長州力の名言32選!飛ぶぞ・またぐなよの場面と「キレてないですよ」の元ネタ
プロレスラー・長州力の名言「またぐなよ」「食ってみな、飛ぶぞ」は、どの試合・どの番組で生まれたのか。「キレてないですよ」の元ネタになった安生洋二戦の後の一言や、橋本真也とのコラコラ問答、本で語った努力の言葉まで、不器用でまっすぐな長州力の名言を場面からたどります。
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公式ライター Activel編集部
「またぐなよ」「食ってみな、飛ぶぞ」は、プロレスラーの長州力が口にして広まった名言です。ものまねの「キレてないですよ」も、元は1995年に記者へ返した「キレちゃいないよ」でした。「革命戦士」と呼ばれた頃から引退後の X まで、長州力の名言を場面と一緒に読むと、不器用でまっすぐな人柄が見えてきます。
長州力のプロフィール
長州力は、山口県出身のプロレスラーです。レスリングでオリンピックに出てからプロレスの世界に入り、1980年代には「革命戦士」と呼ばれて人気を集めました。リングを降りたのは2019年、67歳の時です。
基本プロフィール
長州力はリングネームで、本名は吉田光雄です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 吉田光雄 |
| 生年月日 | 1951年12月3日 |
| 出身地 | 山口県徳山市(現・周南市) |
| 出身大学 | 専修大学(レスリング部) |
| オリンピック | 1972年ミュンヘン五輪(レスリング) |
| デビュー | 1974年8月8日(新日本プロレス) |
| 呼び名 | 革命戦士 |
| 引退 | 2019年6月26日(後楽園ホール) |
「長州力」というリングネームを、本人は初めから気に入っていたわけではありません。2014年に出した本人の本では、「最初は『なんだ、この時代遅れの名前は』ってがっくりしましたからね。ラーメンのチャーシューじゃないんですから。全部、漢字っていうのも嫌でしたね」と振り返っています。
ミュンヘン五輪から革命戦士、2019年の引退までの歩み
レスリングの五輪選手から始まった長州力のプロレス人生は、藤波辰巳へのかみつきで火がつき、団体を出ては戻り、1998年の引退と復帰をはさんで、67歳まで続きました。
- 1972年: 専修大学のレスリング部から、ミュンヘン五輪に出場
- 1974年8月8日: 新日本プロレスでデビュー
- 1982年10月8日: メキシコから帰国して最初の試合で、藤波辰巳(後の藤波辰爾)にかみつく(かませ犬の騒ぎ)
- 1983年4月3日: 蔵前国技館で、藤波にシングルで初めて勝つ
- 1984年: 仲間とともに、ジャイアント馬場の全日本プロレスに上がる
- 1987年: 新日本プロレスに戻る
- 1991年9月23日: 引退を決めたが、天龍源一郎に引き止められて取り消す
- 1995年10月9日: 東京ドームの UWFインターナショナルとの対抗戦で、安生洋二に勝つ
- 1998年: 1度目の引退
- 2000年7月30日: 横浜アリーナで大仁田厚と戦い、リングに戻る
- 2002年: 新日本プロレスを離れ、新しい団体 WJ プロレスを作る(1年半ほどで崩壊)
- 2005年10月: 新日本プロレスの現場監督に戻る
- 2019年6月26日: 後楽園ホールの引退試合で、2度目の引退(67歳)
2018年に「相席食堂」で口にした「食ってみな、飛ぶぞ」や、2019年に始めた X(旧ツイッター)の面白い投稿で、プロレスを見ない人にも名前が知られるようになりました。
座右の銘
長州力が座右の銘として挙げた言葉は、本人の本や X、取材の記事には見当たりません。生き方の芯が出ている言葉なら、「無事故、無違反で名を遺した人間はいない」があります。2014年の本で、目立たず小さくまとまってしまう人に向けて書いた言葉です。同じ本では、アントニオ猪木を引き合いに出し、「猪木さんなんて世間から見れば常に常識外れのことばっかりやってきたじゃないですか。」とも書いています。
長州力の名言32選
長州力の名言・語録には、藤波辰巳の後ろを歩かされることに怒った若い頃の言葉から、大仁田厚を前にくり返した「またぐなよ」、橋本真也とのコラコラ問答、テレビや X の思わず笑ってしまう言葉まであります。リングでは荒い言葉をぶつけてきた長州力も、2014年の本では、悩んでいる読者に「強く生きてください」と呼びかけました。
「かませ犬」と革命戦士の頃の名言
1982年10月8日、メキシコから帰国して最初の試合で、長州力は組んでいた藤波辰巳と先発をめぐってもめ、試合が終わると藤波に張り手を見舞い、場外へ蹴り落としました。この時マイクで「オレはお前のかませ犬じゃない!」と言ったとされるのが長州力のかませ犬発言ですが、その日に本当に言ったかは、はっきりしていません。同じ年の専門誌のインタビューでは、長州力が自分の口で「かませ犬」という言葉を使っています。
01「ここで自分を主張できなかったら、俺は一生〝かませ犬〟のままで終わるんですよ」
— 1982年、藤波辰巳にかみついた後の、専門誌のインタビューで
02「なぜオレは藤波の後ろを歩かねばならないのか、オレだってチャンピオンだ」
— 1982年10月8日、後楽園ホールで藤波辰巳にかみついた試合の後、控室で
03「俺の人生にも一度くらいこんなことがあってもいいだろう」
— 1983年4月3日、蔵前国技館で藤波辰巳にシングルで初めて勝ち、WWF インターナショナルヘビー級王座を取った後、控室で
04「藤波、前田! お前たちはかみつかないのか! 今しかないぞ、俺たちがやるのは!」
— 1987年6月12日、両国国技館で、放送席にいた藤波辰巳と前田日明に
05「3人ともうまい。橋本が一番ヘタだけどインパクトは一番強い」
— 1990年5月28日、若手の闘魂三銃士(武藤敬司・蝶野正洋・橋本真也)と戦った3連戦の大阪大会で、橋本に負けた後
06「最高の状態で三銃士の前に立つ!」
— 1991年9月23日、横浜アリーナのリングに私服で上がり、引退を取り消して
「キレちゃいないよ」とUWFインターとの対抗戦の名言
長州力の名言として知られる「キレてないですよ」は、長州力本人の言葉ではありません。本人が言ったのは「キレちゃいないよ」で、1995年10月9日、UWFインターナショナルとの対抗戦で安生洋二に勝った後の一言です。この場面を、ものまね芸人の長州小力が「キレてないですよ」としてまね、そちらの言い回しが広く知られるようになりました。相手の UWFインターナショナル(UWFインター)は、高田延彦が率いた団体です。長州は、電話一本で全面対抗戦を決め、自分も東京ドームのリングに上がりました。
07「オレの体ひとつしかねぇんだぞコラ!」
— 1995年2月12日、後楽園ホールで天山広吉に負けた後、控室で橋本真也と平田淳嗣に
08「ウチはやりたい人間を全部出す。向こうも全員で来い。Uはドームで消す」
— 1995年8月24日、UWFインターナショナルの高田延彦と電話で話した後、報道陣に
09「キレちゃいないよ」
— 1995年10月9日、東京ドームで安生洋二に得意技のサソリ固めで勝った後、バックステージで記者に
「またぐなよ」とコラコラ問答の名言
1998年に一度リングを降りた長州力が、2000年に戻ってきた時の最初の相手は大仁田厚です。2000年6月、嘆願書を持って近づいてきた大仁田に、長州はリングを囲むフェンスの前で「またぐなよ」をくり返しました。20年後には、その大仁田に X で「跨いで来ますか?」と返しています。2003年には、新日本プロレスを離れていた橋本真也と、長州力が「コラ」をぶつけ合うコラコラ問答もありました。自分の団体が崩れた後の2004年には、出ていった新日本プロレスのリングで、長州力は「ど真ん中」に立っていると叫んでいます。
10「本気なら、ウチの事務所なり、会場に来てみろ。そんな度胸ねえだろ!」
— 1998年、現役を退いた後、電流爆破マッチで自分と戦ってリングに戻れと、しつこく呼びかける大仁田厚に
11「入るなコラ! 入るな! 入るな、入るなよ。またぐなよコラ! またぐな。またぐなよ、またぐな。またぐなよ絶対に」
— 2000年6月30日、新日本プロレスの神奈川・海老名大会の試合前、嘆願書を持って近づいてきた大仁田厚に
12「アイツは昔の恨みを晴らしたいのか」
— 2003年11月、「長州力は死んだ」と挑発していた橋本真也について
13「噛みつきたいのか噛みつきたくないのか、どっちなんだ。どっちなんだコラ!」
— 2003年11月18日、橋本真也の会見の場に突然乗り込んで(コラコラ問答)
この日の言い合いで、橋本真也の側が返した言葉は、橋本真也の名言の中にあります。
14「オレはリングのど真ん中に立っている!」
— 2004年10月9日、新日本プロレスの両国国技館大会の休憩明けに、リングに上がって
15「1からじゃないんですよ、ここ(新日本)は。0からなんですよ。1の余裕もないですよ」
— 2005年10月24日、新日本プロレスの現場監督に戻り、鹿児島で報道陣に
本と引退で語った努力と人生の名言
2014年、長州力はレスラー人生の中で語った言葉を集め、それぞれの言葉を今どう考えているかを書いた本『逆境?それ、チャンスだよ』を出しました。この本には、リングの上の荒い言葉とは違い、悩んでいる人に話しかけるような語りが並びます。2019年の引退試合の後には、「どうしても勝てない人間がいました」と妻をリングに上げ、2022年には亡くなった師匠の猪木をしのんでいます。
16「若いうちはとんがっていていいと思いますよ。僕もそうでしたから。」
— 2014年の本『逆境?それ、チャンスだよ』で、とんがって生きられない人に向けて
17「自分でストーリー作らないと他人のストーリーに組み込まれるだけなんだから。」
— 同じ本で、オリンピック出場を夢ではなく目標にした話とともに
18「無事故、無違反で名を遺した人間はいない」
— 同じ本で、小さくまとまりすぎている人に向けて
19「インパクトなんです、もうそれで勝負は決まる」
— 同じ本で、全日本プロレスに上がっていた頃、試合の直前まで控室から一歩も出なかった話とともに
20「どんな仕事だってキレたらプロじゃないでしょう。どっか冷めた目で自分自身を見てないとね」
— 同じ本で、「キレちゃいないよ」を振り返って
22「努力をしても報われない奴はいる。間違いなくいる。ただ成功した奴は、必ず努力をしている。」
23「私にとってプロレスは何だったのかなと振り返りますと、すべてが勝っても負けても、私自身はイーブンです」
— 2019年6月26日、後楽園ホールの引退試合の後、リングの上で
24「どうしても勝てない人間がいました」
— 2019年6月26日、引退試合の後、妻の英子さんをリングに上げて
25「まだ行かないで、待っててくれている感じがした。起き上がってくるんじゃないかなって。」
— 2022年10月10日、10月1日に亡くなったアントニオ猪木をしのぶトークショーで
長州が師匠と仰いだ猪木の言葉は、アントニオ猪木の名言で読めます。
「食ってみな、飛ぶぞ」と面白い名言・迷言7選
60代になった長州力は、テレビと X で、プロレスを知らない人まで笑わせるようになりました。2018年の「相席食堂」では、北海道のホタテを食べて「食ってみな、飛ぶぞ」と口にしています。X では、ハッシュタグを「ハッシュドタグ」と書いてしまうなどの打ち間違いや、慣れない様子を隠さない投稿が話題になりました。初めての広告の仕事では、肝心の商品の写真を載せ忘れています。長州力の面白い名言には、こうした X の投稿から生まれたものが少なくありません。
27「なんだ、長い文章は書けないのか?」
— 2019年12月、X を始めて4つ目の投稿で
28「おまえの頭のカタチが変わるくらいめちゃくちゃにしてやりますよ」
— 2020年1月17日、本人の X 投稿で、YouTube を始めた蝶野正洋に
29「少しづつですが親切な人達に教えてもらいながらTwitterの機能を勉強してます☀️ まずはハッシュドタグ☺️」
— 2020年3月12日、本人の X 投稿で
30「Twitterで初めて広告のお仕事をいただきました☀️さっそくですけど、この商品知ってますか❓気分飛んでリフレッシュできるよ‼️」
— 2020年3月17日、本人の X 投稿で、初めての広告の仕事として
31「一体自分が何処に向かっているのか…インターネットは怖いですね。」
— 2020年3月、YouTube チャンネル「井長州力」を始める時のコメントで
32「人生とは何があるかわかりません。」
— 2021年7月、猿払村のふるさと納税大使になった時のコメントで
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