カイリー・アービングの名言30選!NBA優勝やコービーへの思いを英語で解説
2016年のNBAファイナル第7戦で、勝ち越しの3ポイントを沈めたカイリー・アービングの名言です。師と仰いだコービーへの思い、レブロンへの謝罪の電話、大けがから597日ぶりに公式戦へ戻った夜の言葉まで、カイリー・アービングの名言を英語の原文と言った場面つきで読めます。
Writer
公式ライター Activel編集部
カイリー・アービングは、相手を次々に抜き去るドリブルで NBA を沸かせてきたガードです。4歳で母を亡くし、書類の母親の欄を空けたまま出さなければならなかった少年は、家の前でひたすら技を磨きました。24歳で迎えた2016年のファイナル第7戦では、優勝を決める3ポイントを沈めています。その翌年には自分からトレードを求めてレブロンのもとを離れ、セルティックス、ネッツ、マーベリックスとチームを移りながら、師と仰いだコービーの死や大けがも経験しています。レブロンに電話して謝った話から、597日ぶりに公式戦へ戻った夜の言葉まで、カイリー・アービングの名言を語った場面と一緒に読むと、彼がどんな思いでコートに立ってきたのかが見えてきます。
カイリー・アービングのプロフィール
オーストラリアのメルボルンで生まれ、アメリカのニュージャージー州で育ったカイリー・アービングは、デューク大学から2011年のドラフト全体1位でキャバリアーズに入り、セルティックス、ネッツを経て、今はダラス・マーベリックスでプレーしています。
基本プロフィール
オーストラリアとアメリカの両方の国籍を持ち、アメリカ代表として2016年のリオ五輪で金メダルを取りました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | カイリー・アービング |
| 英語のつづり | Kyrie Irving |
| 生年月日 | 1992年3月23日 |
| 生まれ | オーストラリア・メルボルン |
| 育ち | アメリカ・ニュージャージー州 |
| 身長 | 188cm |
| ポジション | ガード |
| 所属 | キャバリアーズ→セルティックス→ネッツ→マーベリックス |
| 主なタイトル | 2016年 NBA 優勝・2011-12 新人王 |
オールスターには9回選ばれ、2014年はオールスターゲームの MVP に輝きました。同じ年にスペインで開かれた FIBA ワールドカップでも、アメリカ代表の優勝に貢献して大会 MVP に選ばれています。
生い立ち・オーストラリア生まれと父の背中
カイリーは1992年、父ドレデリックがプロとしてプレーしていたオーストラリアのメルボルンで生まれました。父はボストン大学で活躍した選手で、大学で付けた背番号11は永久欠番になっています。一家はやがてアメリカに戻り、カイリーはニュージャージー州ウェストオレンジで育ちました。
1996年9月9日、カイリーが4歳の時に、母エリザベスが29歳で亡くなります。それからは父が、カイリーと姉を一人で育てました。のちにナイキから出た、自分の名前の付いた最初のシューズには、母の名前と、亡くなった日を表す 9-9-96 の数字を入れています。
家の前のドライブウェイ(道路から車庫まで続く、車を止める場所)で、動画で見た技を夜通し試していた少年は、セント・パトリック高校を経てデューク大学に進みました。大学ではつま先のけがで11試合にしか出られませんでしたが、1年で NBA へ進むと決めました。
キャバリアーズからマーベリックスまでのキャリアの歩み
2011年にキャバリアーズに入ったカイリーは、1年目に新人王を取りました。2014年にレブロン・ジェームズがチームに戻ってくると、2016年には2人でクリーブランドに初めての優勝をもたらします。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2011年6月 | ドラフト全体1位でキャバリアーズへ |
| 2012年5月 | 新人王 |
| 2016年6月 | NBA 優勝 |
| 2017年8月 | セルティックスへ移籍 |
| 2019年7月 | ネッツへ移籍 |
| 2023年2月 | マーベリックスへ移籍 |
| 2024年6月 | NBA ファイナルで準優勝 |
| 2025年3月 | 左ひざの前十字じん帯を断裂 |
| 2026年10月 | 597日ぶりに公式戦へ復帰 |
2017年2月には、ポッドキャストで地球は平らだと話して騒ぎになり、翌年に理科の先生たちへ向けて謝っています。同じ年の夏、カイリーは自分からトレードを求めてキャバリアーズを離れました。ネッツ時代の2021-22シーズンは、新型コロナのワクチンを打っていなかったため、ニューヨーク市の決まりで本拠地の試合に出られない時期がありました。2022年11月には、反ユダヤ的な内容を含む映画を SNS で紹介した件をめぐってチームから出場停止の処分を受け、8試合を欠場しています。
座右の銘
カイリーの座右の銘に近いのは、父がいつも言っていた言葉です。2017年5月のセルティックス戦の後の会見で、カイリーは「シュートが入らなければ、どんな動きにも意味はない。500万ドルの動きをしても、仕上げが1セントなら、誰も気にしない」と話しました。英語での言い方は「You can have a $5 million move, but if you have a one-cent finish, then who cares.」でした。「これが座右の銘だ」と本人が名指しした言葉は、会見や SNS では見当たりません。セルティックスに移った後には、ブラッド・スティーブンス監督から聞いた「比べることは喜びを奪う」を、今まで聞いた中で最も深い言葉のひとつだと、ラジオ番組で語りました。
カイリー・アービングの名言30選

カイリー・アービングの名言は、キャバリアーズ、セルティックス、ネッツ、マーベリックスとチームを移りながら迎えた、キャリアの分かれ目ごとに生まれてきました。優勝を決めた第7戦で頭にあったのはマンバ・メンタリティで、若かった自分のふるまいをレブロンに電話で謝り、コービーを亡くした夜には恩人への思いを語っています。そして2026年10月、597日ぶりに公式戦へ戻った夜には、NBA の試合に帰ってきた喜びを口にしました。
デューク大学とキャバリアーズ時代の名言(2016年の優勝まで)
デューク大学でつま先のけがに苦しんだ1年を経て、カイリーは19歳でキャバリアーズに入りました。1年目に新人王、2014年にはオールスターとワールドカップで MVP に選ばれました。その年の夏にレブロンがチームに戻り、2016年のファイナル第7戦で、カイリーは優勝を決める3ポイントを沈めています。そのシュートの前に頭にあったのは、コービー・ブライアントの愛称マンバから取ったマンバ・メンタリティでした。
01「正直、レブロンの代わりになるつもりはないんだ。カイリー・アービングでいて、クリーブランドのためにできるかぎり力になりたい」
“I’m really not looking to replace LeBron honestly, just try to be Kyrie Irving and just contribute to the Cleveland organization as much as I can.”
— 2011年6月23日、NBA ドラフトでキャバリアーズから全体1位で指名された夜の会見で
02「もっと望めと言ってくれたのは、父なんだ。満足するなと言ってくれたのも、父だった」
“My father is the one who told me to want more. My father is the one who told me not to settle.”
— 2012年2月、新人として迎えたオールスターのころ、父との歩みを語った取材で
03「この賞は僕たちのものだよ。家に持って帰って、暖炉の上に飾ろう。点滅するライトもつけて、家じゅうが光るようにね」
“This award is for us,” … “We’re bringing it back home and we’re going to put it right on the mantle and we’re going to put some flashing lights on it so it shines throughout the whole entire house.”
— 2012年5月15日、新人王の受賞会見で、壇上から客席の父に向けて
04「僕は、いい時に浮かれすぎず、悪い時に沈みすぎないようにしている。すごい成果だし、何よりこれをクリーブランドに持って帰れるのがうれしい。それがいちばん大事なことなんだ」
“For me I try not to get too high or too low. It’s a great accomplishment, especially bringing this back to Cleveland. That’s the most important thing.”
— 2014年2月16日、オールスターゲームで MVP に選ばれた試合の後の会見で
05「これは今までの人生で、ずば抜けていちばん大きな成果だ。人生で最高の瞬間のひとつ。この先ずっと兄弟と呼べる仲間たちと、一緒に成し遂げたんだ。自分より大きなものの一部になるんだよ」
“This is by far the biggest accomplishment in my life so far. This is one of the greatest moments in my life. I did this with guys I can call my brothers for the rest of my life,” … “You’re part of something bigger than yourself.”
— 2014年9月14日、FIBA ワールドカップ(スペイン)の決勝でセルビアを破り、大会 MVP に選ばれた後に
06「家の前のドライブウェイにいたころのことを覚えている。この話は何度もしてきたけど、本当に特別なことは何もしていない。ただ繰り返すだけなんだ。僕は、プレーに創造性を持ちこむことを信じている。みんなが怖がってやらないことで、観る人をわくわくさせる。僕はそれをやるつもりなんだ」
“I remember just being in my driveway, and I’ve told this story plenty of times, literally, I don’t do anything that’s out of the ordinary, it’s just repetition.” … “I believe in having creativity in the game and bringing excitement to what everyone kind of is afraid to do, I’m willing to do it.”
— 2015年6月3日、NBA ファイナル第1戦の前日、ドリブルの秘けつを聞かれて
07「あとは、自分でどうにかできることだけをやる。自分を信じ、自分のプレーを信じ、積み重ねてきた準備を信じる。そうして出た結果を、受け止めるんだ」
“Now you just control what you can control, and you go on with that mindset that you just trust yourself, you trust your game, you trust your preparation, and you live with the results after that.”
— 2016年6月16日、NBA ファイナル第6戦に勝ち、1勝3敗から3勝3敗に追いついた夜の会見で
08「頭の奥で考えていたのは、マンバ・メンタリティ。ただマンバ・メンタリティ。それだけだった」
“All I was thinking in the back of my mind was Mamba mentality, just Mamba mentality. That’s all I was thinking.”
— 2016年6月19日、NBA ファイナル第7戦でウォリアーズを破り、優勝した夜の会見で
09「どの段階も、飛ばすことはできない。それが、僕が分かるようになったことのひとつ。若い選手は、何でも今すぐ起きてほしいと思うものだから」
“You can’t skip any steps. And that was one thing that I came to understand, because as a young player you want everything to happen right now.”
— 2017年6月12日、NBA ファイナルでウォリアーズに敗れた夜の会見で、レブロンと過ごした3年間を振り返って
セルティックス時代の名言(レブロンへの電話)
2017年の夏、カイリーは自分からトレードを求め、レブロンのいるキャバリアーズを離れてセルティックスに移りました。チームの中心として迎えられたボストン時代には、母の出身の部族から名前を授かりました。2019年1月には、若かった頃の自分のふるまいを謝るために、レブロンへ電話をかけています。電話を受けたレブロンが自分の歩みをどう語ってきたかは、レブロン・ジェームズの名言にあります。
10「一人でチーム全体を背負う、なんてことが本当にあるかな。僕はないと思う。チームはいろんな歯車で動いていて、僕らはそれを頼りにしなきゃいけない。毎日、お互いのいちばん良いところを引き出すのが僕らの仕事だ。一人の選手なんていない。記憶に残るのは、選手よりもチームのほうだと思う」
“Is there ever such thing as one person carrying a whole team? I don’t think so,” … “We have to depend on those moving parts. It’s our job to bring the best out of one another every single day. There is no one player. I think the team gets remembered more than the player.”
— 2017年9月1日、ゴードン・ヘイワードと並んだセルティックスの入団会見で
11「いちばん大事なのは、バスケをしながら、自分についてどれだけ学んできたか。そして、どれだけバスケを愛しているかなんだ」
“I think the most important thing is how much I’ve learned about myself through playing basketball. And how much I love it.”
— 2018年6月、主演した映画『アンクル・ドリュー』の公開前のインタビューで、映画はバスケへのラブレターのようだと言われて
12「母は亡くなったけれど、スタンディングロックのように力強く、力をくれる家族を残してくれていた。(中略)その一員になれた今、これは一生の家族なんだ」
“Knowing my mom passed and left me such a powerful, empowering family such as Standing Rock … to be a part of it now, this is family for life.”
— 2018年8月23日、母の出身のスタンディングロック・スー族から、ラコタ語の名前を授かった儀式で
13「理科の先生たちへ。『カリキュラムを全部教え直さなきゃいけなくなったんだぞ』と言いに来るみなさん、ごめんなさい。謝ります。本当に、謝ります」
“To all the science teachers, everybody coming up to me like, ‘You know I’ve got to reteach my whole curriculum?’ I’m sorry,” … “I apologize. I apologize.”
— 2018年10月1日、経済誌フォーブスが30歳未満の若い人たちを集めてボストンで開いたイベント(Forbes Under 30 Summit)の壇上で
14「みんながまた僕を迎えてくれるなら、ここで契約を延ばすつもりだよ」
“If you guys will have me back, I plan on re-signing here,”
— 2018年10月4日、セルティックスの本拠地 TD ガーデンに集まったシーズンチケットを持つファンの前で、マイクを握って
15「レブロンに電話して、謝らなきゃいけなかった。何でもすぐ手に入れたがっていた、あの若い頃の自分のことをね。チームを優勝に導く男になりたかった。リーダーになりたかった。全部になりたかったんだ」
“I had to call ‘Bron, and tell him I apologize for being that young player that wanted everything at his fingertips,” … “I wanted to be the guy that led us to a championship. I wanted to be the leader. I wanted to be all that.”
— 2019年1月16日、ラプターズ戦の後の取材で
ネッツ時代の名言(コービーの死と渡邊雄太)
2019年、カイリーは育ったニュージャージーのすぐ近く、ブルックリンのネッツに移りました。翌年1月には師と仰いだコービー・ブライアントがヘリコプターの事故で亡くなり、その後のカイリーの名言にはコービーへの思いがあふれています。2022-23シーズンには渡邊雄太とチームメイトになりました。コービー本人が語った言葉はコービー・ブライアントの名言に、カイリーが世界一のシューターとたたえた渡邊雄太の言葉は渡邊雄太の名言にあります。
16「心の中では、ずっと地元でプレーしたいと分かっていた。ふるさとは、僕の心がある場所。ずっとそこにあったんだ」
“In my heart, I knew I always wanted to play at home,” … “And home is where my heart is. It’s always been there.”
— 2019年7月1日、ネッツ入りをファンに伝えた本人のインスタグラムの動画で
17「僕らの関係は、バスケよりずっと深いものだった」
“Our relationship was so much deeper than basketball,”
— 2020年1月29日、コービー・ブライアントが亡くなって3日後、ピストンズ戦の後の取材で
18「いちばん美しいのは、それが僕たちみんなをつないでいること。彼が僕たち一人ひとりにまいた種は育ち続けていて、彼が残したものは、この先もずっと生き続ける。あの人は哲学者で、先生だった。僕たちがたどっていけるものを、ここにたくさん残してくれた。僕は、そのたいまつを掲げて進み続けるよ」
“I think the most beautiful thing is that it’s connecting all of us and these seeds that he’s planted in all of us continue to grow and his legacy is going to live on forever, obviously,” … “But that man was a philosopher, he was a teacher, he left so many great things here for us to follow, and I’m just going to continue to carry the torch.”
— 2020年1月29日、コービーが亡くなって3日後、ピストンズ戦の後の取材で
19「止まるわけにはいかなかった。コービーの心、マンバの心でね」
“I had to keep it going,” … “Kobe mentality and Mamba mentality.”
— 2020年1月31日、コービーの死から5日後、ブルズ戦で54得点した試合の直後に、コートの上のインタビューで
20「創造的に、芸術的に自分を表現するもの。それがバスケなんだ。プレーしている時の僕は、瞑想しているような状態にいる。そうなると、いいプレーをしていても悪いプレーをしていても、僕に届くものはほとんどない。コートは、僕にとって本当に神聖な場所なんだ」
“When I express myself creatively, artistically — that’s basketball. I’m in a meditative state when I’m out there playing. I feel like there isn’t much that could get to me when I’m in that mode, whether I’m playing well or I’m playing bad, it’s such a sacred place for me.”
— 2020年9月29日に配信された、ケビン・デュラントのポッドキャストの第1回で
21「彼は今、世界一のシューターだよ。数字がそれを証明している。世界最高のリーグで、今いちばんのシューターなんだ」
“He’s the best shooter in the world right now. Stats prove it right now. He’s the best shooter in the best league in the world right now.”
— 2022年11月23日、敵地トロントでのラプターズ戦の夜に、チームメイトの渡邊雄太について
22「ああいう場面で、ただ偉大でいたいんだ。僕は成功したより、失敗したほうが多い。昔シュートを外したことは、好きに言えばいい。でも、前に出て決めた1本。覚えておきたいのは、そういう1本なんだ」
“I just want to be great in those situations. And I’ve failed more than I’ve succeeded. So you can say anything you want about me not hitting shots in the past, but the one time when you step up and make it, those are the ones you want to remember.”
— 2022年12月16日、敵地トロントでのラプターズ戦で、キャリア初のブザービーター(試合終了と同時の逆転の3ポイント)を決めた後の取材で
23「ネッツのファン、応援してくれたみんな、コートの中でも外でもくれた愛をありがとう。子どもの頃の夢を、みんなと一緒に生きられたことに、ずっと感謝し続ける。僕と家族からの愛は、これからもずっと変わらない」
“Thank you NetsWorld fans and supporters for the Love on and off the court. I will forever be grateful I got to live out my dream I had as a Kid with y’all. It will always be Love from me and my family.”
— 2023年2月6日、マーベリックスへのトレードが決まった直後、本人の X への投稿で
マーベリックス時代の名言(ファイナルと大けがからの復帰)
2023年2月、カイリー・アービングはマーベリックスに移り、2024年にはルカ・ドンチッチとともに、キャバリアーズ時代の2017年以来、7年ぶりのファイナルに進みました。2025年3月には左ひざの前十字じん帯を断裂しましたが、倒れた後も、もらったフリースロー2本を自分で決めてからコートを離れています。そこから597日をかけて、カイリーは公式戦に戻ってきました。
24「僕はもう、NBA を夢見る子どもじゃない。ここで夢を見ていたいわけじゃないんだ。勝ちたい。毎日、偉大さを体現している仲間と一緒に勝ちたい」
“I’m not a kid with an NBA dream anymore. I don’t want to dream in this space. I want to win and win with guys that exemplify greatness every single day.”
— 2023年2月7日、マーベリックスに移って最初の練習の後の取材で
25「長い7年だった。でも、自分にごほうびをあげるには、ちょうどいい長さだった気もする。コートが金色に変わる時に備えないとね。僕はそう呼んでいるんだ。シューズが金色に、ユニフォームが金色に変わる。子どもの頃に夢見るのは、それなんだ。ファイナルに出て、世界じゅうが見ている前で、最高の相手と戦うこと」
“It has been seven long years, but it has also felt like the right amount of time in order to reward myself,” … “We have to get ready for that court turning gold, as I like to say. The shoes turn gold. The jerseys turn gold. As a kid, that is what you dream of. Getting to the Finals and playing against the best of the best as the whole world is watching.”
— 2024年5月30日、ティンバーウルブズを破り、7年ぶりの NBA ファイナル進出を決めた試合の後に
26「ルカの言うとおりだし、僕もずっと言ってきた。失敗は、はかり知れないほど人を奮い立たせてくれるんだ」
“Luka’s right, and I’ve been saying it too, just failure, it can inspire you beyond measure.”
— 2024年6月17日、NBA ファイナル第5戦でセルティックスに敗れ、優勝を逃した夜の会見で
27「必ず戻ってくる。もっと良くなって戻ってくる。これは物語の終わりじゃない。新しい章の始まりにすぎないんだ」
“I will be back and I will be better.” … “This is not the end of the story,” … “It’s just the beginning of a new chapter.”
— 2025年3月4日、左ひざの前十字じん帯を断裂した翌日、本人のインスタグラムのライブ配信で
28「来シーズン、もっと強くなって戻るのが楽しみだ。自分の中の信念と意欲は、大きくなるばかりだ。前十字じん帯を切った人、毎日好きなことをしていてけがをした人、すべての兄弟姉妹たちに、大きな声援を送りたい。勇気をくれて、ありがとう。恐れるな!」
“I am looking forward to coming back stronger next season. The belief and drive I have inside only grows.” … “And I wanted to send a huge shoutout to ALL of my brothers and sisters out there who’ve torn their ACL or gotten injured doing what they love to do every day,” … “THANK YOU for the inspiration. No fear!”
— 2026年2月18日、2025-26シーズンの残りを全休すると決め、チームを通して出した声明で
29「選手としてどこにいたいか。そして何より、一人の男としてどこにいたいか。どうすれば、もっといいリーダーに、もっと言葉で伝えられる人に、もっと感情を出して弱さも見せられる人になれるか。それに、やっと年相応にふるまうことも」
“On where I want to be as a player and most importantly where do I want to be as a man,” … “How can people look to me to be a better leader, a better communicator, be more emotional, vulnerable. And also taking the approach of acting like my age finally.”
— 2026年9月25日、復帰を控えたシーズン前のメディアデー(記者の取材を受ける日)で、けがで離れていた間に何を考えたかを聞かれて
30「人間らしい気持ちがこみ上げてきたんだ。ああ、僕は NBA の試合に戻ってきたんだ、って。本当に NBA の試合に、流れの中に戻ってきたんだと」
“Just the human element hit me, man. I was like, man, I’m back in the NBA game,” … “Like I’m really back in the NBA game, back into the flow of things.”
— 2026年10月21日、597日ぶりの公式戦となった敵地ヒューストンでの開幕戦の後の取材で
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