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大山倍達の名言110選!座右の銘十一箇条と「頭は低く目は高く」の言葉

大山倍達の名言110選!座右の銘十一箇条と「頭は低く目は高く」の言葉

「正義なき力は暴力なり。力なき正義は無能なり」。極真空手を開いた空手家・大山倍達の名言です。牛と素手で戦った男は、門弟に礼と親孝行を説き続けました。座右の銘十一箇条から「行動をやめた人間に輝かしき人生はない」まで、大山倍達の名言は踏ん張りたい時の支えになります。

2026.11.08 | 格闘技

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公式ライター
Activel編集部

「正義なき力は暴力なり。力なき正義は無能なり」。極真空手を開いた空手家・大山倍達が、入門してくる門弟に事あるごとに説いた言葉です。山にこもって修行し、牛と素手で戦い、アメリカではプロレスラーやボクサーとも試合をした人ですが、親孝行や礼を説く言葉もたくさん残しています。

「行動をやめた人間に輝かしき人生はない」と背中を押す言葉もあれば、マンガに描かれた指一本の逆立ちを「それはフィクションです」と打ち消した言葉もあります。本人が本に書いた言葉を中心に、書かれた年も添えた大山倍達の名言から、稽古や毎日の支えになる一言を探してみてください。

大山倍達のプロフィール

大山倍達は、相手に実際に突きや蹴りを当てて戦う直接打撃制の極真空手を開き、極真会館を世界に広げた空手家です。門弟からは大山総裁と呼ばれました。

基本プロフィール

大山倍達は、海外ではマス・オオヤマの名でも知られています。

項目 内容
名前 大山倍達(おおやま ますたつ)
生まれ 1923年6月4日
亡くなった日 1994年4月26日(肺癌・70歳)
師 船越義珍・山口剛玄・曹寧柱
開いた組織 国際空手道連盟 極真会館(1964年)
主な大会 全日本選手権(1969年〜)・全世界選手権(1975年〜)

山ごもりから極真会館を開くまでの歩み

大山倍達の歩みの年表。1948年の清澄山、1952年の渡米、1964年の極真会館、1975年の第1回全世界選手権、1983年の『昭和五輪書』、1994年まで

幼い頃から武術に親しみ、空手は松濤館流の船越義珍、剛柔流の山口剛玄と曹寧柱に教わりました。極真会館の公式サイトの紹介によると、戦後は身延山にこもって修行し、1947年9月の全日本空手道選手権大会で優勝しています。1948年4月からは千葉の清澄山に1年半こもり、山を下りた後には館山で牛と格闘しました。公式の略歴には、47頭を倒したとあります。

1952年に渡米すると全米を回り、演武だけでなくプロレスラーやボクサーとの試合も行って、空手の強さを見せていきます。1964年に国際空手道連盟 極真会館を発足させ、1969年に直接打撃制の空手を掲げて第1回全日本選手権、1975年に第1回全世界選手権を開きました。本人の言葉は、1983年の『昭和五輪書 地之巻』をはじめ、弟子を育てながら書いた1980年代から90年代の本にたくさん残っています。1994年4月26日、肺癌のため70歳で亡くなりました。

座右の銘

大山倍達の座右の銘は、自分でまとめた十一箇条です。1976年の『秘伝極真空手』には、修行45年の間に自分のために書き留めた座右の銘が十一箇条になったとあります。1991年の『わがカラテ、日本への提言』では、座右の銘としている格言に「われ以外みな師」を挙げています。この「我以外皆師」という言葉は、作家の吉川英治から贈られたものでした。

大山倍達の名言110選

大山倍達の名言を、極真会館の公式サイトに載るもの、本人が本に書いたもの、弟子や家族が伝えるもの、道場の語録に伝わるものの順にたどります。本人の本の言葉は、力と正義、強さと稽古、勝負、人生と若者、人の道とお金と親孝行、宮本武蔵と伝説のテーマに分かれていて、国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索で確かめられます。

座右の銘十一箇条の全文

大山倍達の座右の銘十一箇条は、どれも「武の道」から始まる短い戒めです。千日を初心とする第六条は、極真の道場のページで極真の名の由来として紹介されています。字は極真会館の公式サイトのとおりで、1976年の本では少し違います。

01「武の道は礼に始まり礼に終わる。よって常に礼を正しくすべし」

— 座右の銘十一箇条 第一条

02「武の道の深求は断崖をよじ登るがごとし、休むことなく精進すべし」

— 座右の銘十一箇条 第二条

03「武の道においてはすべてに先手あり、しかれども私闘なし」

— 座右の銘十一箇条 第三条

04「武の道においても金銭は貴いものなり、しかれども執着すべからず」

— 座右の銘十一箇条 第四条

05「武の道は姿なり、何事においても常に姿を正しくすべし」

— 座右の銘十一箇条 第五条

06「武の道においては千日を初心とし、万日の稽古をもって極みとす」

— 座右の銘十一箇条 第六条

07「武の道における自己反省は、常に練達への機会なり」

— 座右の銘十一箇条 第七条

08「武の道は宇のためにあるものなり、修練にて私心を忘れるべし」

— 座右の銘十一箇条 第八条

09「武の道においては点を起とし、円を終とす 線はこれに付随するものなり」

— 座右の銘十一箇条 第九条

10「武の道において真の極意は体験にあり、よって体験を恐るべからず」

— 座右の銘十一箇条 第十条

11「武の道において信頼と感謝は常に豊かなる収穫を得ることを忘るべからず」

— 座右の銘十一箇条 第十一条

「頭は低く目は高く」と極真の道場訓

「頭は低く目は高く」は、極真会館の理念のページの先頭に掲げられている言葉です。同じページに門下生の行動指針として載る七箇条が、極真の道場訓です。

12「頭は低く、目は高く、口を慎んで心広く、孝を原点として他を益す。」

— 極真会館の理念。1991年『わがカラテ、日本への提言』にも同じ言葉

この名言の背景を詳しく読む

語っている場面: 1987年の『昭和五輪書 風之巻』には「頭を低くせよ、私はいつもこう説いている」とあり、「これがわが極真の精神である」と結んでいます。1992年の『極真カラテ21世紀への道』でも、極真精神をこの一句で説明しています。

13「吾々は心身を錬磨し、確固不抜の心技を極めること」

— 極真の道場訓 第一条

14「吾々は武の神髄を極め、機に発し感に敏なること」

— 極真の道場訓 第二条

15「吾々は質実剛健を以て、自己の精神を涵養すること」

— 極真の道場訓 第三条

16「吾々は礼節を重んじ長上を敬し、粗暴の振る舞いを慎むこと」

— 極真の道場訓 第四条

17「吾々は神仏を尊び、謙譲の美徳を忘れざること」

— 極真の道場訓 第五条

18「吾々は智性と体力とを向上させ、事に臨んで過たざること」

— 極真の道場訓 第六条

19「吾々は生涯の修行を空手の道に通じ、極真の道を全うすること」

— 極真の道場訓 第七条

同じ流れをくむ新極真会の道場訓では、第三条の「自己の精神」が「克己の精神」、第六条の「智性」が「知性」と書かれています。

力と正義を語った言葉

大山倍達は本の中で、力と正義について何度も語っています。「正義なき力は暴力なり」のもとは鶴見祐輔の『ビスマーク伝』にある一節で、大山倍達本人が借りたと明かしています。

20「正義なき力は暴力なり。力なき正義は無能なり」

— 1983年『昭和五輪書 地之巻』より

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語っている場面: 「私は、入門するわが門弟に、事あるごとにこう説いてやまぬ」と書いた後に続く言葉です。

もとになった文: 『ビスマーク伝』の一節は「力なき正義は無能なり、正義なき力は悪政なり」で、1985年の『昭和五輪書 水之巻』にこの形で引かれています。パスカルの『パンセ』にも同じ組み立ての文がありますが、大山倍達が挙げているのは『ビスマーク伝』です。「正義なき力」に続く語は本によって「無能」と「暴力」に分かれ、1983年以降の本は「暴力」が多くなります。

21「正義なき力、無能なり。力なき正義、また無能なり」

— 1980年『わがカラテ日々研鑽』より

22「正義なき力は無法の暴力なり、力なき正義は机上の空論なり」

— 1985年『昭和五輪書 水之巻』より

強さと稽古についての言葉

大山倍達の名言が語る強さは、力だけでは終わりません。精神の武装や柔軟さ、毎日の努力のことも繰り返し語っています。

23「精神の武装なくして力のみに頼っていたのでは、本当の強さは得られざるものである」

— 1987年『昭和五輪書 風之巻』より

24「本当に強い人はその姿勢たるや極めて柔軟なものである」

— 1987年『昭和五輪書 風之巻』より

25「協調性だけでは本当に強い人間にはなれんぞ」

— 1990年『自分に勝て!わが性格改造論』より

26「カラテの試合では、相手より強くて、速くて、うまければ必ず勝てる。だが、これは難しい」

— 1991年『わがカラテ、日本への提言』より

27「『労せずして強くなる方法』などというものはないのだということを、若い諸君には知っていただきたい」

— 1992年『極真カラテ21世紀への道』より

28「強くなるための極意は他人から与えられるものではなく自分自身の努力で勝ち得るものだ」

— 1992年『極真カラテ21世紀への道』より

29「何事においても、汗を流す努力なくして成就しうることはありえまい」

— 1983年『昭和五輪書 地之巻』より

30「継続は力なり。これ以外にない」

— 1991年『わがカラテ、日本への提言』より

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言葉の出どころ: 「継続は力なり」は大山倍達が作った言葉ではありません。大山倍達より前の詩人、住岡夜晃の詩にもあります。国立国会図書館のレファレンスの事例でも、最初の出どころは未解決のままです。本の中の「これ以外にない」が、大山倍達自身の言い切りです。

31「わが極真カラテには『必勝法』というものはない」

— 1980年『わがカラテ日々研鑽』より

32「真の修業とは日々の精進努力を要する困難な道であり、だからこそやるべき価値もある」

— 1986年『昭和五輪書 火之巻』より

33「修業とはストレスとの闘いであると心得よ!」

— 1990年『自分に勝て!わが性格改造論』より

34「侍は常に刀は磨いておくけれども、それを抜かないところに侍の価値があるということを知ることだ」

— 1992年『極真カラテ21世紀への道』より

35「牛を小川に連れて行くのは牛飼いの役目。しかし、水を飲むか飲まないかは牛自身の問題である」

— 1985年『空拳士魂』より

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語っている場面: 本の中で「というのが私の考え方である」と続く言葉です。1980年の『わがカラテ日々研鑽』と1983年の『わがカラテ武道教育』では、牛でなく羊の話になっています。

36「カラテは人生を教えてくれる。努力すれば必ず報われるであろう」

— 1991年『わがカラテ、日本への提言』より

37「『カラテ』は万国共通語である」

— 1980年『わがカラテ日々研鑽』より

38「武道とは、生死をかけるものであろう」

— 1980年『わがカラテ日々研鑽』より

39「武道とは、もともと、用心である」

— 1983年『青春をどこまでも熱く生きよ』(1995年の再刊)より

40「私は不言実行という言葉は好むが、大言壮語は好まない」

— 1983年『わがカラテ武道教育』より

41「精神的に強くなりたい、という人がいるのも事実だろう。だがそれはタテマエで、ホンネはケンカに強くなりたいのだと思う」

— 1991年『わがカラテ、日本への提言』より

42「売られたケンカは買う、というのは一見カッコウいいが、実はヤクザとあまり変わらないのではないだろうか」

— 1985年『空拳士魂』より

勝負についての言葉

勝ち負けの話では、試合で感じるプレッシャーを語った言葉があります。プレッシャーは強いほどよい、というのが大山倍達の考えでした。

43「勝ってこそ正論は正論となる。負ければ正論も愚痴に聞こえる」

— 1991年『わがカラテ、日本への提言』より

44「相手にプレッシャーを感じれば負け、相手にプレッシャーを与えれば勝てるのだ」

— 1991年『わがカラテ、日本への提言』より

45「プレッシャーが強ければ強いほど、それをはねのけ、はね返そうとする反発力が自然に強くなる」

— 1990年『自分に勝て!わが性格改造論』より

46「人生勝負においても、勝者は勝つべくして勝ち、敗者は敗けるべくして負ける」

— 1985年『昭和五輪書 水之巻』より

47「出る杭は打たれるが、出ない杭は相手にされない」

— 1991年『わがカラテ、日本への提言』より

人生と若者に向けた言葉

大山倍達は、若い読者に向けた言葉をたくさん書いています。人生そのものを修行と見ていた人の言葉です。

48「人生は修行の連続、勉強の連続である」

— 1987年『昭和五輪書 空之巻』より

49「人生はすなわち修業である」

— 1986年『昭和五輪書 火之巻』より

50「極真空手を究める所が道場なら、人生は人を究める道場である」

— 1983年『わがカラテ武道教育』より

51「ひとつの困難を乗り越えたとき、人生はその人に自信を与え、そして新たな挑戦をしていく意欲をもたらしてくれる」

— 1991年『わがカラテ、日本への提言』より

52「行動をやめた人間に輝かしき人生はない」

— 1983年『青春をどこまでも熱く生きよ』(1995年の再刊)より

53「若者よ、強くなるために悩め。悩むことから逃げるな、傲慢になるな」

— 1983年『青春をどこまでも熱く生きよ』(1995年の再刊)より

54「誇り高い男はまわりの人間をも輝かせる」

— 1983年『青春をどこまでも熱く生きよ』(1995年の再刊)より

55「誇り高い男には大きな目標がある」

— 1983年『青春をどこまでも熱く生きよ』(1995年の再刊)より

56「人生はやり直しのきかぬ真剣勝負の連続である」

— 1987年『昭和五輪書 風之巻』より

57「歳月人を待たず、という。青春は二度とやってこないのだ」

— 1983年『わがカラテ武道教育』より

58「青年よ、体力を養え」

— 1980年『わがカラテ日々研鑽』より

59「人は死して『名』を残すべし」

— 1980年『わがカラテ日々研鑽』より

60「人がこの世に何を残すか、何を残すべきかを考えるならば金や名誉は取るに足らない」

— 1987年『昭和五輪書 空之巻』より

人の道・お金・親孝行についての言葉

強さの話だけでなく、人としての在り方を説いた大山倍達の名言も残っています。「孝を原点として」のとおり、親孝行の話は本に何度も出てきます。

61「親孝行をするんだよ」

— 1983年『昭和五輪書 地之巻』より

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語っている場面: 「私はつねづね道場で門弟たちに説く」と書いた後に続く言葉です。続けて『孝経』の「身体髪膚これを父母にうく」を引き、体は親からもらったものだという話につなげています。

62「人が人として生きる上で最も大切なもの、それは親孝行である」

— 1987年『昭和五輪書 風之巻』より

63「どんなに親友どうしでも、最愛の恋人どうしでも、また親子の間柄でも、やはり礼(節)を尊ばなければならない」

— 1983年『わがカラテ武道教育』より

64「人を憎めば己れ自身も傷つく」

— 1987年『昭和五輪書 空之巻』より

65「カネを失うことは小さいことであるが、信用を失うことは大きい。同じように、勇気を失うことは自分を失うことである。勇気は毎日の健康から生まれる」

— 1991年『わがカラテ、日本への提言』より

66「権力に媚びるなかれ、暴力にへつらうなかれ、金力に執着するなかれ」

— 1980年『わがカラテ日々研鑽』より

67「男にとって必要なことは、一、カネの奴隷にならないこと、二、暴力に屈しないこと、三は、権力に媚びないことである」

— 1994年『マス大山の正拳一撃』より

68「受けた恩は忘れず三倍にして返せ。これが人の道であり、極真の精神でもあるんだ」

— 1992年『極真カラテ21世紀への道』より

69「口下手でも大事な一言がいえればよいのである」

— 1994年『極真の精神』より

70「私は日ごろ『男は一代、女は三代』と考えている」

— 1983年『昭和五輪書 地之巻』より

宮本武蔵と伝説について語った言葉

大山倍達は、本の中で宮本武蔵を人生の師と仰ぎ、自分の伝説については打ち消す言葉も残しました。武蔵が書いた言葉は宮本武蔵の名言で読めます。

71「私がまだ若かりし頃、武芸者として尊敬していたのは宮本武蔵であり、人生における目標は、木村政彦だった」

— 1994年『極真空手の「基本」』より

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木村政彦との話: 木村政彦は柔道家です。1994年の『マス大山の正拳一撃』には、三本の指で逆立ちをして歩き、木村を驚かせた話があります。1987年の『昭和五輪書 風之巻』には、木村と力道山の試合に期待を裏切られた話があります。

72「吉川英治先生の『宮本武蔵』と、宮本武蔵本人が晩年に著した『五輪書』は、私の兵法を語るうえでは欠かせない『教本』となっている」

— 1992年『極真カラテ21世紀への道』より

73「大事なことを決心するときはいつもそうだが、宮本武蔵ならどうするか、を私は考えた」

— 1983年『青春をどこまでも熱く生きよ』(1995年の再刊)より

74「私は西郷隆盛の『子孫のために美田を残さず』という言葉が好きである」

— 1985年『空拳士魂』より

75「それはフィクションです。梶原一騎先生が、面白くするために脚色したものです」

— 1994年『マス大山の正拳一撃』より

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語っている場面: 指の逆立ちの話です。マンガでは一本でやったことになっているのがフィクションで、限界は親指と人差し指の二本だと語り、「実際に、私は二本での逆立ちはできた」と続けています。

76「世にわれより強き者を認めず」

— 1986年『昭和五輪書 火之巻』より

柔道を開いた嘉納治五郎の説いた「精力善用」も、大山倍達は1985年の『昭和五輪書 水之巻』で「不朽の名言」と呼びました。嘉納本人の言葉は嘉納治五郎の名言で読めます。

弟子と家族が伝える言葉

大山総裁の名言は、本の外でも、弟子や家族の話から伝わっています。

77「実践なくんば証明されず、証明なくんば信用されず、信用なくんば尊敬されず」

— 極真空手の選手だった精神科医の山下悠毅が、2025年の文章で創始者の言葉として書く

この名言の背景を詳しく読む

言葉の字: 本人の本では、この文は見つかっていません。本によっては「実戦」「実証」の字を使っています。

78「実戦なくんば証明なく、証明なくんば信用されず」

— 磯部清次『ザ・ブラジル極真』(1999年)が総裁の口癖として書く

79「空手の道に終わりなし」

— 磯部清次『ザ・ブラジル極真』(1999年)が、総裁が繰り返し言っていた言葉として書く

80「人間、死ぬ気になれば何でもできるよ。心配せず行ってこい」

— 磯部清次『ザ・ブラジル極真』(1999年)が伝える、ブラジルへ発つ時の言葉

81「100人の弟子より一人の強い弟子がいればいい」

— 第1回全日本王者の山崎照朝が伝える、極真の最初の頃の言葉

82「君ね、強い弟子も数だよ。数」

— 山崎照朝が伝える、極真のブームが来てからの言葉

83「人間を強くするのは、飢えと孤独だ」

— 妻の大山智弥子『わが夫、大山倍達』(1995年)より

84「こういう小さいのは意外と根性があるんだよ」

— 長谷場譲師範が伝える、師範を内弟子に入れた時の一声

85「目的の為に馬鹿になる度胸が私にとって大事であった」

— スクラップブックの牛の写真に本人が書き添えたメモ

86「死力達成」

— 1991年の世界大会の前に緑健児へ送った言葉

道場の語録に伝わる言葉

ここからは大山倍達の語録です。極真の道場の語録集や大山倍達の名言集で総裁の言葉として広まっていますが、本人の本では同じ文が見つかっていません。本人が言ったかどうかまでは分からない言葉として読んでください。

87「何のために強くなるか?それは自分に打ち勝つためであり義を通すためであり、人を導くためである」

88「右手がダメになったら左手を使え。左手がダメになったら右足を使え。右足がダメになったら左足を使え。それがダメになったら頭を使えよ。それでもダメだったら呪ってでも倒せ。それが極真だよ 君―ッ」

89「男は死ぬまで戦いだよ。極真は背中を見せない。これが極真の歴史だよ」

90「自分が怖い時は相手も怖い 相手は神様じゃない」

91「金を追っかけるな。金が名誉が女が追っかけてくるような男になれ」

92「金持ちより貧しい者の味方。強い人間より弱い人間の味方。多数より少数の味方になるのが私の信念です」

93「技は力の中にあり」

94「極意は、自分でつかむものだ」

95「百人に一人有るか無いかの天才より、私は九十九人の育成に全力を尽くす」

96「並の才能が天才に勝つ決め手は稽古、気力、研究心、勝つ執着心だ」

97「心は静かに培い、体は激しく鍛え、技は基本に忠実にかつ頭を使え」

98「貯金した努力には実力の利息がつく。浪費した才能には挫折の債務がつく」

99「切り花でなく根のある花であれ!実力の根を張ったスターであれ!」

100「稽古でプレッシャーに慣れておけ!本番ではそれが苦にならなくなる」

101「あいつにだけは負けたくない!そんなライバルのいる男は幸福だよ」

102「追いつこうと頑張るから強くなる。抜かれまいと努めるから逞しくなる」

103「若いうちに1つ泉を掘っておけ!そこから無数の興味が湧いてくる」

104「特技とは個性と実力の証明だ!世界中に通用する身分証明書だよ」

105「一日でも使わないと筋肉は衰える。その筋肉の回復には一週間かかる」

106「鏡の前で毎朝一度みせる笑顔で、その日一日の性格が明るくなるよ」

107「感動した時、涙を流せる男になれ!涙のあと自然に笑顔が浮かぶ男に」

108「余裕がないと目の前の物さえ見えぬ。余裕があれば人の心まで視えてくる」

109「日本中借り物の言葉が多過ぎる。自分の言葉で話せないかね」

110「大人よ、孤独そうな子には肩を叩き、元気な子には笑顔で声を掛けてやれ」

「我以外皆師」「千日」の出どころ

大山倍達の言葉として広まっているものの中には、もとをたどると別の人に行き着く言葉があります。我以外皆師は、尊敬する作家の吉川英治から贈られた言葉だと、本人の本にはっきり書かれています。1983年の『昭和五輪書 地之巻』には色紙で贈られた「吾以外皆師」の話があり、1987年の『昭和五輪書 風之巻』には「吉川英治先生が私にお与えくださった言葉」とあります。埼玉県立久喜図書館のレファレンスの事例でも、吉川英治の言葉と伝わるものとして紹介されています。

「千日をもって初心とし」という言葉は、座右の銘の第六条の「千日を初心とし」から来ています。宮本武蔵の『五輪書』の「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」とよく似ていて、大山倍達も1985年の『昭和五輪書 水之巻』でこの文を取り上げました。ただ、武蔵は千日の稽古で鍛えると言い、大山倍達は千日でようやく初心だと言っています。

よくある質問(Q&A)

Q1. 大山倍達の座右の銘は何?

大山倍達の座右の銘は、「武の道は礼に始まり礼に終わる」から始まる十一箇条です。

1976年の『秘伝極真空手』に、修行45年の間に十一箇条になったとあり、極真会館の公式サイトにも載っています。1991年の本では、座右の銘としている格言に「われ以外みな師」も挙げています。

Q2. 「頭は低く目は高く」の続きと読み方は?

全文は「頭は低く、目は高く、口を慎んで心広く、孝を原点として他を益す。」です。

読みは「あたまはひくく、めはたかく、くちをつつしんでこころひろく、こうをげんてんとしてたをえきす」です。

極真会館が理念として掲げる言葉です。大山倍達も1987年や1991年の本で、この言葉を極真の精神として書いています。

Q3. 「我以外皆師」は誰の言葉?

吉川英治の言葉と伝わっています。大山倍達の本にも、吉川英治から色紙で贈られた言葉だとあります。

吉川英治の小説『新書太閤記』にも「我れ以外みな我が師也」という一文があります。大山倍達はこの言葉を座右の銘の一つとしていました。

Q4. 「千日をもって初心とし」は宮本武蔵の言葉?

武蔵の言葉とは違います。武蔵の『五輪書』は「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」で、大山倍達の座右の銘は「千日を初心とし、万日の稽古をもって極みとす」です。

武蔵は千日の稽古で鍛えると言い、大山倍達は千日でようやく初心だと言っています。大山倍達のこの言葉は、極真の道場のページで、極真の名の由来となった武道の格言として紹介されています。

Q5. 「実践なくんば証明されず」は本人の言葉?

極真空手を続けた人が総裁の言葉として書いていますが、本人の本では同じ文が見つかっていません。

弟子の本では「実戦なくんば証明なく」と書かれていて、総裁の口癖だったとあります。

Q6. 極真の道場訓は誰が作った?

道場や関連団体のサイトでは、大山倍達が作り、作家の吉川英治が監修したと説明されています。

ただし、極真会館と新極真会の道場訓のページには作った人の記載がなく、作られた年も確かめられませんでした。

Q7. 牛殺しの話は嘘?

牛と戦ったこと自体は事実で、1954年の記録映画にも残っています。ただ、伝わっている話のすべてが事実ではないと、本人も認めています。

極真会館の公式サイトの略歴には、1950年に館山で47頭を倒したとあります。歴史のページには、1954年の記録映画のことと、1956年に田園コロシアムで猛牛と格闘したことが載っています。

本人が1990年に出した本には、戦後の一時期に限っては事実に反した伝説が少なくないとあります。大山神話は主に劇画『空手バカ一代』から広まったもの、とも書いています。1994年の本では、マンガの指一本の逆立ちを「それはフィクションです」と打ち消しました。


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