キミ・ライコネンの名言45選!「ほっといてくれ」と面白い無線・自分流の言葉
F1世界王者キミ・ライコネンの名言は、短いのに忘れられません。無線の「ほっといてくれ」、移籍の理由を聞かれて返した「やりたいからだ」。笑った後に残るのは、自分のやり方を変えなかった強さです。キミ・ライコネンの名言に、肩の力が抜けます。
Writer
公式ライター Activel編集部
キミ・ライコネンは、2007年にF1の世界王者になったフィンランド出身のドライバーです。レース中の無線で返した「ほっといてくれ」を、本人はTシャツにしてチームの全員に贈り、引退レースではチームがマシンに「もう放っておくよ」と書いて送り出しました。キミ・ライコネンの名言は短くて、読むとつい笑ってしまいます。それなのに読み進めると、誰に何を言われても自分のやり方を変えなかった人の芯が見え、周りの声を気にしすぎなくていいと思えてきます。
キミ・ライコネンのプロフィール
ライコネンは当時の歴代最多となる349戦を走り、2021年に引退したドライバーです。ほとんど話さず速く走る姿から、アイスマンの愛称でも知られています。
基本プロフィール
F1で21回勝ち、世界王者にも1度なりました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | キミ・ライコネン |
| 生年月日 | 1979年10月17日 |
| 出身 | フィンランド・エスポー |
| 愛称 | アイスマン |
| F1の出走 | 349戦(2001〜2021年) |
| 優勝 | 21回 |
| 世界王者 | 1回(2007年) |
| 今の仕事 | モトクロスのチーム代表 |
フィンランドのカートから世界王者、引退後のモトクロスまでの歩み
ライコネンは室内にトイレの無い小さな家で育ち、両親が全財産をつぎ込んで、カートを続けさせてくれました。レースには古いバンで通い、メカニックは兄のラミが務めました。2001年にザウバーからF1にデビューし、翌年移ったマクラーレンで、代表のロン・デニスからアイスマンの名前をもらいます。2003年のマレーシアGPで初優勝し、2005年の日本GPでは17番手から最後の周に先頭を奪いました。
2007年にフェラーリへ移ると、最終戦のブラジルGPで勝って世界王者になります。2009年を最後にF1を離れ、世界ラリー選手権に出てアメリカのNASCARも経験しました。2012年にロータスでF1へ戻り、その年のアブダビGPで生まれたのが「ほっといてくれ」です。
2014年にフェラーリへ戻り、2018年のアメリカGPで最後の優勝を挙げました。2019年からはデビューした時のザウバーのチームに戻ってアルファロメオの名前で走り、2021年のアブダビGPが349戦目で最後のレースになりました。今はカワサキのモトクロスチームの代表を務めながら、息子ロビンのカートのメカニックもしています。
座右の銘
キミ・ライコネンの座右の銘にいちばん近いのは、引退を発表した2021年に話した「僕は楽しんだし、自分のやり方でやった」という言葉です。本人が座右の銘として挙げた言葉は見つかりませんでした。
キミ・ライコネンの名言45選
キミ・ライコネンの名言といえば、無線で怒った一言と、記者を困らせる短い答えです。笑って読んでいると、周りが何を言っても自分のやり方を変えなかった理由や、30歳までに引退するはずだった計画の話に行き当たります。ライコネンの名言は、室内にトイレも無い家から世界王者になった人の、飾らない言葉です。
「ほっといてくれ」とチーム無線の名言
ライコネンの無線で一番有名なのが「ほっといてくれ」です。ほかにも、ピットでハンドルを探して叫んだ声や、壊れたマシンで走ろうとする声が、放送で世界に流れました。
01「ほっといてくれ。やるべきことは分かってる」
“Just leave me alone, I know what to do.”
— 2012年11月4日、アブダビGPのチーム無線で
02「はい、はい、はい、全部やってるよ。毎秒言わなくていいから」
“Yes, yes, yes, I’m doing all that,” … “You don’t have to remind me every second.”
— 2012年11月4日、同じアブダビGPの無線で、タイヤの温度を保つように言われて
03「怒鳴るな」
“Don’t f**ing shout at me”
— 2013年10月27日、インドGPのチーム無線で
04「もっとパワーをくれ!」
“Give me more power!”
— 2014年6月22日、オーストリアGPの無線で、「バトンと争っている。1周あたり0.2秒必要だ」と言われて
05「あいつ、ぶつけてきた。あれはあまりいい感じじゃないな!」
“He hit me, and that’s not very nice!”
— 2015年5月24日、モナコGPの無線で、リカルドに5位を奪われて
06「あいつは横に並ぶたびに、僕を押し出してくる。あれが合法なら、次は僕も同じことをする」
“That guy keeps pushing me off every time when I’m next to him. So if that’s legal, then I will do the same next time.”
— 2015年10月25日、アメリカGPのチーム無線で
07「ハンドルだ。グローブとハンドルだ……ハンドルをくれ、おい、おい! ハンドルを渡すように、誰か言ってくれ。早く! どけ!」
“Steering wheel. Gloves and steering wheel, yeah,” … “Give me the steering wheel, hey, hey! Steering wheel somebody tell him to give it to me. Come on! Move!”
— 2017年6月25日、アゼルバイジャンGPのチーム無線で
08「悪いけど、もっとはっきり言ってくれないか……先に行かせてほしいのか? そう言ってくれ」
“I don’t, I’m sorry, but can you be clearer … what do you want me to do?” … “Do you want me to let him go? Just tell me.”
— 2018年7月22日、ドイツGPのチーム無線で
09「どれくらいひどいか分からないけど、コースに出してくれ。なんとかする」
“Don’t know how bad the damage is but send me out and we’ll sort it out.”
— 2018年8月26日、ベルギーGPのチーム無線で
10「ああ、僕が外したからね」
“Yeah, because I disconnected it.”
— 2021年10月8日、トルコGPのフリー走行2回目のチーム無線で
キミ・ライコネンの面白い名言・迷言
ライコネンが面白いのは、聞かれたことに一番短く答えてしまうところです。会見やインタビューの記録を読むと、質問した記者が困っている様子まで目に浮かびます。
11「大きいほうをしてたんだ」
“taking a s***”
— 2006年10月22日、ブラジルGPのスタート前、生中継のテレビの取材で
12「僕らが後ろに来たら、道を空けてくれるといいね」
“Hopefully let us past if we’re behind.”
— 2006年3月、バーレーンGPの木曜の会見で、新人への助言を聞かれて
13「モーターホームじゃないよ。テーブルの下にいい場所を見つけたんだ。普通のことさ。レースの前はいつも寝る。寝るのが好きなんだ」
“Not in the motor home, I found a nice place under a table. It’s normal, I always sleep before the race, there’s a little bit of time. I like sleeping.”
— 2012年3月、BBCの番組 Top Gear で、デビュー戦の30分前に寝ていたのかと聞かれて
14「僕の頭を守ってくれる」
“It protects my head.”
— 2012年3月、BBCの番組 Top Gear で、ヘルメットの特別な意味について聞かれて
15「いや」
“No.”
— 2012年3月、BBCの番組 Top Gear で、お酒はやめたのかと聞かれて
16「このアイスをどうぞ」
“Please enjoy this ice cream”
— 2012年3月25日、マレーシアGPの前、報道陣に配ったアイスに添えて
17「特にないよ」
“Not much really.”
— 2012年11月4日、アブダビGPの表彰台で、今の気持ちを聞かれて
18「君にリストを渡して何になるんだ? 結局、僕には何の力も無いのに」
“what’s the point for me, to give you a list, because in the end I have zero power?”
— 2018年4月、バーレーンGPの木曜の会見で、F1をどう変えたいか聞かれて
19「どの国も同じレベルだよ……みんな同じ」
“All of them are on an even level… all the same.”
— 2018年、イギリスの雑誌の読者質問で、どの国の記者の質問が一番ばかげているか聞かれて
20「やりたいからだ。なんでそんなに難しくしようとするんだ?」
“Because I want to. Why do you try to make it so complicated?”
— 2018年9月、シンガポールGPの木曜の会見で
21「いや、情熱なんて無いよ。君たちを振り回すためだけに契約して、あそこで2年間、不幸に過ごすんだ」
“No, I’m not actually. Just by pure head games for you guys I happened to sign and I’m going to spend two years there just not being happy.”
— 2018年9月、シンガポールGPの木曜の会見で、まだレースに情熱はあるかと聞かれて
22「覚えてるよ」
“I do”
— 2026年5月、F1公式のInstagramへの書き込みで
自分のやり方についての名言
ライコネンが周りの声を気にしないのは、冷たいからではありません。走ることが好きで、自分が納得していればそれでいいと、本人が何度も話しています。
23「僕のすることを気に入らない人がいても、その人を変えることはできない」
“If other people don’t like what I do, I can’t change them.”
— 2007年、フェラーリ1年目の夏のインタビューで
24「F1で僕が愛しているのは、それだけだ」
“That’s the only thing I love about Formula 1.”
— 2007年、フェラーリ1年目の夏のインタビューで、走ることについて
25「人が何を言おうが、何を思おうが、見てこなかった。自分のことをやって、自分が満足していれば、それが一番大事なんだ」
“I have never really looked at what people say or think. I do my own thing and as long as I’m happy with it then that’s the main thing for me.”
— 2012年1月、F1復帰に向けたシート合わせの後に
26「話を難しくすることもできるけど、まっすぐ本当のことを話すこともできる。そのほうがずっと楽だ」
“You can make it very complicated, but you can also be straight and tell the true story, that’s much easier.”
— 2012年3月、BBCの番組 Top Gear で、会見の答えが短い理由を聞かれて
27「自分にとって一番いい選択をする。間違っていて後悔しても、少なくとも自分で決めたことだ」
“I’ll make the best choice for myself, and if it’s wrong and I regret it, at least I made the decision for myself.”
— 2013年7月、ドイツの新聞の取材で、翌年のチームを聞かれて
28「僕はいつも、自分に合ったやり方で生きようとしている。誰かの好みに合わせて生きたら、きっとみじめな時間になる」
“I always try to do and live my life the way that’s right for me. If I try to live it how someone else likes it I think it would be a pretty miserable time.”
— 2018年11月、F1公式のライブ配信で、アイスマンの姿を演じているのかと聞かれて
29「違う誰かになろうとするほうが、ずっと難しい」
“It’s much harder to try to be somebody else.”
— 2021年、最後のレースの前夜のインタビューで
勝利と世界王者の時の名言
世界王者になった日も、ライコネンは大げさな言葉を使いません。その分、小さな頃を支えてくれた家族の話や、勝った日の短い一言が胸に残ります。
30「これでずっと楽になる。いつ初優勝するのかと、いつも聞かれなくなるから」
“It will be a lot easier now as people will not be asking me all the time when am I going to win my first race”
— 2003年3月23日、マレーシアGPの初優勝の後に
31「本当に戦って何かを手にした時のほうが、ひとりで先頭を走り続けるよりいい」
“when you really fight for it, it’s nicer than driving a whole race on your own in front.”
— 2005年10月9日、鈴鹿の日本GPの優勝会見で
32「世界王者は取れたらいいものだけど、取れなくても僕の世界は終わらない。それでもいい人生を送れるから」
“The world championship is a nice thing to win but it won’t be the end of my world if I don’t win it. I’ll still have a nice life anyhow.”
— 2007年、世界王者になる2か月前のインタビューで
33「僕はほとんど何も無いところから来た。でも家族がいつも懸命に力を尽くしてくれた」
“I came from pretty much nothing, but the family put in a lot of effort always”
— 2007年10月21日、ブラジルGPで世界王者を決めた後に
34「ただの数字だよ。人生は続く」
“It’s just a number. Life goes on.”
— 2018年10月21日、アメリカGPの優勝会見で
シューマッハ、ハミルトン、ベッテルたちについての名言
ライコネンはシューマッハの後を継いでフェラーリに入り、ハミルトンには赤信号で追突され、ベッテルとはチームメートとして走りました。そんな相手の話でも、言葉は短いままです。
35「僕はミハエル・シューマッハじゃないし、チームもそれを望んでいない」
“I’m not Michael Schumacher and the team doesn’t expect me to be.”
— 2007年1月、フェラーリが毎冬開く集まりの会見で
36「赤信号で止まっている車にぶつけるのは、ちょっと馬鹿げている」
“hit a car stopped at a red light. That’s a bit stupid.”
— 2008年6月、カナダGPの後に
37「セナはF1にとって、ドライバーとしても人としてもとても大切な人でした」
“Senna was very important for Formula One, as a driver and a person”
— 2014年5月1日、イモラのセナの追悼の場で
勝つことと恐怖について、セナ本人が残した言葉はアイルトン・セナの名言にあります。
38「ヒーローと呼べる人は、本当はいなかった」
“I never really had a hero as such.”
— 2018年、イギリスの雑誌の読者質問で、子どもの頃のヒーローはジェームス・ハントかと聞かれて
39「僕のほうからは、打ち合わせが短いことかな」
“Short meetings from my side.”
— 2018年11月、アブダビGPの木曜の会見で
家族と引退についての名言
2021年、ライコネンは42歳で最後のレースを走りました。引退の前には、F1が人生で一番大事なものだったことは一度もないと話しています。あっさりした別れだからこそ、自分のやり方でやったという言葉がまっすぐ届きます。
40「父と母は全財産をつぎ込んでいた。それなのに、会場に着くと、僕はどこにもたどり着けないように感じた」
“dad and mum had put in all their money and when we got there I felt like I wasn’t going to make it anywhere”
— 公認の伝記『知られざるキミ・ライコネン』で、10代の頃を振り返って
41「子どもができれば、人生は自然に変わる」
“Life changes automatically when you have kids”
— 2020年、40歳の時のF1公式の取材で、息子と娘の話になって
42「これで終わりだ。これがF1での最後のシーズンになる」
“This is it. This will be my last season in Formula 1.”
— 2021年9月1日、本人のInstagramの投稿で
43「僕は楽しんだし、自分のやり方でやった。変えられるとしても、1つも変えない」
“I had fun and I did it my way, and I wouldn’t change a single thing even if I could”
— 2021年9月、オランダGPの週に、最大の強みを聞かれて
44「最初の計画は、30歳になる前に引退することだった! うまくいかなかったけど」
“The first plan was always to be retired before I turned 30! But that didn’t work out.”
— 2021年9月、引退を発表した翌日の取材で
45「やっと乗り切れてよかった。これで普通のことをしに行ける」
“I’m happy I lived through it, and I’m happy to go and do normal things.”
— 2021年12月12日、最後のレースの後に
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