は、読む人の背中を押してくれます。ミスを怖がる仲間にかけた言葉や、13年いたクラブへの別れの言葉も、それが生まれた場面と一緒にたどっていきましょう。
ルカ・モドリッチのプロフィール
ルカ・モドリッチは、クロアチアのザダルで生まれたミッドフィールダーです。クロアチアの独立戦争の中で少年時代を過ごし、地元の NK ザダルからサッカー選手としての道を歩み始めました。ディナモ・ザグレブ、トッテナム、レアル・マドリードを経て、2025年にイタリアのACミランへ移りました。
基本プロフィール
41歳になった今も、ACミランとクロアチア代表でプレーを続けています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | ルカ・モドリッチ |
| 表記 | Luka Modrić |
| 生年月日 | 1985年9月9日 |
| 出身 | クロアチア・ザダル |
| ポジション | ミッドフィールダー |
| 所属 | ディナモ・ザグレブ→トッテナム→レアル・マドリード→ACミラン |
| 代表 | クロアチア代表(200試合以上) |
| 主な個人賞 | 2018年バロンドール |
レアル・マドリードでは597試合に出て、チャンピオンズリーグで6回優勝しました。6回優勝した選手は、歴史の中でもモドリッチを含めて5人しかいません。ワールドカップには5大会に出場し、2018年は準優勝と大会最優秀選手、2022年は3位を経験しました。
生い立ち・難民だった少年時代
モドリッチの生い立ちは、クロアチアの独立戦争と重なります。1991年12月、ザダルの近くの村で羊や山羊を飼っていた祖父ルカが家の近くで撃たれて亡くなり、6歳だったモドリッチは家族と村を離れました。英語版が2020年に出た自伝で、モドリッチは、祖父が文字どおり家の戸口で死んだことを思うたびに胸が張り裂けると打ち明けました。
- 1992年4月から、ザダルのホテル・コロヴァレで難民として暮らした
- 警報は1日に2〜3回鳴り、そのたびに避難所へ走った
- ホテルの駐車場でボールを蹴り続け、地元のクラブの NK ザダル(NK はクロアチア語でサッカークラブの意味)に入った
- 応援していたハイドゥク・スプリトには、体が小さくて弱いと断られた
断られてサッカーをやめることも考えた少年を支えたのは、NK ザダルのコーチだったトミスラヴ・バシッチで、のちにディナモ・ザグレブへの道もつないでいます。日本の名言サイトでは「小さすぎる。細すぎる」が本人の言葉として載っていることがありますが、これは少年時代を説明した記事の書き手の文で、本人の言葉ではありません。本人は2020年の取材で「弱すぎる、もろすぎると言われた」と振り返っています。
ディナモ・ザグレブからACミランまでのキャリアの歩み
10代でディナモ・ザグレブと契約したモドリッチは、まずボスニア・ヘルツェゴビナのズリニスキ・モスタルに期限付きで移り、18歳で荒っぽいプロのリーグを経験しました。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2003年 | ズリニスキ・モスタルでプロデビュー |
| 2008年4月 | トッテナムへ移籍 |
| 2012年8月 | レアル・マドリードへ移籍 |
| 2018年 | W杯準優勝・バロンドール |
| 2022年 | W杯3位 |
| 2025年5月 | レアル・マドリードの退団を発表 |
| 2025年7月 | ACミランへ加入 |
| 2026年7月 | 40歳で5回目のW杯 |
レアル・マドリードでは中盤の柱になり、2024-25シーズンにはキャプテンも務めました。プレーの特徴やバロンドールまでの道のりは、モドリッチが世界最高のミッドフィールダーになるまでの軌跡で詳しく紹介しています。
座右の銘
モドリッチがとても気に入っていると話した言葉は、2025年5月のレアル・マドリードの退団スピーチの結びで口にした「終わったからといって泣かないで。それがあったことに笑顔になろう」です。どこかで目にした言葉で、本人が作った言葉ではありませんが、13年を過ごしたクラブに別れを告げる日に、この一言でスピーチを締めくくりました。「これが座右の銘だ」と本人が語った言葉は、会見や本人の SNS では見つかっていません。
ルカ・モドリッチの名言30選

モドリッチの名言には、疑われた時や負けた時、仲間がつまずいた時に出てきたものが多く、カズの名前を出した日本への言葉や、13年いたクラブへの別れの言葉もあります。モドリッチが歩んできた道と、それぞれの言葉が出てきた時を知ると、言葉の重みが伝わってきます。
少年時代とトッテナム時代の名言
戦争の中で育った少年時代のことを、モドリッチは長いあいだ人前であまり話しませんでした。トッテナムに来た2008年には、クラブの公式誌のインタビューで、故郷の戦争について語っています。少年時代のことを詳しく語るようになったのは、自伝を出した2020年ごろからで、祖父の死やホテルでの避難生活、弱すぎると言われたことを振り返っています。
01「故郷で起きたことは、言葉にすることさえできない。育つのがとてもつらい時もあったけれど、あんな経験をくぐり抜けると、人生がとてもはっきり見えるようになる」
“I cannot even begin to put into words what happened back in my homeland. … Growing up was very difficult at times, but surviving something like that makes you view life very clearly.”
— 2008年12月、トッテナムのクラブ公式誌のインタビューで
02「僕のまわりには、いつも疑いがあった。弱すぎる、もろすぎる、トップには届かないと言われた。でも、まったく気にならなかった。むしろ、もっとやる気になっただけだ」
“Always around me there were a lot of doubts. They said ‘you are too weak, too fragile, you will not reach the top’. But this didn’t affect me at all. It just motivated me even more.”
— 2020年9月、AFP 通信のインタビューで
03「ボールは、いつも僕と一緒だった。避難所に行く時も持っていって、そこで友だちやみんなと遊んだ。試合も組んだ。僕にとって、ボールがすべてだった」
“El balón estaba conmigo siempre. Cuando llegaba al refugio, lo llevaba conmigo y jugaba allí con mis amigos, con todo el mundo. Organizaba partidos. Para mí, el balón lo era todo.”
— 2020年9月、AFP 通信のインタビューで(ホテルで避難生活をしていた頃を振り返って)
04「こういう出来事は、人を強くもするし、壊しもする。僕は、強くなる方を選んだ。自分という人間をつくる方を」
“These things can make you tougher or can break you. I choose the other way; I choose to become tougher, to create my character.”
— 2020年9月、イギリスの新聞ガーディアンの取材で(祖父の死と避難生活を振り返って)
05「僕は戦争の中で育った。誰にも、あんな思いはしてほしくない。罪のない人が死ぬ、こんなばかげたことは止めなければいけない。僕たちは平和に暮らしたいんだ」
“I grew up during war and I don’t wish it on anyone. We must stop this nonsense where innocent people die. We want to live in peace. #StopWar”
— 2022年2月27日、本人の X の投稿で
レアル・マドリード時代の名言
2012年8月に加入したレアル・マドリードで、モドリッチは13シーズンを過ごしました。最初のシーズンには新聞の読者投票で最悪の補強に選ばれましたが、その1年目を振り返って、自分の力を疑ったことは一度もないと言い切っています。レアル・マドリード時代の名言には、ほかにも、6シーズン一緒にプレーしたクリスティアーノ・ロナウドや、子どもの頃に憧れたジダン監督について語った言葉があります。ジダンが自分で語った言葉は、ジダンの名言にあります。
06「最初から、自分を信じていた。自分の力を疑ったことは一度もない」
“I had confidence in myself from the start. I never doubted my qualities.”
— 2016年10月、レアル・マドリードとの契約延長の会見で
07「勝つことに、飽きることはない」
“Nunca te cansas de ganar.”
— 2017年7月、スペインの新聞マルカのインタビューで
08「自分を信じること。たとえ、まわりが信じてくれなくても。家族や大切な人のそばにいて、前向きに、いつも前へ進むこと」
“By believing in yourself, even when others don’t. By staying close to your family, your loved ones, being positive and moving forward all the time.”
— 2018年9月、FIFA 最優秀選手賞を受けた夜に、FIFA のインタビューで(苦しい時をどう乗り越えるかを聞かれて)
09「彼はすばらしいチームメイトで、僕の考えでは、地球上で最高の選手だ」
“He’s an amazing team-mate and to my mind the best player on the planet.”
— 2016年1月、FIFA のインタビューで(クリスティアーノ・ロナウドについて)
10「ジダンは僕のヒーローだった。子どものころに憧れた選手の一人だ」
“Zinedine was an idol. He was one of the players I admired as a child.”
— 2016年1月、同じ FIFA のインタビューで(監督になったばかりのジダンについて)
11「僕たちはみんな、通り過ぎていく。永遠なのは、レアル・マドリードだけだ」
“We all pass by, only Real Madrid is eternal.”
— セルヒオ・ラモスの退団について、クロアチアの新聞の取材で
クロアチア代表とワールドカップの名言
クロアチア代表では、2018年に準優勝、2022年に3位と、ワールドカップで何度も優勝に近づきながら、あと一歩で敗れてきました。決勝の前日に語った自分を信じる言葉や、負けた直後でも胸を張った言葉は、40歳で迎えた2026年の大会まで続きます。
12「ほかの人が疑っても、僕は自分を疑ったことは一度もない。今いる場所までたどり着けると、いつも信じていた。神様のおかげで、それがかなった」
“I have never doubted myself even if others did, I always believed I could get to where I am today and thank God this came true.”
— 2018年7月14日、ロシアW杯の決勝の前日の会見で(体の小ささを言われてきたことを聞かれて)
13「いちばん大切なのは、決してあきらめないこと。状況に負けず、自分を信じて、何が立ちはだかってもやり抜くことだ」
“The most important thing is to never give up, never give in to circumstances, believe yourself and to soldier on no matter what’s in your way.”
— 2018年7月14日、同じ会見で(人生でたくさんの苦しいことを見てきた、と話した後に)
14「ワールドカップの優勝に、本当に近かった。長いあいだ考えてしまうだろう。でも、僕たちは誇りに思っていい」
“We were so close to winning the World Cup itself. And we will certainly think about it for a long time. But we can be proud.”
— 2018年7月15日、ロシアW杯の決勝でフランスに敗れた後に、FIFA の取材で
15「ワールドカップの優勝のトロフィーのためなら、個人のトロフィーを全部手放してもいい」
“I would change all my individual trophies for that trophy of World Cup champion.”
— 2018年9月24日、FIFA 最優秀選手賞を受けた夜に(7月の決勝でフランスに敗れたことを振り返って)
16「メッシに、このワールドカップを勝ってほしい。歴史上最高の選手で、彼はそれに値する」
“I hope Messi wins this World Cup. He is the best player in history and he deserves it.”
— 2022年12月13日、カタールW杯の準決勝でアルゼンチンに敗れた後に、アルゼンチンの記者へ
17「このチームを誇りに思う! 次のラウンドへ!」
“Proud of this team! Next round!”
— 2026年6月28日、本人の Instagram の投稿で
18「僕たちは、胸を張って国に帰れる」
“we can go home with our heads held high”
— 2026年7月2日、北中米W杯のラウンド32でポルトガルに敗れた後に、FIFA の記事で
キーパーへの言葉とミスについての名言
2022年のカタールW杯の最中、FIFA は公式の SNS で、ドキュメンタリー『キャプテンズ』のある場面を紹介しました。主将のモドリッチが、ミスを怖がるキーパーに話しかける場面です。モドリッチ自身も、22歳で出た EURO2008 の準々決勝で、PK戦の1人目として外して敗れた経験を持っています。
19「なんで、お前はミスをしちゃいけないんだ? わかるか? みんなミスをするんだ。お前は、ミスするのを怖がっているんだと思う。ミスしないやつがいるなら、言ってみろ。……お前はすごいキーパーなんだ。それを分かっていなきゃいけない」
“Svi prave greške. … Ti si golmančina, ti to moraš znati”
— 2021年11月、ワールドカップ予選で先発を外れていたキーパーのリヴァコヴィッチに
20「これが代表で最後の試合になるかもしれないとは、一度も考えなかった。PK戦になった時、みんなに『リヴァコヴィッチが止めるよ』と言ったからね」
“I never thought about it possibly being my last game for Croatia, because when it went to penalties I told everyone that Livakovic would save them.”
— 2022年12月5日、カタールW杯のラウンド16で日本にPK戦で勝った後に
21「誰にでも起こりうることだ。PKを蹴る強さと気持ちを持っていたロドリゴを、むしろ称えるべきだ。誰だって失敗する」
“It can happen to anyone. We must congratulate Rodrygo for having the strength and mentality to take and shoot penalties. Everyone can fail.”
— 2022年12月9日、カタールW杯の準々決勝でブラジルにPK戦で勝った後に
22「落ち着いて、集中していた。キャプテンとしての責任を引き受けたし、蹴らなければいけなかった」
“I was calm and focused. I embraced the responsibility as a captain and I had to do it.”
— 2018年7月、ロシアW杯のラウンド16のデンマーク戦の後に、FIFA の取材で
カズと日本について語った言葉
36歳だった2022年5月、モドリッチはいつまでプレーするかを聞かれて、カズこと三浦知良さんの名前を出しました。その半年後のカタールW杯では、ラウンド16で日本と戦い、PK戦の末に勝っています。名前を出されたカズ本人の言葉は、カズ(三浦知良)の名言にあります。
23「50歳、50歳! 日本のミウラみたいにね!」
“50, 50! Like the Japanese guy Miura!”
— 2022年5月、イギリスのテレビ局 BT Sport の取材で(いつまでプレーするかを聞かれて)
24「日本がドイツとスペインに勝ったのは、偶然じゃない。僕たちは1点を追う展開から追いついて、気持ちの強さを見せた」
“Japan didn’t beat Germany and Spain by accident, and we showed our character in coming back from a goal down.”
— 2022年12月5日、カタールW杯のラウンド16で日本に勝った後に
25「どうやら僕たちは、ドラマなしではいられないみたいだ。とても手ごわいチームとの、とても難しい試合だった」
“It seems that we can’t do it without a drama. … It was a very difficult game against a very tough team.”
— 2022年12月5日、同じ日本戦の後の取材で
退団スピーチとACミランでの言葉
13年を過ごしたレアル・マドリードを、モドリッチは2025年5月、ファンへの感謝の言葉とともに去りました。その夏に入ったACミランの入団会見では、子どもの頃からいちばん好きなイタリアのチームはミランだったと話しています。41歳になった今も、代表をいつまで続けるかを聞かれると、まだ情熱があると答えています。
26「その時が来た。来てほしくなかった時が。でも、それがサッカーで、人生ではすべてに始まりと終わりがある」
“The time has come. The time I never wanted to come, but that’s football, and in life everything has a beginning and an end…”
— 2025年5月22日、本人の Instagram で(レアル・マドリードの退団を伝えた投稿の書き出し)
27「たくさんのトロフィーを取ってきたけれど、いちばん大きなトロフィーは、この何年もの間、皆さんがくれた愛情だ」
“I have won many trophies, but the biggest one is the love and affection you have given me over all these years.”
— 2025年5月24日、ベルナベウでの最後の試合のあとのスピーチで
28「どこかで目にして、とても気に入っている言葉を、皆さんに伝えたい。『終わったからといって泣かないで。それがあったことに笑顔になろう』」
“I want to say a phrase that I’ve seen and that I like a lot: ‘Don’t cry because it’s over, smile because it happened’.”
— 2025年5月24日、同じスピーチの結びで
29「イタリアのサッカーを見て育って、イタリアでいちばん好きなチームは、ずっとミランだった。そのチームでの僕のヒーローは、ズボニミール・ボバンだった」
“I grew up watching Italian football, and my favourite Italian team has always been Milan. My idol in that team was Zvonimir Boban.”
— 2025年8月4日、ACミランの入団会見で
30「今も、情熱と野心と力がある。今答えを出して、後で後悔したくない。自分の体の声を聞いてから、落ち着いて決める」
“I still have passion, ambition and strength. … I don’t want to say something now and then regret it. … I have to listen to my body, and then I’ll decide calmly.”
— 2026年10月6日、ネーションズリーグのスペイン戦の後に(代表をいつまで続けるかを聞かれて)
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