アーノルド・シュワルツェネッガーの名言40選!シュワちゃんの筋トレの言葉を英語で解説
ミスター・オリンピアに7回輝き、映画スターと州知事になったアーノルド・シュワルツェネッガー。「痛みの壁を破れば、チャンピオンになれる」など、アーノルド・シュワルツェネッガーの名言は、あと1回がきつい時に力をくれます。79歳でも鍛え続けるシュワちゃんの名言には、その理由もあります。
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公式ライター Activel編集部
アーノルド・シュワルツェネッガーは、体が大きすぎる、訛りが強いと言われても、ボディビルの世界一、映画スター、州知事になりました。「痛みの壁を破れば、チャンピオンになれる」というアーノルド・シュワルツェネッガーの名言は、あと1回がきつい時に背中を押してくれます。70代になっても鍛え続ける理由として、78歳の本人が挙げたのは、ジムに顔を出すたびに1つ増える「その日の勝ち」でした。
アーノルド・シュワルツェネッガーのプロフィール
オーストリアの小さな村に生まれたアーノルド・シュワルツェネッガーは、ボディビルでミスター・オリンピアに7回輝き、映画スターになり、アメリカのカリフォルニア州知事も務めました。18歳で入った陸軍でも、戦車の道具箱から工具を出してダンベルを詰め、演習先で鍛えていたほどです。
基本プロフィール
アーノルド・シュワルツェネッガーは、オーストリア生まれのボディビルダー・俳優で、日本では「シュワちゃん」の愛称で親しまれてきました。2026年10月の時点で79歳です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 英語表記 | Arnold Schwarzenegger |
| 生年月日 | 1947年7月30日 |
| 出身 | オーストリア・タール |
| 身長 | 約188cm(現役時代) |
| アメリカに渡った年 | 1968年(21歳) |
| アメリカの市民権 | 1983年 |
| 主な実績 | ミスター・ユニバース5回・ミスター・オリンピア7回 |
| 大学 | ウィスコンシン大学スペリオル校 |
| カリフォルニア州知事 | 2003〜2011年 |
| 愛称 | シュワちゃん・オーストリアン・オーク |
ミスター・オリンピアは、プロのボディビルダーの世界一を決める大会です。シュワルツェネッガーは1970年から1975年まで6年続けて勝ち、いったん大会から退いた後、1980年に戻って7回目の優勝を果たしました。1970年の初優勝は23歳65日で、ギネス世界記録に最年少の優勝として載っています。ボディビルダー時代のあだ名オーストリアン・オーク(オーストリアのオークの木)は、故郷の湖のほとりで、オークの枝を使って懸垂をしていた話から付きました。
生い立ち・幼少期
シュワルツェネッガーが生まれたのは、第二次世界大戦が終わって2年後のオーストリアです。州都グラーツに接する小さな村タールで、警察官の父グスタフと母アウレリアのもと、1歳上の兄マインハルトと育ちました。本人は2012年のラジオ番組で、戦争中より戦後のほうが食べ物は少なく、母が農家を回って分けてもらっていたと振り返っています。
- 10歳のころ: アメリカに行って一番になることを夢見ていた
- 15歳ごろ: 故郷の湖でトレーニングする元ミスター・オーストリアたちに出会い、グラーツの重量挙げのクラブに入る
- 10代: 雑誌の表紙のレグ・パーク(映画でヘラクレスを演じたボディビルダー)にあこがれて寝室の壁に筋肉の写真を貼り、心配した母に医者を呼ばれた
- 18歳: オーストリア陸軍に入り、戦車の操縦手になる
- 1965年: 部隊を抜け出し、ドイツ・シュツットガルトのジュニア・ミスター・ヨーロッパで優勝した後、軍の罰で2〜3日閉じ込められた
父はダンベルを持ち上げる息子に、「外で薪を割ったり、身寄りのない人のために石炭をすくったりしたほうがいい。それでも筋肉はつくし、人の役に立つ」と言ったそうです。2023年のラジオ番組で本人が明かしたこの父の教えが、70代のシュワルツェネッガーの信条につながっていきます。
ミスター・オリンピア7回から俳優、カリフォルニア州知事までの歩み

シュワルツェネッガーは19歳でロンドンのミスター・ユニバースに出て2位になり、翌年、20歳で史上最年少の優勝を果たしました。1968年には21歳でボディビルの本場アメリカに渡り、カリフォルニア州ベニスのゴールドジムを拠点にしました。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1967年 | 20歳で最年少のミスター・ユニバース |
| 1968年 | アメリカに渡る |
| 1970年 | 23歳でミスター・オリンピア初優勝 |
| 1975年 | 6連覇の後、大会からの引退を発表 |
| 1977年 | 『パンピング・アイアン』公開 |
| 1980年 | 大会に戻り、7回目の優勝 |
| 1982年 | 『コナン・ザ・グレート』で主演 |
| 1983年 | アメリカの市民権を得る |
| 1984年 | 『ターミネーター』公開 |
| 2003年 | カリフォルニア州知事に就任 |
| 2011年 | 州知事の任期を終える |
| 2012年 | 自伝『Total Recall』を出す |
| 2023年 | 著書『Be Useful』・Netflix『Arnold』 |
| 2024年 | ペースメーカーを入れる |
俳優を目指した時は、映画のエージェントたちに体の大きさも訛りも、名前の長さまで欠点だと言われ、「無理だ」と断られました。それでも1982年の『コナン・ザ・グレート』で主役をつかみ、1984年の『ターミネーター』で世界的なスターになっています。2003年から2011年まではカリフォルニア州知事を務めました。2018年には予定していたカテーテルでの心臓の手術がうまくいかずに胸を開くことになり、2024年にはペースメーカーを入れましたが、79歳の今も毎日ジムと自転車で体を動かしています。
座右の銘
アーノルド・シュワルツェネッガーが自分の哲学と呼んでいるのは、父の口ぐせだった Be Useful(役に立て)です。座右の銘やモットーと呼んだ言葉ではありませんが、本人が考え方の中心に置いている言葉が次の2つです。
- Be Useful(役に立て): 本人の公式サイトのトップで、自分の哲学(my philosophy)と呼んでいる言葉。元は父グスタフの口ぐせで、2023年の著書の題名にもなった
- If you rest, you rust(休めばさびる): 2026年7月の寄稿で、尊敬するセオドア・ルーズベルト元大統領の言葉として「よく口にする」と明かした言葉
父の口ぐせは、76歳になった本人の耳にも残っていました。2023年10月のラジオ番組では、「今でも朝6時を過ぎて寝ていると罪悪感がある。『この国は寝坊して作られたんじゃない。役に立て。何かしろ』という父の声が聞こえるから」と話しました。
アーノルド・シュワルツェネッガーの名言40選
アーノルド・シュワルツェネッガーの名言には、ボディビルダー時代に痛みの壁の先で筋肉が育つと語った言葉、俳優と州知事の時期に「無理だ」の声に耳を貸さなかったと振り返った言葉、70代になっても鍛え続ける理由を語った言葉があります。日本で広まった「筋肉がNOと言ったら、私はYESと答える」は元の英語が見つかりませんが、65歳の本人は「ノーをノーだと受け取ったことはない」と語っています。
日本で広まったシュワちゃんの名言と元の英語
日本の筋トレ好きの間でシュワちゃんの名言として語られる言葉の中には、本人が英語で言った記録をたどれないものもあります。本人が出たドキュメンタリーの書き起こしにも、スピーチの記録や取材の記事にも元の英語が見つからなかったのは、次の5つです。
- 「筋肉がNOと言ったら、私はYESと答える」: 1977年1月号のボディビル雑誌のインタビューの言葉だと紹介する日本の記事はありますが、その雑誌そのものが見つかっていません
- 「筋トレしてムキムキになったら嫌だ、と言う奴がいるが、安心しろ。あんたにはなれない」: 元になる英語が見つからず、日本のブログや note で紹介されているだけでした
- 「おしゃべりは後にしてくれ。パンプが冷めちまう」: パンプは、鍛えた筋肉に血が流れ込んで張る感覚のことです。『パンピング・アイアン』の中にこの言葉は無く、英語の形で出回っている文も、名言サイトが日本語の言葉をほかの言語と一緒に訳したものでした
- 「限界を決めるのは心だ」: 英語の名言集には The mind is the limit の形で載っていますが、『パンピング・アイアン』の中にも、本人の取材記事にも見つかりませんでした
- 「強さは、勝つことから生まれるのではない」: 1982年の新聞のインタビューの言葉として英語圏で紹介されていますが、その記事の本文までは読めませんでした
元の英語も、本人が言った場面もたどれたのは、次の5つの言葉です。「筋肉がNO」にいちばん近い本人の言葉も、この中にあります。
01「最後の3、4レップが筋肉を成長させる。この痛みの壁を越えられるかどうかが、チャンピオンとそうでない者の差だ」
“Going through this pain barrier. … And this last two or three or four repetitions, that’s what makes the muscle then grow. And that divides one from a champion and one from not being a champion.”
— 1977年公開のドキュメンタリー『パンピング・アイアン』で
02「みんなに好かれて、もめごとを避けることだけが望みなら、この世に生きている意味がどこにある?」
“After all, what is the point of being on this earth if all you want to do is be liked by everyone and avoid trouble?”
— 2009年5月、南カリフォルニア大学の卒業式のスピーチで
03「『ノー』をノーだと受け取ったことはない。いつも『イエス』と聞こえていた」
“I never saw a ‘no’ as a ‘no.’ I always heard ‘yes.'”
— 2012年8月、テレビ批評家の集まりの会見で
04「来る日も来る日も、顔を出しさえすれば、その日の勝ちが少なくとも1つ増える。私はその毎日の勝ちに夢中なんだ」
“Every single day, without fail, if I show up, I get at least one tally mark in the win column of my day.” / “I’m addicted to that daily win.”
— 2026年4月、本人のニュースレターで
05「自分を磨き続けるのをやめた日が、時代遅れになり始める日だ」
“I also believe that the day we stop working to upgrade ourselves is the day we start to become obsolete.”
— 2026年4月、本人のニュースレターの同じ回で
ボディビルダー時代の筋トレ・筋肉の名言
ボディビルダー時代のシュワルツェネッガーの筋トレ・筋肉の名言には、痛みを喜びに変える考え方と、自分の体を彫刻のように見る目がくり返し出てきます。どれも、6年続けてミスター・オリンピアに勝ち、いったん大会から退いた1975年、28歳の時の言葉です。言葉は、ジムでの姿を撮ったドキュメンタリー『パンピング・アイアン』と、南アフリカでの大会を追った雑誌の取材に残っています。
06「ジムで味わえるいちばんの感覚、いちばん満たされる感覚は、パンプだ。血が筋肉に流れ込んで、今にも皮膚がはじけそうなくらい、ぱんぱんに張る。最高の気分だ」
“The greatest feeling you can get in a gym, or the most satisfying feeling you can get in a gym, is the pump. … Blood is rushing into your muscles, and that’s what we call the pump. Your muscles get a really tight feeling, like your skin is going to explode any minute. … It feels fantastic.”
— 1977年公開のドキュメンタリー『パンピング・アイアン』で
07「自分のいる場所はアメリカだと、ずっと感じていた。10歳のころから、アメリカに行って一番になることばかり夢見ていた。ほかの誰とも違う人間になることを」
“I always felt like my place is America. And when I was 10 years old I only dreamed of coming to America and being the greatest. And just being different than everybody else.”
— 1977年公開のドキュメンタリー『パンピング・アイアン』で
08「牛乳は赤ちゃんの飲み物だ。大人になったら、ビールを飲まないとね」
“Milk is for babies. When you grow up, you have to drink beer.”
— 1977年公開のドキュメンタリー『パンピング・アイアン』で
09「小学校のころから、認められたいというものすごい気持ちがあった。自分はそのへんの普通の男で終わるのではなく、何か特別なことをするために選ばれた、という気がしていた」
“Around the time of grammar school I had this incredible desire to be recognized. … I got the feeling that I was meant to be more than just an average guy running around, that I was chosen to do something special.”
— 1975年、南アフリカでの大会を追った雑誌の取材で
10「自分は芸術家になって、彫刻家が作品に向かうように自分の体に向かうんだ。鏡を見て『いい体だ』と言っていてはだめだ。冷静に分析して、鍛えるだけだ」
“What it boils down to is you become an artist and you’re working on your own body like an artist works on a piece of sculpture. … You can’t look in the mirror and say, ‘I look great.’ You have to be very clinical and just analyze it and work on it.”
— 1975年、南アフリカでの大会を追った雑誌の取材で
11「全部、心の問題なんだ。こういうトレーニングをやり抜くには、心が強くないといけない」
“It’s totally mental, the whole trip. I tell you, the mind has to be strong to go through these workouts.”
— 1975年、南アフリカでの大会を追った雑誌の取材で
12「痛みの壁を破れば、チャンピオンになれる。トレーニング中に痛いのは、成長していて、勝つことに一歩近づいているということだ。だから痛みを喜びに変えるんだ」
“If you break the pain barrier, that makes you the champion. When it hurts, and when there’s pain while you’re training, that means something positive — growing, success, progress one step closer to winning. So you turn it into pleasure.”
— 1975年、南アフリカでの大会を追った雑誌の取材で
13「目の前に目標が見えたら、そこへ行く方法は、まっすぐ歩いていくことだけだ。途中に何があっても、それに目を向けたり、気を取られたりはしていられない」
“When you see your goal in front of you, the only way you can get there is by walking straight toward it. And whatever happens to be in front of you, those are the things you just cannot look at or be bothered with.”
— 1975年、南アフリカでの大会を追った雑誌の取材で
14「僕に弱点はない。数年前にはあったけれどね。あとはポーズをもっと完璧にするだけだが、それはほとんど無理だ。もう完璧だからね」
“I don’t have any weak points. I had weak points a few years ago. … And all I have to do now is get my posing routine down more perfect, which is almost impossible to do. It’s perfect already.”
— 1975年、ミスター・オリンピアの予選の場面で(『パンピング・アイアン』)
15「ボディビルは、僕にとってすばらしい経験だった。これからも一生続けていく。やめるのは大会に出ることだけで、ボディビルはやめない。最高のスポーツだ」
“Bodybuilding has been a beautiful experience for me. And I will continue it for the rest of my life. I only stop competing, but I’m not stopping bodybuilding. It’s the greatest sport.”
— 1975年、6回目のミスター・オリンピアに勝った舞台で
ロニー・コールマンやマッスル北村など、ほかのボディビルダーが筋トレについて語った言葉は、筋トレの名言にあります。
俳優と州知事の時期に語った成功と失敗の名言
俳優と州知事の時期のシュワルツェネッガーは、「無理だ」と言われても耳を貸さないこと、失敗を恐れないこと、人の役に立つことを、くり返し語っています。映画のエージェントたちに欠点だと言われた訛りを、1991年の取材では自分の「トレードマーク」と呼び、2009年と2010年の大学の卒業式では、その経験を成功のルールとして学生に話しました。
16「ずっと取り組んできたのは、訛りと動きだ。といっても、訛りを完全になくしたいわけじゃない。もう僕のトレードマーク、サインみたいなものだからね」
“The things I have always worked on are the accent and the movement. Not that I want to get rid of the accent completely, because it has become a trademark, a signature.”
— 1991年、雑誌『Interview』の取材で
17「自分のやっていることに夢中なら、疲れるはずがない。現役のころ1日5時間鍛えていると、『なんて自分に厳しいんだ』と言われた。でも、厳しさとは何の関係もない。僕はそれが大好きだったんだ」
“But you cannot get tired if you’re interested in what you do. That’s the key thing.” / “You train five hours a day, as I did when I was competing, and people say, My God, you’re so disciplined. But it has nothing to do with discipline; I loved it.”
— 1991年、雑誌『Interview』の取材で
18「長年のトレーニングと競技から、僕はあることを学んだ。人はいつだって、自分で思っているより強いということだ」
“But I learned something from all those years of training and competing. What I learned is that we are always stronger than we know.”
— 2003年11月、カリフォルニア州知事の就任演説で
19「アメリカで成功したいなら英語をうまく話せないといけないと分かっていたから、まず英語を母語としない人のための英語の授業を取った。初めて車で大学に来た時は怖かった。なじめないんじゃないか、ばかに見えるんじゃないかと」
“I started by taking English as a Second Language, because I knew if I wanted to make it in America, I needed to speak English well,” / “I was scared when I first drove up to Santa Monica College – scared I wouldn’t fit in, scared that I would look like an idiot.”
— 2005年、サンタモニカ・カレッジの卒業式のスピーチで
20「でも僕は耳を貸さなかった。それは彼らのルールで、僕のルールではなかったから」
“But I didn’t listen to all this. Those were their rules, not my rules.”
— 2009年5月、南カリフォルニア大学の卒業式のスピーチで
21「エージェントたちが致命的な欠点だと言った訛りも体も、ある時から僕の財産になった。だから、『できない』という言葉には決して耳を貸すな」
“The things that the agents said would be totally a detriment and would make it impossible for me to get a job, all of a sudden became an asset for me, all of those things, my accent, my body and everything. So it just shows to you, never listen to that you can’t do something.”
— 2009年5月、南カリフォルニア大学の卒業式のスピーチで
22「何かに挑む時、僕はいつでも失敗する覚悟があった。失敗を恐れて身動きが取れなくなったら、自分を前へ押し出すことは決してできない」
“Anything I’ve ever attempted, I was always willing to fail.” / “You can’t be paralyzed by fear of failure or you will never push yourself.”
— 2009年5月、南カリフォルニア大学の卒業式のスピーチで
23「君たちが遊び回っているその時にも、どこかで誰かが懸命に働いている。誰かが賢くなり、誰かが勝っている。それだけは覚えておいてほしい」
“But when you’re out there partying, horsing around, someone out there at the same time is working hard. Someone is getting smarter and someone is winning. Just remember that.”
— 2009年5月、南カリフォルニア大学の卒業式のスピーチで
24「手を差し伸べて人を助けることは、これまでにしたどんなことよりも大きな満足を与えてくれる」
“And let me tell you something, reaching out and helping people will bring you more satisfaction than anything else you have ever done.”
— 2009年5月、南カリフォルニア大学の卒業式のスピーチで
25「おびえていた子が自信をつけていくのを見た時、それが僕にとっての一番の勝利だった」
“When I saw that kid go from terror to self-confidence, that was the big winner for me. I was reaching out to someone who needed help.”
— 2010年5月、エモリー大学の卒業式のスピーチで
26「自分がチャンピオンになる姿が、はっきり見えていた。それが信じられないほどの原動力と意志と、自分を律する力を生んで、もう誰にも止められなかった」
“I had very clear visions of me being a champion.” / “And that created such unbelievable drive and such unbelievable will and discipline, that there was absolutely no stopping me.”
— 2012年10月、公共ラジオ NPR の番組で
27「演習が夜中に終わっても、戦車から道具を全部出して、何時間も鍛えた。とにかく手を止めなかった」
“… when we were on maneuver at 6, 7 o’clock at night, when we were finished, or at midnight if we were finished, I would then take out all the exercise equipment and I would be working out for, you know, for hours. And so I was relentless.”
— 2012年10月、公共ラジオ NPR の番組で
28「1年後に戻ってきたら優勝すると分かっていた。そしてそのとおり、史上最年少のミスター・ユニバースになった。15歳のときに立てた目標を果たしたんだ」
“I knew that a year later, when I come back, that I will win this competition. And sure enough, … I became the youngest Mr. Universe ever. And I achieved this goal that I had with the age of 15.”
— 2012年10月、公共ラジオ NPR の番組で
70代のシュワちゃんが語る名言
70代のシュワちゃんの名言は、年を取っても鍛え続ける理由と、人の役に立つことを語っています。2018年と2020年に心臓の手術を受け、2024年にペースメーカーを入れた後も、本人は毎日ジムと自転車で体を動かし、読者向けのメールや寄稿でその理由を書いてきました。75歳で出た Netflix のドキュメンタリー『Arnold』では、若いころの負けや、否定の声を力にしてきた日々を、本人が自分の言葉で振り返りました。
29「小さな傷で目覚めるつもりで眠ったら、大きな傷で目覚めた。でもね、目が覚めた。それだけで感謝すべきことだ」
“I went to sleep expecting to wake up with a small incision and woke up with a big one – but guess what? I woke up, and that’s something to be thankful for.”
— 2018年4月、心臓の手術の後の本人の X で
30「狙いは、体を自分の意志どおりに彫り上げることだった。でもそれは、心を形づくることにも使える。誰もが不可能と呼ぶことをやるために」
“The idea was to sculpt the body to your will, But it can also be used to shape your mind — to do the things that everyone calls impossible.”
— 2023年6月、Netflix のドキュメンタリー『Arnold』で
31「一晩中泣いた。次の日、自分に言ったんだ。『赤ん坊みたいに泣いたな。さあ、前に進もう』と」
“I cried the whole night, … The next day, I said, ‘Okay, you cried like a little baby … Now, let’s move on.'”
— 2023年6月、Netflix のドキュメンタリー『Arnold』で
32「誰かに『お前には無理だ』『それは不可能だ』と言われるほど、私はわくわくする」
“But the more someone says you can’t, or that this is impossible, the more excited I get over it.”
— 2023年6月、Netflix のドキュメンタリー『Arnold』で
33「失敗を恐れるな。人は必ず失敗するのだから。19歳の時、ミスター・ユニバースに出て負けた。映画が大コケしたこともある」
“one of the things that I talk about is not to be afraid of failure because you’re going to fail. And I was 19 years old. I was competing in the Mr. Universe contest, and I lost. I had movies that went in the toilet.”
— 2023年10月、公共ラジオ NPR の朝の番組で
34「時間をかけて自分のビジョンと目標をつくり、どんなに難しくてもそれを追いかければ、人生は楽しくなる。たくさん苦労したけれど、私の人生はいつもとても楽しかった」
“if you take some time and create a vision for yourself, create a goal for yourself and then chase that goal no matter how difficult it may be, life becomes kind of fun, because to me, my life was always a lot of fun, even though I struggled a lot.”
— 2023年10月、公共ラジオ NPR の朝の番組で
35「誰にでも、何かを返す力がある」
“Everyone has the ability to give back something.”
— 2023年10月、公共ラジオ NPR の朝の番組で
36「全部を胸にしまい込んでいたら、本当の意味で前向きにはなれない。誰にも、1人では持ち上げられない重さがある」
“it’s impossible to be truly positive when you keep everything bottled up. … There are weights that none of us can lift alone.”
— 2024年3月、ペースメーカーを入れたことを明かしたニュースレターで
37「私は引退というものを信じていない。私にとって引退とは、やっていることをやめることだからだ」
“I personally don’t believe in retiring, simply because to me, retiring is to stop doing what you’re doing!”
— 2025年6月、50歳以上の人の団体 AARP の取材で
38「若いころの自分には、『お前は正しい道にいる。誰にも何も変えさせるな』と言う」
“I would say, ‘You’re on the right track. Don’t let anyone change anything.’ Because one of the things that I had to learn very quickly was not to listen to the naysayers.”
— 2025年6月、50歳以上の人の団体 AARP の取材で
39「ベッドから出たくない朝もある。そんな朝、私はやる気が来るのを待たない。とにかく起きる。すると自転車をこいでいるうちに、何セットかやるうちに、元の自分に戻っている」
“Sure, there are mornings I don’t want to get out of bed. … On those mornings, I don’t wait for inspiration. I get up anyway, and somewhere on the bike ride or a few sets in, I’m back.”
— 2026年7月、Newsweek への本人の寄稿で
40「私はもう、規律と意地を取り違えない。やり方は変わった。でも、打ち込む気持ちは同じだ」
“I no longer confuse discipline with stubbornness. … My approach changed, but my commitment remains the same.”
— 2026年7月、Newsweek への本人の寄稿で
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