1. Home
  2. >
  3. スポーツ
  4. >
  5. キミ・ライコネンの名言45選!「ほっといてくれ」と面白い無線・自分流の言葉
キミ・ライコネンの名言45選!「ほっといてくれ」と面白い無線・自分流の言葉

キミ・ライコネンの名言45選!「ほっといてくれ」と面白い無線・自分流の言葉

F1世界王者キミ・ライコネンの名言は、短いのに忘れられません。無線の「ほっといてくれ」、移籍の理由を聞かれて返した「やりたいからだ」。笑った後に残るのは、自分のやり方を変えなかった強さです。キミ・ライコネンの名言に、肩の力が抜けます。

2026.11.08 | スポーツ

Writer

writer avatar

公式ライター
Activel編集部

キミ・ライコネンは、2007年にF1の世界王者になったフィンランド出身のドライバーです。レース中の無線で返した「ほっといてくれ」を、本人はTシャツにしてチームの全員に贈り、引退レースではチームがマシンに「もう放っておくよ」と書いて送り出しました。キミ・ライコネンの名言は短くて、読むとつい笑ってしまいます。それなのに読み進めると、誰に何を言われても自分のやり方を変えなかった人の芯が見え、周りの声を気にしすぎなくていいと思えてきます。

キミ・ライコネンのプロフィール

ライコネンは当時の歴代最多となる349戦を走り、2021年に引退したドライバーです。ほとんど話さず速く走る姿から、アイスマンの愛称でも知られています。

基本プロフィール

F1で21回勝ち、世界王者にも1度なりました。

項目 内容
名前 キミ・ライコネン
生年月日 1979年10月17日
出身 フィンランド・エスポー
愛称 アイスマン
F1の出走 349戦(2001〜2021年)
優勝 21回
世界王者 1回(2007年)
今の仕事 モトクロスのチーム代表

フィンランドのカートから世界王者、引退後のモトクロスまでの歩み

キミ・ライコネンの歩みと名言の年表(2001年のF1デビュー、2007年の世界王者、2012年の「ほっといてくれ」、2021年の引退まで)

ライコネンは室内にトイレの無い小さな家で育ち、両親が全財産をつぎ込んで、カートを続けさせてくれました。レースには古いバンで通い、メカニックは兄のラミが務めました。2001年にザウバーからF1にデビューし、翌年移ったマクラーレンで、代表のロン・デニスからアイスマンの名前をもらいます。2003年のマレーシアGPで初優勝し、2005年の日本GPでは17番手から最後の周に先頭を奪いました。

2007年にフェラーリへ移ると、最終戦のブラジルGPで勝って世界王者になります。2009年を最後にF1を離れ、世界ラリー選手権に出てアメリカのNASCARも経験しました。2012年にロータスでF1へ戻り、その年のアブダビGPで生まれたのが「ほっといてくれ」です。

2014年にフェラーリへ戻り、2018年のアメリカGPで最後の優勝を挙げました。2019年からはデビューした時のザウバーのチームに戻ってアルファロメオの名前で走り、2021年のアブダビGPが349戦目で最後のレースになりました。今はカワサキのモトクロスチームの代表を務めながら、息子ロビンのカートのメカニックもしています。

座右の銘

キミ・ライコネンの座右の銘にいちばん近いのは、引退を発表した2021年に話した「僕は楽しんだし、自分のやり方でやった」という言葉です。本人が座右の銘として挙げた言葉は見つかりませんでした。

キミ・ライコネンの名言45選

キミ・ライコネンの名言といえば、無線で怒った一言と、記者を困らせる短い答えです。笑って読んでいると、周りが何を言っても自分のやり方を変えなかった理由や、30歳までに引退するはずだった計画の話に行き当たります。ライコネンの名言は、室内にトイレも無い家から世界王者になった人の、飾らない言葉です。

「ほっといてくれ」とチーム無線の名言

ライコネンの無線で一番有名なのが「ほっといてくれ」です。ほかにも、ピットでハンドルを探して叫んだ声や、壊れたマシンで走ろうとする声が、放送で世界に流れました。

01「ほっといてくれ。やるべきことは分かってる」

“Just leave me alone, I know what to do.”

— 2012年11月4日、アブダビGPのチーム無線で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2012年11月4日、アブダビGPの決勝

発言状況: ラリーから戻った年のロータスで走っていた時の無線です。ハミルトンのリタイアで首位に立った後、エンジニアのサイモン・レニーから、5秒後ろのアロンソとの差をこれからも知らせると言われました。その返事がこの言葉で、ライコネンはそのまま優勝しています。レースの後に無線のことを聞かれると「同じことを1分に2回も言われても、自分が何をしているか忘れるほど馬鹿じゃない」と話し、英語で I know what I’m doing(何をしているかは分かっている)とも言いました。無線の言葉も、この I know what I’m doing の形で広まっています。

出典: F1 公式サイト(2021年9月3日)

02「はい、はい、はい、全部やってるよ。毎秒言わなくていいから」

“Yes, yes, yes, I’m doing all that,” … “You don’t have to remind me every second.”

— 2012年11月4日、同じアブダビGPの無線で、タイヤの温度を保つように言われて

03「怒鳴るな」

“Don’t f**ing shout at me”

— 2013年10月27日、インドGPのチーム無線で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2013年10月27日、インドGPの決勝

発言状況: タイヤが限界のライコネンは、後ろのチームメート、グロージャンに順位を譲らず、コースの外へ押し出す形になりました。チームのアラン・パーメインが無線で「どけ」と汚い言葉で叫んだ時の返事です。チーム代表のブーリエは、グロージャンのほうが1周2秒速く、後ろのマッサに表彰台を奪われかねなかったと説明し、もっと落ち着いた言い方ができたと謝りました。

04「もっとパワーをくれ!」

“Give me more power!”

— 2014年6月22日、オーストリアGPの無線で、「バトンと争っている。1周あたり0.2秒必要だ」と言われて

05「あいつ、ぶつけてきた。あれはあまりいい感じじゃないな!」

“He hit me, and that’s not very nice!”

— 2015年5月24日、モナコGPの無線で、リカルドに5位を奪われて

06「あいつは横に並ぶたびに、僕を押し出してくる。あれが合法なら、次は僕も同じことをする」

“That guy keeps pushing me off every time when I’m next to him. So if that’s legal, then I will do the same next time.”

— 2015年10月25日、アメリカGPのチーム無線で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2015年10月25日、アメリカGPの決勝

発言状況: 相手は当時まだ10代のフェルスタッペンです。怒った言葉に聞こえますが、本人はレースの後、ルールを確かめたかったのだと話しました。横に並んだ車を縁石の外へ押してよいのかを知りたかった、みんな同じルールならそれでいい、という説明です。

07「ハンドルだ。グローブとハンドルだ……ハンドルをくれ、おい、おい! ハンドルを渡すように、誰か言ってくれ。早く! どけ!」

“Steering wheel. Gloves and steering wheel, yeah,” … “Give me the steering wheel, hey, hey! Steering wheel somebody tell him to give it to me. Come on! Move!”

— 2017年6月25日、アゼルバイジャンGPのチーム無線で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2017年6月25日、アゼルバイジャンGPの決勝

発言状況: 赤旗の中断中、再スタートの前の場面です。マシンがピットの出口へ押されていくのに、手元にハンドルもグローブも無く、どんどん慌てた声になっていきました。F1公式のファン投票で、この年の無線の1位に選ばれています。再スタートには間に合いましたが、終盤のオイル漏れで完走はできませんでした。

08「悪いけど、もっとはっきり言ってくれないか……先に行かせてほしいのか? そう言ってくれ」

“I don’t, I’m sorry, but can you be clearer … what do you want me to do?” … “Do you want me to let him go? Just tell me.”

— 2018年7月22日、ドイツGPのチーム無線で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2018年7月22日、ドイツGPの決勝の38周目

発言状況: 先頭を走るライコネンのすぐ後ろに、チームメートのベッテルがいました。チーフエンジニアのジョック・クリアは「セブ(ベッテルの愛称)を抑えないでほしい」と遠回しに伝えます。ライコネンはこの返事で指示の中身を問い返し、レースの後に「はっきりしていなかった」と話しました。

09「どれくらいひどいか分からないけど、コースに出してくれ。なんとかする」

“Don’t know how bad the damage is but send me out and we’ll sort it out.”

— 2018年8月26日、ベルギーGPのチーム無線で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2018年8月26日、ベルギーGPの決勝

発言状況: 1周目に後ろから追突され、タイヤもマシンのパーツも傷んだ時の無線です。チームは2度コースへ送り出しましたが、DRS(直線で速くするための可動の翼)が閉じなくなったことに本人が気づき、リタイアになりました。

10「ああ、僕が外したからね」

“Yeah, because I disconnected it.”

— 2021年10月8日、トルコGPのフリー走行2回目のチーム無線で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2021年10月、トルコGPのフリー走行2回目

発言状況: 引退の年のアルファロメオで、飲み物のシステムが漏れ、ブーツの中まで水が入った時の無線です。エンジニアにポンプから漏れていると指摘されて、この言葉を返しました。「ヘルメットの中に漏れ続けたから外したんだ」と続き、怒りは収まりません。英語の disconnected は「外した」という意味で、日本語の報道では「引きちぎってやった」と訳されました。

キミ・ライコネンの面白い名言・迷言

ライコネンが面白いのは、聞かれたことに一番短く答えてしまうところです。会見やインタビューの記録を読むと、質問した記者が困っている様子まで目に浮かびます。

11「大きいほうをしてたんだ」

“taking a s***”

— 2006年10月22日、ブラジルGPのスタート前、生中継のテレビの取材で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2006年10月22日、ブラジルGPのスタート前

発言状況: ペレがシューマッハに賞を渡す式に、ライコネンは来ていませんでした。マシンが並ぶグリッドを歩いていたテレビ解説のマーティン・ブランドルに理由を聞かれた時の答えが、そのまま生中継で流れます。ブランドルは「それならマシンが軽くなってよかったね」と返しました。2021年に振り返った時は「僕のせいじゃない。彼が聞きに来たんだ。嘘はつかない」と笑っています。

12「僕らが後ろに来たら、道を空けてくれるといいね」

“Hopefully let us past if we’re behind.”

— 2006年3月、バーレーンGPの木曜の会見で、新人への助言を聞かれて

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2006年3月、バーレーンGPの木曜の会見

発言状況: 「今年は新人がいます。前の席の3人から何か助言はありますか」という質問への答えです。会見には新人のニコ・ロズベルグとスコット・スピードも同席していました。シューマッハは「助言は要らないと思う」と答えています。

13「モーターホームじゃないよ。テーブルの下にいい場所を見つけたんだ。普通のことさ。レースの前はいつも寝る。寝るのが好きなんだ」

“Not in the motor home, I found a nice place under a table. It’s normal, I always sleep before the race, there’s a little bit of time. I like sleeping.”

— 2012年3月、BBCの番組 Top Gear で、デビュー戦の30分前に寝ていたのかと聞かれて

14「僕の頭を守ってくれる」

“It protects my head.”

— 2012年3月、BBCの番組 Top Gear で、ヘルメットの特別な意味について聞かれて

15「いや」

“No.”

— 2012年3月、BBCの番組 Top Gear で、お酒はやめたのかと聞かれて

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2012年3月、BBCの番組 Top Gear

発言状況: F1に戻る年の番組で、答えはこの1語でした。実際、公認の伝記によると、この年のバーレーンGPとスペインGPの間に、ライコネンは16日間飲み続けています。

16「このアイスをどうぞ」

“Please enjoy this ice cream”

— 2012年3月25日、マレーシアGPの前、報道陣に配ったアイスに添えて

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2012年3月25日、マレーシアGPの決勝の前

発言状況: 3年前の2009年、同じマレーシアの雨の中断中に、チョコレートのアイスを食べてコーラを持つライコネンの姿が、世界中に映りました。またこのサーキットに戻ったライコネンは、チームを通して報道陣の全員にチョコレートのアイスを届け、この言葉を添えています。

17「特にないよ」

“Not much really.”

— 2012年11月4日、アブダビGPの表彰台で、今の気持ちを聞かれて

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2012年11月4日、アブダビGPの表彰台

発言状況: 2009年ベルギーGP以来の優勝の直後に、聞き手のデビッド・クルサードから気持ちを聞かれた答えです。「優勝がどれほどすごいか教えて」と重ねられると「前は笑顔が足りないって文句を言われたから、今回もそうかもね。チームのためにとてもうれしいよ」と話しました。

18「君にリストを渡して何になるんだ? 結局、僕には何の力も無いのに」

“what’s the point for me, to give you a list, because in the end I have zero power?”

— 2018年4月、バーレーンGPの木曜の会見で、F1をどう変えたいか聞かれて

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2018年4月、バーレーンGPの木曜の会見

発言状況: 「力があったら、今のF1の何を変えますか」と聞かれ、まず「僕には無いから」とだけ答えました。「変えたいことは何も無いのですか」と重ねられて出てきたのがこの言葉で、「僕らがルールを作るわけじゃない」と続けています。

19「どの国も同じレベルだよ……みんな同じ」

“All of them are on an even level… all the same.”

— 2018年、イギリスの雑誌の読者質問で、どの国の記者の質問が一番ばかげているか聞かれて

20「やりたいからだ。なんでそんなに難しくしようとするんだ?」

“Because I want to. Why do you try to make it so complicated?”

— 2018年9月、シンガポールGPの木曜の会見で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2018年9月、シンガポールGPの木曜の会見

発言状況: フェラーリを離れ、F1デビューの時のチームであるザウバーへ戻ると発表された直後の会見です。戻る理由を聞かれた時の最初の答えは、英語で Why not(なぜいけない?)の2語だけでした。チームの速さのことなどを聞かれ続け、「なぜザウバーに戻りたいのか教えてください」と言われた時の答えがこの言葉です。

出典: FIA 公式の会見の記録

21「いや、情熱なんて無いよ。君たちを振り回すためだけに契約して、あそこで2年間、不幸に過ごすんだ」

“No, I’m not actually. Just by pure head games for you guys I happened to sign and I’m going to spend two years there just not being happy.”

— 2018年9月、シンガポールGPの木曜の会見で、まだレースに情熱はあるかと聞かれて

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2018年9月、シンガポールGPの木曜の会見

発言状況: ザウバーへ戻る理由の質問が続いた後、「それでもレースへの情熱はあるのですか」と聞かれた時の皮肉です。司会が「教えてくれてありがとう」と締めると、英語で No worries(どういたしまして)と返しました。

22「覚えてるよ」

“I do”

— 2026年5月、F1公式のInstagramへの書き込みで

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2026年5月

発言状況: F1公式が、2008年カナダGPのピット出口で起きた追突の映像を投稿し、「このクラッシュを覚えている人は?」と書きました。赤信号で止まっていたライコネンのフェラーリに、ハミルトンが後ろからぶつかった場面です。当の本人が2語だけ返し、一番上のコメントになりました。

自分のやり方についての名言

ライコネンが周りの声を気にしないのは、冷たいからではありません。走ることが好きで、自分が納得していればそれでいいと、本人が何度も話しています。

23「僕のすることを気に入らない人がいても、その人を変えることはできない」

“If other people don’t like what I do, I can’t change them.”

— 2007年、フェラーリ1年目の夏のインタビューで

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2007年8月に載ったイギリスの専門誌のインタビュー

発言状況: 新聞に悪く書かれたら、やりたいことをやめるのかと聞かれ、肩をすくめて答えた言葉です。「僕は自分のしていることが好きなんだから、やめる理由が無い」と続けました。

24「F1で僕が愛しているのは、それだけだ」

“That’s the only thing I love about Formula 1.”

— 2007年、フェラーリ1年目の夏のインタビューで、走ることについて

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2007年8月に載ったイギリスの専門誌のインタビュー

発言状況: 運転は人生で最高の楽しみの1つかと聞かれて、「僕がここにいる一番の理由は運転だ」と答えた後の言葉です。「F1のほかのことばかりをやらされるならやめる。でも運転があるから続けたいと思える」と話しています。

25「人が何を言おうが、何を思おうが、見てこなかった。自分のことをやって、自分が満足していれば、それが一番大事なんだ」

“I have never really looked at what people say or think. I do my own thing and as long as I’m happy with it then that’s the main thing for me.”

— 2012年1月、F1復帰に向けたシート合わせの後に

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2012年1月、ロータスの工場でシート合わせをした後

発言状況: 2年間ラリーを走った後のF1復帰がうまくいくかどうかが、騒がれていた時の言葉です。チームの公式サイトで「ばかげた話もいい話も聞こえるけど、戻ることは僕が望んだことだ」と話しました。

26「話を難しくすることもできるけど、まっすぐ本当のことを話すこともできる。そのほうがずっと楽だ」

“You can make it very complicated, but you can also be straight and tell the true story, that’s much easier.”

— 2012年3月、BBCの番組 Top Gear で、会見の答えが短い理由を聞かれて

27「自分にとって一番いい選択をする。間違っていて後悔しても、少なくとも自分で決めたことだ」

“I’ll make the best choice for myself, and if it’s wrong and I regret it, at least I made the decision for myself.”

— 2013年7月、ドイツの新聞の取材で、翌年のチームを聞かれて

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2013年7月、ドイツの新聞の取材

発言状況: 翌年の行き先が話題になっていた時の言葉です。大事なのは良いマシンかお金か自由な時間かと聞かれて「全部だ」と答え、続けてこの言葉を話しました。ベッテルと一緒に走れることが理由になるかと聞かれると「冗談を言って笑い合うために、ここにいるわけじゃない」と答えています。

28「僕はいつも、自分に合ったやり方で生きようとしている。誰かの好みに合わせて生きたら、きっとみじめな時間になる」

“I always try to do and live my life the way that’s right for me. If I try to live it how someone else likes it I think it would be a pretty miserable time.”

— 2018年11月、F1公式のライブ配信で、アイスマンの姿を演じているのかと聞かれて

29「違う誰かになろうとするほうが、ずっと難しい」

“It’s much harder to try to be somebody else.”

— 2021年、最後のレースの前夜のインタビューで

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2021年12月、最後のレースの前夜のイギリスの専門誌のインタビュー

発言状況: 若い頃は周りが自分を枠にはめようとして大変だった、と振り返った流れの言葉です。「僕を変えるのをあきらめてくれれば楽になる。最初に戦っておいてよかった」と話しました。

勝利と世界王者の時の名言

世界王者になった日も、ライコネンは大げさな言葉を使いません。その分、小さな頃を支えてくれた家族の話や、勝った日の短い一言が胸に残ります。

30「これでずっと楽になる。いつ初優勝するのかと、いつも聞かれなくなるから」

“It will be a lot easier now as people will not be asking me all the time when am I going to win my first race”

— 2003年3月23日、マレーシアGPの初優勝の後に

31「本当に戦って何かを手にした時のほうが、ひとりで先頭を走り続けるよりいい」

“when you really fight for it, it’s nicer than driving a whole race on your own in front.”

— 2005年10月9日、鈴鹿の日本GPの優勝会見で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2005年10月9日、日本GPの決勝後の会見

発言状況: 17番手からスタートし、最後の周にフィジケラを抜いて勝ったレースの会見です。こんなにうれしかったことはあるかと聞かれて、「本当に戦ったから、いつもよりうれしいのかもしれない」と話しました。最後の周のことは「抜きたかった。内側に入られたから、外から行くしかなかった」と答えています。

32「世界王者は取れたらいいものだけど、取れなくても僕の世界は終わらない。それでもいい人生を送れるから」

“The world championship is a nice thing to win but it won’t be the end of my world if I don’t win it. I’ll still have a nice life anyhow.”

— 2007年、世界王者になる2か月前のインタビューで

33「僕はほとんど何も無いところから来た。でも家族がいつも懸命に力を尽くしてくれた」

“I came from pretty much nothing, but the family put in a lot of effort always”

— 2007年10月21日、ブラジルGPで世界王者を決めた後に

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2007年10月21日、ブラジルGPの決勝後

発言状況: 15勝目で世界王者を決めた後に、フィンランドからの道のりを聞かれた答えです。「言葉にするのはとても難しい」と前置きし、友達やいとこ、最初のスポンサーにも助けられたと話しました。「もう誰も僕らのことを考えていなかったと思うけど、まだチャンスがあると分かっていた」とも語っています。

34「ただの数字だよ。人生は続く」

“It’s just a number. Life goes on.”

— 2018年10月21日、アメリカGPの優勝会見で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2018年10月21日、アメリカGPの決勝後の会見

発言状況: 5年ぶりの優勝の後に、フィンランドの国歌を聞いた気持ちを問われた答えです。「聞けるのはうれしいし、勝つのはいつだってみんなが望むことだ。何人かの人が間違っていると示せた、いい日だったよ。でも僕にとって何かが変わるわけじゃない」と話し、この言葉で結びました。39歳の時のF1最後の優勝です。

出典: FIA 公式の会見の記録

シューマッハ、ハミルトン、ベッテルたちについての名言

ライコネンはシューマッハの後を継いでフェラーリに入り、ハミルトンには赤信号で追突され、ベッテルとはチームメートとして走りました。そんな相手の話でも、言葉は短いままです。

35「僕はミハエル・シューマッハじゃないし、チームもそれを望んでいない」

“I’m not Michael Schumacher and the team doesn’t expect me to be.”

— 2007年1月、フェラーリが毎冬開く集まりの会見で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2007年1月、イタリアのドロミテでのフェラーリの恒例行事

発言状況: 引退したシューマッハの後を継いでフェラーリに入ったばかりの会見です。練習やふだんの暮らしのやり方は変えないと話し、「人が何を言おうとあまり気にしない。僕は違うやり方で働く」と続けました。

36「赤信号で止まっている車にぶつけるのは、ちょっと馬鹿げている」

“hit a car stopped at a red light. That’s a bit stupid.”

— 2008年6月、カナダGPの後に

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2008年6月8日、カナダGPの後

発言状況: ピットの出口で赤信号を待っていたところ、ハミルトンに後ろからぶつけられ、2人ともリタイアしました。自分も前のモナコでミスをしたと認めた上で、「ピットは速度の制限があるのに、前を見ずにぶつかるのは別の話だ」と話しています。「怒ってはいない。結果が変わるわけじゃないから」とも続けました。

37「セナはF1にとって、ドライバーとしても人としてもとても大切な人でした」

“Senna was very important for Formula One, as a driver and a person”

— 2014年5月1日、イモラのセナの追悼の場で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2014年5月1日、没後20年の追悼の場

発言状況: アロンソと一緒にイタリアのイモラを訪れた時の言葉です。セナの死をきっかけに安全への取り組みが一気に進んだと話し、「僕らにできるのは、歴史を作ったこの王者を覚えていることだけだ」と続けました。

勝つことと恐怖について、セナ本人が残した言葉はアイルトン・セナの名言にあります。

38「ヒーローと呼べる人は、本当はいなかった」

“I never really had a hero as such.”

— 2018年、イギリスの雑誌の読者質問で、子どもの頃のヒーローはジェームス・ハントかと聞かれて

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2018年、イギリスの雑誌の読者質問

発言状況: 「子どもの頃のヒーローはジェームス・ハントですか」と聞かれた答えです。ライコネンは2007年にスノーモービルの大会へジェームス・ハントの名前で出ていて、ヘルメットもハントの柄にしたことがあります。それでも本人は「ハントを知ったのは8歳か9歳の頃かな」と話すだけで、ヒーローだったとは言っていません。

39「僕のほうからは、打ち合わせが短いことかな」

“Short meetings from my side.”

— 2018年11月、アブダビGPの木曜の会見で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2018年11月、アブダビGPの木曜の会見

発言状況: チームメートとして走る最後のレースの前に、「来年ライコネンのどこがさびしくなりますか」とベッテルが聞かれました。ベッテルの答えは「静かなところ!」で、ライコネンがこの一言を足すと、ベッテルは「そのとおり!」と返しました。

家族と引退についての名言

2021年、ライコネンは42歳で最後のレースを走りました。引退の前には、F1が人生で一番大事なものだったことは一度もないと話しています。あっさりした別れだからこそ、自分のやり方でやったという言葉がまっすぐ届きます。

40「父と母は全財産をつぎ込んでいた。それなのに、会場に着くと、僕はどこにもたどり着けないように感じた」

“dad and mum had put in all their money and when we got there I felt like I wasn’t going to make it anywhere”

— 公認の伝記『知られざるキミ・ライコネン』で、10代の頃を振り返って

41「子どもができれば、人生は自然に変わる」

“Life changes automatically when you have kids”

— 2020年、40歳の時のF1公式の取材で、息子と娘の話になって

42「これで終わりだ。これがF1での最後のシーズンになる」

“This is it. This will be my last season in Formula 1.”

— 2021年9月1日、本人のInstagramの投稿で

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2021年9月1日

発言状況: 本人のInstagramで引退を伝えた投稿の書き出しです。「去年の冬に決めた。簡単な決断ではなかったけれど、このシーズンの後は新しいことの時間だ」と続き、家族とチーム、ファンに感謝しました。「F1は終わるかもしれないけど、人生には経験して楽しみたいことがもっとたくさんある」と書いています。

43「僕は楽しんだし、自分のやり方でやった。変えられるとしても、1つも変えない」

“I had fun and I did it my way, and I wouldn’t change a single thing even if I could”

— 2021年9月、オランダGPの週に、最大の強みを聞かれて

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2021年9月、オランダGPの週

発言状況: 引退の発表の直後に、ドライバーとしての最大の強みを聞かれました。最初の答えは「あるのかな!」です。フェラーリで王者になれてよかったと話した後、「強みかどうかなんて、どうでもいい」と言って続けたのがこの言葉です。

出典: F1 公式サイト(2021年9月)

44「最初の計画は、30歳になる前に引退することだった! うまくいかなかったけど」

“The first plan was always to be retired before I turned 30! But that didn’t work out.”

— 2021年9月、引退を発表した翌日の取材で

45「やっと乗り切れてよかった。これで普通のことをしに行ける」

“I’m happy I lived through it, and I’m happy to go and do normal things.”

— 2021年12月12日、最後のレースの後に

この名言の背景を詳しく読む

発言時期: 2021年12月12日、アブダビGPの決勝の後

発言状況: 349戦目の最後のレースは、車輪のナットの問題で完走できませんでした。チームの送り出しについて聞かれ、「送り出されるのはあまり好きじゃないけど、たくさんの応援を見られたのはすごくいい」と話した後の言葉です。「どう終わるかは関係ない」とも言っています。

よくある質問(Q&A)

Q1. 「ほっといてくれ」はいつ、英語で何と言った言葉?

英語では「Just leave me alone, I know what to do.」で、F1公式の記事もこの形です。ライコネンの「ほっといてくれ」は、2012年11月4日のアブダビGPで、首位を走っている時にエンジニアへ返した無線です。

「Leave me alone, I know what I’m doing」の形でも広まりました。レースの後の会見で本人が「I know what I’m doing」と話していて、Tシャツの文字もこの形です。

Q2. 「ほっといてくれ」のTシャツは誰が作った?

ライコネン本人です。優勝の後に、この言葉を入れたTシャツを買ってロータスのチーム全員に贈り、500枚がチームの工場に届きました。

その年の12月には、本人がこの言葉のグッズを売るサイトを開いています。

引退レースの2021年アブダビGPでは、アルファロメオが車体に「Dear Kimi, we will leave you alone now」(キミへ、もう放っておくよ)と書いて送り出しました。

Q3. ライコネンの無線で、ほかに面白いものは?

有名なのは、F1公式のファン投票で2017年の1位になった、ハンドルとグローブを探して叫ぶ無線です。本人は真剣に怒っているのに、聞いている側はつい笑ってしまいます。

飲み物の無線もあります。2018年ハンガリーGPでは、飲み物のボトルが使えるかどうかをエンジニアと話すキミ・ライコネンの声が流れました。

Q4. ライコネンはなぜアイスマンと呼ばれる?

寒い土地の出身で、速く走り、ほとんど話さない人だからです。公認の伝記の著者が、この愛称の意味をそう説明しています。

付けたのはマクラーレン時代の代表、ロン・デニスです。2003年の初優勝の会見では、記者が「ロン・デニスはあなたをアイスマンと呼んでいます」と質問しています。

Q5. キミ・ライコネンの性格は?

言葉が少なく、自分のやり方を変えない人です。

なぜファンに好かれるのかについて、本人は「分からないけど、たぶん僕が僕のままだからだ。いつも変わっているとか、おかしいとか、好きに呼んでくれ」と話しました。

アイスマンの姿を演じているのかと聞かれた時は「いや」と答えています。無口なのは作った姿ではないということです。

Q6. シューマッハやアロンソ、ベッテルのことは何と話している?

シューマッハについては、ライコネンがフェラーリに入った2007年に「僕はミハエル・シューマッハじゃない」と話し、同じ年に「ミハエルにあまり多くは聞かない」とも話しました。

2014年にチームメートだったアロンソのことは、引退後に「彼はいつもとても良かった」と評し、「チームメートとしては、僕らの間に何か変なものがあった気がする」とも話しています。

ベッテルについては「僕らはいつもいい関係だった」と振り返りました。

Q7. お酒やアイスクリームの話は本当?

どちらも本当です。2009年のマレーシアGPでは、雨の中断中にアイスクリームを食べるライコネンの姿が世界中に映りました。

お酒の話は本人も隠していません。公認の伝記には、2012年のバーレーンGPとスペインGPの間に16日間飲み続けた話があり、本人は「あの16日間のことはよく覚えていない。半分は人に教えてもらった」と語っています。

2019年にはF1公式のポッドキャストで、レースとレースの間を好きに過ごしていた時のほうが、いい走りをしたことが多いと話しました。

Q8. 「時速300キロの気分は普通」「いちばん退屈なのは今」は本当に言った言葉?

どちらも、いつどの取材で言ったのかが分かりません。日本のブログや英語のまとめ記事に同じ話はありますが、本人が話した場が見つからないので、本当に言ったとは確かめられません。

近い言葉なら本人の記録にあります。F1に戻った気分を聞かれた2012年の「とても普通だよ。車も同じ、人も同じ、同じ話だ」という答えと、2021年に話した「僕らがやっていることは、とても普通のことだよ」という言葉です。

商品やサービスを紹介いたします記事の内容は、必ずしもそれらの効能・効果を保証するものではございません。
商品やサービスのご購入・ご利用に関して、当メディア運営者は一切の責任を負いません。

Follow Us
公式SNS
x logo facebook logo youtube logo
Search
サイト内検索