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那須川天心の名言50選!関係ないっしょ気持ちっしょの元ネタや人生の語録を解説

那須川天心の名言50選!関係ないっしょ気持ちっしょの元ネタや人生の語録を解説

「関係ないっしょ、気持ちっしょ」は、弱音を吐く友達に那須川天心が返していた名言です。キックボクシングで一度も負けなかった那須川天心は、ボクシングで井上拓真に初めて敗れた翌朝も「負けたからなんだ」と書きました。迷った時や負けた後に背中を押してくれる、那須川天心の名言50選です。

2026.10.25 | 格闘技

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公式ライター
Activel編集部

那須川天心は、キックボクシングでプロになってから一度も負けず、42戦全勝のままボクシングに移りました。弱音を吐く友達にいつも返していた「関係ないっしょ、気持ちっしょ」は、のちに自分の個展やラジオ番組の名前にもなっています。ボクシングでは井上拓真に2度敗れましたが、2026年10月には「ボクシングをやめて、今後は拳闘をしようと思います」と、判定に任せず倒しにいく戦い方への切り替えを宣言しました。父との特訓を振り返った言葉や、武尊に勝った夜の言葉、初めて負けた翌朝に書いた言葉まで、那須川天心の名言を、それが生まれた場面と一緒にたどっていきましょう。

那須川天心のプロフィール

那須川天心は、千葉県松戸市出身の格闘家です。5歳で空手を始め、16歳で RISE のバンタム級王者になり、キックボクシングではプロで一度も負けないまま42戦42勝を挙げました。2023年からはボクシングで戦い、2025年と2026年に井上拓真との世界戦に敗れています。

基本プロフィール

ボクシングの2敗は、どちらも井上拓真との世界戦です。

項目 内容
生年月日 1998年8月18日
出身地 千葉県松戸市
身長 165cm
構え サウスポー
ニックネーム 神童
キックボクシング 42戦42勝(28KO)
ボクシング 10戦8勝(3KO)2敗
キックのタイトル RISE バンタム級・RISE 世界フェザー級
ボクシングのタイトル WBO アジアパシフィック・バンタム級
ボクシングの所属 帝拳ジム

生い立ち・幼少期

那須川天心は5歳の時、父の弘幸さんに言われて、近所の極真空手の道場に通い始めました。自伝では、最初は道場から逃げ出していたと振り返っています。それでも父との練習を毎日続け、体重が倍もある同い年のライバルに勝つために、ステップを使って「当てさせずに、当てる」戦い方を身につけました。2009年、小学5年で極真空手のジュニアの世界大会で優勝し、同じ頃にテレビで見た K-1 WORLD MAX で、キックボクシングの華やかな舞台に心を動かされました。

キックボクシングからボクシングへ、2026年の「拳闘」までの歩み

那須川天心のキックボクシングのデビューから2026年の会見までの歩みと、主な名言が生まれた年をまとめた年表

那須川天心は、キックボクシングの団体 RISE を主な舞台に戦いながら、総合格闘技などの大会 RIZIN でも、総合格闘技やメイウェザーとの試合に出ました。キックボクシングの42戦に総合格闘技などの5戦を合わせると、ボクシングに移る前の戦績は47戦47勝です。

  • 2014年7月: 15歳で RISE でプロデビュー
  • 2015年5月: 16歳で RISE バンタム級王者
  • 2018年6月: 初代 RISE 世界フェザー級王者
  • 2018年12月: RIZIN でメイウェザーとエキシビションマッチ(1回 TKO 負け・戦績には入らない)
  • 2021年4月: ボクシングへの転向を発表
  • 2022年6月: キックの最後の試合で武尊に判定勝ち
  • 2023年4月: ボクシングでデビュー
  • 2024年10月: WBO アジアパシフィック・バンタム級王者
  • 2025年11月: 井上拓真との WBC 世界バンタム級王座決定戦で判定負け
  • 2026年4月: WBC の挑戦者決定戦でファン・フランシスコ・エストラーダに TKO 勝ち
  • 2026年9月: 井上拓真との再戦で判定負け
  • 2026年10月: 自分で開いた会見で、倒しにいく「拳闘」への切り替えを宣言

年表の TKO(テクニカルノックアウト)は、レフェリーなどが試合を止めて決まる勝ち負けです。ボクシングに移る前の47連勝にボクシングでの7連勝が続いて54連勝になりましたが、2025年11月の初めての負けで止まりました。2026年10月の会見の時点で WBC 世界バンタム級ランキングは3位で、次の試合に向けて、もう体を動かし始めています。那須川天心の体を作ってきた練習と食事は、那須川天心の筋肉とトレーニングの記事で詳しく紹介しています。

座右の銘

座右の銘に近いのは、那須川天心が大事にしている次の2つの言葉です。本人が「座右の銘」として挙げた言葉は、発信やインタビューの中には見つかりませんでした。

  • 名前に込められた「天に心を持て」(父の弘幸さんが付けた名前の意味)
  • 口癖の「関係ないっしょ、気持ちっしょ」(友達に返していた言葉)

「天心」という名前は、父の弘幸さんが付けました。19歳で出した自伝『覚醒』によると、「天に心を持て」という意味で、天のような大きな心を持ち、感謝の気持ちを忘れない人間になってほしいという思いが込められているそうです。那須川天心の座右の銘にいちばん近いのは、この名前に込められた「天に心を持て」です。

那須川天心の名言50選

那須川天心の名言には、口癖の「関係ないっしょ、気持ちっしょ」のほか、対戦相手が見つからなかったキックボクシングの時代に武尊へ呼びかけた言葉や、ボクシングで初めて負けた後の言葉、人生を「実験」と呼んだ言葉があります。負けを知らなかった頃の言葉と、負けを知った後の言葉を並べて読むと、同じ人がどう前を向いてきたかが見えてきます。

「関係ないっしょ、気持ちっしょ」の元ネタと使われ方

「関係ないっしょ、気持ちっしょ」の元ネタは、本人によると、「もうダメかもしれない」と言う友達に返していた言葉です。2024年4月の X では「ふざけてると思いましたよね?けどちゃんと意味があって言ってたんです」と書き、この言葉を名前にした個展を東京・大阪・福岡・名古屋で開きました(TEAM TENSHIN 公式の告知)。2025年4月に始まった本人のラジオ番組「那須川天心のかんきもラジオ」の「かんきも」も、この言葉の略です。いつ最初に言ったのかは、本人は話していません。

01「関係ないっしょ 気持ちっしょ」

— 2023年7月26日、本人の X で、この言葉だけを投稿

02「友達が何かの話で、いやもうダメかもしれないとか言ってくるんで、いやいや『関係ないっしょ気持ちっしょ』とずっと口にしていたら、それすごくいい言葉みたいに返されて。確かに、最終的には自分の気持ちが大切だよなってあらためて思ったというか。」

— 2024年のインタビューで、口癖が生まれたきっかけを聞かれて

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発言時期: 2024年10月に配信されたインタビュー(7月にボクシングで初めて KO で勝った後の取材)

発言状況: 友達に返していた言葉を、いろいろな所で答えに使っていたら広まり、学校の体育祭のスローガンにまでなったそうです。言葉だけが先に広まったので、「『関係ないっしょ気持ちっしょ』になるには、極意がありますよってことで個展をやろうかなって考えたんです」と話し、2024年5月の東京から個展を始めました。会場には「ナントカナルサ」「ユルセルツヨサ」などカタカナにした言葉や、「気持ち」と名付けた空のガラスケースが並び、東京・大阪とも連日1000人ほどが来場しました。

03「ダサくても関係ないっしょ、気持ちっしょ」

— 2025年2月、ジェーソン・モロニーとの試合の前の公開練習で、髪形について

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発言時期: 2025年2月12日(帝拳ジムでの公開練習)

発言状況: 2月24日に有明アリーナで元 WBO 世界王者のジェーソン・モロニーと戦う前の公開練習に、襟足だけを長く伸ばしたマレットヘアで現れました。髪形の理由を聞かれて「なんでこれやっているかというと『世界で一番ダサい髪形』と言われているんですよ。逆を行ってやろうと」と答え、最後をこの決めゼリフで締めています。モロニーとの試合は判定で勝ちました。

空手からキックボクシング時代、武尊戦までの名言

空手の道場から逃げ出していた子どもは、父との特訓で強くなり、15歳でキックボクシングのプロになりました。この時代の言葉には、父との日々を振り返った自伝の言葉や、メイウェザーに敗れた夜の「心には一生のこる」、対戦が決まらない武尊に「逃げも隠れもしない」と呼びかけた言葉があります。武尊に勝った夜には「ずっとさみしかった」と、相手のいなかった年月を振り返りました。

04「僕は『やらされること』が本当に嫌で、自分で選んで納得しないとやりたくないのは、昔からなのかもしれない。」

— 2017年12月に出した自伝『覚醒』で、5歳で空手を始めた頃を振り返って

05「僕がキックボクシングに魅かれたのは『華』があるからだった。」

— 同じ自伝で、小学5年でテレビの K-1 WORLD MAX を見た時を振り返って

06「どんなスポーツや仕事でも、正しい方法で何年も休まず努力をしていたら、いつか結果はついてくるのではないだろうか。」

— 同じ自伝で、神童と言われることについて

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発言時期: 2017年12月6日発売の自伝『覚醒』(19歳の時の本)

発言状況: この一文の前で、キックボクサーとして「神童」「天才」と言われることがあっても、自分では全くそう思っていない、そもそも神童の意味がよくわかっていなかったと打ち明けています。現実は小さい頃から毎日練習をしているだけで、自分にすごいと言ってもらえる所があるとしたら、14年間練習を続けてきたことだ、と続けています。

出典: 『覚醒』の出版社の試し読み

07「でも僕は、もう一度生まれ変わったとしても、また僕に生まれてきたいと思っている。」

— 同じ自伝で、父との特訓の日々を振り返って

08「ロッタン選手本当に強くて、試合に勝って勝負に負けたなと思いました、すみません」

— 2018年6月、初代 RISE 世界フェザー級王者になった試合の後に

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発言時期: 2018年6月17日(RISE 125・幕張メッセ)

発言状況: タイのロッタン・ジットムアンノンとの王座決定戦は、延長ラウンドまでもつれた末の判定勝ちでした。ベルトを手にしたリングの上で、涙を流しながら「応援してくれたみなさん、本当にありがとうございました」と話し、この言葉を続けています。

09「人に心を伝えるのは難しいことです。明日、人に何かを伝えられる様な試合をしたいです」

— 2018年12月30日、メイウェザー戦の前日の Instagram で

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発言時期: 2018年12月30日(試合の前日)

発言状況: 大みそかの RIZIN.14(さいたまスーパーアリーナ)で、フロイド・メイウェザーとボクシングルールでのエキシビションマッチを控え、メイウェザーと向かい合う写真と一緒に投稿しました。投稿は「人生を賭けて全てをリングで出し切ることが皆さんへの恩返しです」と続き、「生き様を観て下さい。やるぞ。」で終わります。

10「エキシビションマッチなので、負けとはならないですけど。心には一生のこる。その気持ちを忘れずにこれからも頑張っていきたいと思っています」

— 2018年12月31日、メイウェザーに敗れた後の会見で

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発言時期: 2018年12月31日(RIZIN.14 の試合の後)

発言状況: 試合は1回2分19秒の TKO 負けでした。メイウェザーから「戦績には残らないから君は無敗のチャンピオンのままだ」と言われたことを受けて、この言葉を話しています。試合の相手だったメイウェザー本人の言葉は、フロイド・メイウェザーの名言にあります。

11「収穫はメイウェザー選手の技を盗めたかなと思います。やられたことは絶対忘れないんで、それを全部吸収して他の選手にやってやろうと思っています」

— 同じ日の会見で

12「なんとかなるさ 良い言葉ですよね、適当で自分次第な言葉 言葉の力、言霊は凄いと自分は思っています。」

— 2019年3月9日、本人の X で、メイウェザー戦の後の最初の試合の前日に

13「みなさんの声に応えるのが選手だと思いませんか。ボクは逃げも隠れもしない。」

— 2019年9月、RISE のトーナメントで優勝したリングの上で、武尊と K-1 の陣営に

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発言時期: 2019年9月16日(RISE WORLD SERIES 2019・幕張メッセ)

発言状況: 58kg級トーナメントの決勝で志朗に判定勝ちし、優勝賞金1000万円を手にした後のマイクです。「武尊選手、そしてK-1の陣営に言いたいことがあります」と切り出し、この言葉の後に「SNSに書き込んだりするなら、さっさと正式に話を下さい」と続けました。団体の違う武尊との試合は、この時はまだ決まっていません。

14「格闘技って、やればやるだけ強くなりますし。やらなきゃやらないで弱くなりますし。自分が常に強くなっているってわかるから、モチベーションは下がらないですね。」

— 2020年9月、プロレスラーの清宮海斗さんとの対談で、連勝を続けても気持ちが落ちない理由を聞かれて

15「試合は練習の成果を出す場所というだけで、対戦相手が誰でも自分の気持ちは変わりません。」

— 2020年10月のインタビューで、海外の選手を呼べなかったコロナ禍の時期に

16「だって5歳から始めて、もう17年もやってるんですよ。ヤバくないですか?」

— 同じインタビューで、何歳まで戦いたいかを聞かれて

17「これは僕から始めた戦い。絶対に勝ちます」

— 2021年の大みそか、RIZIN.33 のリングで武尊に声をかけられて

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発言時期: 2021年12月31日(RIZIN.33)

発言状況: 翌年6月の対戦が決まった武尊がリングに上がり、「6月は最高の果たし合いをしましょう」と言葉を向けてきたことへの返事です。那須川天心は2015年8月、16歳でトーナメントを制した後に「K-1の武尊選手、かかってこいやって感じですね」と話し、自分から武尊との対戦を口にしていました。

18「僕が昔のK−1に憧れてキックを始めたように、子どもたちが今回の試合を見て『格闘技をやってみようかな』ってなってくれたらうれしいじゃないですか。かつて僕が与えられたものを、次は僕が残していくべきなのかなと思ったんです」

— 2022年6月、武尊戦の前のインタビューで、試合を受けた理由を聞かれて

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発言時期: 2022年6月17日に公開されたインタビュー(試合の2日前)

発言状況: 武尊との試合を「やる!」と決めたのは、今後の格闘技のためというより、未来のある子どもたちのためだったと話し、「僕、子どもが大好きなんですよ」と続けた後の言葉です。団体の違う2人の試合は、那須川天心が16歳で対戦を口にしてから7年たって、東京ドームで実現しました。

19「今日勝って初めて自分で強いと思えました」

— 2022年6月19日、東京ドームで武尊に判定で勝った後に

20「ずっとさみしかった。やっと出会えたというか、この人に勝てば強いと認められると。戦わないで引退するのはマジで心残りがあった」

— 同じ日の試合の後、対戦相手が見つからなかった時期を振り返って

21「いろいろあったけど、最高のプレゼント渡せたと思う。最高の親孝行ができたと思う」

— 父の日だった同じ日、父の弘幸さんと抱き合って

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発言時期: 2022年6月19日(THE MATCH 2022・東京ドーム)

発言状況: 武尊に判定で勝った後、5歳の頃から指導を受けてきた父の弘幸さんに声をかけ、抱き合って話した言葉です。この試合に向けて、父とのマンツーマンの練習を復活させていたと、試合の前のインタビューで話していました。

22「武尊選手 ありがとうございました。 感謝しかないです 格闘技が大好きです みんな本当にありがとう。」

— 2022年6月20日の0時すぎ、武尊戦を終えた夜の本人の X で

23「みんなが納得する形で、日本で最強をやっと証明できたので、自信を持ってキックボクシングを終われる。僕の第一章は終わり」

— 武尊戦の翌日の会見で

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発言時期: 2022年6月20日(都内での一夜明け会見)

発言状況: 前の晩の東京ドームの試合を最後に、キックボクシングから離れることを決めていました。同じ会見で、ボクシングでの目標を聞かれると「チャンピオンになる。そこに向かっていくのは確か。僕の新たな挑戦」と答えました。

ボクシングに転向してから、井上拓真戦と「拳闘」までの名言

2023年4月にボクシングでデビューした那須川天心は、7連勝のあと、2025年11月に井上拓真に敗れてプロで初めて負けました。ボクシングを続けるかを聞かれると「こんなことで辞めないっすよ」と答え、2026年4月の再起戦で勝った夜には「勝つってこんな嬉しいんですね」と話しています。2026年9月の再戦にも敗れた後は、自分で開いた会見で、判定に任せず倒しにいく「拳闘」への切り替えを語りました。

24「第2章を皆で一緒に闘おう」

— 2023年1月15日、帝拳ジムでプロボクサーになる準備をしていると伝えた本人の X で

25「新人」

— 2023年2月4日、プロボクサーの新人テストの申込書の写真と一緒に、本人の X で

26「今回のこの試合はボクシングからの果し状だと思っています。しっかりと僕が勝って証明して、尊敬や覚悟を持ってボクシングと戦いたいと思っています。」

— 2023年2月、ボクシングのデビュー戦が決まった会見で

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発言時期: 2023年2月13日(都内での記者会見)

発言状況: 4月8日に有明アリーナで与那覇勇気と戦うデビュー戦の発表の場で、「初めまして、那須川天心です」とあいさつしてから話した言葉です。同じ会見では、キックで無敗だったことは関係なく、自分をどこまで表現できるか、見ている人に生き様をどれだけ伝えられるかが大切だとも話しました。デビュー戦は判定で勝っています。

27「みなさんも何かしら戦っていると思うんです。毎日、誰にも見えないところで、できるところまでやる。それが本当に大事だと思います。」

— 2024年7月、ボクシングで初めて KO で勝った両国国技館のリングの上で

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発言時期: 2024年7月20日(ボクシングの4戦目)

発言状況: ジョナサン・ロドリゲスを3回1分49秒の TKO で倒し、ボクシングに移ってから初めて KO で勝った試合です。リングの上のマイクで観客に向けて話し、「僕も日々一生懸命にやっています。だから次、お互い強くなってまたここに応援に来てくれたらうれしいと思います」と続けました。

28「KOできないって言った人誰ですか?」

— 同じ試合の後、冗談めかして

29「大事な顔に傷つけやがって。顔で売ってるのに。」

— 2024年10月、ボクシングで初めてのタイトルを獲った試合の後に

30「ベルトが欲しいからやるじゃなくて強いからやる。ベルトがあれどなかれど強い。」

— 同じ日の会見で、日本人の世界王者と戦いたいかを聞かれて

31「モロニー選手俺を漢にしてくれてありがとう まだまだ強くなりたいです」

— 2025年2月24日、元世界王者のジェーソン・モロニーに判定で勝った夜の本人の X で

32「こっから始まるなみたいな感覚になりましたね。そうですね、そんな感じです。すごく人生おもろいなって思いましたね、率直に。」

— 2025年11月、井上拓真にプロで初めて負けた後のインタビューで

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発言時期: 2025年11月24日(TOYOTA ARENA TOKYO)

発言状況: WBC 世界バンタム級の王座決定戦で井上拓真に12回の判定で敗れ、15歳でプロになってから公式の試合で一度も負けていなかった記録が止まりました。判定を聞いた時の気持ちを問われての答えです。同じインタビューで「人生は実験なんで、それをしっかり次は成功させるだけかなとは思います」とも話しています。

33「こんなことで辞めないっすよ。一切ないです。ダサいじゃないですか、負けてやめますみたいな。やり続けますよ、それが自分の生き方だと思いますから。」

— 同じインタビューで、ボクシングを続けるかを聞かれて

34「勝つってこんな嬉しいんですね」

— 2026年4月、ファン・フランシスコ・エストラーダに勝った再起戦の後に

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発言時期: 2026年4月11日(両国国技館)

発言状況: WBC 世界バンタム級の挑戦者決定戦は、9回が終わった所で試合が止められ、エストラーダに TKO で勝ちました。勝利者インタビューで涙を見せ、「いや、泣いてないよ。泣いてない」と打ち消した後に出たのが、この一言でした。「試合前からほんとうに初めてちょっと怖くて、自分が信じられない時期が結構あって」とも明かしています。

35「一番強くて、一番かっこよくて、一番面白い、そして一番見たい俺が俺のことを信じている。だから大丈夫」

— 2026年9月、井上拓真との再戦の2日前の会見で

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発言時期: 2026年9月25日(都内での会見)

発言状況: 自信の裏付けを聞かれ、しばらく黙った後に「まあ、俺が俺を信じているからです」と答えて、この言葉を続けました。翌日の計量の後、X に「一番強くて 一番カッコよくて 一番面白くて そして一番イタい俺が俺の事を信じているから大丈夫です」と投稿しました。

36「限界は感じていない。ダウンも取ったし、わからない。自分の中では負けた気がしていない。ボクシングで負けたって感じ。ポイントゲームで負けた。」

— 2026年9月27日、7回にダウンを奪いながら井上拓真との再戦に判定で敗れた後の取材で

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発言時期: 2026年9月27日(WBC 世界バンタム級タイトルマッチの後)

発言状況: 3人のジャッジ全員が井上拓真の勝ちとつけた判定でした。「負けた気がしていない」はネットで批判を受け、10月19日の会見で「ボクシングという競技に負けた、という発言をしたつもり」「僕は(負けを)1番認めている発言なのかなと思って言った」と説明しています。

37「戦いは終わっていません。あきらめない限り、戦いは続きます。僕は挑み続けます。負けたと言わない限り、勝っています」

— 2026年9月29日、出演を休んだ自分のラジオ番組に寄せたメッセージで

38「ボクシングをやめて、今後は拳闘をしようと思います。あらためて戦いというものが必要なんだと思いました。」

— 2026年10月19日、YouTube の企画として自分で開いた「非公式会見」で

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発言時期: 2026年10月19日(TEAM TENSHIN の YouTube の企画として都内で開いた会見)

発言状況: これからのテーマを聞かれての答えです。競技をやめる話ではなく、判定に任せず倒しにいく戦い方に変えるという意味だと説明し、「人の手に任せられないと思ったので、自分の手で決着をつける選手にならないといけないと。どんどん倒しにいける選手になっていきたい」と話しました。同じ会見で、今は「ゆっくり走ったり、シャドー(ボクシング)したりしています」と話しています。

39「まずはキックボクサー、ボクサー、総合格闘家の前に人間。人間・那須川天心としてキックボクシング、総合格闘技、ボクシングに挑戦しているというのがある。競技者の前に人間だから。」

— 同じ会見で、「ボクシングで負けた」の真意を聞かれて

人生と挑戦について語った名言

那須川天心は、人生を「挑戦の連続」や「実験」という言葉で語ってきました。2021年12月に出た那須川天心の語録『天心語録』には75の言葉が集められ、出版社の紹介には「強いからって別に偉いわけじゃない」が掲げられています。井上拓真に初めて負けた翌朝の X に書いた「負けたからなんだ」も、「人生実験です」という言葉で続いていました。

40「何かでつまずいたり 立ち直れなかったり いろんな事がある 人生だから」

— 2018年8月29日、本人の X で

41「挑戦って 人生を 楽しくさせてくれます」

— 2021年4月10日、ボクシングへの転向を発表した日の夜の本人の X で

42「人生は挑戦の連続だ 挑戦しなければ失敗は無いけど成功もない 挑戦のハードルは低くていい」

— 2021年12月25日、本人の X で

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発言時期: 2021年12月25日(武尊との試合が決まった翌日)

発言状況: 投稿は「挨拶をする とか 好きな子に思いを伝える とか なんでもいい」「毎日に刺激を持とう」と続き、「人生一回しか無いし 同じ日なんて来ないんだよ そう思ったらやるしかないよなぁ」で終わります。

出典: 本人の X 投稿(2021年12月25日)

43「夢は言葉にすると現実になりやすい。」

— 2021年9月、雑誌の取材で、夢を口にする少年マンガの主人公に共感すると話して

44「強いからって別に偉いわけじゃない」

— 2021年12月に出した本『天心語録』の紹介で、出版社が最初に掲げた言葉

45「失敗っていう言葉をつくった人が悪い(笑)。失敗しないと成功しないんだから。」

— 2024年のインタビューで、悩んでいる人に向けて

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発言時期: 2024年10月に配信されたインタビュー

発言状況: 悩んでいる人にかける言葉を聞かれ、SNS を生活の中心に置かず現実社会を大事にすること、それと自分に自信を持つことをすすめた後の言葉です。「僕なんて日々の練習で、たくさん失敗しますよ」と続け、「本番って誰でも頑張れるんです。つまり本番までにどれだけ頑張れるかが勝負」と言い切っています。

46「負けたからなんだ 何も変わる事なんてないよ 人生実験です 挑戦し続けます」

— 2025年11月25日、井上拓真に初めて負けた翌朝の本人の X で

47「誰かを負かしたい訳じゃない。ただ自らの高みへ昇りたい、出逢いたい。まだ見ぬ自分の姿に。」

48「本当に頑張っている人は自分で頑張ったとは言わない」

49「コツコツ続けられるのもセンス」

50「負けがあるからどんな人も強くなれる」

井上尚弥やモハメド・アリなど、ほかのボクサーが残した言葉は、ボクシング選手の名言100選にあります。

よくある質問(Q&A)

Q1. 「関係ないっしょ、気持ちっしょ」の元ネタは?

那須川天心が、「もうダメかもしれない」と言う友達に返していた言葉です。2024年のインタビューで本人が話しています。言い続けるうちに広まり、2024年からは同じ名前の個展が開かれ、2025年4月に始まったラジオ番組「かんきもラジオ」の名前にもなりました。

Q2. 那須川天心の座右の銘は?

座右の銘に近いのは、父が名前に込めた「天に心を持て」と、口癖の「関係ないっしょ、気持ちっしょ」です。本人が座右の銘として挙げた言葉は見つかっていません。

Q3. 『天心語録』はどんな本?

2021年12月10日にクラーケンラボから出た、那須川天心の75の言葉を集めた本です。出版社の紹介には「強いからって別に偉いわけじゃない」という言葉が掲げられています。

Q4. 「天心」という名前の由来は?

父の弘幸さんが付けた名前で、「天に心を持て」という意味です。天のような大きな心を持ち、感謝の気持ちを忘れない人間になってほしいという思いが込められていると、那須川天心が自伝『覚醒』に書いています。

Q5. 那須川天心はボクシングをやめたの?

やめていません。2026年10月19日の会見で「ボクシングをやめて、今後は拳闘をしようと思います」と話しましたが、判定に任せず自分の手で倒しにいく戦い方に変えるという意味でした。会見の時点で、WBC の世界バンタム級ランキングは3位です。

Q6. 人生について語った那須川天心の名言は?

「人生は挑戦の連続だ」や「人生実験です」があります。井上拓真に初めて負けた翌朝の X には「負けたからなんだ 何も変わる事なんてないよ」と書きました。


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