カイリー・アービングの現在は?怪我からの復帰と今のチーム、身長・成績・背番号
カイリー・アービングは現在、マーベリックスで戦っています。2025年3月に前十字じん帯を切る怪我を負い、引退もささやかれる中、597日ぶりに公式戦へ復帰しました。身長188cmでNBAの頂点に立ったカイリー・アービングの成績や、現在も背負う背番号11に込めた父との縁も分かります。
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公式ライター Activel編集部
カイリー・アービングは現在、マーベリックスで再びコートに立っています。2025年3月に左ひざの前十字じん帯を切る大怪我を負い、引退もささやかれましたが、597日ぶりの公式戦で15得点を挙げました。なぜオーストラリアで生まれたのか、なぜ父と同じ背番号11なのかを知ると、現在のカイリー・アービングがもっと面白く見えてきます。
カイリー・アービングの現在
34歳のカイリー・アービングは現在、マーベリックスの背番号11として、再び試合に出ています。2026年10月21日、NBA16シーズン目の開幕戦となった敵地ヒューストンでの試合で、597日ぶりに公式戦のコートへ戻ってきました。9本のシュートのうち6本を決めて15得点。試合はロケッツに110-128で敗れたものの、2日後のペイサーズ戦では3ポイントを5本沈めて24得点を挙げ、チームの勝ちにつなげています。10月28日のサンダー戦では、怪我をした日以来となる本拠地ダラスのコートに立ち、15得点で120-96の勝ちに加わりました。
| 日付(2026年) | 試合 | 得点 | 出場時間 |
|---|---|---|---|
| 10月11日 | ロケッツ戦(プレシーズン) | 17 | 22分 |
| 10月16日 | ホークス戦(プレシーズン) | 18 | 25分 |
| 10月21日 | ロケッツ戦(開幕戦) | 15 | 24分 |
| 10月23日 | ペイサーズ戦 | 24 | 25分 |
| 10月24日 | スパーズ戦 | 欠場 | — |
| 10月26日 | ヒート戦 | 18 | 33分 |
| 10月28日 | サンダー戦(本拠地) | 15 | 27分 |
ただ、まだ元どおりに使われているわけではありません。体の制限はもう無いものの、出場時間は医療スタッフと監督たちが前もって決めていて、公式戦では24〜33分です。本拠地の開幕戦だった10月24日のスパーズ戦は、2日続けての試合の2日目にあたり、カイリーは左ひざの様子を見るために休みました。本人は10月21日の開幕戦の後、「ボールを持ったら、すぐに攻めないといけない」と話していて、限られた時間の中で結果を出そうとしています。
今のチームと契約
現在の所属チーム、ダラス・マーベリックスとの契約は、2027-28シーズンまであります。2025年6月、大怪我のリハビリ中だったカイリー・アービングには、もう1年だけ残って約4,300万ドルを受け取る道もありました。それを選ばずに結び直したのが、3年1億1,900万ドル、年俸にすると1シーズン約4,000万ドルの新しい契約です。最後の2027-28シーズンに残るかどうかは、本人が決められます。
怪我をする少し前から、一緒に戦ってきた仲間は次々にチームを離れました。2025年2月にルカ・ドンチッチがレイカーズへ、2026年2月にはアンソニー・デービスもウィザーズへ移りました。代わりにチームの真ん中に立ったのが、2025年のドラフト全体1位で入り、新人王に選ばれた19歳のクーパー・フラッグです。カイリーもフラッグについて「彼と一緒に成長していくのが楽しみだ」と話していて、34歳の今は、若いエースの手本になる役目も引き受けています。
カイリー・アービングの怪我と復帰
2025年3月3日に左ひざの前十字じん帯(ひざの中で太ももの骨とすねの骨をつなぎ、ひざがずれないように支えるじん帯)を切ったカイリー・アービングは、手術のあとのリハビリの途中でふくらはぎも痛め、次のシーズンをまるごと休みました。倒れても自分の足で立ち、フリースローを2本決めてからコートを下がった2025年3月3日から、約20か月がたちました。戻ってきたコートで最初にこみ上げたのは、人間らしい気持ちだったといいます。
2025年3月の左ひざの前十字じん帯断裂
怪我をしたのは、2025年3月3日、本拠地でのキングス戦の第1クォーター、残り3分を切った場面でした。ゴールへ切り込んだところで左ひざが崩れ、カイリー・アービングはコートに倒れ込みます。それでも自分の足で立ち上がり、もらったフリースローを2本とも決めてから、ロッカールームへ下がりました。
チームは最初「左ひざのねんざ」と発表しましたが、翌日の MRI 検査で、前十字じん帯が切れていると分かります。3月26日にニューヨークの病院で手術を受け、このシーズンはここで終わりました。怪我をするまでの50試合の成績は平均24.7得点で、32歳になってもチームの得点の柱だった時の大怪我です。
復帰はいつになったのか
カイリー・アービングの公式戦への復帰は、怪我から597日後の2026年10月21日です。ここまで長くかかったのには、外からは見えなかった理由がありました。手術のあとのリハビリの途中、2025年12月にふくらはぎの肉離れを起こし、回復の予定が遅れていたのです。その時は公表されず、本人が明かしたのは、復帰した後の2026年10月、マカオでのことでした。
2026年2月18日、マーベリックスは、カイリーがシーズンの残りをすべて休むと発表しました。キャリア15年で初めて、1試合も出ないシーズンです。カイリーはチームを通じて「簡単な決断ではなかったけれど、正しい決断だ」とコメントを出し、「来シーズン、もっと強くなって戻るのが楽しみだ。自分の中の信念と意欲は大きくなるばかりだ」と続けました。
5月には自分の Twitch(ゲームなどを生で配信するサービス)の配信で、回復は100%に近いところまで来たと話しました。そして9月25日のメディアデー(シーズン前に選手が取材を受ける日)では、もう体の制限は無いと言い切りました。
マカオのプレシーズンと公式戦の復帰戦
公式戦より先に、カイリー・アービングが試合へ戻ったのは、2026年10月11日、マカオで行われたプレシーズンのロケッツ戦でした。試合の最初のプレーは、ダスティ・メイ監督がカイリーのために用意したものです。クーパー・フラッグからボールを受けて切り込み、リバースレイアップ(ゴールの下をくぐり、反対側から決めるシュート)を決めると、ベンチの仲間が立ち上がって迎えました。この日はチームで一番多い17得点を挙げました。試合の後、カイリーは「最初のプレーを任せてくれたダスティに感謝している。攻めると心に決めていた」と振り返りました。メイ監督は「彼は芸術家だ。ジャズの音楽家だ」とたたえています。
10日後、公式戦の復帰戦を終えたカイリーは、こう話しました。「人間らしい気持ちがこみ上げてきたんだ。ああ、自分はNBAの試合に戻ってきたんだ、2人がかりで止めに来られている、って」。気持ちだけが先にコートを走っているような時間もあり、落ち着いて地に足をつけないといけなかった、とも話しています。約20か月ぶりに戻った今を、カイリーは「慣れるまでの時期」と呼んでいます。
カイリー・アービングは引退するのか
カイリー・アービングは引退していませんし、すぐに引退するつもりもありません。2025年3月の大怪我は33歳の誕生日を目前にしたもので、年齢を考えて「このまま引退するのでは」という声も出ました。怪我の翌日、本人はインスタグラムのライブ配信でファンに語りかけ、「今回は本当に痛い」と認めながらも、「必ず戻ってくる。もっと良くなって戻ってくる」「これは物語の終わりじゃない。新しい章の始まりにすぎない」と、引退の話をはっきり打ち消しています。
2026年9月25日のメディアデーで、カイリーは大怪我を「たぶん自分に起きた一番良いこと」とまで言いました。離れていた時間で、選手として、そして何より人としてどうありたいかを考えた、とも明かしています。疑う声が出るのは避けられないと分かっていても、「自分には王者の自信がある」と言い切りました。
では、いつまでプレーを続けるのか。10月19日の練習の後、カイリー・アービングは「バスケットボールは永遠の炎。ずっと燃え続ける。でも、42、43歳でNBAでプレーしている自分は想像できない」と話しました。SNSやギャンブルが広がる今のNBAは、子どもの頃に好きになったNBAとは同じではない、とも語っています。42、43歳まで続けるつもりはないものの、現在の契約は、シーズンの途中で36歳になる2027-28シーズンまであります。その先をどうするかは、まだ口にしていません。
怪我の翌日の配信やメディアデーで語った言葉を英語の原文でも読みたい時は、カイリー・アービングの名言で確かめられます。
カイリー・アービングのプロフィール
カイリー・アービングは34歳(2026年10月時点)、身長188cmのガードです。生まれはオーストラリアですが、育ったのはアメリカで、今も2つの国籍を持っています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | カイリー・アービング(Kyrie Irving) |
| 生年月日 | 1992年3月23日 |
| 年齢 | 34歳(2026年10月時点) |
| 身長 | 188cm |
| 体重 | 約88kg |
| ポジション | ガード |
| 出身 | オーストラリア・メルボルン |
| 育ち | アメリカ・ニュージャージー州 |
| 国籍 | オーストラリア・アメリカ |
| 大学 | デューク大学 |
| ドラフト | 2011年 全体1位 |
| 所属チーム | ダラス・マーベリックス |
| 背番号 | 11 |
身長・体重とポジション
カイリー・アービングの身長は、NBAの公式の登録で6フィート2インチ、センチに直すと188cmです。体重は195ポンド(約88kg)です。アメリカ代表の選手ページには6フィート3インチ(約191cm)と載っているものもあり、191cmと書くサイトもあります。
NBAの公式の登録では、ポジションはガードです。背の高い選手が並ぶNBAで、188cmのカイリーが点を取り続けてこられたのは、ドリブルの細かい動きの組み合わせで相手をかわし、ゴールの下までたどり着けるからです。本人も2015年のファイナルの前、「リングの上から決める選手ではないから、動きの組み合わせでA地点からB地点へ行く力を極めるしかない」と語っていました。
オーストラリア生まれとオーストラリア代表への思い
アメリカ代表で金メダルを取ったカイリー・アービングが、なぜオーストラリアの出身なのか。それは、父ドレデリックがボストン大学を出た後、オーストラリアのプロチーム、ブリーン・ブーマーズでプレーしていたからです。父をオーストラリアに誘ったのは、ボストン大学の先輩のブレット・ブラウンでした。カイリーは1992年にメルボルンで生まれ、今もオーストラリアとアメリカの両方の国籍を持っています。
生まれた国への思いは、今も消えていません。2025年2月のオールスターの週末には、「キャリアのどこかでオーストラリア人になって、オーストラリア代表でプレーできたら最高だ」と話し、2028年のロサンゼルス・オリンピックにオーストラリア代表として出たい気持ちを明かしました。アメリカ代表で五輪に出た選手が国を変えるには、アメリカとオーストラリアの協会と FIBA(国際バスケットボール連盟)が認める必要があります。カイリーは2025年2月の時点で、その手続きを進めていると話しています。実はこの話は、2011年のドラフトの夜にも出ていました。その時カイリーが代表入りについて話していたオーストラリア代表の監督こそ、19年前に父をオーストラリアに誘った、あのブレット・ブラウンだったのです。
カイリー・アービングの生い立ちと高校・大学
4歳で母を亡くしたカイリー・アービングを育てたのは、父親のドレデリックでした。母エリザベスもボストン大学でバスケットボールとバレーボールをしていた選手で、1996年、29歳の若さで亡くなっています。それから父はひとりで、カイリーと姉のエイジアをニュージャージー州ウェストオレンジで育てました。
小さい頃のカイリーは、家の前の車寄せで練習を重ねました。YouTube で見た技をまねしては外で試し、また動画を見ては試す。それを夜通しくり返していたと、本人が話しています。高校は2校で2年ずつプレーし、モントクレア・キンバリー・アカデミーでも、セント・パトリック高校でも州の大会で優勝してから、名門のデューク大学へ進みました。
大学では1年目の12月に右足のつま先を怪我し、出られたのは37試合のうち11試合だけです。カイリー・アービングは1年で大学を離れ、それでも2011年のNBAドラフトでは全体1位でクリーブランド・キャバリアーズに指名されました。
カイリー・アービングの歴代のチームと移籍
NBAで渡り歩いたチームは、キャバリアーズ、セルティックス、ネッツ、マーベリックスの4つです。どのチームでも数年で移籍してきましたが、そのたびに、どこでプレーしたいかを自分で選んできました。
| 年 | チーム |
|---|---|
| 2011〜2017 | クリーブランド・キャバリアーズ |
| 2017〜2019 | ボストン・セルティックス |
| 2019〜2023 | ブルックリン・ネッツ |
| 2023〜 | ダラス・マーベリックス |
キャバリアーズ(キャブス)では、レブロン・ジェームズと組んで3年続けてファイナルに進み、2016年に優勝しました。それでも2017年の夏、自分からトレードを求めてセルティックスへ移ります。移ってすぐの9月には「クリーブランドには愛しかない」と話し、のちにはレブロンに電話をかけて、若かった頃の自分のふるまいを謝ったことも明かしています。
2019年の夏には、育ったニュージャージーに近いブルックリン・ネッツと契約し、ケビン・デュラントと組みました。ずっと地元でプレーしたかったという思いは、本人が動画で伝えています。ただ、ネッツでの4年間には、つまずきもありました。新型コロナのワクチンを打たないことを選び、ニューヨーク市の決まりで本拠地の試合に出られなかった時期があります。SNSで紹介した映画が反ユダヤ的だと批判され、出場停止も受けました。2023年2月、マーベリックスへのトレードが決まります。
マーベリックスではルカ・ドンチッチと組み、移った翌シーズンの2024年に、カイリーにとって7年ぶりのファイナルへ進みました。相手は、かつて自分がいたセルティックスです。この時は1勝4敗で敗れましたが、2025年の夏にはチームに残る道を選び、今もダラスで戦っています。
カイリー・アービングの背番号と意味
背中の11は、父ドレデリックがボストン大学で付けていた番号です。11は父が卒業した1988年に永久欠番になり、父はボストン大学で最後に11を付けた選手になりました。
2018年、セルティックスにいたカイリーは、ナイキのCMで父と1対1をしながら「彼がいるから、僕は11を付けている。そして、僕の後に誰も11を付けない理由になりたい」と話しています。父の番号を、今度は自分がプロで永久欠番にしたい、という思いのこもった言葉です。2017年にセルティックスの入団会見を終えた後には、11のユニフォームを父に手渡し、「ありがとう、父さん」と伝えていました。
ただ、ずっと11を付けてきたわけではありません。
| 時期 | 背番号 |
|---|---|
| 高校 | 11 |
| デューク大学 | 1 |
| キャバリアーズ | 2 |
| セルティックス | 11 |
| ネッツ | 11 |
| マーベリックス(2023年2月〜) | 2 |
| マーベリックス(2023-24〜) | 11 |
プロに入ったキャバリアーズでは2を付けていましたが、移ったセルティックスでは2が永久欠番で使えず、父と同じ11を選びました。マーベリックスでも、トレードで来た最初のシーズンは2を付け、2023年の夏にチームと契約を結び直してから、また11に戻しています。34歳になった現在も、カイリー・アービングの背中にあるのは、父と同じ11です。
カイリー・アービングの成績と優勝
783試合で平均23.6得点。カイリー・アービングの通算成績(スタッツ)で目を引くのは、得点の多さとシュートの正確さです。フリースローは10本に9本近く、3ポイントも4割近くを決めてきました(2026年10月28日時点)。表のフィールドゴールは、フリースローを除いたすべてのシュートのことです。
| 通算のスタッツ | 成績 |
|---|---|
| 試合 | 783 |
| 平均得点 | 23.6 |
| 平均アシスト | 5.6 |
| 平均リバウンド | 4.1 |
| フィールドゴール成功率 | 47.4% |
| 3ポイント成功率 | 39.3% |
| フリースロー成功率 | 88.8% |
| 通算得点 | 18,505 |
NBAの優勝回数は、2016年のキャバリアーズでの1回です。ウォリアーズとのファイナルで、キャバリアーズは1勝3敗から3連勝して逆転しました。第7戦は89-89のまま終盤に入り、残り53秒でカイリーが勝ち越しの3ポイントを沈めています。クリーブランドのプロスポーツのチームが優勝したのは、1964年以来のことです。
表のオールNBAチームは、そのシーズンに特に活躍した15人が選ばれる賞です。
| 主な受賞と記録 | 年・回数 |
|---|---|
| NBA優勝 | 2016年 |
| 新人王 | 2011-12 |
| オールスター選出 | 9回 |
| オールスターMVP | 2014年 |
| オールNBAチーム | 3回 |
| FIBAワールドカップ 優勝・MVP | 2014年 |
| オリンピック 金メダル | 2016年 |
アメリカ代表としても、2014年のFIBAワールドカップで優勝して大会MVPに選ばれ、2016年のリオデジャネイロ・オリンピックでは全8試合に先発して金メダルを取りました。
よくある質問(Q&A)
参考文献
- NBA.com「Kyrie Irving」選手ページ – 身長・体重・生年月日・所属・背番号・試合の記録・受賞
- NBA.com「Kyrie Irving won’t play in 2025-26 season」 – 2026年2月18日のシーズン全休の発表と本人のコメント
- Boston University「New Nike Ad Highlights a BU Basketball Great: Kyrie Irving’s Dad」 – 父ドレデリックの背番号11・オーストラリアでのプロ生活・母エリザベス
- FIBA「FIBA Basketball World Cup 2014」 – 2014年ワールドカップの優勝と大会MVP
- USA Basketball「Kyrie Irving」選手ページ – 出身・高校・リオデジャネイロ・オリンピックの金メダル
最終アクセス日: 2026-10-29
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