ラミン・ヤマルの名言30選!メッシへの言葉や強気な発言を場面つきで解説
生まれて数か月でメッシにお風呂に入れてもらったラミン・ヤマルの名言です。「若すぎる」と疑われながら17歳でユーロ、19歳でワールドカップを勝ち取ったヤマルが、メッシへの思いや強気な発言、家族への感謝を語った名言を、言った場面と一緒に読めます。
Writer
公式ライター Activel編集部
ラミン・ヤマルは15歳でバルセロナのトップチームにデビューし、17歳でユーロ、19歳でワールドカップを勝ち取りました。「若すぎる」「一発屋だ」と疑われても、ヤマルは「一試合一試合で自分の価値を証明していきたい」と話し、その言葉どおり結果で答えてきました。そこに、ヤマルの名言の強さがあります。赤ちゃんの頃にメッシと写った写真を父が一度 Facebook に載せた時には、消してほしいと頼み、「僕がラミンになったら、好きにしていいよ」と父に言いました。メッシについての名言には、比べられ続けてきた本人の本音が出ています。
ラミン・ヤマルのプロフィール
ラミン・ヤマルは、FCバルセロナとスペイン代表で、右サイドからゴールに迫るフォワードです。スペインのカタルーニャ州で、モロッコ出身の父と赤道ギニア出身の母のもとに生まれ、7歳でバルセロナの下部組織ラ・マシアに入りました。背番号10を背負う今も、まだ19歳です。
基本プロフィール
生まれたのはバルセロナの近くのエスプルゲス・デ・リョブレガートで、育ったのは同じカタルーニャ州の町マタロです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | ラミン・ヤマル |
| 表記 | Lamine Yamal |
| 生年月日 | 2007年7月13日 |
| 出身 | スペイン・エスプルゲス・デ・リョブレガート |
| 身長 | 178cm |
| ポジション | フォワード |
| 所属 | FCバルセロナ(背番号10) |
| 代表 | スペイン代表 |
| 主なタイトル | ユーロ2024・2026年W杯 |
個人の賞では、21歳以下の最優秀選手に贈られるコパ・トロフィーを、2024年と2025年に史上初めて2年続けて受賞しました。その年の世界最高の選手に贈られるバロンドールでは、2025年に2位に入っています。2025-26シーズンはバルセロナで24点を決め、ラ・リーガの最優秀選手にも選ばれています。
生い立ち・ロカフォンダとラ・マシアの少年時代
ヤマルの家族は、祖父母の代にスペインへ渡ってきました。父方の祖母はモロッコからこっそりバスに乗り込んでマタロにたどり着き、朝から夜まで働いてお金を貯め、モロッコに妹と残っていた父を呼び寄せました。母方では、母が祖母と一緒に赤道ギニアから移ってきて、両親はスペインで出会います。幼いヤマルは、若い親のための施設で食事を出してもらいながら暮らし、両親が別れた後は母と過ごしました。
- 祖母や親友がいるマタロのロカフォンダ地区の公園で、ボールを蹴って育った
- 地元のクラブ CF ラ・トレタから、7歳でバルセロナのラ・マシアに入った
- ゴールの後に手で示す304という数字は、ロカフォンダの郵便番号 08304 から来ている
生まれて数か月の2007年には、スポルト紙がユニセフのために作ったチャリティーカレンダーの撮影で、20歳だったメッシにベビーバスに入れてもらいました。家族が抽選で、バルセロナの選手と一緒に写る機会を当てたためです。写真が広く知られたのは、父が SNS に載せた2024年7月のことでした。
バルセロナでのデビューから2026年ワールドカップまでのキャリアの歩み
15歳でデビューしてから手にしたタイトルは、ラ・リーガ3回、スペインのカップ戦の国王杯1回、スペイン・スーパーカップ2回に、ユーロとワールドカップを合わせて8つです。
| 年月 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2023年4月 | 15歳でトップチームデビュー |
| 2023年5月 | ラ・リーガ優勝 |
| 2024年7月 | ユーロ2024 優勝 |
| 2024年10月 | コパ・トロフィー |
| 2025年4月 | 国王杯優勝 |
| 2025年5月 | ラ・リーガ優勝 |
| 2025年7月 | 背番号10・2031年まで契約 |
| 2025年9月 | バロンドール2位 |
| 2026年5月 | ラ・リーガ連覇 |
| 2026年7月 | ワールドカップ優勝 |
2026年のワールドカップで、ヤマルは途中出場だった初戦から全8試合に出て、2戦目のサウジアラビア戦で大会初ゴールを決めました。得点はこの1点だけでしたが、ドリブルの成功35回は大会で一番多く、試合の最優秀選手にも2回選ばれています。決勝ではアルゼンチンを延長の末1-0で破り、19歳6日でワールドカップの優勝メンバーになりました。ユーロとワールドカップの両方を勝ち取った選手として、ヤマルは史上最年少です。
座右の銘
ヤマルの座右の銘に近いのは、母の口ぐせ「いつも今この瞬間を楽しみなさい。何もかもあっという間に過ぎてしまうから」です。2025年1月に公開されたアメリカの CNN のインタビューで、ヤマルは、何もかもがとても早く起きたと振り返り、未来のことと、起きたいいことだけを考えていると話したうえで、この言葉を紹介しました。「これが座右の銘だ」と本人が語った言葉は、会見やインタビュー、本人の SNS では見つかっていません。
ラミン・ヤマルの名言30選

ラミン・ヤマルの名言は、15歳でデビューした翌日から、19歳でワールドカップを勝ち取った後の2026年9月まで、会見やインタビューで語られてきました。メッシと比べられれば、自分はラミン・ヤマルとして覚えられたいと答え、母のことは「僕の女王」、弟のことは自分の子どものようだと話します。2026年のワールドカップの最中には、日本のチームにも触れました。強気に聞こえる「黙って動け」の一言も、相手の選手に言われた言葉への返事で、翌日の試合でヤマルは同点ゴールを決めました。
バルセロナで語った名言
7歳からバルセロナで育ったヤマルは、2031年までクラブと契約を延ばしています。デビューの翌日にもっと記録を破りたいと話した15歳は、17歳でバルサの伝説になりたいと語り、18歳で背番号10を受け取りました。子どもの頃に憧れたネイマールについても、バルセロナでの会見で語っています。
01「記録を作れてとても嬉しい。でも、もっとたくさん破りたい」
“I am very happy to have broken the record, but I want to break a lot more.”
— 2023年4月、15歳でトップチームにデビューした翌日に
02「バルサを離れることがなければいい。バルサで伝説になりたい」
“I hope I never leave (Barcelona), I want to be a legend at Barca”
— 2024年9月、スペインのテレビ番組『El Hormiguero』で
03「これがラミン・ヤマルの時代になってほしいとは思わない。バルサの時代になってほしい」
“I don’t hope that it is Lamine Yamal’s era, but Barça’s era”
— 2025年4月、チャンピオンズリーグ準決勝の前日の会見で
04「これは、とても長くて、勝利でいっぱいになってほしい道の始まり」
“This is the beginning of a journey that I hope will be very long and full of victories.”
— 2025年7月、2031年までの契約にサインし、背番号10を受け取った日に
05「あの6-1は何度も見た。ネイは僕の子ども時代そのもので、僕のアイドル。サッカーのためにしてくれたことに、ずっと感謝している」
“I’ve watched that 6–1 many times. Ney defined my childhood, he’s my idol and I’ll always be grateful for what he’s done for football.”
— 2026年4月、2017年の6-1の大逆転について聞かれた会見で
ヤマルが子どもの頃から見てきたネイマール本人の言葉は、ネイマールの名言にあります。
スペイン代表とワールドカップの名言
スペイン代表では、17歳の誕生日の翌日にユーロ2024 の決勝でイングランドを破り、2年後の2026年には19歳でワールドカップを勝ち取りました。前回のワールドカップを学校の教室で見ていた少年は、4年後の大会の前に優勝の光景を語り、試合のたびに言葉を残して、その大会で優勝メンバーになりました。
06「最高の誕生日プレゼントだよ。夢が叶った」
“This is the best (birthday) gift I could have asked for. It’s a dream come true”
— 2024年7月、17歳の誕生日の翌日にユーロ2024 で優勝して
07「主審が試合終了の笛を吹いて、自分たちが勝っているんだ。何点差かは分からない。でも、自分たちが世界王者になっている」
“The referee blows the final whistle and we’ve won. I don’t know by how many, but we’re champions.”
— 2026年5月、ワールドカップの前の FIFA のインタビューで
08「前回のワールドカップは教室から見ていた。だから今ここで、母や家族がスタンドにいる前でゴールを決められたのは、夢が叶った瞬間だ」
“I watched the last World Cup from a classroom, so being able to score here with my mum and my family in the stands is a dream.”
— 2026年6月、ワールドカップ初ゴールを決めたサウジアラビア戦の後に
09「ワールドカップはサッカーで一番大きなもので、これ以上のものはない。子どもがサッカー選手を夢見る時に思い浮かべるのはこれなんだ」
“El Mundial es lo más grande que hay en el fútbol, no hay nada mejor. Cuando un niño sueña con jugar al fútbol, piensa en esto.”
— 2026年7月、ワールドカップのラウンド32、オーストリア戦の後に
10「ワールドカップで優勝すれば、自分が何点決めたか、何本外したかを覚えている人はいないと思う。自分たちが勝てば、みんなが幸せになれる」
“If I win the World Cup, I don’t think anyone’s going to remember how many goals I’ve scored or missed. If we win, we’ll all be happy.”
— 2026年7月、ワールドカップ準々決勝のベルギー戦の後に
メッシについて語った言葉
ヤマルは、デビューした頃からメッシと比べられてきました。比べられることについて聞かれると、16歳の時から、自分はメッシにはなれない、ラミン・ヤマルとして覚えられたいと答えています。2026年のワールドカップ決勝では、2人はスペインとアルゼンチンに分かれて戦い、試合の後に抱き合いました。
11「史上最高の選手と比べられて嫌な人はいない。でも、それは自分にとってマイナスになる。彼のようには絶対になれないんだから」
“No one would be annoyed to be compared with the best to ever play the game, but it’s something that could work against you because you’re never going to be like him.”
— 2024年7月、配信番組『Jijantes』のインタビューで
12「自分の目標は、彼らと『比較される』ことじゃない。『並べて語られる』ことなんだ」
“My goal isn’t to be compared to them; it’s to be mentioned alongside them.”
— 2026年5月、ワールドカップの前の FIFA のインタビューで
13「僕はラミンになりたかった。メッシになりたかったわけじゃない。自分が行けるところまで行きたかっただけ」
“I wanted to be Lamine; I didn’t want to be Messi. I just wanted to get where I could get.”
— 2026年9月、イギリスの新聞ガーディアンのインタビューで
14「メッシは、自分の道を進み続けろ、未来は僕たちの世代のものだと言ってくれた。その言葉は、首にかけている金メダルと同じくらい大切なもの」
“He told me to keep going my way and that the future belongs to our generation. Those words mean as much to me as the gold medal around my neck.”
ヤマルが比べられ続けてきたメッシ本人の言葉は、メッシの名言にあります。
ライバルや批判への強気な発言
ヤマルの発言は、たびたび「傲慢」と批判されてきました。強気な言葉が出るのは、相手に何か言われた後や大一番の前です。ユーロ2024 のラビオとのやり取り、レアル・マドリードとの伝統の一戦クラシコ、2026年ワールドカップのフランス戦と、言葉の後には注目の試合が待っていました。
15「黙って動け。しゃべるのは『チェックメイト』と言える時だけ」
“Move in silence. Only speak when it’s time to say checkmate.”
— 2024年7月、ユーロ2024 準決勝のフランス戦の前に Instagram で
16「勝っている間は、誰も僕に何も言えない。負かされたら、その時は言えばいい」
“While I’m winning, they can’t say anything. When they beat me, they can.”
— 2025年4月、チャンピオンズリーグ準決勝の前日の会見で
17「口だけなら何とでも言える」
“talk is cheap”
— 2026年5月、リーグ優勝を決めたクラシコの後に Instagram で
18「フランスが誰かを恐れなきゃいけないとしたら、それは僕らだと思う。前に彼らを敗退させたのは僕らだから」
“I think that if France has to fear anyone, it’s us because we’ve knocked them out before.”
— 2026年7月、ワールドカップ準決勝でフランスと当たると決まって
19「傲慢というより、思ったことをいつも、自然に言っているだけ。だから、そういうレッテルを貼るのは間違いだと思う」
“It’s not so much arrogance; it’s saying what I think, always, and saying it naturally.”
— 2026年9月、フランスの新聞レキップのインタビューで
プレッシャーと「若すぎる」という声への答え
15歳でデビューしてから、ヤマルはずっと「若すぎる」という声と一緒に歩いてきました。プレッシャーについて聞かれると、ヤマルは何度も、サッカーをすることは重荷ではないと答えてきました。本当のプレッシャーとは何かを語った言葉には、家族の歩みも重なっています。
20「若くして注目されると、必ず疑われるから。『若すぎる』『一発屋だ』『過大評価だ』ってね。でも自分は、一試合一試合で自分の価値を証明していきたい」
“When you break through early, there are always doubts – that you’re too young, you’ll be a one-season wonder, you’re over-rated. For me, it’s about showing what I can do game after game.”
— 2026年5月、ワールドカップの前の FIFA のインタビューで
21「すごくやる気があるし、試合前はそわそわもする。でもプレッシャーは感じない。ただプレーして全部出すのが好きなんだ。恐れはマタロに置いてきた」
“I am really motivated and I have butterflies in my stomach before the games, but I don’t feel pressure. I just like to play and give everything. I left fear behind in Mataró.”
— 2025年4月、チャンピオンズリーグ準決勝の前日の会見で
22「サッカーに年齢なんてない。準備ができていれば、できている。年齢はただの数字だ」
“In football, there is no such thing as age. If you’re ready, you’re ready. … Age is just a number.”
— 2025年4月、同じチャンピオンズリーグ準決勝の前日の会見で
23「たとえば仕事をしていて『ボスにならないか』と聞かれたら、どう答える? イエス、それともノー? 僕が急ぎすぎているかって? それが僕の答えだよ」
“Well, I would say that if, for example, you have a job and you get asked if you want to be the boss, what would you say? Yes or No? Am I going too fast? So that’s my answer.”
— 2025年11月、アメリカ CBS の番組『60 Minutes』で
24「もっと苦しんできた人がいる。母は16歳で僕を産んで、父は家に食べ物を持ち帰るために、外に出て生きる道を探さなきゃいけなかった。あれこそプレッシャーだ。僕はただプレーして、スペインのみんなに喜んでもらおうとしているだけ」
“Hay gente que ha sufrido más. Mi madre me tuvo con 16 años y mi padre se tuvo que buscar la vida e ir a la calle para traer comida a casa. Eso sí que es presión. Yo solo trato de jugar y que todos los españoles estén contentos.”
— 2026年6月、ワールドカップの大会中にラジオ番組『El Larguero』で
家族と故郷への思いを語った言葉
ヤマルが家族の話をする時によく出てくるのは、母と弟、そして育ったロカフォンダの町です。母は仕事でなかなか一緒にいられなかったけれど、夜に帰ってくると、いつも夕食を作ってくれた、とヤマルは話しています。母に家を贈り、弟ケインの笑顔を何よりの喜びと語るヤマルの言葉には、家族への感謝がそのまま出ています。
25「すべてだよ。祖母も、いとこも、親友たちもいる。公園でサッカーをした場所で、僕の価値観と育ちはあそこから生まれた」
“Todo. Ahí están mi abuela, mis primos, mis mejores amigos… Ahí he jugado al fútbol, en el parque. Mis valores y mi educación han salido de ahí, para mí es todo.”
— 2024年9月、テレビ番組『El Hormiguero』で、育った地区について聞かれて
26「母には、好きな場所に家を買った。母は僕の女王で、何もかも手にしていい人。それが、僕がこの世で一番望んでいることなんだ」
“I bought her a house wherever she chose; she’s my queen, she deserves everything, and that’s what I want most in this world.”
— 2025年9月、インタビュー番組『Resonancia de Corazón』で
27「弟が幸せそうにしているのを見ると、母が夢見てきた人生を送っているのを見ると、胸がいっぱいになる。それはサッカーのほかに、子どもが願う一番大きな夢なんだ。母は僕のすべてで、弟は自分の子どもみたいなもの。弟が大好きなんだ」
“Me emociona ver a mi hermano ser feliz, y a mi madre vivir la vida que siempre ha soñado. Es el sueño más grande de un niño además del fútbol. Mi madre es todo para mí, mi hermano es como si fuera mi hijo y estoy enamorado de él”
— 2026年7月、ワールドカップのオーストリア戦の後の取材で
28「子どもの頃の僕にあったのは、家族とボール、公園、そして夢だけだった」
“Growing up, all I had was a family, a ball, a park, and a dream.”
— 2026年6月、ユニセフの親善大使に任命された時に
日本について語った言葉
ヤマルが日本についてコメントしたのは、2026年のワールドカップの最中です。スペインと日本はこの大会で対戦していませんが、日本がラウンド32 でブラジルに1-2で敗れた翌日、スペインのラジオ番組のインタビューで、ほかの国の試合を振り返る中で日本の名前を出しました。
29「日本はいいチームに見えたけど、ブラジルが上だった」
“Japón me parecía buen equipo, pero Brasil era superior”
— 2026年6月、ワールドカップの大会中にラジオ番組『El Larguero』で
30「日本もすごく気に入っていた」
“Japón me estaba gustando mucho”
— 2026年6月、同じ番組で、大会で気になるチームを聞かれて
よくある質問(Q&A)
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