三笘薫の名言40選!筑波大学時代から著書『VISION』、ゴールパフォーマンスまで
高校卒業の時に川崎フロンターレのトップ昇格を断り、筑波大学へ進んだ三笘薫。大学時代の名言から、著書『VISION 夢を叶える逆算思考』の言葉、ブライトンや日本代表のインタビューまで、三笘薫の名言40選を言った時期とともに読めます。
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公式ライター Activel編集部
高校3年生で川崎フロンターレのトップチームへの昇格を断り、筑波大学へ進んだ三笘薫は、プロになった後に「自分のプレースタイルを確立するために大学に行ったところもありました」と振り返っています。大学時代に残した名言から著書『VISION』の一文まで、三笘薫の名言40選を、いつどこで語った言葉かとあわせて載せています。
三笘薫のプロフィール
三笘薫は、川崎フロンターレのアカデミー(クラブの下部組織)で育ち、筑波大学を経てプロになったサッカー選手です。今はイングランドのブライトンに所属し、日本代表でも主に左サイドからドリブルで仕掛けてきました。
基本プロフィール
3歳上の兄の影響でサッカーを始めた三笘薫は、小学3年生でセレクションに合格して川崎フロンターレのアカデミーに入りました。子どもの頃の夢を聞かれると、本人は「サッカー選手と仮面ライダー」と答えています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 三笘薫(みとま かおる) |
| 生年月日 | 1997年5月20日 |
| 出身 | 大分県生まれ・神奈川県川崎市出身 |
| ポジション | ミッドフィルダー・フォワード(主に左サイド) |
| 身長 | 178cm |
| 所属 | ブライトン(イングランド) |
| 出身校 | 川崎市立橘高校・筑波大学 |
| 著書 | 『VISION 夢を叶える逆算思考』ほか |
小学生時代から高校3年生まで、10年近くをフロンターレのアカデミーで過ごしています。2冊目の著書『サッカードリブル解剖図鑑』(2025年2月)は、子どもたちのヒーローになりたいという思いから、自分が実践してきたドリブルのプレーと考えを詰め込んだ本です。
川崎フロンターレの下部組織から筑波大学へ(高校・大学時代)
高校時代は川崎市立橘高校に通いながら、高校生年代のチームであるフロンターレのU-18でプレーしました。高校3年生の時に当時のU-18の監督からトップチームへの昇格を打診されましたが、三笘はこれを断り、2016年に筑波大学の体育専門学群(体育を学ぶ学部にあたる)へ進みます。大学時代には、大学に籍を置いたままJリーグの公式戦に出られる特別指定選手としてフロンターレに登録され、在学中にプロ入りも決めました。
| 年 | 大学時代の主な出来事 |
|---|---|
| 2016年 | 筑波大学に入学 |
| 2017年6月 | 天皇杯でJ1のベガルタ仙台から2得点 |
| 2017年9月 | フロンターレの特別指定選手に |
| 2018年7月 | フロンターレへの加入が内定 |
| 2018年夏 | アジア大会で銀メダル(21歳以下の日本代表) |
卒業論文(卒論)のテーマは「サッカーの1対1場面における攻撃側の情報処理に関する研究」で、ドリブルの研究として広く知られました。ただ本人は、卒論は今のプレースタイルとはほとんど関係がないと言い切っています。
プロ入りからブライトン、2026年までの歩み
2020年に川崎フロンターレでプロになった三笘は、1年目からJ1で13得点を挙げ、チームはリーグと天皇杯の2冠を手にしています。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2020年 | 川崎フロンターレに入団、J1で13得点 |
| 2021年1月 | 天皇杯決勝で決勝点 |
| 2021年8月 | 東京五輪で4位、ブライトンへ完全移籍 |
| 2021-22年 | ベルギーのユニオン・サン=ジロワーズでプレー |
| 2022年 | プレミアリーグでデビュー、カタールW杯でベスト16 |
| 2023年1月 | FAカップでリバプールから決勝点 |
| 2023年6月 | 著書『VISION 夢を叶える逆算思考』を出版 |
| 2026年3月 | イングランド戦で決勝点 |
| 2026年5月 | 左ももの裏を痛め、W杯のメンバーから外れる |
2026年5月9日のウルバーハンプトン戦で左ももの裏を痛め、北中米ワールドカップのメンバーには選ばれていません。2026年10月の時点ではまだ試合に戻っておらず、復帰を目指してリハビリを続けています。
座右の銘
三笘薫の座右の銘は、2018年から2020年までが「継続は力なり」、プロ2年目の2021年は「現状維持は衰退」です。どちらも川崎フロンターレ公式サイトの選手プロフィールの、好きな言葉・座右の銘の欄に本人が挙げた言葉です。2018年のプロフィールでは、過去の自分へのひと言に「時間を大切にしろ」を選んでいました。
三笘薫の名言40選

大学2年生の2017年、天皇杯でJ1のベガルタ仙台を破った三笘薫は「J1に勝てたのは非常に大きい」と喜び、9年後の2026年3月にはイングランドから決勝点を奪っても「本大会で痛い目にあうと思っています」と気を引き締めていました。
筑波大学への進学とプロ入りの時の名言
トップチームへの昇格を断った理由を、三笘薫はプロになった後のインタビューで何度も聞かれ、そのたびに答えてきました。筑波大学での4年間、三笘は22歳で卒業した時にすぐ戦力になれるよう、毎日練習を重ねていました。
01「J1に勝てたのは非常に大きい」
— 2017年6月、大学2年生の天皇杯でベガルタ仙台に勝った試合の後のインタビューで
02「アカデミーからお世話になったこのクラブにしっかりと恩返しができるように頑張りたいと思います。まずは大学でしっかりと結果を残して2年後に向けてしっかりと精進したいと思います」
— 2018年7月、大学3年生で川崎フロンターレへの加入が内定した時のコメントで
03「僕は基本自分を表に出しません。だって周りの目とか気になっちゃうから。でもサッカーのことなら何言われてもあまり気にしません。自分の好きなように自分を表現できます。だから僕はサッカーが好きです」
— 2019年、大学4年生の時に筑波大学蹴球部のブログに書いた自己紹介で(筑波大学蹴球部のブログ)
04「一つひとつのプレーにこだわってほしいですね。意識を高く持てば、無駄なプレーなんてなくなると思います。意識次第で変わるんだ、ということを覚えておいてほしいです」
— 2019年12月、小学生の全国大会を前にした日本サッカー協会のインタビューで、小学生へのアドバイスを聞かれて
05「こんにちは!ただいま! これ、ちょっとやってみたかったので、ありがとうございます」
— 2020年1月、川崎フロンターレの新体制発表会見で、最初のあいさつ
06「もともと、トップチームに行けると思っていなかったですし、その時はまだプロのレベルに達していなかったので……」
— 2021年4月のインタビューで、高校3年生の時にトップチームへの昇格を断った理由を聞かれて
07「厳しいなと思いましたね。僕は試合に出る重要性を知っていましたし、そのためには体づくりなどやるべきことがたくさんあった。将来、プロでプレーすることを考え、人間的な成長を促す意味でも大学に行く決断をしました」
— 同じ2021年4月のインタビューで、1学年上で昇格した三好康児や板倉滉がすぐには試合に出られずにいた姿について
08「卒論は、今のプレースタイルとはほとんど関係ないと言える。書きやすいテーマだったから選んだだけで、とにかく卒業したかったんだ」
“I can say that the thesis has almost nothing to do with my current play style. I chose the theme because it would be easy to write about. I simply wanted to finish my degree.”
— 2023年に海外メディアが伝えたインタビューで、卒論について
09「僕は、自分のプレースタイルを確立するために大学に行ったところもありました。自分がやりたいプレーで活躍できればそれが一番いいわけで、出来る限り取り組んだ上でプロで通用しなかったらそこで(やりたいプレーを)あきらめればいい」
— 2025年12月、川崎フロンターレの創立30周年のインタビューで
川崎フロンターレとブライトンでのインタビューの名言
プロ1年目にJ1で13得点を挙げても「満足した試合はひとつもない」と言い、ベルギーでは「もがきながらやっています」と打ち明ける。クラブでのインタビューに残る三笘薫の名言には、結果に満足しない姿と、海外で戦う苦しさの両方が出ています。ブライトン公式の英語のインタビューでは、子どもの頃から見てきたプレミアリーグへの思いや、自分を育てたJリーグへの感謝も語りました。
10「できすぎな感じはありますね。ここまで得点を決められるとは正直、思っていなかったです」
— 2020年9月、プロ1年目にJ1で8得点を挙げていた時期のインタビューで
11「決勝という大舞台でもいつも通りのプレーを心掛けていました。タイトルを獲得することができたのは率直にうれしいですし、勝利に貢献できたのも良かったです。でも、もっと楽に試合を進められたという思いもあります」
— 2021年1月、天皇杯決勝でガンバ大阪から決勝点を挙げた試合の後のコメントで
12「ピッチの中では一番になりたい気持ちがありますけど、ピッチ外ではそんなに目立ちたいタイプではないんです」
— 2021年2月、沖縄キャンプで受けたテレビ番組のインタビューで、メディア対応について聞かれて
13「充実したシーズンでしたが、満足した試合はひとつもないですね。たとえ得点に結びついても、そのプレーが実力かどうかは自分で判断しています」
— 2021年3月、プロ1年目を振り返った雑誌『anan』のインタビューで
14「普段の僕は、あまりしゃべらないほうで、いじるでもなくいじられるでもなく、そのやり取りを端っこで見ているような悪いタイプ(笑)」
— 同じ2021年3月の雑誌『anan』のインタビューで、普段の自分について
15「プロになって満足できていないですね。もちろん一時的な満足感を得られる時はあるんですが、そこで満足していたら先はないと思うんです」
— 2021年4月のインタビューで
16「大学を経由してプロの世界に入ることができましたが、僕のサッカーに関するほとんどがフロンターレで学んだことです。このクラブには感謝の思いしかありません」
— 2021年8月、ブライトンへの完全移籍が決まった時のコメントで
17「いやあ…まあ…苦しいですよ、もちろん、いろいろと。もがきながらやっています」
— 2021年11月、ベルギーのユニオン・サン=ジロワーズでゴールを決めた試合の後、「いま、充実していますか?」と聞かれて「いや、全然です」と返し、理由を聞かれて
18「プレミアリーグは世界一のリーグで、子どもの頃から見てきた。ここにいられるのは夢がかなったということなんだ」
“The Premier League is the biggest in the world, when I was growing up I would watch it. It’s a dream come true to be here.”
— 2022年7月、ベルギーでの1年を終えてブライトンに合流した時のクラブ公式のインタビューで(ブライトン公式)
19「今のところ、これまでで最高の瞬間だと思います。試合の終盤だったし、いいゴールでした。このゴールで試合にも勝てたからとても嬉しいです」
— 2023年1月、FAカップでリバプールから決勝点を決めた試合の後、クラブのインタビューで
20「このリーグには日本人選手が多くない。だから、いつかここでプレーしたいと思っている人たちを奮い立たせる存在になりたい」
“There are not many Japanese players in this league, so I want to be an inspiration to those who want to play here one day,”
— 2023年3月、プレミアリーグ公式サイトの特集で
21「1回のサッカー人生をどうプランニングしていけばいいか。10年ちょっとしかない選手生活の中で、どうやっていくかというのを考えて生活しています。サッカーのために生きている感じなんで、今」
— 2023年7月、雑誌のインタビューで自分に点数をつけてもらい、人生は80点、サッカー選手としては70点と答えた後に
22「また離脱することになりました。今シーズンは怪我が続いて悔しい気持ちが強いですが、必ず強くなって戻ってきます」
— 2024年2月、腰のけがでの離脱が決まった時、自身のインスタグラムで
23「Jリーグがなければ、今の僕はここにいない。Jリーグは日本のサッカーの歴史を語るものでもある。僕はこのリーグで育ててもらったし、Jリーグは日本サッカーの象徴なんだ」
“So without the J.League I wouldn’t be here, and the J.League tells the story of the history of football in Japan. I was developed by this league and it is the symbol of Japanese football.”
— 2024年7月、ブライトンの日本ツアーを前にしたクラブ公式のインタビューで
24「ゴールの後、自分でも少し驚いた。ファーストタッチが良かった。狙っていたわけではないけど、努力が報われたんだと思う」
“After the goal I felt a little bit surprised myself,” “The first touch was good. I didn’t expect it but I think hard work paid off.”
— 2025年5月、チェルシー戦のゴールがクラブの年間最優秀ゴールに選ばれた時のクラブ公式のインタビューで
日本代表とワールドカップの名言
東京五輪から、2022年のカタールW杯、2026年の北中米W杯の予選まで。日本代表の三笘薫は、スペイン戦の折り返しで世界から注目された一方、クロアチア戦ではPKを止められて涙を見せ、勝った試合の後のコメントや会見でも課題を口にしてきました。
25「オリンピックは自分のキャリアに直結する、人生の大きな転換期だと思っている」
— 2021年6月、東京五輪のメンバーに選ばれた日のオンライン会見で
26「まだ僕自身も日本代表に定着していないので、試合や練習の1つ1つで成長して、これから始まる競争に勝って行けるようにしたいです」
— 2022年3月、W杯アジア最終予選のオーストラリア戦で2得点を挙げ、カタールW杯の出場を決めた試合の後で
27「1ミリかかっていればいいなと思いましたし、入った後はちょっと足が長くて良かったと思いました」
— 2022年12月、カタールW杯のスペイン戦で、ゴールライン際のボールを折り返した場面について
28「PKを蹴った責任はあるので、迷惑をかけてしまいました」
— 2022年12月、カタールW杯の決勝トーナメント1回戦でクロアチアにPK戦で敗れた試合の後で
29「いや… 僕よりも強い気持ちを持っている人に対しての申し訳なさです」
— 同じクロアチア戦の後のインタビューで、涙の意味を聞かれて
30「そういう、自分のプレーで、7番をつけたいっていう子どもが増えればうれしいですけど。まあ7番は好きなんで、これからもずっとつけていきたい番号ではあります」
— 2023年6月、日本代表で背番号7を付けて臨んだペルー戦の後で
31「ワールドカップの時もそうでしたが、チームに貢献しきれていない事実を認めないといけないですし、タフに戦い続ける選手がいて、そこに自分自身が関われていない。準備のところもそうですし、怪我は仕方ないところもありましたが、本当に悔しいです」
— 2024年2月、アジアカップ準々決勝でイランに敗れた試合の後で
32「簡単に勝っているように見えているかと思いますが、自分たちも苦しんでいるなかで勝ってきているので、そこは理解してほしいなと思います」
— 2025年3月、バーレーン戦に勝って北中米W杯の出場を決めた試合の後で
33「結果だけを見ればいい勝利ですけど、内容を見ればボールも握られているし、そこのギャップはしっかり埋めていかないと、本大会で痛い目にあうと思っています」
— 2026年3月、ウェンブリー・スタジアムでイングランドから決勝点を奪った試合の後で
著書『VISION 夢を叶える逆算思考』の言葉
2023年6月に出版した初めての著書『VISION 夢を叶える逆算思考』(双葉社)で、三笘薫は目標から逆算して毎日を過ごす考え方や、ドリブルを武器にすると決めた子どもの頃の話を、自分の言葉で書いています。
34「僕には、『後世に語り継がれる選手になる』という目標がある」
— 著書『VISION 夢を叶える逆算思考』のプロローグで(双葉社の試し読み)
35「心の中には常に『人生は一度きりなんだ』『サッカー人生も残りの人生も悔いなく終えたい』という思いがあり、だからこそ、サッカーをやっているからにはできるだけ上に行き、多くの人の記憶に残る選手になりたいと思っている」
— 著書『VISION 夢を叶える逆算思考』のプロローグで
36「みなさんも、理想の自分を漠然とではなく具体的に思い描いてみてほしい。将来のイメージは具体的であればあるほど効果的だと思う」
— 著書『VISION 夢を叶える逆算思考』のプロローグで、プロを目指す子どもたちに向けて
37「それでも僕は、『負けて当然』とは思わなかった。『どうすれば兄に勝てるのか』と、考え続けていたのだ」
— 著書『VISION 夢を叶える逆算思考』の第1章で、一番のライバルだった兄とのサッカーでの勝負について
38「チームの約束事であり、言わば宿題ではあったが、サッカーノートを書いたことが現在の『逆算思考法』にもつながっていると思う」
— 著書『VISION 夢を叶える逆算思考』で、子どもの頃に書いていたサッカーノートについて
39「それでも、たとえ1対1でドリブル勝負に勝てずに文句を言われようとも、僕は自分に『今は失敗する段階なんだ』と言い聞かせてきた」
— 著書『VISION 夢を叶える逆算思考』で、ドリブルを自分の武器にすると決めた頃について
40「次は僕が、子供たちに自分の背中を見せる番だと思っている」
— 著書『VISION 夢を叶える逆算思考』で、憧れだったクリスティアーノ・ロナウドと同じプレミアリーグに立った今について
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三笘薫のゴールパフォーマンス
三笘薫のゴールパフォーマンスでよく知られているのが、胸の前で作るハートマークです。同じハートでも、試合によって込められた思いは違いました。
| 試合 | ハートマークの意味 |
|---|---|
| 2020年12月16日の浦和レッズ戦 | 病気と闘う少年との約束 |
| 2023年6月20日のペルー戦 | 本人は説明を避けた |
川崎フロンターレ時代の浦和レッズ戦は、新人の最多得点記録に並ぶ13点目のゴールでした。筑波大学の蹴球部のコーチ活動で知り合った少年が病気と闘っていると聞き、次に点を取ったら少年が希望するポーズをすると約束していたのです。ペルー戦の後は、意味を聞かれて「いやまあそれは個人的なところなので、言わなくてもいいかと思います」と答えています。人差し指を振るポーズなど、ほかのしぐさの意味を本人が説明した言葉は見つかっておらず、ほかの選手のゴールパフォーマンスは、サッカーのゴールパフォーマンス20選!かっこいいポーズはどれだ?で紹介しています。
よくある質問(Q&A)
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