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ルカ・モドリッチの名言30選!キーパーへのミスの言葉と退団スピーチを英語で解説

ルカ・モドリッチの名言30選!キーパーへのミスの言葉と退団スピーチを英語で解説

「自分を疑ったことは一度もない」。子どもの頃は体が小さくて弱いと断られ、レアル・マドリードでは「最悪の補強」と言われながら、バロンドールを取ったルカ・モドリッチの名言です。疑われても前に進んできたモドリッチの名言は、自信をなくしかけた時や失敗が怖い時に力をくれます。

2026.10.21 | サッカー

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公式ライター
Activel編集部

ルカ・モドリッチは子どもの頃、体が小さくて弱いとクラブに断られ、レアル・マドリードでは1年目に「最悪の補強」とまで言われました。それでも世間の疑いの声を、自分の力に変え、メッシとロナウドを抑えてバロンドールを取るほどの選手になりました。「ほかの人が疑っても、僕は自分を疑ったことは一度もない」と言い切るモドリッチの名言は、読む人の背中を押してくれます。ミスを怖がる仲間にかけた言葉や、13年いたクラブへの別れの言葉も、それが生まれた場面と一緒にたどっていきましょう。

ルカ・モドリッチのプロフィール

ルカ・モドリッチは、クロアチアのザダルで生まれたミッドフィールダーです。クロアチアの独立戦争の中で少年時代を過ごし、地元の NK ザダルからサッカー選手としての道を歩み始めました。ディナモ・ザグレブ、トッテナム、レアル・マドリードを経て、2025年にイタリアのACミランへ移りました。

基本プロフィール

41歳になった今も、ACミランとクロアチア代表でプレーを続けています。

項目 内容
名前 ルカ・モドリッチ
表記 Luka Modrić
生年月日 1985年9月9日
出身 クロアチア・ザダル
ポジション ミッドフィールダー
所属 ディナモ・ザグレブ→トッテナム→レアル・マドリード→ACミラン
代表 クロアチア代表(200試合以上)
主な個人賞 2018年バロンドール

レアル・マドリードでは597試合に出て、チャンピオンズリーグで6回優勝しました。6回優勝した選手は、歴史の中でもモドリッチを含めて5人しかいません。ワールドカップには5大会に出場し、2018年は準優勝と大会最優秀選手、2022年は3位を経験しました。

生い立ち・難民だった少年時代

モドリッチの生い立ちは、クロアチアの独立戦争と重なります。1991年12月、ザダルの近くの村で羊や山羊を飼っていた祖父ルカが家の近くで撃たれて亡くなり、6歳だったモドリッチは家族と村を離れました。英語版が2020年に出た自伝で、モドリッチは、祖父が文字どおり家の戸口で死んだことを思うたびに胸が張り裂けると打ち明けました。

  • 1992年4月から、ザダルのホテル・コロヴァレで難民として暮らした
  • 警報は1日に2〜3回鳴り、そのたびに避難所へ走った
  • ホテルの駐車場でボールを蹴り続け、地元のクラブの NK ザダル(NK はクロアチア語でサッカークラブの意味)に入った
  • 応援していたハイドゥク・スプリトには、体が小さくて弱いと断られた

断られてサッカーをやめることも考えた少年を支えたのは、NK ザダルのコーチだったトミスラヴ・バシッチで、のちにディナモ・ザグレブへの道もつないでいます。日本の名言サイトでは「小さすぎる。細すぎる」が本人の言葉として載っていることがありますが、これは少年時代を説明した記事の書き手の文で、本人の言葉ではありません。本人は2020年の取材で「弱すぎる、もろすぎると言われた」と振り返っています。

ディナモ・ザグレブからACミランまでのキャリアの歩み

10代でディナモ・ザグレブと契約したモドリッチは、まずボスニア・ヘルツェゴビナのズリニスキ・モスタルに期限付きで移り、18歳で荒っぽいプロのリーグを経験しました。

年 主な出来事
2003年 ズリニスキ・モスタルでプロデビュー
2008年4月 トッテナムへ移籍
2012年8月 レアル・マドリードへ移籍
2018年 W杯準優勝・バロンドール
2022年 W杯3位
2025年5月 レアル・マドリードの退団を発表
2025年7月 ACミランへ加入
2026年7月 40歳で5回目のW杯

レアル・マドリードでは中盤の柱になり、2024-25シーズンにはキャプテンも務めました。プレーの特徴やバロンドールまでの道のりは、モドリッチが世界最高のミッドフィールダーになるまでの軌跡で詳しく紹介しています。

座右の銘

モドリッチがとても気に入っていると話した言葉は、2025年5月のレアル・マドリードの退団スピーチの結びで口にした「終わったからといって泣かないで。それがあったことに笑顔になろう」です。どこかで目にした言葉で、本人が作った言葉ではありませんが、13年を過ごしたクラブに別れを告げる日に、この一言でスピーチを締めくくりました。「これが座右の銘だ」と本人が語った言葉は、会見や本人の SNS では見つかっていません。

ルカ・モドリッチの名言30選

ルカ・モドリッチの経歴と、各時期に語った主な名言の年表

モドリッチの名言には、疑われた時や負けた時、仲間がつまずいた時に出てきたものが多く、カズの名前を出した日本への言葉や、13年いたクラブへの別れの言葉もあります。モドリッチが歩んできた道と、それぞれの言葉が出てきた時を知ると、言葉の重みが伝わってきます。

少年時代とトッテナム時代の名言

戦争の中で育った少年時代のことを、モドリッチは長いあいだ人前であまり話しませんでした。トッテナムに来た2008年には、クラブの公式誌のインタビューで、故郷の戦争について語っています。少年時代のことを詳しく語るようになったのは、自伝を出した2020年ごろからで、祖父の死やホテルでの避難生活、弱すぎると言われたことを振り返っています。

01「故郷で起きたことは、言葉にすることさえできない。育つのがとてもつらい時もあったけれど、あんな経験をくぐり抜けると、人生がとてもはっきり見えるようになる」

“I cannot even begin to put into words what happened back in my homeland. … Growing up was very difficult at times, but surviving something like that makes you view life very clearly.”

— 2008年12月、トッテナムのクラブ公式誌のインタビューで

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発言時期: 2008年12月(トッテナムに来て1年目・23歳)

発言状況: 生まれた土地を追われ、ホテルに逃れて育った少年時代について聞かれた時の言葉です。同じインタビューでは、サッカーで味わったつらさも振り返り、最初の期限付き移籍先だったボスニア・ヘルツェゴビナのリーグは、蹴られたり殴られたりしても審判が何もしないほど荒っぽかったが、あの経験全体は自分にとってとても良いものだった、と話しています。

出典: トッテナム・ホットスパーの公式サイト(2008年12月2日)

02「僕のまわりには、いつも疑いがあった。弱すぎる、もろすぎる、トップには届かないと言われた。でも、まったく気にならなかった。むしろ、もっとやる気になっただけだ」

“Always around me there were a lot of doubts. They said ‘you are too weak, too fragile, you will not reach the top’. But this didn’t affect me at all. It just motivated me even more.”

— 2020年9月、AFP 通信のインタビューで

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発言時期: 2020年9月(自伝の英語版が出た頃・35歳になる直前)

発言状況: 少年時代からトッテナムの頃まで、選手としての質やプレーのスタイル、体格を疑われ続けたことを振り返った言葉です。「まったく気にならなかった」と話していますが、子どもの頃に応援していたハイドゥク・スプリトに断られた時には、サッカーをやめることまで考えていました。

03「ボールは、いつも僕と一緒だった。避難所に行く時も持っていって、そこで友だちやみんなと遊んだ。試合も組んだ。僕にとって、ボールがすべてだった」

“El balón estaba conmigo siempre. Cuando llegaba al refugio, lo llevaba conmigo y jugaba allí con mis amigos, con todo el mundo. Organizaba partidos. Para mí, el balón lo era todo.”

— 2020年9月、AFP 通信のインタビューで(ホテルで避難生活をしていた頃を振り返って)

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発言時期: 2020年9月

発言状況: 一家がホテル・コロヴァレで暮らしたのは7年に及びます。ボールを蹴りすぎて、ホテルや人の車の窓をたくさん割ってしまい、みんなにうんざりされたうえ、弁償した父には高くついたことまで覚えていました。

04「こういう出来事は、人を強くもするし、壊しもする。僕は、強くなる方を選んだ。自分という人間をつくる方を」

“These things can make you tougher or can break you. I choose the other way; I choose to become tougher, to create my character.”

— 2020年9月、イギリスの新聞ガーディアンの取材で(祖父の死と避難生活を振り返って)

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発言時期: 2020年9月

発言状況: 祖父が亡くなった1991年12月、モドリッチは6歳でした。棺の中の祖父にキスをするよう父に言われたのを覚えていると話しています。同じ取材では、10歳の時に学校で書いた砲撃と祖父の死の作文を読み返し、「戦争は誰にも何もいいものをもたらさない。僕は誰に対しても憎しみを持っていない」と語りました。

05「僕は戦争の中で育った。誰にも、あんな思いはしてほしくない。罪のない人が死ぬ、こんなばかげたことは止めなければいけない。僕たちは平和に暮らしたいんだ」

“I grew up during war and I don’t wish it on anyone. We must stop this nonsense where innocent people die. We want to live in peace. #StopWar”

— 2022年2月27日、本人の X の投稿で

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発言時期: 2022年2月27日(レアル・マドリード在籍中)

発言状況: ロシアがウクライナに侵攻した3日後の投稿で、6歳で戦争に巻き込まれた自分の少年時代を重ねています。

出典: 本人の X の投稿(2022年2月27日)

レアル・マドリード時代の名言

2012年8月に加入したレアル・マドリードで、モドリッチは13シーズンを過ごしました。最初のシーズンには新聞の読者投票で最悪の補強に選ばれましたが、その1年目を振り返って、自分の力を疑ったことは一度もないと言い切っています。レアル・マドリード時代の名言には、ほかにも、6シーズン一緒にプレーしたクリスティアーノ・ロナウドや、子どもの頃に憧れたジダン監督について語った言葉があります。ジダンが自分で語った言葉は、ジダンの名言にあります。

06「最初から、自分を信じていた。自分の力を疑ったことは一度もない」

“I had confidence in myself from the start. I never doubted my qualities.”

— 2016年10月、レアル・マドリードとの契約延長の会見で

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発言時期: 2016年10月19日(2020年までの契約延長の会見)

発言状況: 加入した2012-13シーズンは出番が少なく、スペインの新聞の読者投票で今季最悪の補強に選ばれました。その1年目を振り返って出てきた言葉で、続けて「レアル・マドリードでプレーするには、サッカーの技術だけでは足りない。心が強いこと、決してあきらめないことがとても大切だ」と話しています。

07「勝つことに、飽きることはない」

“Nunca te cansas de ganar.”

— 2017年7月、スペインの新聞マルカのインタビューで

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発言時期: 2017年7月(スペインのリーグ〈リーガ〉とチャンピオンズリーグの2冠を取ったシーズンの後)

発言状況: 2冠の後も満足しないのかと聞かれた中での言葉で、「一度、二度、三度と勝ってその感覚を味わうと、それがまた前へ押し出してくれる。もっと、もっと勝ちたくなる」と続けました。日本の名言のサイトなどで見かける「勝利に飽きることは絶対にない」も、この言葉の訳です。

08「自分を信じること。たとえ、まわりが信じてくれなくても。家族や大切な人のそばにいて、前向きに、いつも前へ進むこと」

“By believing in yourself, even when others don’t. By staying close to your family, your loved ones, being positive and moving forward all the time.”

— 2018年9月、FIFA 最優秀選手賞を受けた夜に、FIFA のインタビューで(苦しい時をどう乗り越えるかを聞かれて)

09「彼はすばらしいチームメイトで、僕の考えでは、地球上で最高の選手だ」

“He’s an amazing team-mate and to my mind the best player on the planet.”

— 2016年1月、FIFA のインタビューで(クリスティアーノ・ロナウドについて)

10「ジダンは僕のヒーローだった。子どものころに憧れた選手の一人だ」

“Zinedine was an idol. He was one of the players I admired as a child.”

— 2016年1月、同じ FIFA のインタビューで(監督になったばかりのジダンについて)

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発言時期: 2016年1月(ジダンがレアル・マドリードの監督になった1月5日の直後)

発言状況: ジダンがアンチェロッティ監督のアシスタントだった頃から、モドリッチはフリーキックを一緒に練習していました。監督になったジダンについては「彼がくれるアドバイスは一つひとつが金のように貴重で、ピッチで成長する助けになる」とも話しました。

11「僕たちはみんな、通り過ぎていく。永遠なのは、レアル・マドリードだけだ」

“We all pass by, only Real Madrid is eternal.”

— セルヒオ・ラモスの退団について、クロアチアの新聞の取材で

クロアチア代表とワールドカップの名言

クロアチア代表では、2018年に準優勝、2022年に3位と、ワールドカップで何度も優勝に近づきながら、あと一歩で敗れてきました。決勝の前日に語った自分を信じる言葉や、負けた直後でも胸を張った言葉は、40歳で迎えた2026年の大会まで続きます。

12「ほかの人が疑っても、僕は自分を疑ったことは一度もない。今いる場所までたどり着けると、いつも信じていた。神様のおかげで、それがかなった」

“I have never doubted myself even if others did, I always believed I could get to where I am today and thank God this came true.”

— 2018年7月14日、ロシアW杯の決勝の前日の会見で(体の小ささを言われてきたことを聞かれて)

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発言時期: 2018年7月14日(モスクワでのワールドカップ決勝の前日)

発言状況: 体の小ささについては、同じ会見で「サッカーをするのに巨人である必要はない。今の自分に満足している」とも答えています。日本でよく見かける「僕が自分を疑ったことは一度もない」も、この言葉の訳です。

13「いちばん大切なのは、決してあきらめないこと。状況に負けず、自分を信じて、何が立ちはだかってもやり抜くことだ」

“The most important thing is to never give up, never give in to circumstances, believe yourself and to soldier on no matter what’s in your way.”

— 2018年7月14日、同じ会見で(人生でたくさんの苦しいことを見てきた、と話した後に)

14「ワールドカップの優勝に、本当に近かった。長いあいだ考えてしまうだろう。でも、僕たちは誇りに思っていい」

“We were so close to winning the World Cup itself. And we will certainly think about it for a long time. But we can be proud.”

— 2018年7月15日、ロシアW杯の決勝でフランスに敗れた後に、FIFA の取材で

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発言時期: 2018年7月15日

発言状況: 決勝はフランスに2-4で敗れました。大会最優秀選手のゴールデンボールに選ばれたモドリッチは「チームメイトみんなに感謝したい。助けがなければ、この賞は絶対にもらえなかった」と仲間をたたえています。

出典: FIFA の公式サイト(2018年7月15日)

15「ワールドカップの優勝のトロフィーのためなら、個人のトロフィーを全部手放してもいい」

“I would change all my individual trophies for that trophy of World Cup champion.”

— 2018年9月24日、FIFA 最優秀選手賞を受けた夜に(7月の決勝でフランスに敗れたことを振り返って)

16「メッシに、このワールドカップを勝ってほしい。歴史上最高の選手で、彼はそれに値する」

“I hope Messi wins this World Cup. He is the best player in history and he deserves it.”

— 2022年12月13日、カタールW杯の準決勝でアルゼンチンに敗れた後に、アルゼンチンの記者へ

17「このチームを誇りに思う! 次のラウンドへ!」

“Proud of this team! Next round!”

— 2026年6月28日、本人の Instagram の投稿で

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発言時期: 2026年6月28日(北中米W杯のグループリーグ最終戦の翌日)

発言状況: 前日のガーナ戦の83分、モドリッチのコーナーキックから、チームメイトのヴラシッチが頭で決勝点を決めました。2-1で勝ってグループ2位になり、決勝トーナメントの1回戦にあたるラウンド32への進出を決めた翌日に、試合の写真と一緒に投稿しています。

出典: 本人の Instagram の投稿(2026年6月28日)

18「僕たちは、胸を張って国に帰れる」

“we can go home with our heads held high”

— 2026年7月2日、北中米W杯のラウンド32でポルトガルに敗れた後に、FIFA の記事で

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発言時期: 2026年7月2日(トロントでのポルトガル戦)

発言状況: 後半にチームメイトのペリシッチのゴールで先に点を取りましたが、ロナウドのPKで追いつかれ、後半のアディショナルタイムに決められて1-2で敗れました。代表を続けるかを聞かれると「今日はその話をする時じゃない」とかわし、「2008年より辛いことはなかなかない。今も辛い。でもこれがサッカーだ」と続けています。2008年は、EURO の準々決勝でPK戦の末にトルコに敗れた年です。試合の後には、レアル・マドリードで一緒だったロナウドと抱き合い、ロナウドは「彼は今もサッカーのレジェンドだ」と語っています。

出典: FIFA の公式サイト(2026年7月)

キーパーへの言葉とミスについての名言

2022年のカタールW杯の最中、FIFA は公式の SNS で、ドキュメンタリー『キャプテンズ』のある場面を紹介しました。主将のモドリッチが、ミスを怖がるキーパーに話しかける場面です。モドリッチ自身も、22歳で出た EURO2008 の準々決勝で、PK戦の1人目として外して敗れた経験を持っています。

19「なんで、お前はミスをしちゃいけないんだ? わかるか? みんなミスをするんだ。お前は、ミスするのを怖がっているんだと思う。ミスしないやつがいるなら、言ってみろ。……お前はすごいキーパーなんだ。それを分かっていなきゃいけない」

“Svi prave greške. … Ti si golmančina, ti to moraš znati”

— 2021年11月、ワールドカップ予選で先発を外れていたキーパーのリヴァコヴィッチに

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発言時期: 2021年11月(カタールW杯の欧州予選の終盤)

発言状況: 不調だったドミニク・リヴァコヴィッチは、10月の2試合に続いて11月のロシア戦でも先発を外れていました。モドリッチは代表合宿のホテルで彼をソファーに呼び、2人きりで話しています。この場面は FIFA などが作ったドキュメンタリー『キャプテンズ』(2022年10月に FIFA の動画配信の FIFA+ で公開)に映っていて、本大会の最中に FIFA が紹介したため、ワールドカップの間の言葉として広まりましたが、撮影は1年前の予選の時です。モドリッチに励まされたリヴァコヴィッチは、翌年のワールドカップでゴールを守り、日本戦のPK戦で3本、ブラジル戦のPK戦で1本を止めて、チームを勝ち上がらせました。

20「これが代表で最後の試合になるかもしれないとは、一度も考えなかった。PK戦になった時、みんなに『リヴァコヴィッチが止めるよ』と言ったからね」

“I never thought about it possibly being my last game for Croatia, because when it went to penalties I told everyone that Livakovic would save them.”

— 2022年12月5日、カタールW杯のラウンド16で日本にPK戦で勝った後に

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発言時期: 2022年12月5日

発言状況: 1-1のまま延長を終えた日本戦で、リヴァコヴィッチは日本のPKを3本止めました。モドリッチは延長の前半で交代していて、PK戦はベンチから見ています。そのことについては「これまでもピッチの外からPK戦を見てきたけれど、全然楽しくない。自分が関わって蹴る方がずっといい」とも話しています。

21「誰にでも起こりうることだ。PKを蹴る強さと気持ちを持っていたロドリゴを、むしろ称えるべきだ。誰だって失敗する」

“It can happen to anyone. We must congratulate Rodrygo for having the strength and mentality to take and shoot penalties. Everyone can fail.”

— 2022年12月9日、カタールW杯の準々決勝でブラジルにPK戦で勝った後に

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発言時期: 2022年12月9日

発言状況: ブラジルの1人目は、レアル・マドリードの後輩で21歳のロドリゴでした。そのPKをリヴァコヴィッチが止め、試合の後、モドリッチはロドリゴと抱き合っています。「彼を励ました。とても仲がいいから、それが彼だったのは残念だ」とも話しています。

22「落ち着いて、集中していた。キャプテンとしての責任を引き受けたし、蹴らなければいけなかった」

“I was calm and focused. I embraced the responsibility as a captain and I had to do it.”

— 2018年7月、ロシアW杯のラウンド16のデンマーク戦の後に、FIFA の取材で

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発言時期: 2018年7月(デンマーク戦は7月1日)

発言状況: 1-1の延長の終わり近く、勝ち越しのPKをキーパーのシュマイケルに止められました。その約15分後のPK戦で、もう一度シュマイケルと向き合い、真ん中に蹴り込んで決めています。

カズと日本について語った言葉

36歳だった2022年5月、モドリッチはいつまでプレーするかを聞かれて、カズこと三浦知良さんの名前を出しました。その半年後のカタールW杯では、ラウンド16で日本と戦い、PK戦の末に勝っています。名前を出されたカズ本人の言葉は、カズ(三浦知良)の名言にあります。

23「50歳、50歳! 日本のミウラみたいにね!」

“50, 50! Like the Japanese guy Miura!”

— 2022年5月、イギリスのテレビ局 BT Sport の取材で(いつまでプレーするかを聞かれて)

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発言時期: 2022年5月24日(チャンピオンズリーグ決勝の前に、記者に練習場を開いたメディアデー)

発言状況: 聞き手は、レアル・マドリードとリバプールでプレーした元選手のスティーブ・マクマナマンでした。当時モドリッチは36歳、カズは55歳で、日本のアマチュアの全国リーグ JFL の鈴鹿ポイントゲッターズでプレーしていました。日本では「ミウラのようになりたい」と訳されて広まりましたが、本人の答えは「ミウラみたいにね」という短い一言です。4年後の2026年9月の取材でも「18歳でも30歳でも40歳でも50歳でも関係ない」と、年齢よりピッチで何ができるかを見てほしいという考えを口にしています。

24「日本がドイツとスペインに勝ったのは、偶然じゃない。僕たちは1点を追う展開から追いついて、気持ちの強さを見せた」

“Japan didn’t beat Germany and Spain by accident, and we showed our character in coming back from a goal down.”

— 2022年12月5日、カタールW杯のラウンド16で日本に勝った後に

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発言時期: 2022年12月5日

発言状況: グループリーグでドイツとスペインに勝っていた日本に、クロアチアは先に点を取られました。同点に追いついてPK戦で勝った後には「楽な試合ではなかったかもしれない。でも僕たちは苦しい試合に強いチームで、苦しまなければいけないなら、最後に勝つ方がいい」と笑っていました。

25「どうやら僕たちは、ドラマなしではいられないみたいだ。とても手ごわいチームとの、とても難しい試合だった」

“It seems that we can’t do it without a drama. … It was a very difficult game against a very tough team.”

— 2022年12月5日、同じ日本戦の後の取材で

退団スピーチとACミランでの言葉

13年を過ごしたレアル・マドリードを、モドリッチは2025年5月、ファンへの感謝の言葉とともに去りました。その夏に入ったACミランの入団会見では、子どもの頃からいちばん好きなイタリアのチームはミランだったと話しています。41歳になった今も、代表をいつまで続けるかを聞かれると、まだ情熱があると答えています。

26「その時が来た。来てほしくなかった時が。でも、それがサッカーで、人生ではすべてに始まりと終わりがある」

“The time has come. The time I never wanted to come, but that’s football, and in life everything has a beginning and an end…”

— 2025年5月22日、本人の Instagram で(レアル・マドリードの退団を伝えた投稿の書き出し)

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発言時期: 2025年5月22日

発言状況: ファンに向けた手紙の形の投稿で、本人はスペイン語で書いています。土曜日にベルナベウで最後の試合をすると伝え、「僕は心をいっぱいにして去る。誇りと感謝と、消えない思い出でいっぱいに」「レアル・マドリードは、いつまでも僕の家だ。一生」と結びました。

出典: 本人の Instagram の投稿(2025年5月22日)

27「たくさんのトロフィーを取ってきたけれど、いちばん大きなトロフィーは、この何年もの間、皆さんがくれた愛情だ」

“I have won many trophies, but the biggest one is the love and affection you have given me over all these years.”

— 2025年5月24日、ベルナベウでの最後の試合のあとのスピーチで

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発言時期: 2025年5月24日(レアル・ソシエダ戦)

発言状況: エムバペの2点で勝ったこの試合で、85分に交代したモドリッチを、両チームの選手が花道をつくって送り出しました。試合の後のスピーチはスペイン語で、「来てほしくなかった瞬間が来た。長い旅だったけれど、すばらしい旅だった」と始め、クラブや監督、チームメイト、家族に感謝しています。

出典: レアル・マドリードの公式サイト(2025年5月24日)

28「どこかで目にして、とても気に入っている言葉を、皆さんに伝えたい。『終わったからといって泣かないで。それがあったことに笑顔になろう』」

“I want to say a phrase that I’ve seen and that I like a lot: ‘Don’t cry because it’s over, smile because it happened’.”

— 2025年5月24日、同じスピーチの結びで

29「イタリアのサッカーを見て育って、イタリアでいちばん好きなチームは、ずっとミランだった。そのチームでの僕のヒーローは、ズボニミール・ボバンだった」

“I grew up watching Italian football, and my favourite Italian team has always been Milan. My idol in that team was Zvonimir Boban.”

— 2025年8月4日、ACミランの入団会見で

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発言時期: 2025年8月4日

発言状況: 7月14日に加入が発表され、背番号14で迎えた最初の会見です。「このクラブはチャンピオンズリーグを7回勝っている。ふつうのシーズンで満足することは許されない」と言い切りました。ボバンはクロアチア代表の先輩で、少年時代のモドリッチの憧れの選手でした。

出典: ACミランの公式サイト(2025年8月4日)

30「今も、情熱と野心と力がある。今答えを出して、後で後悔したくない。自分の体の声を聞いてから、落ち着いて決める」

“I still have passion, ambition and strength. … I don’t want to say something now and then regret it. … I have to listen to my body, and then I’ll decide calmly.”

— 2026年10月6日、ネーションズリーグのスペイン戦の後に(代表をいつまで続けるかを聞かれて)

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発言時期: 2026年10月6日(スプリトでのスペイン戦・1-2)

発言状況: 7月には、10月6日のこのスペイン戦で代表を去るとイタリアで報じられていましたが、9月にクロアチアサッカー連盟が、モドリッチが代表を続けると発表しています。3日前のイングランド戦は0-7の大敗で、本人は「20年ここにいて、試合の後に恥ずかしいと感じたのは初めてだ」とまで話していました。

よくある質問(Q&A)

Q1. モドリッチがキーパーに掛けた「みんなミスをする」の言葉は、いつ誰に言った?

2021年11月、カタールW杯の予選で先発を外れていたキーパーのリヴァコヴィッチに、代表合宿のホテルで話した言葉です。FIFA のドキュメンタリー『キャプテンズ』に映っていて、ワールドカップの最中に FIFA が紹介したため、ミスについてのモドリッチの名言として広まりました。

Q2. レアル・マドリードの退団スピーチでは何と言った?

2025年5月24日、ベルナベウでの最後の試合のあと、モドリッチはピッチの真ん中に立ち、スペイン語でファンに語りかけました。「来てほしくなかった瞬間が来た。長い旅だったけれど、すばらしい旅だった」と始め、「いちばん大きなトロフィーは、皆さんがくれた愛情だ」と感謝を伝えています。最後は、どこかで目にしてとても気に入っているという言葉「終わったからといって泣かないで。それがあったことに笑顔になろう」で、スピーチを締めくくりました。

Q3. カズ(三浦知良)について何と言った?

2022年5月、いつまでプレーするかを聞かれて「50歳、50歳! 日本のミウラみたいにね!」と答えました。当時モドリッチは36歳、カズは55歳で日本の JFL でプレーしていました。

Q4. ルカ・モドリッチの自伝はある?

あります。2019年にクロアチア語の『Moja igra』が、2020年6月に日本語版の『ルカ・モドリッチ自伝 マイゲーム』(東洋館出版社)が出ました。6歳の時に亡くなった祖父のことや、トッテナムを離れると決めた時の気持ちも書かれています。

Q5. 有名な名言は、英語では何と言っている?

2018年のワールドカップ決勝の前日には、「I have never doubted myself even if others did」(ほかの人が疑っても、僕は自分を疑ったことは一度もない)と答えています。2022年のワールドカップでPKを外した後輩のロドリゴについて話した時の言葉は、「Everyone can fail」(誰だって失敗する)です。2025年のレアル・マドリードの退団スピーチは、気に入っている言葉だという「Don’t cry because it’s over, smile because it happened」(終わったからといって泣かないで。それがあったことに笑顔になろう)で締めくくりました。モドリッチがふだん話すのはクロアチア語とスペイン語なので、多くの英語の名言は、本人の言葉をクラブや FIFA、報道が訳したものです。

Q6. 引退について何と言っている?

代表については、2026年10月にいつまで続けるかを聞かれて、今答えを出して後で後悔したくない、体の声を聞いてから落ち着いて決めると話しました。現役を終える時期については、9月の取材で、その時が近いのは確かで、前より近いと語っていて、ACミランとの契約は2027年6月までとなっています。


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