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マイク・タイソンの名言70選!SNSの言葉や練習の語録を英語の原文つきで解説

マイク・タイソンの名言70選!SNSの言葉や練習の語録を英語の原文つきで解説

飼っていた鳩を殺されて初めて人を殴った少年、マイク・タイソンは20歳でヘビー級の世界王者になった。最初の試合でも最後の試合でも同じ恐怖を感じていたと話すマイク・タイソンの名言は、カス・ダマトの教えからSNSで広まった名言まで、怖さとの付き合い方を教えてくれます。

2026.10.25 | 格闘技

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公式ライター
Activel編集部

マイク・タイソンが初めて人を殴ったのは、飼っていた鳩を目の前で殺された日でした。本人の話では11歳のときです。ケンカが怖くてできなかったその少年が、20歳で史上最年少のヘビー級王者になります。そのタイソンも、恐怖を感じるのは健全なことだとカス・ダマトに教わり、最初の試合でも最後の試合でも同じ恐怖を感じていたと話しています。カス・ダマトの教えからSNSで広まった名言まで、マイク・タイソンの言葉をたどると、鳩を殺されたあの日の少年が、怖さとどう付き合ってきたのかが見えてきます。

マイク・タイソンのプロフィール

マイク・タイソンは、20歳4か月でヘビー級の世界王者になり、今もその史上最年少の記録を持つアメリカのボクサーです。毎日いじめられていた少年は鳩に夢中になり、カス・ダマトに引き取られてボクサーになりました。王者になった後は、23歳のとき東京ドームで初めて負け、25歳で刑務所に入り、38歳でリングを離れた後、58歳でもう一度プロの試合を戦っています。

基本プロフィール

マイク・タイソンは、ニューヨーク州ブルックリンで生まれ育ったアメリカのプロボクサーです。1984年に全米ゴールデングローブ(アマチュアの全国大会)で優勝し、翌1985年にプロになりました。

項目 内容
本名 マイケル・ジェラード・タイソン
英語表記 Michael Gerard Tyson
生年月日 1966年6月30日
出身 アメリカ・ニューヨーク州ブルックリン
階級 ヘビー級
プロ戦績(2005年の引退時) 58戦50勝(44KO)6敗2無効試合
主な王座 WBC・WBA・IBF 統一王者
殿堂入り 2011年(国際ボクシング殿堂)
愛称 アイアン・マイク

最初の世界王座は WBC のベルトで、1986年11月22日にトレバー・バービックを2ラウンド TKO(レフェリーが試合を止めての勝ち)で破って取りました。世界ボクシング評議会(WBC)は、20歳4か月でのこの王座獲得を、今も破られていないヘビー級の史上最年少の記録としています。

生い立ち:鳩を殺されて初めて殴った少年とカス・ダマト

マイク・タイソンの生い立ちを語るとき、本人が何度も持ち出すのが鳩の話です。太っていて毎日いじめられていたタイソンは、近所の屋上で鳩を飼う年上の少年たちに小屋の掃除を言いつけられ、鳩に夢中になりました。初めてのケンカも鳩がきっかけです。空き家で飼っていた鳩を近所の少年に奪われ、目の前で鳩の首をねじ切られたタイソンは、仲間にけしかけられて右のパンチを打ち、相手を倒しました。盗みをくり返して少年院に入った後、その人生を変えたのがトレーナーのカス・ダマトです。

  • 13歳のころ、少年院からカス・ダマトのジムを訪ね、スパーリングを見てもらった
  • カスは10分足らずのスパーリングを見ただけで、外の邪魔さえなければヘビー級の世界王者になると言った
  • カスはタイソンを引き取り、ニューヨーク州キャッツキルの家で一緒に暮らしながらボクシングを教えた
  • カスは1985年11月、タイソンが王者になる1年あまり前に亡くなった

1986年11月に20歳で王座を取った夜、タイソンはその勝利をカスに捧げました。2011年の殿堂入りの式では、カスをたたえようとしたところで言葉が出なくなり、2017年にはカスとの日々を1冊の本にしています。

20歳の世界王者から服役、引退、ジェイク・ポール戦までの歩み

マイク・タイソンの歩みと名言の年表(少年時代の鳩の出来事とカス・ダマトとの出会いから、20歳の世界王者、東京ドームの敗戦、服役、引退、ジェイク・ポール戦まで)

タイソンは1985年3月6日にプロデビューし、1年8か月後には WBC の王者になりました。1987年には WBA と IBF の王座も加え、ヘビー級の3つの主な団体のベルトをひとりで持つ統一王者になっています。

年 主な出来事
1985年 プロデビュー、カス・ダマトが死去
1986年 20歳で WBC 王者に
1987年 WBA・IBF の王座も獲得
1988年 東京ドームでトニー・タッブスに KO 勝ち
1988年 マイケル・スピンクスを91秒で KO
1990年 東京ドームでバスター・ダグラスに初黒星
1992年 有罪判決を受けて服役
1995年 刑務所を出てリングに戻る
1996年 WBC・WBA の王座を取り戻すが、11月にホリフィールドに TKO 負け
1997年 ホリフィールドとの再戦で失格負け
2002年 レノックス・ルイスに8回 KO 負け
2005年 ケビン・マクブライド戦で棄権し、リングを離れる
2011年 国際ボクシング殿堂入り
2020年 ロイ・ジョーンズ・ジュニアとエキシビション(勝敗をつけない試合)
2024年 ジェイク・ポールに判定負け

1992年には強姦罪で有罪となって禁錮6年の判決を受け、1995年3月に出所するまで約3年を刑務所で過ごしています。1997年6月のイベンダー・ホリフィールドとの再戦では相手の耳をかんで失格になり、ボクシングのライセンスを1年3か月失いました。2024年11月15日には、58歳で YouTuber 出身のジェイク・ポールと2分×8ラウンドのプロの試合を戦い、判定で敗れています。

座右の銘

マイク・タイソンの言葉で座右の銘にいちばん近いのは、本人が X に2度投稿した規律の言葉です。2011年4月19日の投稿は “My definition of discipline is doing what you hate to do, but do it like you love it.”(俺の考える規律とは、嫌いなことを、大好きなことのようにやることだ)で、2022年3月25日にもほぼ同じ言葉を投稿しています。ただ、タイソンが「座右の銘は〜」と自分で挙げた言葉は、見つかりませんでした。

マイク・タイソンの名言70選

マイク・タイソンの名言には、カス・ダマトに教わった恐怖や規律の言葉、全盛期の試合の前後の強気な言葉、東京ドームの敗戦や服役の後に自分を見つめ直した言葉、引退後に鳩や家族について語った言葉、そしてSNSで広まった言葉があります。20歳で王者になった夜には、腰からずり落ちるベルトを見て「俺はまだ子どもなんだ」と笑い、58歳でジェイク・ポールに判定で負けた翌日には「負けたけれど、それでも勝った」と X に書きました。

カス・ダマトに学んだ恐怖と練習の名言

恐怖を感じるのは健全なことだと、カス・ダマトに教わるまで知らなかった。2009年の対談で、マイク・タイソンはそう振り返っています。カスへの思いを語った言葉と並んで、恐怖や規律、練習について語った言葉にも、カスの名前が出てくるものがあります。

01「この試合を、偉大な保護者のカス・ダマトに捧げたい。カスはきっと天国から見ていて、偉大なファイターたちみんなに『うちの坊主がやったぞ』と話しているはずだ」

“I’d like to dedicate my fight to my great guardian, Cus D’Amato. And I’m sure he’s up there. He’s looking. And he’s talking to all the great fighters, saying his boy did it.”

— 1986年11月22日、史上最年少でヘビー級王者になった試合の後

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発言時期: 1986年11月22日(トレバー・バービック戦の後)

発言状況: ラスベガス・ヒルトンでの試合の直後のインタビューです。カスは、この試合の1年あまり前に亡くなっていました。31年後の2017年、この時の録音を流したラジオのインタビューで、タイソンはカスの話をしながら「ときどき胸が詰まるんだ。許してくれ」と話しています。

02「カスは俺の父親だった。でも、父親以上だった。父親がいたって、それが何になる? 何の意味もない。カスは俺の背骨だった。いつも俺のためを思って、何でもしてくれた」

“Cus was my father, but he was more than a father. … You can have a father, and what does it mean?—it doesn’t really mean anything. Cus was my backbone; he did everything for my best interest.”

— 1987年3月、作家ジョイス・キャロル・オーツが王者になったばかりのタイソンを取材した Life 誌の記事で

03「恐怖は自分の頭の中でつくり出すものだ。恐怖は火のようなものだ。体を温め、暖を取り、食べ物を料理するのにも使える。使い道はたくさんある。でも手に負えなくなるまで放っておけば、自分も周りのすべても焼き尽くしてしまう」

“Fear is something that we create in our own minds. Fear could be like fire. You can use it to heat you up, keep you warm, cook your food. There are so many things you can use it for. But if you allow it to go out of control, it will destroy you and everything around you.”

— 2009年9月、Interview Magazine の対談で

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発言時期: 2009年9月(43歳)

発言状況: 批評家のエルヴィス・ミッチェルとの対談で、「恐怖があなたを動かしてきたように見える」と言われて答えた言葉です。日本の名言サイトで「恐怖(Fear)と炎(Fire)は似ている」と紹介されている言葉に近い中身です。2013年の自伝『Undisputed Truth』には、恐怖を火にたとえる話が、カス・ダマトがタイソンに教えた言葉として書かれています。この対談では、そのたとえをタイソンが自分の言葉で話しました。

04「恐怖を感じるのは健全なことだと、カスに教えられるまで、俺は何も知らなかった。恐怖を感じないなら、そいつは頭がおかしいか、嘘つきだ」

“I never knew anything about that stuff until Cus brought it to my attention-that it was healthy to feel fear. If you didn’t feel it, then you were either crazy or you were a liar.”

— 2009年9月、Interview Magazine の対談で

05「最初の試合でも最後の試合でも、同じ恐怖を感じていた。恐怖は決して消えない」

“I felt the same fear in my first fight as I did in my last fight. It never goes away.”

— 2009年9月、Interview Magazine の対談で

06「規律とは、嫌いなことを、大好きなことのようにやることだ」

“Discipline is doing what you hate to do but doing it like you love it.”

— 2009年9月、Interview Magazine の対談で

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発言時期: 2009年9月(対談)

発言状況: 恐怖の話の流れで、聞き手に「恐怖と規律の組み合わせの話ですね」と言われ、「その通りだ」と答えてから続けた言葉です。この後、「ただ恐怖については、使い方を覚えるというより、どう受け入れるかだ」と話しています。日本では「鍛錬とは、嫌いなことをあたかも大好きなことのように行うことだ」という訳で知られています。

07「人はボクシングを体のぶつかり合いだと思っている。でも違う。これは意志と意志がぶつかる心の戦いだ。誰が一番それを欲しているか。それを手にするために、どれだけ打たれ、どれだけ打ち返せるか。戦いは1割が体で、9割が気持ちなんだ」

“People see it as a physical contact sport, but it’s not. It’s really a spiritual one of will against will. Who wants it the most? How much is he willing to take—and dish out—to get it? It’s like fighting is 10 percent physical and 90 percent emotional.”

— 2009年9月、Interview Magazine の対談で

08「すべては、カスと、ボビー・スチュワートに会った時に始まった」

“All this stuff started when I met Cus, and Bobby Stewart.”

— 2011年6月12日、国際ボクシング殿堂の殿堂入りの式で

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発言時期: 2011年6月12日

発言状況: ニューヨーク州カナストータの国際ボクシング殿堂で、シルベスター・スタローンやフリオ・セサール・チャベスと同じ日に殿堂入りした式のスピーチです。話し始める前に「ふざけていないと、ここで泣いてしまう」と言い、「少年院にいたのは、いつも人から盗んでいたからだ」と少年時代を振り返りました。カス・ダマトをたたえようとしたところで言葉が出なくなり、「みんな、最後まで話せない。ありがとう、ありがとう」と言って席に戻っています。

09「人生で大きく成し遂げたいことがあるなら、自分の幸せを捨てる覚悟がいる」

“When you have something in life that you want to accomplish, greatly, you have to be willing to give up your happiness.”

— 2012年4月のインタビューで、前に言ったこの言葉を読み上げられ「今もそれに近い」と答えて

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発言時期: 2012年4月(最初に言った時期は分かっていません)

発言状況: ラスベガスでの一人舞台の前のインタビューで、聞き手が「以前あなたはこう言いましたね」とこの言葉を読み上げ、今もそう思うかと尋ねました。タイソンは「ああ、今もそれに近い」と答え、「目標を達成したいから、幸せになるチャンスを締め出さなければならない時がある。俺はカス・ダマトにそう育てられた。幸せは目標ほどの価値はない」と続けています。

10「誰だって、殴られるまでは作戦を持っている。殴られたら、ネズミみたいに怖がって固まるんだ」

“Everybody has a plan until they get hit. Then, like a rat, they stop in fear and freeze.”

— 2012年11月、この言葉が生まれたきっかけを聞かれた取材で

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発言時期: 2012年11月(一人舞台『Mike Tyson: Undisputed Truth』のフロリダ公演の前)

発言状況: 記者に、自分の一番有名な言葉が生まれたきっかけを覚えているかと聞かれた答えです。試合の前、周りの人たちが「相手は左右によく動くぞ、踊るように動くぞ」と相手のスタイルの話をしていた時に、この言葉を返したと振り返りました。英語で広まっている形は “Everybody has a plan until they get punched in the mouth.”(口を殴られるまでは)ですが、本人が振り返った言葉は “get hit”(殴られる)でした。日本でこの言葉に続けて紹介される「ネズミのように恐怖で凍りつく」という後半は、この時の説明に出てくる言葉です。

11「うまくいっていて、作戦がはまっていても、どこかで必ず痛い目にあう。それにどう向き合うかだ。たいていの人は、うまく向き合えない」

“If you’re good and your plan is working, somewhere during the duration of that, the outcome of that event you’re involved in, you’re going to get the wrath, the bad end of the stick. Let’s see how you deal with it. Normally people don’t deal with it that well.”

— 2012年11月、「誰だって、殴られるまでは作戦を持っている」について聞かれた取材で

12「カスは、この地球を歩いた中で最も特別な男の一人だった。とても多くの人の人生に触れ、その人たちがよりよい自分になるのを助けた。弱い者を強くしたんだ」

“Cus was one of the most unique men ever to walk the planet. He touched the lives of so many people and helped them become a better version of themselves. He took the weak and made them strong.”

— 2017年、カス・ダマトとの日々を書いた本『Iron Ambition』で

13「後ろ向きなことを言って、自分をろくでなしのように見せていても、心の芯では自分を神だと思っていて、成功すると分かっている。俺の言うことには、すべて理由がある。敵を惑わすためだ」

“Even though I talk negative and project myself as a bum, my inner core thinks I’m a God and I know I’m going to be successful. … Everything I say is for a reason; to confuse the enemy.”

— 2017年、カス・ダマトとの日々を書いた本『Iron Ambition』で

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発言時期: 2017年(本の刊行)。書かれているのは13歳のころの出来事です

発言状況: 少年院から初めてカス・ダマトのジムを訪ねた日のことを書いた場面です。スパーリングを見たカスは「外の邪魔さえなければ、あれはヘビー級の世界王者だ」と話しました。少年院へ戻る車の中で、タイソンは自分が成功すると分かっていたと書き、敵を惑わすという考え方は、そのあとすぐカスから学ぶことになったと続けています。

14「あの人に出会えたのは幸運だった。俺たちは、いわゆる『何者でもない』二人だったのに、何者かになったんだ」

“I was fortunate to meet that guy. Like, we were two guys who were, quote, unquote, ‘nothing’ who became something.”

— 2017年5月、NPR のインタビューで

ここからの4つは、英語の名言サイトでタイソンの語録として紹介されている言葉です。いつ、どこで言ったのかは確かめられませんでした。

15「みんな、これはタフな男のスポーツだと思っている。でも違う。これは考える男のスポーツだ。タフなだけの男は、このスポーツでひどいけがをする」

“Everybody thinks this is a tough man’s sport. This is not a tough man’s sport. This is a thinking man’s sport. A tough man is gonna get hurt real bad in this sport.”

16「残念だが、目標を達成するのが楽しいとは限らない。決断力や意志、揺るがない心、粘り強さを持たない人は、ほんの少しの苦しさで降参してしまう」

“Unfortunately, sometimes you can’t have fun accomplishing your goals. Sometimes people don’t have the determination, the will, the steadfastness, the tenacity, they give in under the slightest struggle.”

17「何を求めるにしても、とくに何かで世界一になろうとしているなら、失望は必ずある。その失望に心を縛られてはいけない。心が折れてしまうからだ」

“Whatever you want, especially when you’re striving to be the best in the world at something, there’ll always be disappointments; and you can’t be emotionally tied to them, because they’ll break your spirit.”

18「何ごとにも心を乱されてはいけない。感情は持ち込まない。悲しみも、哀れみも感じない。何も感じない。やるべき仕事をやるだけだ」

“You can’t be disturbed by anything. There’s no emotion involved. You can’t feel sorrow, you can’t feel pity, there’s nothing you feel. The job has to be done.”

史上最年少の王者になった全盛期の名言

1986年11月に20歳で王者になってから、1990年1月に来日するまでのタイソンは、「打つパンチは、どれも悪意を込めて打つ」「俺は世界最強のファイターだ。そう書いておけ」と、試合の前後に強い言葉を重ねました。21歳で1年に6000万ドルを稼いでいたのもこの時期ですが、1セントも持っていなかった時のほうが自由だったとも話しています。

19「俺が目指しているのは、感情を持たないことだ。それが俺の考えるプロなんだ」

“My objective and my definition of being professional is having no emotions.”

— 1986年11月、WBC の王座を懸けたバービック戦の前日の取材で

20「年齢を言い訳にはしない。俺は男だ。男のタイトルを懸けて戦う準備はできている」

“I don’t use my age as an excuse. … I’m a man and I’m ready to fight for the man’s title.”

— 1986年11月、バービック戦の前日の取材で

21「金をもらえるのはいい。でも俺が好きなのは、誰かを倒すスリルと、それをやり遂げることなんだ」

“It’s good getting paid, but I like the thrill and the accomplishment of beating somebody.”

— 1986年11月、バービック戦の前日の取材で

22「ほらね。俺はまだ子どもなんだ。ベルトを腰に留めておくことさえできない」

“There. … I am just a kid. I can’t even keep the belt around my waist.”

— 1986年11月22日、20歳で王者になった夜

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発言時期: 1986年11月22日(バービック戦の約1時間後)

発言状況: ラスベガス・ヒルトンにある共同マネジャーのスイートルームで、大きすぎる WBC のベルトが腰からずり落ちたのを見て、笑いながら言った言葉です。取材した Sports Illustrated の記者は、20歳の王者を伝説にしようとする人たちをたしなめるような言い方だったと書きました。タイソンは同じ部屋で鏡を見ながら、「俺は世界チャンピオンだ」と何度もくり返しています。

23「相手がどっちでも構わない。偉大になるつもりなら、全員と戦わなきゃならない。俺は全員と戦いたい」

“I don’t care which one of them it is. If I am going to be great, then I am going to have to fight everybody. I want to fight everybody.”

— 1986年11月、王者になった後、次の相手を聞かれて

24「打つパンチは、どれも悪意を込めて打つ」

“Every punch I throw, I throw with bad intention.”

— 1987年2月の取材記事に残る、1ラウンドでKO勝ちした後のリングでの言葉(どの試合かは記事に書かれていない)

25「挑戦者は全員受けて立つ。タイソンはそれほどでもないと言っているファイターたちは、試合を見に来て勉強していけ」

“I’m taking all challengers. All the fighters out there who say Tyson isn’t that good, keep coming to the fights and get lessons.”

— 1988年1月22日、元王者ラリー・ホームズを4回KOした後

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発言時期: 1988年1月22日

発言状況: アトランティックシティで、元ヘビー級王者のラリー・ホームズを4回で倒した後の言葉です。13歳でカス・ダマトの指導を受け始めたころ、最初に研究したのが、当時の王者だったホームズの試合でした。試合後のタイソンは、ホームズについて「全盛期の彼は、俺たちの時代で最高の選手だった」と、倒したばかりの相手をたたえました。

26「本当の自由とは、何も持たないことだ。1セントも持っていなかった時のほうが自由だった。時々、俺が何をしているか知ってるか? スキーマスクをかぶって古い服を着て、通りに出て25セントを恵んでもらうんだ」

“Real freedom is having nothing. I was freer when I didn’t have a cent. Do you know what I do sometimes? Put on a ski mask and dress in old clothes, go out on the streets and beg quarters.”

— 1988年3月、Sports Illustrated の取材で

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発言時期: 1988年3月(Sports Illustrated 3月21日号。ホームズ戦の前からの取材)

発言状況: 「その金で、俺は何をすればいいんだ」とうめいた後の言葉です。メルセデスやロールスロイスを買っても、1週間もすればどれにも飽きてしまう暮らしをしていたころです。日本では「本当の自由は、何も持たないことなんじゃないかな」と、推し量る言い方の訳で知られていますが、英語では言い切っています。

27「人を殴るのが好きなんだ。大好きなんだよ。有名人はたいてい誰かに襲われるのを怖がるけど、俺は誰かに襲ってきてほしい。武器なしで、俺とそいつだけで」

“I love to hit people. I love to. Most celebrities are afraid someone’s going to attack them. I want someone to attack me. No weapons. Just me and him.”

— 1988年3月、Sports Illustrated の取材で

28「俺の使命は、リングに上がって相手を叩き壊すことだ。俺は負けられない。負けることを拒む」

“My mission is to go out there and destroy. I can’t lose. I refuse to lose.”

— 1988年3月21日、東京ドームでトニー・タッブスを2回KOした後

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発言時期: 1988年3月21日

発言状況: 東京ドームでの統一王座の防衛戦で、トニー・タッブスを2回で倒した後の言葉です。誰がタイソンに本気の試練を与えられるのか、という声に答えて話しました。同じ取材で、次の相手のマイケル・スピンクスについては「自分に何が来るか、あいつは分かっている」と言っています。

29「誰にでも簡単に、あっさり勝つなら、それは俺の手柄として数えられるべきだ。それで批判される筋合いはない」

“If I beat everyone easy and simply, that should be a mark for me. I shouldn’t be criticized for that.”

— 1988年3月21日、東京ドームでのタッブス戦の後

30「俺はリングに入って戦うだけだ。俺はファイターであって、外交官でも名家の生まれでもない」

“I just get in there and fight. I’m a fighter, not a diplomat or a blue blood.”

— 1988年6月、マイケル・スピンクス戦の前の取材で

31「俺は世界最強のファイターだ。そう書いておけ」

“I’m the best fighter in the world. Write that.”

— 1988年6月27日、マイケル・スピンクスを91秒でKOした後

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発言時期: 1988年6月27日

発言状況: アトランティックシティで、スピンクスを1回91秒で倒した直後、記者たちに向けた言葉です。国際ボクシング殿堂は、この勝利でタイソンが誰もが認めるヘビー級の王者になったと紹介しています。1987年2月の取材でも、ほかの王者たちについて「俺と並ぶ者はいない」と話していました。

32「予想はしない。でも勝つのは分かっている。俺はまだ23歳だ。世界中の金を稼いで今やめてしまったら、たぶん俺は死んでしまう」

“I don’t have any prediction, but I know I’m going to win. … I’m just 23 now. If I was just to make all the money in the world and stop now, I would probably die.”

— 1990年1月、ダグラス戦のために来日した時の会見で

東京ドームの敗戦から服役、引退までの名言

1990年2月に東京ドームで初めて負けた後の会見で、タイソンは「心の中では、俺はまだ王者だと感じている」と話しました。服役中には「俺はドリーマーだ」と語り、1995年3月に刑務所を出た翌年には WBC と WBA の王座を取り戻しています。ホリフィールドの耳をかんだ2日後の会見では「イベンダー、すまなかった」と謝り、2005年6月にリングを離れた日には「ボクシングが俺のすべてじゃない」と話しました。

33「心の中では、俺はまだ王者だと感じている。負けるのは構わない。負けは受け止められる。でも、公正に負けたいんだ」

“I feel in my heart I’m still the champion. … I don’t mind losing. I can handle a loss. … But I want to lose fairly.”

— 1990年2月、ダグラスに敗れた後の会見で

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発言時期: 1990年2月

発言状況: けがをした目をサングラスで隠して臨んだ会見です。8回にダグラスがダウンした時のレフェリーのカウントが遅かったと抗議していた場面で、タイソンは「あいつのほうが先に倒れていた」「もう一度あいつと戦いたい」とも話しました。

34「ちゃんと準備ができていなかった。体はできていたが、心ができていなかった」

“I didn’t prepare myself properly. I was in shape physically, but not emotionally.”

— 1990年6月、復帰戦の前に、ダグラス戦の敗戦を振り返って

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発言時期: 1990年6月(ヘンリー・ティルマン戦の前)

発言状況: ダグラスに負けて4か月後、ラスベガスでの復帰戦の前に、敗れた理由を説明した言葉です。負けたことについては「最初はショックだった。でもそれは2日くらいのことで、その後はいつもの自分に戻った」とも話しています。

35「俺はドリーマーだ。夢を見て、星に手を伸ばさなきゃならない。星をつかみ損ねたら、ひとつかみの雲をつかめばいい」

“I’m a dreamer. I have to dream and reach for the stars, and if I miss a star then I grab a handful of clouds.”

— 服役中、面会に来た記者に話した言葉

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発言時期: 1992〜1995年の服役中(1995年9月の Ebony 誌のインタビューで、聞き手が読み上げた)

発言状況: 1995年3月に出所した後のインタビューで、聞き手が「刑務所であなたが話してくれた言葉に…」とこの言葉を読み上げました。タイソンはそれを受けて、ヘミングウェイの「人間は打ち負かされるようにはできていない、死ぬだけだ」という言葉が頭に残っていると答えています。

36「俺は一度も幸せだったことがない」

“I’ve never been happy.”

— 1996年、刑務所を出てリングに戻った後の取材で

37「土曜日の夜は、ボクサーとしての私のキャリアで最悪の夜だった。なぜあんなことをしたのか説明できない。言えるのは、頭突きがあって、目の上の傷がひどくて負けるかもしれないと思った時、ただキレてしまったということだけだ」

“Saturday night was the worst night of my professional career as a boxer. … I cannot tell you why I acted like I did, other than to say that when the butting occurred, and I thought I might lose because of the severity of the cut above my eye, I just snapped.”

— 1997年6月30日、ホリフィールド戦の2日後の謝罪会見で

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発言時期: 1997年6月30日(31歳の誕生日)

発言状況: 6月28日のイベンダー・ホリフィールドとの再戦で、タイソンは3回に相手の右耳をかんで2点を引かれ、さらに左耳もかんで失格になりました。2日後の会見では、用意した声明を4分16秒読み上げ、質問は受けていません。ホリフィールドは、この謝罪をいいふるまいだと受け入れましたが、ネバダ州アスレチック・コミッション(州のボクシングの試合を許可する役所)は7月、タイソンのライセンスを取り上げました。

38「イベンダー、すまなかった。あなたはチャンピオンだ。私はそれを尊敬している」

“Evander, I am sorry. You are a champion, and I respect that.”

— 1997年6月30日、ホリフィールド戦の2日後の謝罪会見で

39「私は二度と戦うべきではないと言う人たちには、こう言うしかない。私はまだ31歳で、キャリアの絶頂にいる。ここまで来られたのは、ほかに道がなかったからだ」

“To those of you who say that I should never fight again, I can only say that I am just 31 years old, in the prime of my career. I have made it this far because I had no other way.”

— 1997年6月30日、ホリフィールド戦の2日後の謝罪会見で

40「刑務所の中にいると、人に試される。ふざけたことや皮肉を言われたら、誰であろうと見逃さない。それが俺のやり方だ。俺は片をつける人間なんだ。ああいう場所でこそ、俺は本領を発揮する。どこを見ても混乱だらけの場所でね」

“People will try you. You don’t let anyone get away with saying anything funny or sarcastic. That’s what I do. I’m a settler. I’m in my glory in a place like that. Chaos all over.”

— 1998年10月、刑務所での3年を振り返った Playboy 誌のインタビューで

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発言時期: 1998年10月(Playboy 誌11月号)

発言状況: ニューヨークのセントラルパークで行われたインタビューで、1992年から1995年までインディアナ州の刑務所で過ごした3年について聞かれた答えです。日本の名言サイトで「刑務所では誰が一番強いのか決めたがる奴が多いんだ。でも、ああいうところにいる時の俺は無敵だった」と紹介されている言葉は、この発言に中身が近いものの、英語に「無敵」という言葉はありません。

41「俺はどこもおかしくない。もう誰もかまない。もう恥をかかされるのはごめんだ」

“There’s nothing wrong with me. I’m not going to bite anybody again. I’m not interested in being humiliated anymore.”

— 1998年10月19日、ライセンスを取り戻すための聴聞会で

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発言時期: 1998年10月19日

発言状況: ネバダ州アスレチック・コミッションの聴聞会で、委員の医師に向けて話した言葉です。ホリフィールド戦の耳かみで1997年7月に取り上げられたライセンスを、もう一度出してもらうための聴聞会でした。マサチューセッツ総合病院の医師団は、心理治療を続けることを条件にリングに戻れると結論を出していて、この日、コミッションは4対1でライセンスを戻しています。

42「もうこれ以上、私を苦しめないでください。私は間違いを犯した。ほかのボクサーはもっと多くの間違いをしている。私は自分の人生を生きようとしている、ただの人間です」

“Please don’t torture me any longer, sir. I made a mistake. Other fighters have made more. I’m just a human being trying to live my life.”

— 1998年10月19日、ライセンスを取り戻すための聴聞会で

43「調子がいい時の俺は、人を遺体袋に入れるんだ」

“I put people in body bags when I’m right.”

— 1999年1月、フランソワ・ボタ戦の前に

44「俺は史上もっとも冷酷で、残忍なチャンピオンだ。俺はソニー・リストンであり、ジャック・デンプシーだ。俺にかなう者はいない」

“I am the most ruthless, brutal champion ever. I am Sonny Liston and Jack Dempsey. There is no one who can match me.”

— 2000年6月24日、ルー・サバリースを38秒で止めた試合の後

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発言時期: 2000年6月24日

発言状況: スコットランドのグラスゴーで、レフェリーが止めた後もサバリースを2回殴った試合の後の言葉です。タイソンはこの後、矛先を当時の王者レノックス・ルイスに向けました。英国ボクシング管理委員会(イギリスのボクシングを取りしまる団体)は、この試合と試合の後の発言を調べると発表しています。

45「お前の心臓が欲しい。お前の子どもたちを食ってやりたい」

“I want your heart. I want to eat your children.”

— 2000年6月24日、サバリース戦の後、レノックス・ルイスに向けて

46「俺はマザー・テレサじゃない。でも、チャールズ・マンソンでもない」

“I’m not Mother Teresa but I’m not Charles Manson either.”

— 2002年1月29日、ネバダ州の聴聞会で

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発言時期: 2002年1月29日

発言状況: 4月に予定していたルイス戦をラスベガスで行うために、ネバダ州アスレチック・コミッションにライセンスを申請した聴聞会です。1週間前のニューヨークでの試合の発表会見で、タイソンがルイスに歩み寄って乱闘になっていました。この聴聞会で、申請は4対1で退けられています。同じ聴聞会では、誰から助言を受けているのかと聞かれ、「俺には、生まれてから友だちが一人もいない」と答えています。

47「あいつに勝てる見込みなんてなかった。とにかく大きすぎるし、強すぎる」

“There’s no way I could ever beat him. He’s just too big and too strong.”

— 2002年6月8日、レノックス・ルイスに8回KOで敗れた後

48「あいつは素晴らしい、すごい選手だ。戦い続けるべきだ。あいつのことを愛しているし、尊敬しすぎていて、何かしてやろうなんて思えない」

“He’s a magnificent, a prolific fighter, and he should continue fighting. I love him and respect him too much to do something to him.”

— 2002年6月8日、ルイス戦の後、ルイスと並んで

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発言時期: 2002年6月8日

発言状況: メンフィスのピラミッド・アリーナで、8回、ルイスにカウントアウトされた後、2人そろって質問に答えた場面です。タイソンは、ルイスのほおの血を優しくぬぐいながら話しました。2年前には「お前の子どもたちを食ってやりたい」とまで言った相手です。

49「向き合わなきゃいけない問題を抱えている。痛みもあるし、深刻な心の悪魔と戦っている」

“I’ve got issues I’ve got to deal with. I’m in pain and I’ve got some serious demons I am fighting.”

— 2003年2月22日、クリフォード・エティエンを49秒でKOした後

50「たぶん俺は、飼いならされた動物なんだろうな」

“Maybe I’m just a domesticated animal.”

— 2003年2月22日、エティエン戦の後、倒れた相手を助け起こして

51「たぶん来世では、もっとましな人生になる。だから俺は、あの世に行くのが楽しみなんだ。今の生き方が本当に嫌いだからな。今の自分の人生が嫌いなんだ」

“Maybe in my next life, I’ll have a better life. And that’s why I’m just looking forward to go to the other world. ‘Cause I really hate the way I live now. And I hate my life now.”

— 2003年、テレビのドキュメンタリー番組『Beyond the Glory』のインタビューで

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発言時期: 2003年(7月16日に放送された番組のインタビュー)

発言状況: 2013年の自伝『Undisputed Truth』には、2003年2月のエティエン戦の前、撮影班がついて回っていたころの言葉として書かれていて、この言葉の前には「マイク・タイソンが憎い」とあります。英語の原文は、「俺はマイク・タイソンが好きじゃない。嫌いなんだ。もし、もう一度生まれてくることが出来たら、今よりはマシな人生を送れることだろうよ」という日本での訳よりずっと強い言い方です。

52「俺はスニーカーを売るためにここにいるんじゃない。もしかしたら、誰かの魂を救うためにいるのかもしれない」

“I’m not here to sell sneakers. Maybe I’m here to save somebody’s soul.”

— 2005年6月、ケビン・マクブライド戦の前の会見で

53「俺はとてつもない数の間違いをしてきた。年をとるほど、自分のした間違いがよく分かるようになる。取り繕おうとしても無理だ。ただ死なせてやるしかない」

“I have made a tremendous amount of mistakes. As you get older you become more aware of the mistakes you made. You can’t try to rectify them. You just have to let them die.”

— 2005年6月、マクブライド戦の前の会見で

54「もうこの競技にとどまる根性がない。愛するボクシングに失礼なことはしたくない。もう心がここにないんだ」

“I don’t have the guts to stay in this sport anymore. I don’t want to disrespect the sport that I love. My heart is not into this anymore.”

— 2005年6月11日、ケビン・マクブライド戦で棄権した後

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発言時期: 2005年6月11日

発言状況: ワシントンD.C.の MCI センターで、6回が終わった後、7回のゴングに立たずに棄権した直後の言葉です。続けて「お金を払って見に来てくれたファンには申し訳ない。人生を前に進めて、父親として子どもたちの面倒を見る時だ」と話し、引退を口にしました。

55「何かやることはきっと見つかる。ボクシングが俺のすべてじゃない」

“I’m sure I’ll find something to do. Boxing doesn’t define me.”

— 2005年6月11日、マクブライド戦の後

自伝と鳩に向き合う引退後の名言

リングを離れたマイク・タイソンは、子どものころから飼ってきた鳩の話をよくするようになります。2011年には鳩レースのテレビ番組に出て、2025年には数百羽、もしかすると千羽の鳩を飼っていると話しました。2013年には自伝『Undisputed Truth』を出し、その少し前の記者会見では、しらふだと嘘をついていたことを自分から打ち明けています。

56「20年間、俺はある種類の人間だった。今はもう、そいつのことが好きじゃない。ずっといじめられて生きてきて、それからやり返せるようになったんだ」

“For 20 years I was one kind of person. Now I don’t like that person any more. All my life I’d been bullied and then I was able to do something about it.”

— 2005年11月、リングを離れた後のロンドンでのインタビューで

57「若いころは自分を神だと思っていた。今は、謙虚でいることにひたすら取り組んでいる。大事なものが変わったんだ」

“When I was young, I thought I was a god. Now, I just basically work on staying humble. My priorities changed.”

— 2009年9月、Interview Magazine の対談で

58「人生で最初に愛したもの、それが鳩だ。これは趣味なんかじゃない。文化なんだ」

“The first thing I ever loved in my life — the pigeon. … This ain’t no hobby. It’s a cultural thing.”

— 2011年1月、鳩レースのテレビ番組の発表の場で

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発言時期: 2011年1月

発言状況: 2011年3月に始まった鳩レースの番組『Taking on Tyson』を紹介する、テレビ批評家協会の会見での言葉です。ブルックリンの荒れた地域で育った子どものころ、アパートの周りの鳩に夢中になった話をしながら、「鳩は人間にそっくりなんだ」「鳩が健康なら、飼っている人もきれいで健康なはずだ」とも語りました。

59「人生で信じてきたものが全部うそだったと気づいて、人生をやり直したくなる時が来る。偉大な人間として知られるだけじゃなく、いい人間になりたい」

“You reach a point in your life where you find out all you believed in life was a lie and you want to start life all over again. … I want to be a good person, not just be known as a great person.”

— 2011年、国際ボクシング殿堂入りの数か月前の取材で

60「俺はひどいアルコール依存症で、死の瀬戸際にいる。酒も薬も、6日間やっていない。俺にとっては奇跡だ」

“I’m on the verge of dying because I’m a vicious alcoholic. … I haven’t drank or took drugs in six days. For me, that’s a miracle.”

— 2013年8月、自分の会社が主催した興行の記者会見で

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発言時期: 2013年8月

発言状況: ニューヨーク州で自分の会社が初めて主催したボクシングの興行の記者会見で、長く対立していた元トレーナーのテディ・アトラスと会ったことを聞かれた時の言葉です。アトラスに謝ったことと、許されたいと思っていることを話した流れで、こう打ち明けました。「しらふだと思っているみんなに嘘をついていた。今日が6日目だ。もう二度とやらない」と続け、話しながら指を6本立てて声を詰まらせました。

61「この本を書いていると、自分の人生は全部冗談だったんじゃないかと思えてくる」

“Working on this book makes me think that my whole life has been a joke.”

— 2013年11月、自伝『Undisputed Truth』で

62「偉大さとは、人から身を守ることじゃない。人に受け入れられることだ。あいつは小さくて、おびえた男だ。とても小さな、おびえた男なんだ」

“Greatness is not guarding yourself from the people. Greatness is being accepted by the people. … He’s a little scared man. He’s a very small, scared man.”

— 2015年4月、メイウェザーについて聞かれたネットの番組のインタビューで

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発言時期: 2015年4月(メイウェザー対パッキャオ戦の数日前)

発言状況: フロイド・メイウェザーが「自分はモハメド・アリより上だ」と話したことについて聞かれた答えです。タイソンは「もしアリと並ぶほど偉大なら、子どもを一人で学校に送っていけるはずだ」と続けました。日本では、この答えの一部が「メイウェザーはチンケで臆病な男だ」と訳されていますが、英語は「小さくて、おびえた男」です。

タイソンに「おびえた男」と言われたメイウェザー本人の言葉は、メイウェザーの名言にあります。

63「神が自らのチャンピオンを迎えに来た。さようなら、偉大な人」

“God came for his champion. So long great one.”

— 2016年6月、モハメド・アリが亡くなった時の本人の X 投稿で

64「でもカスより前に、俺の命を救ったのは鳩だった。子どものころの俺は太ったガリ勉みたいな子で、毎日いじめられていた」

“But before Cus, pigeons saved my life. I was a fat Poindexter when I was growing up. I was bullied every day …”

— 2017年、カス・ダマトとの日々を書いた本『Iron Ambition』で

65「若さを当たり前だと思っていた。この試合で、自分が本当は何でできているかが分かった。体は最高の調子だ。もっと痛めつけたい」

“I took my youth for granted. This event made me find out what I was really made of. … My body feels splendid. I want to beat it up some more.”

— 2020年11月28日、ロイ・ジョーンズ・ジュニアとのエキシビションの後

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発言時期: 2020年11月28日(54歳)

発言状況: ロサンゼルスのステープルズ・センターで、15年ぶりにリングに上がった2分×8ラウンドのエキシビションです。公式の勝者はなく、試合では複数の慈善団体のためのお金が集められました。試合後には「タイトルのために戦うよりいい。俺たちはもう人道主義者だ。世界のためにいいことができる」とも話しています。

66「大金があれば幸せになれると思っているのは、大金を持ったことがない人だ。だから俺はいつも言う。金は偽りの安心だと」

“I always tell people they think a lot of money is gonna make them happy. They never had a lot of money before. … That’s why I always say that money is a false sense of security.”

— 2022年7月、自分のポッドキャスト番組で

67「負けたけれど、それでも勝った。そういう時もある。6月には死にかけた。輸血を8回受け、血の半分と体重25ポンドを失い、戦えるだけの健康を取り戻すために戦わなければならなかった。だから俺は勝ったんだ」

“This is one of those situations when you lost but still won. … I almost died in June. Had 8 blood transfusions. Lost half my blood and 25lbs in hospital and had to fight to get healthy to fight so I won.”

— 2024年11月16日、ジェイク・ポール戦の翌日の X 投稿で

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発言時期: 2024年11月16日(58歳)

発言状況: テキサス州アーリントンの AT&T スタジアムで、27歳のジェイク・ポールと2分×8ラウンドのプロの試合を戦い、3人のジャッジ全員がポールの勝ちとした判定で敗れた翌日の投稿です。投稿は「満員のダラス・カウボーイズのスタジアムで、自分の半分の年の才能あるファイターと真っ向から8ラウンドを戦い抜く姿を子どもたちに見せられた」と続きます。

出典: 本人の X 投稿(2024年11月16日)

68「俺の人生は、ほとんど鳩から始まった。11歳の時、鳩がきっかけでケンカをするようになった。ボクシングは終わった。でも鳩はまだここにいる」

“My whole life has pretty much started over pigeons, my whole developmental life. I was 11 years old when pigeons got me into fighting. … Boxing is over and pigeons are still here.”

— 2025年3月、People 誌の取材で

SNSの名言と飛行機の中の出来事

「SNSのせいで、お前らは他人をバカにしても顔面を殴られない環境に慣れ過ぎている」。この訳で日本に広まったSNSの名言は、もとは英語の言葉で、2020年7月、本人の公式 Facebook ページにタイソンの写真と一緒に画像で投稿されました。日本で一気に広まったのは2年後の2022年4月で、タイソンが飛行機の中で乗客を殴った出来事の後、この投稿がテレビの情報番組でも取り上げられました。

69「SNSのせいで、お前らは人をバカにしても顔面を殴られないことに、すっかり慣れてしまった」

“Social media made y’all way too comfortable with disrespecting people and not getting punched in the face for it.”

— 2020年7月、本人の公式 Facebook ページに画像で投稿

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発言時期: 2020年7月

発言状況: 2022年4月20日、サンフランシスコ国際空港でフロリダ行きの飛行機に乗っていたタイソンは、離陸前に後ろの席の乗客を何度も殴りました。その直後から、英語圏でもこの2年前の投稿が掘り起こされています。タイソンの代理人は、乗客がしつこく絡んで水のボトルを投げてきたと説明し、乗客側はボトルを投げたことを否定しています。地元の検事は、タイソンを起訴しないと発表しました。

70「俺が悪かった。あんなことをすべきじゃなかった。でもイライラして、疲れて、ハイになって、頭にきていたんだ」

“I was wrong. I shouldn’t have done that, but I was irritated, tired, high, pissed off, yeah.”

— 2022年6月、テレビのトーク番組で機内の出来事を聞かれて

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発言時期: 2022年6月

発言状況: アメリカの深夜のトーク番組『Jimmy Kimmel Live』に出た時、機内の出来事について聞かれ、こう答えました。その前の5月には、自分のポッドキャスト番組で「あいつがちょっかいを出してきたんだ」「そもそも俺は一般の飛行機に乗るべきじゃない」と話していました。

ほかのボクサーの名言は、ボクシング選手の名言にあります。

よくある質問(Q&A)

Q1. 「SNSのせいで殴られない」はマイク・タイソンの言葉?

本人の公式 Facebook ページに投稿された言葉です。2020年7月、タイソンの写真と一緒に、英語で “Social media made y’all way too comfortable with disrespecting people and not getting punched in the face for it.” と投稿されました。日本では2022年4月、タイソンが飛行機の中で乗客を殴った出来事の後に、マイク・タイソンのSNSの名言として広まっています。

Q2. マイク・タイソンの名言「誰もが作戦を持っている」は英語で何と言った?

2012年11月、この言葉が生まれたきっかけを聞かれたタイソンは、“Everybody has a plan until they get hit.”(誰だって、殴られるまでは作戦を持っている)と振り返っています。英語で広まっている “punched in the mouth”(口を殴られる)の形ではありませんでした。日本でこの言葉に続けて紹介される「ネズミのように恐怖で凍りつく」は、この時の説明に出てくる言葉です。

Q3. 「運命よ、そこをどけ!俺が通る!」はタイソンの名言?

日本の名言サイトでマイク・タイソンの名言として紹介されている言葉ですが、Activel編集部が英語の名言集や本の本文を調べた範囲では、元になった英語の言葉は見つかりませんでした。いつ、どこで言ったのかも分かっていません。

Q4. 「恐怖は炎に似ている」はタイソンの言葉?

カス・ダマトの教えを、タイソンが自分の言葉でも語った言葉です。2013年の自伝『Undisputed Truth』には、恐怖を火にたとえる話が、カスがタイソンに教えた言葉として書かれていて、2009年9月の対談では、タイソン自身が「恐怖は火のようなものだ」と話しています。

Q5. マイク・タイソンと鳩にはどんな関係がある?

鳩は、タイソンが子どものころから飼い続けていて、人生で最初に愛したと本人が話すものです。本人の話では、11歳のときに鳩がきっかけで初めてケンカをし、2011年には鳩レースのテレビ番組にも出ました。2025年3月には、数百羽、もしかすると千羽の鳩を飼っていると話しています。

Q6. マイク・タイソンは井上尚弥について何と言った?

2023年7月、井上尚弥選手がスティーブン・フルトンに勝った後のことです。タイソンはボクシングの動画チャンネル Fight Hub TV の取材で、テレンス・クロフォードとエロール・スペンス・ジュニアの試合の勝者と井上選手の、どちらがパウンド・フォー・パウンド(体重の差がないとしたら誰が一番強いかの比べ方)の1位にふさわしいかと聞かれ、「日本人ボクサーが世界最高のボクサーだ」と答えています。2021年11月には、タイソンが自分のポッドキャスト番組で「マニー・パッキャオより優れている」とほめたと伝えられたことについて、井上選手が記者会見で「感動しました」と話しました。


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