エムバペ(エンバペ)の名言40選!ゴールパフォーマンスの意味と名前の呼び方も解説
19歳でワールドカップを制し、2026年大会では得点王に。キリアン・エムバペの名言40選を、英語などの元の言葉と言った時期つきで読めます。エンバペ・ムバッペなど名前の呼び方や、腕組みとフルートのゴールパフォーマンスの意味も、エムバペ本人の名言から分かります。
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公式ライター Activel編集部
2026年のワールドカップで得点王になったキリアン・エムバペは、3位決定戦の後に「得点王になれなくても、決勝で戦いたかった」と話しました。19歳で世界一になった2018年からのエムバペの名言40選を、英語などの元の言葉と言った時期を添えて載せています。エンバペ、ムバッペとも書かれる名前の呼び方も、本人の名言で分かります。
キリアン・エムバペのプロフィール
パリ郊外のボンディで育ち、16歳でモナコのトップチームにデビューしたエムバペは、パリ・サンジェルマンを経て、子どもの頃からの夢だったレアル・マドリードに2024年に移りました。最初のコーチは地元のクラブで教えていた父で、10年間キリアン・エムバペを指導しています。名言の中にも、家族や地元の子どもたちへの思いがたびたび出てきます。
基本プロフィール
2018年のワールドカップで優勝した時、エムバペは代表としての報酬を、障がいのある子どもたちのスポーツを支える団体に寄付しました。2019年の初来日では『キャプテン翼』が子どもの頃から大好きなアニメだと話しています。父の指導を受けて育った少年は、19歳でワールドカップを制し、2026年の大会では、ワールドカップの歴史で最も多く点を取った選手になりました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | キリアン・エムバペ |
| 表記 | Kylian Mbappé |
| 日本語の表記 | エムバペ・エンバペ・ムバッペ |
| 生年月日 | 1998年12月20日 |
| 出身 | パリ生まれ・ボンディ育ち |
| ポジション | フォワード |
| 所属 | モナコ→パリ・サンジェルマン→レアル・マドリード |
| ワールドカップ | 2018年優勝・通算22得点 |
フランス代表では、2026年の大会の初戦で2点を決めて代表の歴代最多得点選手になりました。ワールドカップでは2022年と2026年の2大会で得点王になっています。
ボンディからモナコ、パリ、レアル・マドリードまでの歩み
子ども部屋の壁をジダンとクリスティアーノ・ロナウドのポスターで埋めていた少年は、14歳でレアル・マドリードの練習に招かれ、その後モナコの育成組織に入りました。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2015年12月 | モナコでプロデビュー(16歳) |
| 2017年5月 | モナコでリーグ優勝 |
| 2017年8月 | パリ・サンジェルマンへ |
| 2018年7月 | ワールドカップ優勝(19歳) |
| 2022年12月 | ワールドカップ決勝でハットトリック |
| 2024年7月 | レアル・マドリードに入団 |
| 2026年7月 | ワールドカップ得点王・通算22得点 |
モナコでは、それまでのクラブ史上最年少だったティエリ・アンリの記録を破ってデビューし、60試合で27点を挙げました。憧れていたロナウドとは、のちにレアル・マドリードで1年に挙げた得点の記録で並ぶことになります。プレーの凄さや記録をもっと知りたい人は、エムバペ選手の凄さとは?何が凄いのか?フランス代表10番を背負った最強FWの特徴も読んでみてください。
エムバペ・ムバッペ・エンバペ、名前の正しい呼び方
日本では「エムバペ」「エンバペ」「ムバッペ」と書き方が分かれていますが、本人の答えははっきりしています。2024年1月に放送されたフランスのテレビ局 France 2 の報道番組「Envoyé spécial」で、フランスでもよく聞く「エム・バペ」という発音を聞いたエムバペは、「それが僕の呼び方として正しいかって? いや、違う、違う」と苦笑いし、「アポストロフィは付かない。だから Kylian Mbappé なんだ」と説明しました。
M’bappé のように M のあとに記号があれば、M を「エム」と区切って読むこともできますが、本人の名前は記号のない Mbappé です。日本語の読み方に当てはめると、M は「エム」と区切って読む文字ではなく、すぐ後ろの「バペ」につなげて、口を閉じた「ン」に近い音から始まります。日本でよく見るエムバペという書き方は、本人が違うと答えた区切り方に近く、エンバペやムバッペは、M の音を後ろにつなげた書き方です。エムバペ・エンバペ・ムバッペのどれで探しても同じ選手の名言が見つかりますが、本人の発音に近いのは、エンバペやムバッペのほうだと言えます。
本人は同じ番組で「みんなを直していたら、大変な仕事になってしまう」とも口にしていて、読み方の違いを責めているわけではありません。この記事では、日本のニュースでもよく見るエムバペの書き方で書いています。
座右の銘
エムバペが「これが座右の銘だ」と語った言葉は、会見や本人の SNS を探しても出てきません。近い言葉としては、2018年10月にアメリカの雑誌 TIME の取材で、次の世代に伝えたいことを聞かれて挙げた「敬意、謙虚さ、冷静さ(Respect, humility and lucidity)」の3つがあります。スターほど謙虚で、人を敬うからこそ敬われる、という考え方から出てきた言葉です。
エムバペの名言40選

11歳の大会で、怖くて試合に出たくないと言ったエムバペに、母は「60回外したっていい。誰も気にしない」と声をかけました。その言葉でピッチの上で二度と怖くならなくなった少年の名言を、時期ごとに並べています。日本語は英語などの元の言葉から訳したもので、日本の名言集の訳とは言い回しが違うものもあります。
少年時代とモナコ時代の名言
16歳でプロの舞台に立ち、18歳でモナコのリーグ優勝を経験したエムバペは、2020年に本人の名前で書いた手紙で、ボンディで過ごした子ども時代を振り返っています。平日は国立の育成機関クレールフォンテーヌで練習し、週末に父のチームの試合で凝ったプレーを見せようとすると、父に「ここはボンディだ!」と叱られたこともありました。
01「ボンディには、お金はあまりないかもしれない。でも僕らは夢を見る人間なんだ。夢を見るのにお金はほとんどかからない。というより、ただだからね」
“In Bondy, in the 93, in the banlieues, maybe there is not a lot of money, it’s true. But we are dreamers. We’re born that way, I think. Maybe it’s because dreaming doesn’t cost much. In fact, it’s free.”
— 2020年2月、本人の名前で書いた手紙「A Letter to the Young Kylians」で
02「部屋の壁は、ジダンとクリスティアーノのポスターでいっぱいだった」
“I had so many posters of Zidane and Cristiano.”
— 2020年2月、同じ手紙で(子ども部屋を振り返って)
03「母も、父も、地元の仲間も、友だちもいなければ、キリアン・エムバペはいない」
“There is no Kylian Mbappé without my mother, my father, my community, my friends.”
— 2020年2月、同じ手紙で(11歳の大会で母にかけられた言葉を振り返って)
04「父は、僕の頭が雲の上にあるのを分かっていた。だから、足だけはしっかり地面につけさせてくれたんだ」
“My father knew that my head was in the clouds, so he made sure that my feet were still on the ground.”
— 2020年2月、同じ手紙で(週末にボンディで父のチームでプレーしたころを振り返って)
05「僕はジズーの車に乗っている。ボンディのキリアンが。こんなの現実じゃない」
“I am in Zizou’s car. I am Kylian from Bondy. This is not real.”
— 2020年2月、同じ手紙で(14歳でレアル・マドリードの練習に招かれ、ジダンが運転する車に乗った日を振り返って。ジズーはジダンの愛称)
06「ここで勝ったチームは多くない。だから強い印象を残したかった。今日はそれができた」
“Il n’y a pas beaucoup d’équipes qui sont venues s’imposer ici, on voulait marquer le coup. C’est ce qu’on a fait aujourd’hui”
— 2017年4月、チャンピオンズリーグ準々決勝でドルトムントに勝った後、フランスのテレビ局 beIN SPORTS のインタビューで
07「光栄だけど、何度でも言う。それぞれが自分の歴史を書くんだ。ティエリは大きなキャリアを築いた。まだ何もしていない18歳と比べるのはフェアじゃないと思う」
“C’est flatteur mais comme je l’ai dit, et je le redis, chacun écrit son histoire. Thierry a fait une immense carrière et je pense que ça ne serait pas juste de le comparer à un jeune de 18 ans qui n’a encore rien fait.”
— 2017年5月、ユーロスポーツの Facebook のライブ配信で(ティエリ・アンリと比べられて)
08「怒っても、僕を嫌っても、ブーイングしてもいい。でも、僕が君たちを愛することは止められない。それが本当の気持ちだから。君たちを愛している」
“Vous pouvez être en colère, me détester ou même me siffler, mais vous ne pourrez jamais m’empêcher de vous aimer car la vérité est là, je vous aime.”
— 2017年9月、モナコのサポーターに向けた手紙で
パリ・サンジェルマン時代の名言
地元パリのクラブに加わったエムバペは、7年間のうちに、自分が勝つことだけでなく、ほかの選手を輝かせてチームで勝つことも、会見やコメントで口にするようになりました。フランスのリーグ優勝は、モナコ時代と合わせて7回を数えます。
09「パリの周りで育った若者にとって、赤と青のユニフォームを着て、パルク・デ・プランスの特別な空気を味わうのは、多くの場合、夢なんだ」
“For any young person from the Paris region, it is often a dream to wear the red and blue jersey and experience the unique atmosphere of the Parc des Princes.”
— 2017年8月、パリ・サンジェルマンへの加入が発表された時のコメントで
10「学ぶのもいい。でも勝たなきゃいけない。キャリアは一度きりで、すぐに過ぎていく。僕はタイトルに飢えているんだ」
“C’est bien beau d’apprendre mais il faut gagner. On n’a qu’une carrière et cela passe vite. Je suis un affamé de titres”
— 2017年9月、パリ・サンジェルマンの入団会見で
11「子どもの頃のアイドルで、バルデベバスを訪れた時に会えたのはうれしかった。でも僕は勝負する人間だ。勝負する人間が望むのは、勝って、勝って、勝つことなんだ」
“Es un ídolo de mi infancia y fue bonito conocerle cuando visité Valdebebas. Pero yo soy un competidor, y una persona competitiva lo que quiere es ganar, ganar y ganar.”
— 2017年12月、スペインの新聞 Marca のインタビューで(クリスティアーノ・ロナウドについて)
12「サッカーでとても有名な番号で、僕にとって大切なんだ。背番号は、僕の野心と、どんな選手になりたいかを表している」
“It’s a very famous number in football and that’s important to me. The shirt number also shows my ambitions and what sort of player I want to be.”
— 2018年夏、パリ・サンジェルマンで背番号を7に変えた時に
13「試合に勝つには、全員で取り組まなきゃいけない。ほかの選手を輝かせられることは、自分が輝くのと同じくらい大事なんだ。それを今、学んでいるところ」
“I know that to win a game we all need to work together, and knowing how to make others shine is just as important as shining oneself. It’s really something that I’m in the process of learning.”
— 2020年10月、パリ・サンジェルマンの公式サイトのインタビューで
14「できるかもしれないと思っていたんじゃない。やるんだと思っていた」
“Pas que je pouvais le faire, mais que j’allais le faire.”
— 2024年1月、フランスのテレビ局 France 2 の報道番組「Envoyé spécial」のインタビューで
15「パリ・サンジェルマンは、誰も無関心ではいられないクラブだ。好きになることも、嫌いになることもできる。僕は好きになることを選んだ」
“Le PSG, c’est un club qui ne laisse personne indifférent. On peut aimer ou on peut détester, moi j’ai choisi de l’aimer.”
— 2024年5月、本人の X に載せた退団を伝える動画で
16「ここで得たものは、ほかのどこでも二度と得られない。これからも魔法のようなことはあるだろうけどね」
“Ce que j’ai eu ici je ne le retrouverai nulle part ailleurs, même s’il y aura aussi des choses magiques”
— 2024年5月、パリ・サンジェルマンで最後の試合になったフランス杯の決勝で勝った後に
フランス代表とワールドカップで語った名言
19歳で出た2018年のロシア大会で世界一になったエムバペは、2022年の決勝でハットトリックを決めながら敗れ、主将として迎えた2026年の大会では準決勝で敗れて4位に終わりました。その2026年の初戦の後には「批判する人を黙らせるためにプレーし始めたら、80歳までプレーしなきゃいけなくなる」と話し、敗れた3位決定戦でも2点を決めて得点王になっています。
17「サッカー界をただ通り過ぎるだけの選手にはなりたくない。世界チャンピオンになるということは、1つのメッセージなんだ」
“Je ne veux pas simplement être de passage dans le foot : être champion du monde, c’est un message.”
— 2018年7月、ワールドカップの決勝で勝った後、フランスのテレビ局 TF1 のインタビューで
18「僕たちは戻ってくる」
“Nous reviendrons.”
— 2022年12月、ワールドカップの決勝で敗れた翌日の投稿で
19「僕は国の歴史に名を刻むため、チームを決勝に連れていってワールドカップを勝ち取るためにプレーしている。それ以外のことは、僕という人間とキャリアの一部になるだけだ」
“I play to make my mark on my country’s history, to ensure my team reaches the final and wins the World Cup. The rest will simply be part of who I am and my career.”
— 2026年6月、ワールドカップの初戦でセネガルに勝った後に
20「相手は、僕たちがタキシードを着て、きれいなプレーをしに来ると思っていた。サッカーに正しいやり方も、間違ったやり方もない。ただ1つのやり方は、勝つことだ」
“They think that we’re going to turn up and play in tuxedos, do a few nice tricks and some one-twos […] Everyone plays to their strengths; there’s no right or wrong way to play football – the only way is to win.”
— 2026年7月、ワールドカップのベスト16でパラグアイに1-0で勝った後に
21「彼女のような人に、憎しみと人種差別を世界に広める自由は、決して与えない」
“Je ne laisserai jamais aux gens comme elle, la liberté de laisser propager leur haine et leur racisme à travers le monde.”
— 2026年7月、パラグアイの議員の人種差別の投稿に答えた投稿で
22「勝つ時は胸を張って勝つ。だから負ける時も、胸を張って負けなきゃいけない」
“Quand on gagne, on gagne la tête haute donc quand on perd, il faut perdre aussi la tête haute.”
— 2026年7月、ワールドカップの準決勝でスペインに0-2で敗れた後、フランスのテレビ局 M6 のインタビューで
23「今日があなたの最後のダンスだ。もっといい終わり方を贈るべきだったのに、僕たちはできなかった」
“Aujourd’hui est ta dernière danse. […] Nous aurions dû t’offrir une meilleure fin, mais nous avons échoué.”
— 2026年7月、3位決定戦の前にディディエ・デシャン監督へ向けた投稿で
24「ワールドカップでこれだけ点を取れば、新しい高みに行ける。でも僕は、得点王になれなくても、決勝で戦いたかった。引退した後なら自分の歩みとしていいものだけど、今はそれを考えていない」
“When you score that many goals in the World Cup, it certainly takes you to a whole new level. But I would have preferred not to be the top scorer and to have played in the final. It’s good for my legacy once I’ve retired, but right now, that’s not what’s on my mind.”
— 2026年7月、ワールドカップの3位決定戦でイングランドに敗れた後に
レアル・マドリードでの名言
ジダンとロナウドのポスターを部屋に貼っていた少年は、25歳でそのレアル・マドリードのユニフォームに袖を通しました。2025年12月20日、27歳の誕生日には、1年にクラブで挙げた得点をロナウドと同じ59に伸ばし、その日だけは腕組みではなく、ロナウドのポーズでゴールを喜んでいます。
25「レアル・マドリードでプレーするのは、子どもの頃からの夢。この時をずっと待っていたし、できるだけ早くなじみたい」
“Playing for Real Madrid is my childhood dream, I’ve been waiting for this moment for a long time and I want to adapt as quickly as possible.”
— 2024年7月、レアル・マドリードの入団会見で
26「史上最も偉大なこのクラブにふさわしい選手になることを、夢見ている」
“I dream of living up to the standards of this club, which is the greatest in history.”
— 2024年7月、本拠地のスタジアム、サンティアゴ・ベルナベウで開かれた入団の式典で
27「このユニフォームとエンブレムのために、すべてを出し尽くしたい。レアル・マドリードのファンのみんなの温かさに、とても幸せで感謝している」
“I want to give everything for this shirt and this crest; I’m very happy and grateful for all the affection that the Madridistas have shown me.”
— 2024年7月、入団の日にクラブのテレビ局 Realmadrid TV のインタビューで
28「世界一のクラブで最初のタイトル! もっと取りに行こう!」
“Primero tituló con el mejor club del mundo !!!! Vamos por más !!!! ¡HalaMadrid!”
— 2024年8月、ヨーロッパの大会の王者どうしが戦う UEFA スーパーカップで優勝した後の本人の X の投稿で
29「ビルバオの試合は、僕にとって良かった。どん底まで落ちて、PK を外して、このユニフォームのために力を出し切って、自分らしくプレーしなきゃいけないと分かったから」
“El partido de Bilbao me hizo buenas cosas porque yo toqué fondo, fallé un penalti y fue el momento de ver que tengo que dar el máximo por esta camiseta y jugar con personalidad.”
— 2024年12月、セビージャ戦の後に
30「この賞を受け取れてうれしい。僕にとって大切な瞬間だ。この賞を取るのは初めてで、ストライカーとして大きな意味がある。まずは、チームメイトのみんなにありがとうと言いたい」
“It’s a pleasure to receive this Golden Boot. It’s an important moment for me. This is the first time I’ve won this award and it means a lot as a striker. First, I would like to thank all my teammates.”
— 2025年10月、ヨーロッパの各国のリーグで最も点を取った選手に贈られるゴールデンシューを受け取った式典で
31「子どもの頃のアイドルで、今はとてもいい関係なんだ。今では友だちだよ」
“He was my idol as a child, I have a very good relationship with him; he’s a friend now.”
— 2025年12月、クリスティアーノ・ロナウドの記録に並んだ試合の後、Realmadrid TV で
32「勝たなきゃいけない。今年はまたタイトルを取れると確信している。それが僕たちの望みで、そうなっていく」
“We have to win. I am sure that this year we are going to win titles again. That’s what we want, and that’s what’s going to happen.”
— 2026年8月、ジョゼ・モウリーニョ監督のもとでの最初の練習の後、Realmadrid TV で
日本の名言集でよく知られている名言
スピードや努力、勝利について語ったこれらの言葉は、日本の名言集でもよく紹介されています。
33「恐れを抱かせる存在でありたい」
34「人々を驚かせ、自分自身をも驚かせたい」
35「可能な限りすべての勝利を得たいし、『他人のためにここは譲ろう』とは絶対に言いたくない。すべてを今、勝ち取りたい」
36「全く新しい世界で、常に多くを要求されるし、すべては僕次第なんだ」
37「僕は努力をやめない」
38「自分の速さに自信があれば、他を気にする必要はない。じっさいに僕は何も気にしていない」
39「速い選手は本当にたくさんいる。でもスキルを伴わないスピードは何の役にも立たない」
40「スピードだけに頼らないように、他の能力を高めようとしている」
ほかのサッカー選手の名言も読みたい人は、サッカー選手の名言50選もどうぞ。エムバペが憧れたロナウドの言葉はクリスティアーノ・ロナウドの名言70選、少年時代にポスターを貼っていたジダンの言葉はジネディーヌ・ジダンの名言30選で読めます。
エムバペのゴールパフォーマンスの意味
ゴールの後に腕を組んで立つポーズが、エムバペのいつものゴールパフォーマンスです。2026年のワールドカップでは、子どもの頃に習っていたフルートを吹くしぐさで、大会前にテレビ番組で交わした約束を果たしました。
腕組みのポーズ
腕を組み、少し胸を張って立つポーズは、エムバペがゴールの後によく見せるものです。2025年12月、ロナウドのポーズをした日には本人も「いつもは自分のがある」と話していて、腕組みはエムバペ自身の決めポーズです。
始まりは、弟のエタンとのサッカーゲームでのやり取りだったという話が、海外のサッカーメディアで紹介されています。ただ、本人がそう話したインタビューの映像や記事は、探した限りでは見つかっておらず、由来を本人の言葉で確かめることはまだできません。
2026年ワールドカップのフルート
2026年6月16日のセネガル戦で、エムバペは1点目を決めると、腕を組む代わりに両手を口元に寄せ、フルートを吹くしぐさをしました。このポーズの意味は、大会前に出演したアメリカの FOX の番組での約束にあります。
番組の中で、両親にいろいろなことをさせてもらったと子どもの頃の習い事を振り返ったエムバペは、手渡されたフルートを前に「全部忘れちゃった」と笑いました。司会のジェームズ・コーデンに「新しいゴールパフォーマンスにしたら?」と言われると、「最初の試合で、あなたのためにやるよ」と答え、その言葉どおりに初戦のゴールで約束を果たしています。
ほかの選手のゴールパフォーマンスも見てみたい人は、サッカーのゴールパフォーマンス20選で読めます。
よくある質問(Q&A)
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