ブルース・リーの名言40選!考えるな感じろの元ネタと英語の原文
ブルース・リーの名言「考えるな、感じろ」は、映画『燃えよドラゴン』の台詞でした。截拳道を作った武道家でアクション俳優の彼が、ドラマで語った「Be water, my friend」や手紙に書いた言葉まで、ブルース・リーの名言を出どころ別に読むと、自分らしく進む力をもらえます。
Writer
公式ライター Activel編集部
ブルース・リーは、截拳道(ジークンドー)を作った武道家で、映画『燃えよドラゴン』で世界に知られたアクション俳優です。「考えるな、感じろ」の元ネタは、この映画で弟子に語る台詞でした。ブルース・リーの名言には、役の台詞もあれば、本人が手紙に書いた言葉もあります。英語の原文と一緒に読むと、自分らしく進む力をもらえます。
ブルース・リーのプロフィール
ブルース・リーは、香港で子役として育ち、18歳でひとりアメリカへ渡って、大学で哲学を学びながらカンフーを教えた人です。自分の武術である截拳道を作り、俳優として『燃えよドラゴン』を撮り終えた後、1973年に32歳で亡くなりました。ブルース・リーの名言に武術と生き方の両方が出てくるのは、この歩みがあるからです。
基本プロフィール
アメリカで生まれ、生後3か月で香港へ戻って、18歳までをそこで過ごしました。家族が付けた名前はジュンファンで、ブルースは生まれた病院の看護師が付けた英語の名前です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | ブルース・ジュンファン・リー |
| 英語表記 | Bruce Jun Fan Lee |
| 生年月日 | 1940年11月27日 |
| 没年月日 | 1973年7月20日(32歳) |
| 出身 | アメリカ・サンフランシスコ |
| 育ち | 香港 |
| 武術 | 詠春拳 → 截拳道 |
| 代表作 | 『燃えよドラゴン』 |
| 家族 | 妻リンダ、息子ブランドン、娘シャノン |
生い立ち:香港の子役から詠春拳、18歳で渡米するまで
1940年、ブルース・リーは、中国オペラの巡業でアメリカに来ていた両親のもとに生まれました。香港に戻ると、父に導かれて子役になり、18歳までに20本の映画に出ています。
13歳で師匠の葉問(イップ・マン)に出会い、詠春拳を5年間学びました。1958年には香港のチャチャチャの大会で優勝しています。けんかで問題を起こしたことや、勉強が進まなかったこともあり、1959年4月に100ドルを持って船でアメリカへ渡りました。
アメリカで截拳道を作り、『燃えよドラゴン』を残すまでの歩み

ブルース・リーはシアトルのワシントン大学で演劇や哲学を学び、カンフーを教えて暮らしを立てました。1964年に結婚して、オークランドに移ります。
截拳道の出発点は、この年の試合でした。中国人以外に教えることをとがめる相手に勝ったものの、3分で倒せなかった自分に納得できなかったのです。そこから作り上げた截拳道は「拳を遮る道」という意味で、シンプルに、まっすぐ、自由に戦うことを軸にしています。
1966年にテレビドラマ『グリーン・ホーネット』のカトー役で知られますが、その後のハリウッドでは仕事に恵まれません。1970年には背中を痛めて寝たきりになり、もう武術はできないとまで言われました。今に残る文章の多くは、この時期に書かれたものです。それでも香港へ渡って撮った3本の映画が次々に記録を破り、アメリカと香港の合作『燃えよドラゴン』につながります。
その公開を目前にした1973年7月20日、ブルース・リーは頭痛のために鎮痛剤を飲んで横になったまま昏睡に陥り、帰らぬ人となりました。審問は9日間に及び、死因は鎮痛剤の成分に過敏に反応して脳がむくんだことだと結論づけられました。
座右の銘
ブルース・リーが「これが座右の銘だ」と話した記録は、公式サイトにもブルース・リー財団の資料にも見当たりません。近いのは、1970年に背中を痛めて寝たきりになった時、名刺の裏に書いて見える所に置いた「Walk On!(歩き続けろ)」です。
截拳道の考えを表す言葉としては、公式サイトが掲げる「Using no way as way; having no limitation as limitation(型のないことを型とし、限界のないことを限界とせよ)」があります。
ブルース・リーの名言40選
「考えるな、感じろ」は映画の役の台詞ですが、ブルース・リーの名言で数が多いのは本人が紙に書いた言葉です。21歳で友人に送った手紙、28歳で書いた1000万ドルの目標、自分あての手紙が、今も残っています。どの言葉にも英語の原文を添えたので、本人が何と言ったかまで確かめられます。別の人の言葉なのに広まったものは、最後の表で分かります。
「考えるな、感じろ」など映画の台詞の名言
「考えるな、感じろ」の元ネタは、ブルース・リーが1973年の映画『燃えよドラゴン』で弟子に蹴りを教える場面の台詞です。英語では「Don’t think. Feel!」と言い、公式サイトの書き起こしでは「Don’t think. FEEEEEEEEL!」と語尾を伸ばして書かれています。
意味は、頭で考えるのをやめ、目の前の相手と今この瞬間を全身で感じ取れ、ということです。
01「何だ今のは。見せ物か? 感情の中身が要るんだ」
“What was that? What is this an Exhibition? You need emotional content.”
— 1973年公開の映画『燃えよドラゴン』、弟子の蹴りを見て
02「考えるな、感じろ」
“Don’t think. FEEEEEEEEL!”
— 1973年公開の映画『燃えよドラゴン』、弟子に蹴りを教える場面
03「月を指さす指のようなものだ。指に気を取られるな。あの天の栄光を見失ってしまう」
“It’s like a finger pointing away to the moon. Don’t concentrate on the finger or you will miss all that heavenly glory.”
— 1973年公開の映画『燃えよドラゴン』、「考えるな、感じろ」の続き
04「私の流派か? 戦わずに戦う術とでも呼べばいい」
“My style? You can call it the art of fighting without fighting.”
— 1973年公開の映画『燃えよドラゴン』、ハンの島へ向かう船の上で流派を聞かれて
「Be water, my friend」などドラマとインタビューの名言
「Be water, my friend(友よ、水になれ)」は、ブルース・リーが1971年のアメリカのテレビドラマ『Longstreet』と、同じ年に出演したカナダのインタビュー番組『The Pierre Berton Show』で語った言葉です。ドラマでは役の台詞として、番組では本人として語っています。水は入れ物に合わせて形を変え、流れることも砕くこともできる。「水になれ」という言葉は、決まった形にとらわれない生き方のたとえです。
05「心を空にしろ。形をなくせ、水のように。水はコップに入ればコップになり、瓶に入れば瓶になり、急須に入れば急須になる。水は流れることも、砕くこともできる。友よ、水になれ」
“Empty your mind. Be formless, shapeless, like water. You put water into a cup, it becomes the cup. You put water into a bottle, it becomes the bottle. You put it into a teapot, it becomes the teapot. Now water can flow or it can crash. Be water, my friend.”
— 1971年のテレビドラマ『Longstreet』とテレビ番組『The Pierre Berton Show』
06「私はいつも学ぶ。常に自分であれ、自分を表現せよ、自分を信じよ、と。成功した人を探してまねるな。自分という根から始めるんだ。どうすれば自分になれるのか、と」
“When I look around, I always learn something and that is to be always yourself, and to express yourself, to have faith in yourself. Do not go out and look for a successful personality and duplicate it. Start from the very root of your being, which is “how can I be me?””
— 公式サイトが伝える本人の言葉(いつ、どの場での発言かは示されていない)
07「空の下、天の下で、私たちは一つの家族だ」
“Under the sky, under the heavens, we are but one family.”
— 1971年のテレビ番組『The Pierre Berton Show』、中国人と北米人のどちらだと思うかと聞かれて(英語は公式サイトが掲げる形)
08「スーパースターという言葉は、どうも好きになれない。スターなんて幻想だよ、世間がそう呼ぶだけのものだ。自分のことは役者だと思うべきなんだ。『君はすごい役者だ』と言われたら、そのほうがずっとうれしいじゃないか」
“The word “superstar” really turns me off…and I’ll tell you why…the word “star” man, it’s an illusion. It’s something what the public calls you. You should look upon oneself as an actor, man. I mean you would be very pleased if somebody said “man, you are a super actor!” It is much better than, you know, superstar.”
— 1971年のテレビ番組『The Pierre Berton Show』、スーパースターと呼ばれる気持ちを聞かれて
09「契約の前に確かめたかった。『アー・ソー』も『チョップ・チョップ』も台詞に入らないこと、弁髪で飛び跳ねさせられないことを」
“wanted to make sure before I signed that there wouldn’t be any ‘ah-so’s’ and ‘chop-chops’ in the dialogue and that I would not be required to go bouncing around with a pigtail”
— 1966年に始まったテレビドラマ『グリーン・ホーネット』の契約の前に
本人が手紙やノートに書いた名言
ブルース・リーは、大きな目標も小さな目標も書き留める人でした。友人への手紙も下書きを重ねて清書し、自分あての手紙まで何通も書いています。ここに並ぶのは、本人が自分の手で書いた言葉です。21歳の手紙の自信から、28歳の目標の文、けがで寝たきりになった時期の言葉、亡くなる少し前の自分への問いまで、書かれた順に読むと考えの変化が見えてきます。
10「湖の深い静けさが、あらゆる騒ぎを断ち切ってくれる。寂しい岸を、ゆっくりと歩いていく」
“The deep silence of the lake cuts off all tumult from me / Along the lonely bank I move with slow footsteps”
— アメリカに渡った後に書いた詩
11「僕の中には大きな創造の力、精神の力がある。それは信念より、野心より、未来を見る力より大きい。そのすべてを合わせたものだ」
“I feel I have this great creative and spiritual force within me that is greater than faith, greater than ambition, greater than vision. It is all these combined.”
— 1962年9月、友人パールへの手紙
12「池に小石を落とすと、波紋は広がって池全体を包む。僕が考えに明確な行動計画を与えた時も、まさに同じことが起きる」
“When you drop a pebble into a pool of water, the pebble starts a series of ripples that expand until they encompass the whole pool. This is exactly what will happen when I give my ideas a definite plan of action.”
— 1962年9月、友人パールへの手紙
13「僕の貢献こそが、僕の報酬と成功の物差しになる」
“My contribution will be the measure of my reward and success.”
— 1962年9月、友人パールへの手紙
14「僕の計画と行動の目的は、人生の本当の意味、心の平穏を見つけることだ」
“All in all, the goal of my planning and doing is to find the true meaning in life—peace of mind.”
— 1962年9月、友人パールへの手紙
15「パール、成功は成功を意識する人のもとに来る。的を狙わないで、どうしてそれが手に入るんだ?」
“Pearl, success comes to those who become success-conscious. If you don’t aim at an object, how the heck on earth do you think you can get it?”
— 1962年9月、友人パールへの手紙の結び
16「僕は夢を見る(実践的な夢想家は決してあきらめないことを忘れずに)」
“I dream (remember that practical dreamers never quit.)”
— 1962年9月、友人パールへの手紙
17「僕のやる気は『僕にはできる』と知っていることから湧いてくる。僕はただ自然にしているだけだ。心に恐れも疑いもないのだから」
“my will to do springs from the knowledge that I CAN DO. I’m only being natural, for there is no fear or doubt inside my mind.”
— 1962年9月、友人パールへの手紙
18「僕は簡単にはくじけない。障害を乗り越え、挫折に打ち勝ち、『不可能』な目標を成し遂げる自分をすぐに思い描ける」
“I am not easily discouraged, readily visualize myself as overcoming obstacles, winning out over setbacks, achieving “impossible” objectives.”
— 1962年9月、友人パールへの手紙
19「私、ブルース・リーは、全米で最も高い報酬をもらう初の東洋人スターになる。その見返りに、俳優として最高にわくわくする演技と最高の質を届ける。1970年から世界的な名声を得て、1980年の終わりまでに1000万ドルを手にする。思うままに生き、心の調和と幸せを得る」
“I, Bruce Lee, will be the first highest paid Oriental super star in the United States. In return I will give the most exciting performances and render the best of quality in the capacity of an actor. Starting 1970 I will achieve world fame and from then onward till the end of 1980 I will have in my possession $10,000,000. I will live the way I please and achieve inner harmony and happiness.”
— 1969年1月、自分の目標を書いた文「My Definite Chief Aim」
20「歩き続けろ」
“Walk On!”
— 1970年、背中を痛めて寝たきりになった時に名刺の裏に書いた言葉
21「どんな逆境にも恵みがある。衝撃は、決まりきった日々に腐ってはいけないと思い出させてくれるからだ」
“But with every adversity comes a blessing because a shock acts as a reminder to oneself that we must not get stale in routine.”
— 背中のけがについて友人に書いた言葉
22「いつか『おい、これが本物だ。ここに本物の人間がいる』という声を聞くことになる。そうなればうれしい」
“somehow one day you will hear “Hey, now that’s quality, here is someone real.” I would like that.”
— 自分あての手紙「In My Own Process」
23「本当のところ、人生は絶えず新しくなり続ける流れだ。生きるためにあるのであって、何かのために生きるものではない」
“The truth is that life is an ever going process ever renewing and it just meant to be lived but not lived for.”
— 自分あての手紙「In My Own Process」
24「人を批判して心をくじくのは簡単だ。だが自分を知るには、おそらく一生かかる」
“it is easy to criticize and break down the spirit of others but to know yourself takes maybe a lifetime.”
— 自分あての手紙「In My Own Process」
25「ブルース・リーは変わり続ける人間だ。学び、発見し、広がり続けるからだ」
“Bruce Lee is a changing person because he is and always will be learning, discovering, and expanding.”
— 自分あての手紙「In My Own Process」
26「結局のところ、最大の助けは自分で自分を助けることだ」
“ultimately the greatest help is self help.”
— 自分あての手紙「In My Own Process」
27「人生は頭で考えるものではなく、生きるものだ」
“life is best lived, not conceptualized.”
— 自分あての手紙「In My Own Process」
28「私は選んで武道家になり、職業として俳優をしている。そして人生の芸術家になろうと、日々自分を磨いている」
“I am a martial artist by choice, an actor by profession, and I am actualizing myself daily to be an Artist of Life.”
— 「In My Own Process」の下書きの中の言葉
公式サイトと財団が伝える、截拳道と生き方の名言
公式サイトとブルース・リー財団は、「型のないことを型とする」のような言葉を、ブルース・リーの哲学の中心として今も伝えています。ただ、いつ、どこで言ったかは示されていません。
ブルース・リーの本には亡くなった後に編まれたものが多く、『The Tao of Jeet Kune Do(截拳道への道)』も1975年に出ました。出どころを調べた個人の調査には、本人がノートに書き写した別の人の文が混じっているという指摘もあります。そのため、本人が考えたとは言い切れません。
29「自分の経験を探究せよ。役立つものを吸収し、役に立たないものを捨て、自分だけのものを加えよ」
“Research your own experience. Absorb what is useful Reject what is useless. Add what is essentially your own.”
30「型のないことを型とし、限界のないことを限界とせよ」
“Using no way as way; having no limitation as limitation”
31「日々増やすのではなく、日々減らす。無駄なものを切り捨てよ。源に近づくほど、無駄は少なくなる」
“It is not daily increase but daily decrease, hack away the unessential. The closer to the source, the less wastage there is.”
32「変化とともに変わること、それが変わらない状態だ」
“To change with change is the changeless state.”
33「行動に裏打ちされた、実践的な夢想家であれ」
“Be a practical dreamer backed by action.”
34「負けは心の状態にすぎない。負けを現実として受け入れるまで、誰も負けてはいない」
“Defeat is a state of mind; no one is ever defeated until defeat has been accepted as a reality.”
35「目標は必ず到達するためのものではない。多くは、ただ狙う的として役立つのだ」
“A goal is not always meant to be reached. It often serves simply as something to aim at.”
36「友よ、大事なのは何が起きたかではなく、どう反応するかだ。踏み石にするか、つまずきの石にするかは心の持ち方しだいだ」
“Remember my friend, it’s not what happens that counts but how you react to it. Your mental attitude depends on whether you make it a stepping stone or a stumbling block.”
37「私は一瞬一瞬を自由に生き、起きることに合わせていこうとしている」
“I try to live freely from moment to moment, letting things happen and adjusting to them.”
38「肌の色が黒でも白でも、赤でも青でも、僕は壁なく友達になれる」
“So no matter if your color is black, or white, red or blue, I can still make friends with you without any barrier.”
39「妻と私は1と1じゃない。二人で一つになる半分ずつだ。家族でいるには努力が要る。合わさった半分ずつは、それぞれ一人でいるより、ずっとうまくやれる」
“My wife and I aren’t one and one. We are two halves that make a whole. You have to apply yourself to be a family. Two halves fitted together are more efficient than either half would be alone.”
40「私が恐れるのは、1万通りの蹴りを1度ずつ練習した者ではない。1つの蹴りを1万回練習した者だ」
“I fear not the man who has practiced 10,000 kicks once, but I fear the man who has practiced one kick 10,000 times.”
ブルース・リーの言葉として広まった、別の人の名言
ネットの名言集にブルース・リーの名で載っていても、元は別の人の言葉というものがあります。「本人の言葉ではない」と公式サイト自身が書いたものもあるので、人に伝える時の参考にしてください。
| 広まった言葉 | 元の言葉・出どころ |
|---|---|
| The key to immortality is first living a life worth remembering. | 公式サイトが本人の言葉ではないと明言 |
| Knowing is not enough, we must apply. | ドイツの文豪ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』 |
| I am not in this world to live up to your expectations | 心理療法家パールズ「ゲシュタルトの祈り」 |
| Not failure, but low aim, is crime. | アメリカの詩人ローウェル「For an Autograph」 |
| Do not pray for an easy life | アメリカのブルックス牧師の言葉に近い |
ゲーテ、パールズ、ブルックス牧師の言葉は公式サイトにも本人のもののように載っているので、ブルース・リーの言葉だと覚えていても無理はありません。「To hell with circumstances, I create opportunities.(境遇など知ったことか、俺は機会を作り出す)」も公式サイトに載る言葉です。ただ、妻リンダの1975年の本では「I will make the circumstances」の形だったという個人の調査があり、本人の形を確かめられないので40選には数えていません。
ほかの格闘家の名言は、格闘技の名言100選で読めます。
よくある質問(Q&A)
商品やサービスを紹介いたします記事の内容は、必ずしもそれらの効能・効果を保証するものではございません。
商品やサービスのご購入・ご利用に関して、当メディア運営者は一切の責任を負いません。