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タイガー・ウッズの名言60選!父の教えと復活を語るゴルフの言葉と英語の原文

タイガー・ウッズの名言60選!父の教えと復活を語るゴルフの言葉と英語の原文

ゴルフでツアー最多タイの82勝を挙げたタイガー・ウッズの名言です。父アールに教わった心の強さ、勝ち続けても練習をやめなかった理由、膝や腰の手術と事故から戻った言葉まで。タイガー・ウッズの名言は、どん底からやり直す力をくれます。

2026.11.08 | ゴルフ

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公式ライター
Activel編集部

タイガー・ウッズは、アメリカの男子ゴルフのPGAツアーで最多タイの82勝、4大大会(メジャー)で15勝を挙げたゴルファーです。勝ち続けても「完成したと思える日は来ない」と練習をやめず、膝の怪我も、何度も受けた腰の手術も、脚を失いかけた事故も越えて戻ってきました。タイガー・ウッズの名言には、父に教わった心の強さも、トンネルの先の光が見えなかった日の本音もあります。

タイガー・ウッズのプロフィール

1975年にアメリカのカリフォルニア州で生まれ、21歳で4大大会の一つのマスターズに初めて勝ったプロゴルファーです。2000年から2001年には、メジャーの4大会に続けて勝ちました。マスターズには1997年から2019年までに5回勝っています。

基本プロフィール

メジャーの15勝は、ジャック・ニクラスの18勝に次ぐ歴代2位の数です。

項目 内容
名前 タイガー・ウッズ(本名 エルドリック・トント・ウッズ)
生年月日 1975年12月30日
出身 アメリカ・カリフォルニア州サイプレス
身長 185cm
大学 スタンフォード大学(2年で中退し、1996年にプロ転向)
プロ転向 1996年8月
PGAツアー 82勝(サム・スニードと並ぶ最多)
メジャー15勝 マスターズ5・全米プロ選手権4・全米オープン3・全英オープン3
世界ランク1位 通算683週(最多)
世界ゴルフ殿堂 2022年3月に殿堂入り
家族 父アール・母クルティダ(ともに故人)、娘サム、息子チャーリー

生い立ち・幼少期

タイガー・ウッズは、アメリカ陸軍の特殊部隊、グリーンベレーにいた父アール・ウッズと、タイ出身の母クルティダの間に生まれました。タイガーの呼び名は、ベトナムで父の命を2度救った南ベトナム軍の将校、ヴオン・ダン・フォンの愛称「タイガー」から来ています。

2歳でアメリカのテレビ番組『マイク・ダグラス・ショー』に出演し、子どもの頃は父とカリフォルニアの海軍のゴルフ場に通って、夜遅くまでパットを練習しました。14歳の時には、両親がジュニアの遠征費のために家を担保にお金を借りています。

アマチュアでは、1991年から全米ジュニアを3連覇し、1994年には18歳で全米アマの最年少優勝者になりました。1996年には全米アマでも3連覇を果たし、スタンフォード大学では全米大学の個人タイトルも取っています。

プロ転向から2026年までの歩み

1996年8月にプロになると、プロ5戦目の10月に初優勝しました。1997年のマスターズでは2位に12打差をつけて、21歳で最年少優勝。黒人の選手として初めてのメジャー優勝でもありました。

1998年にスイングを作り直した後、2000年の全米オープンから2001年のマスターズまで、メジャーの4大会に続けて勝ちました。この4連勝は、タイガー・スラムの名で知られています。2006年5月には父アールを亡くしました。2008年の全米オープンは、左膝の靭帯が切れたまま91ホールを戦って勝っています。

2009年11月に私生活の騒動が明るみに出て、2010年2月に謝罪の声明を出し、2013年には世界ランク1位に戻りました。一方、2014年から腰の手術が続き、2017年4月には4度目の手術で腰の骨を固定しています。同じ年の5月には運転の件で逮捕され、のちに無謀運転の罪を認めています。

そこから2018年9月、シーズン最後の大会のツアー選手権で5年ぶりに勝ち、2019年4月のマスターズで11年ぶりのメジャー優勝を果たしました。10月には日本のZOZOチャンピオンシップで82勝目を挙げ、サム・スニードの最多勝利に並びました。

2021年2月、ロサンゼルス近郊で車の単独事故を起こし、右脚を切断することも考えられるほどの大怪我を負いました。それでも2022年3月に世界ゴルフ殿堂入りし、4月のマスターズでは4日間を回り切りました。その後も右足首、腰、左アキレス腱の手術が続きました。2025年2月には母クルティダを亡くしています。

2026年3月27日にはフロリダ州で車の横転事故を起こして逮捕され、3月31日に治療に専念するため活動を休むと発表しました。9月の司法取引では、無謀運転の罪を認めも否定もしない答弁(不抗争の答弁)をし、運転免許は5年間の停止になっています。

今の役目は2つです。PGAツアーの理事会に選手の代表として入る選手理事と、室内のゴルフリーグ・TGLのチーム、ジュピター・リンクスの主将です。6月には、2028年からのツアーの新しい大会の形を発表する席で、公の場に戻りました。アメリカと欧州の対抗戦、2027年のライダーカップの主将は引き受けていません。2026年11月の時点で、試合に戻る日は発表されていません。

座右の銘

座右の銘に一番近いのは、2000年の全米オープンの優勝会見で父の口ぐせとして紹介した「やった分だけ返ってくる。近道はない」です(名言05)。本人が座右の銘として挙げた言葉は見つかりませんでした。

タイガー・ウッズの名言60選

タイガー・ウッズの歩みと、各時期に語った主な名言の年表

タイガー・ウッズは、勝った日も、怪我で先が見えなかった日も、会見で自分の言葉で話してきました。本人の名言として日本の名言サイトで広まっている「他人の期待に耳を傾けるな」「負けていても勝てると信じろ」は、どちらも本人が会見で話した言葉が元です。

名言のすぐ下に英語の原文があり、日本語はActivel編集部の訳です。

父アールの教えと少年時代を語った名言

タイガー・ウッズの父アールは、息子にゴルフと心の持ち方を教えた人です。ジュニアの頃、肌の色を理由にクラブハウスに入れてもらえなかった時も、本人が気にしたのはコースのことだけでした。

01「勝てると思えないなら、大会には来ない。それだけのことだ。2位やトップ10、予選通過のために来るんじゃない。勝つために来ている」

“Put it this way, if I didn’t feel that I could win, I wouldn’t come to a tournament. It is that simple. I don’t go to a tournament to play for second or finish top 10 or make the cut or anything like that. I go to win.”

— 1996年6月、アマチュアで出た全米オープンの開幕前の会見で

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発言時期: 1996年6月11日(全米オープンの開幕前)

発言状況: スタンフォード大学の学生のまま、アマチュアとしてオークランドヒルズの全米オープンに出た時の会見です。勝てると思って来ているのかと聞かれ、「勝とうとしないなら、大会に出る意味はない」と続けました。そのうえで、「父にずっとそう教わってきたし、自分もそう信じている」と話しています。

02「すべてだよ。心は、僕のいちばん強いところだと思う。考えながらコースを回れることが、僕の最大の武器なんだ」

“Everything. It really does. My mind is — I feel it’s the strongest part about me. It’s the biggest asset I have is to be able to think myself around the golf course.”

— 1997年6月、全米オープンの開幕前の会見で

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発言時期: 1997年6月10日(全米オープンの開幕前)

発言状況: 心の強さはどれだけ大事か、という質問に、本人はまずこの一言で答えました。2か月前のマスターズの初日、前半を40(パーより4打多い)と崩しながら後半を30(パーより6打少ない)で回ったことを例に出し、調子は良くなかったが心で立て直したと話しました。父がいつも説いていた教えとして、「頭でゴルフをしろ。賢くゴルフをしろ。自分に負けるな」という言葉も紹介しています。

03「両親に教わったことの一つは、他人の期待に耳を貸すなということ。自分の期待に応えて生きればいい。僕は人のために生きているんじゃない。自分のために生きている」

“Well, one of the things that my parents have taught me is never listen to other people’s expectations. You should live your own — live — and live up to your own expectations … I don’t live for them. I live for me.”

— 1997年6月、全米オープンの開幕前の会見で

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発言時期: 1997年6月10日(全米オープンの開幕前)

発言状況: 「マスターズに勝った後で、多くの人が全米オープンの優勝を期待している。重圧は感じるか」と問われた時の言葉です。「人が何と言おうと、僕がやるべきことには関係ない」とも話しました。日本の名言サイトで「他人の期待に耳を傾けるな」として広まっている言葉は、この会見の言葉です。

出典: ASAP Sports(会見の書き起こし・1997年6月10日)

04「僕はずっと心が強かった。育つ中で耐えなければならないことがあったからだ。…父の人生の経験と教え、それに母からたくさん教わったことで、僕はたいていの人より強い」

“I’ve always been pretty tough mentally, because of the things I’ve had to endure growing up … With my dad’s experiences in his life and some of the teachings he’s given me, and a lot by my mom, that I’m tougher than most.”

— 1997年5月、メモリアル・トーナメントの開幕前の会見で

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発言時期: 1997年5月28日(メモリアル・トーナメントの開幕前)

発言状況: 自分の心の強さを説明してほしい、と頼まれての言葉です。スポーツをする中で、断られたことがたくさんあった。育った地域でも、耐えることが多かった。心が強くなった理由として、本人はこの2つを挙げています。

05「正直に言うと、懸命な練習に代わるものはない。父はいつも言っていた。やった分だけ返ってくる。近道はない、と」

“to be honest with you, there’s really no substitute for hard work. My dad has always said, you get out of it what you put into it, and there’s no shortcuts.”

— 2000年6月、全米オープンの優勝会見で

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発言時期: 2000年6月18日(全米オープンの優勝会見)

発言状況: ペブルビーチの全米オープンで2位に15打差をつけて勝った後、アマチュアがうまくなるためのヒントを求められました。「助けようのない人もいる」と笑わせてから話し始めました。最後は、やった分だけ返ってくるという言葉ほど「この競技で残酷な言葉はない。でも練習すれば、うまくなる」と締めくくりました。

06「1番ティーはどこで、コースレコードはいくつか?」

“Where was the first tee and what was the course record?”

— 2022年3月、世界ゴルフ殿堂入りのスピーチで

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発言時期: 2022年3月9日(世界ゴルフ殿堂入りの式典)

発言状況: ジュニアの頃、肌の色を理由にカントリークラブのクラブハウスに入れてもらえず、駐車場でゴルフシューズを履いた話をした時の言葉です。その時に知りたかったのは、この2つだけだったと話し、「複雑なことではなかった」と続けました。

07「子どもの頃を振り返るたびに、顔がほころぶ。誰にでもあることじゃないから、僕はとても運が良かった」

“And I can say that with truth and honesty that I have a smile on my face every time I think back to my childhood because not everyone has that. I was very lucky.”

— 2006年6月、父の死の後で初めて出た全米オープンの開幕前の会見で

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発言時期: 2006年6月13日(全米オープンの開幕前)

発言状況: 父アールが5月3日に亡くなった後、練習を再開した時に父の思い出がよみがえったかを尋ねられ、こう振り返りました。同じ会見で、父はいつも「準備ができたらプレーしろ。できていないなら、プレーするな」と言っていたとも話しています。

プロ転向と1997年マスターズ初優勝の名言

1996年8月にプロになり、翌年4月のマスターズで最年少優勝するまでの言葉です。マスターズの初日の立て直しは、2017年に出した著書『The 1997 Masters: My Story』で本人が振り返っています。

08「どうやら、ハロー・ワールドってところかな」

“I guess, hello world, huh?”

— 1996年8月、プロになって最初の会見の第一声

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発言時期: 1996年8月28日(グレーター・ミルウォーキー・オープンの前日)

発言状況: プロ転向を発表した翌日、プロ初戦の前日の会見で最初に口にした言葉です。この言葉は、のちにナイキの広告に使われました。この大会の結果は60位タイで、賞金は2,544ドルでした。

09「この気持ちは、言葉にするのが本当に難しい。ずっと苦しい戦いで、最後は運良く勝てた」

“It’s really hard to describe the feeling … It’s been a hard struggle all the way, and then I got lucky and won it in the end.”

— 1996年10月、ツアー初優勝の直後に

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発言時期: 1996年10月6日(ラスベガス・インビテーショナル)

発言状況: プロ5戦目の大会で、デービス・ラブ3世とのプレーオフに勝った直後、テレビのインタビューに答えた言葉です。プロ転向から約1か月半での初優勝でした。父がその場にいなかったことを聞かれると、「たぶんゴルフをしに行っている」と答えています。

出典: PGA TOUR 公式サイト(2021年10月3日)

10「絶対にあきらめない。負けていても、終わりじゃない。…どれだけ離されていても、勝てると信じ続けなきゃいけない。自分を信じることだ」

“… never give up, that is for sure, when you are down, you are not out. … you always have to believe that you can win no matter how far down you are, got to have that belief in yourself.”

— 1997年8月、NECワールドシリーズ・オブ・ゴルフの開幕前の会見で

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発言時期: 1997年8月20日(NECワールドシリーズ・オブ・ゴルフの開幕前)

発言状況: 全米アマで大きく離されてから逆転した粘りは、父と育てたものか、生まれつきかと聞かれた答えです。「何度か試練をくぐり抜けると、学び、成長し、自分を信じられるようになる」とも話しました。日本で「たとえ負けていても、勝てると信じろ」として広まっている言葉は、この会見の言葉です。

11「10番ティーへ歩きながら、何よりも確かに分かっていたことがある。この出だしで、私が終わることはない」

“I knew one thing above all as I walked to the 10th tee: My start wasn’t going to finish me”

— 2017年の著書で、1997年マスターズの初日を振り返って

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発言時期: 2017年の著書(場面は1997年4月10日のマスターズ初日)

発言状況: 初日の前半を40と崩した後の気持ちです。その前の夜、体調の悪かった父のベッドの横でパットの構えを取り、何か気づくことはあるかと見てもらったことも書いています。後半は30で回りました。

12「先駆者は僕じゃない。チャーリー・シフォード、リー・エルダー、テッド・ローズ。道を切り開いたのは彼らだ。…18番を上がりながら、彼らに小さな感謝の祈りをささげた」

“I wasn’t the pioneer. Charlie Sifford, Lee Elder, Ted Rhodes, those are the guys who paved the way. … Coming up 18, I said a little of prayer of thanks to those guys.”

— 1997年4月、マスターズに勝った日に

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発言時期: 1997年4月13日(マスターズの最終日)

発言状況: 21歳で最年少優勝し、黒人の選手として初めてメジャーに勝った日の言葉です。名前を挙げた3人は、本人より前の時代に戦い、道を開いてきた黒人のゴルファーです。前の夜はずっと彼らのことを考えていた、とも話しました。リー・エルダーは、1975年に黒人の選手として初めてマスターズでプレーした人です。

13「父がもういない今、最終ホールのあの抱擁が、自分にとってどれだけ大切だったかが分かる。…18番で父を抱きしめた時のことを振り返ると、父がいなければ、あの大会には勝てなかった」

“I guess for me, personally, now that my father is no longer here, I know how important that hug was to me on the last hole … When I hugged him on 18, looking back on it now, I could not have won that tournament without him.”

— 2007年4月、1997年のマスターズから10年たって

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発言時期: 2007年4月(父の死の翌年)

発言状況: 1997年のマスターズで最後のパットを決めた後、父アールが息子を長く抱きしめた場面を振り返った言葉です。父は1997年の初めに心臓の手術を受け、医師に止められながらオーガスタに来ていました。最終日の前の夜、父は真夜中過ぎまで息子と話し、「人生でいちばん大事なラウンドになる。でも、お前なら大丈夫だ。いつもどおりにやって、自分の世界に入り、相手を叩きのめしてこい」と送り出しています。

14「服を着たまま、グリーンジャケットを毛布のように抱いて眠った」

“I fell asleep fully clothed and hugging the green jacket like a blanket”

— 2017年の著書で、1997年のマスターズに勝った夜を振り返って

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発言時期: 2017年の著書(場面は1997年4月13日、マスターズに勝った夜)

発言状況: グリーンジャケットは、マスターズの優勝者に贈られる緑の上着です。21歳で初めて手にした夜、祝いが続いた後のことを振り返った言葉です。

スイング改造とタイガー・スラムの名言

1997年のマスターズの後、本人はコーチのブッチ・ハーモンとスイングを作り直しました。優勝が減った1998年を越え、2000年の全米オープンから2001年のマスターズまで、メジャーに4大会続けて勝っています。

15「挑戦は好きだよ。人にそう言われるのも好きだ」

“You know, I like the challenge. I like when people say that.”

— 1998年6月、スイング改造中の全米オープンの開幕前の会見で

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発言時期: 1998年6月16日(全米オープンの開幕前)

発言状況: スイングを作り直す中で優勝が減り、報道に調子が落ちたと書かれていた時期です。ハーモンが「タイガーは周りの声で燃えている」と話していることを記者から聞かれ、こう返しました。続けて、「準備はとても激しくやってきた。体も心も、球を打つことも」と、準備の中身にも触れました。

16「去年みんなに話したとおり、今はスイングを変えていて、あとはそれに辛抱強く付き合うだけだった」

“It’s just, as I told everybody last year, that I’m making these changes and it’s just a matter of being patient with them.”

— 1999年6月、メモリアル・トーナメントの優勝会見で

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発言時期: 1999年6月6日(ジャック・ニクラスが主催するメモリアル・トーナメントの優勝会見)

発言状況: スイングを作り直していた1998年を振り返った言葉です。「変えていることは、長い目で見て役に立つと分かっていた。ここ2週間で、本当に形になってきた」と続けました。前の週のドイツの大会に続く2連勝でした。

17「自分の力をずっと強く信じてきた。大会でそれを証明してきたけど、それ以上に、誰もいない練習で証明してきた」

“I’ve always had a tremendous belief in my abilities. I’ve proven it in tournaments. But more so, I’ve proven it in practice sessions when no one’s been around.”

— 2000年6月、全米オープンの優勝会見で

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発言時期: 2000年6月18日(全米オープンの優勝会見)

発言状況: ほかの選手と自分を分ける心の面は何かと聞かれた答えです。子どもの頃、一流の選手のスイングをまねて練習した話へ続きます。「全部の大会に勝てるわけじゃない。でも毎週優勝争いに加われば、勝つべき分は勝てる」とも話しました。

18「父はずっと僕の力を強く信じていたし、僕もそうだった。違いは、父は口に出し、僕は出さなかったこと。僕はクラブに語らせた」

“I think my dad has always had a big belief in my abilities, and so have I. The only difference is he stated them and I didn’t. I let my clubs do the talking.”

— 2000年6月、父の日に勝った全米オープンの優勝会見で

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発言時期: 2000年6月18日(全米オープンの最終日は父の日)

発言状況: プロになった頃、父アールが語った息子の可能性が大げさだと受け取られたことを、どう思うかという質問でした。1997年に心臓の手術を受けた父が、医師の反対を押してマスターズに来てパットを見てくれた話もしました。「父が生きているうちに、父の日にこの大会に勝てたことが、僕にはとても大切だ」と話しています。

19「勝って泣いたことも、負けて泣いたこともある。でも、あんな気持ちは初めてだった」

“I’ve cried after wins. I’ve cried after defeats. But I’ve never had that feeling before”

— 2001年4月、メジャー4連勝を決めたマスターズの優勝会見で

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発言時期: 2001年4月8日(マスターズの優勝会見)

発言状況: ゴルフ場であれほど感情があふれたのは初めてか、という質問に答えた言葉です。最後の1打まで集中しきっていて、もう打つものが無いと分かった瞬間に、いろいろな場面が頭を駆け巡ったと話しました。この優勝で、2000年の全米オープンから4大会続けてメジャーに勝っています。

20「メジャーに勝つことは考えていた。でも4つ続けてというのは頭に無かった。4つ勝つには、まず1つ勝たなきゃいけないから」

“I’ve thought about winning majors, yes, but I don’t think four ever entered, because you need to win one in order to win four.”

— 2001年4月、同じマスターズの優勝会見で、子どもの頃の夢を聞かれて

練習とうまくなり続けることを語った名言

勝ち続けた時期も、本人は練習の手を止めませんでした。全米オープンと全英オープンに勝った2000年の夏にも、勝つことはいつも上達の物差しになるわけではないと話しています。

21「コースの攻め方や、ゴルフへの考え方は、いつだってもっとうまくなれる。それは終わりのない過程で、ずっと伸ばしていける」

“And I can always get better at my course management and the way I approach thinking about the game. And that’s just an infinite process which I can always improve on.”

— 1996年10月、プロ1年目のツアー選手権の開幕前の会見で

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発言時期: 1996年10月22日(ツアー選手権の開幕前)

発言状況: プロになって2か月で2勝し、新人で出場資格を得たツアー選手権の前の会見です。「自分のゴルフは良くなっている。ゆっくりでも確実に」と話した後の言葉です。名言サイトで見る「どれだけうまくなっても、もっとうまくなれる」と同じ考えを、この時点で話しています。

22「逆境からも、勝つことからも、多くを学ぶ。僕の目標は、回るすべてのラウンドから何かを学ぶこと。…学んだことを持ち帰って、分析して、良くしていける」

“Yeah, you learn a lot through adversity, you learn a lot through winning. My goal and objective is to learn something from every round of golf I play … as long as I can learn something, I can take it back home, analyze it and improve on it.”

— 1997年5月、メモリアル・トーナメントの開幕前の会見で

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発言時期: 1997年5月28日(メモリアル・トーナメントの開幕前)

発言状況: マスターズの優勝から約6週間。前の週に勝てなかった後で、記者に「彼も人間だ」という見方を示され、そこから何を学んだかを聞かれました。家で回る週末のゴルフでも、大会でも、練習ラウンドでも同じだと話しています。

23「毎年、もっといい選手になりたい。それは今年より多く勝つという意味じゃない。勝つことが、いつも上達の物差しになるわけじゃない」

“I want to be a better player every year … It doesn’t necessarily mean that I will have to win more events than this year. Winning is not always a barometer of improvement.”

— 2000年8月、全米プロ選手権の前に

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発言時期: 2000年8月(全米プロ選手権の前)

発言状況: 全米オープンと全英オープンに勝った2000年、まだうまくなれるのかという問いに、こう答えています。上達とは「スイングとコントロールを良くすることだ」とも説明しました。この後の全米プロ選手権にも勝ち、メジャーで3大会続けて優勝しました。

24「毎年自分に言い聞かせていて、みんなにも言い続けているのは、年の終わりには年の初めより良い選手になっていたいということ。それをキャリアの最後まで毎年続けられたら、かなりいいキャリアになる」

“I think the thing I keep saying to myself every year and I keep telling all of you guys this, is that I want to become a better player at the end of the year than I was at the beginning of the year. And if I can keep doing that year after year for the rest of my career, I’ll have a pretty good career.”

— 2002年4月、マスターズ2連覇の優勝会見で

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発言時期: 2002年4月14日(マスターズの優勝会見)

発言状況: 26歳の時点で、自分が歴史のどこにいるかを考えるか、という質問でした。「ジャック(ニクラス)と同じだけメジャーに勝てたら素晴らしい」と話した後に続けました。この優勝で、メジャーは7勝目になりました。

25「完成したと思える日は来ない。もし来たら、やめたほうがいい。もうたどり着いていて、それ以上うまくなれないのだから」

“I don’t think you’re ever there. You never arrive, but if you do, you might as well quit because you’re already there. Can’t get any better.”

— 2005年4月、マスターズの優勝会見で

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発言時期: 2005年4月10日(マスターズの優勝会見)

発言状況: クリス・ディマルコとのプレーオフに勝ち、4度目のマスターズを手にした後の会見です。コーチのハンク・ヘイニーと2度目のスイング改造をしていて、これで完成したと言えるかと聞かれました。「選手は、そんな瞬間を持ってはいけない。いつもうまくなろうとしている」と付け加えています。

26「これが醍醐味だ。だから戦うし、あれだけの時間を練習に注ぐ。ずっと積み重ねて、この場面に自分を置き、自分に何ができるかを確かめるんだ」

“This is a thrill. This is why you compete and why you practice all those hours. You log in all the time to put yourself in that position and see what you’ve got.”

— 2005年4月、同じマスターズの優勝会見で、ディマルコとの争いについて

27「緊張、震え、居心地の悪さ。全部ある。それも含めてゴルフで、だから好きなんだ。その居心地の悪い場面に備えて自分を鍛え、乗り越えるために練習する」

“Nervous, shaky, uncomfortable, yeah, all of it. That’s part of it. That’s why you love it. That’s why we practice, to build up ourselves in that one uncomfortable situation and bury it.”

— 2024年7月、全英オープンの開幕前の会見で

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発言時期: 2024年7月16日(全英オープンの開幕前)

発言状況: 北アイルランドのプロゴルファー、ローリー・マキロイは、全米オープンの終盤のパットで居心地の悪さを感じたと話していました。首位で終盤を迎えた時に同じ感情を味わったことはあるか、と聞かれた答えです。どう向き合うかと聞かれると、「練習だ。一生そうしてきた。パットもショットもたくさん外してきた。それでも勝負を決める1打は打つし、最後のパットは自分が打ちたい」と話しました。

父の死と2006年全英オープンの名言

2006年5月3日、タイガー・ウッズの父アールが74歳で亡くなりました。父の死から約2か月半後の全英オープンで、本人は人前で泣いています。

28「父は私の親友で、最高の手本でした。とても寂しくなります」

“My dad was my best friend and greatest role model, and I will miss him deeply”

— 2006年5月、父アールが亡くなった日の声明で

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発言時期: 2006年5月3日

発言状況: 父はカリフォルニア州サイプレスの自宅で亡くなりました。本人は公式サイトに声明を出しました。声明は、父は素晴らしい父親で、コーチで、師で、兵士で、夫で、友だった、と続きます。

29「正直に言うと、いちばんつらかったのはゴルフに戻ることだった。父とのいい思い出の多くが、ゴルフ場にあるから」

“I think one of the hardest things for me in all honesty was to get back to the game of golf because a lot of my memories, great memories that I have with my dad are at the golf course.”

— 2006年6月、父の死の後で初めて出た全米オープンの開幕前の会見で

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発言時期: 2006年6月13日(全米オープンの開幕前)

発言状況: 4月のマスターズの後、父の死をはさんで約9週間大会に出ず、戻ってきた時の会見です。休んだ後の練習は、いつもグリップ、構え、スタンス、向きの基本からだと話し、「それは父から学んだことだ」と語っています。

30「その瞬間、一気にあふれ出た。父が僕とゴルフにとってどんな存在だったか、そのすべてが。もう一度だけ、父に見てほしかった」

“But at that moment it just came pouring out and of all the things that my father has meant to me and the game of golf, and I just wish he could have seen it one more time.”

— 2006年7月、全英オープンの優勝会見で

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発言時期: 2006年7月23日(全英オープンの優勝会見)

発言状況: ロイヤル・リバプールで全英オープン2連覇を決め、18番でキャディーのスティーブ・ウィリアムズの肩で泣いたことに触れられ、こう話しました。父の死の後、初めての優勝でした。直前には、「あんなことは初めてだ。僕は気持ちをしまい込んで先へ進むほうだから」という言葉もありました。

左膝の怪我を押して勝った2008年全米オープンの名言

2008年の全米オープンは、左膝の靭帯が切れ、左のすねの骨を2か所疲労骨折した状態での出場でした。その体でロッコ・メディエートとのプレーオフを含む91ホールを戦い抜き、怪我のことは優勝の2日後に明かしました。

31「あそこでも言ったけど、これがたぶん今までで最高の優勝だ。いろいろ考えると、どうしてこの場所にいられるのか、正直分からない」

“As I said out there, I think this is probably the best ever. All things considered, don’t know how I ended up in this position, to be honest with you.”

— 2008年6月、全米オープンの優勝会見の最初の言葉

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発言時期: 2008年6月16日(月曜日のプレーオフの後の優勝会見)

発言状況: 18ホールのプレーオフでも決まらず、サドンデスの1ホールを足した計91ホールで勝った直後です。「長い1週間だった。疑いも、問いもたくさんあった」と続けました。マスターズの後、一度も18ホールを歩いて回らないまま迎えた週でした。2日後に本人が公式サイトで明かしたところでは、左膝の前十字靭帯は少なくとも10か月前から切れていて、すねの骨を疲労骨折したのは大会の2週間前でした。この後、残りのシーズンを休んでいます。

32「重圧は、もちろんある。緊張していた。それはいいことだ。大事に思っている証拠だから」

“Well, it’s pressure, there’s no doubt. I was nervous and that’s a good thing. That means you care.”

— 2008年6月、同じ優勝会見で

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発言時期: 2008年6月16日(全米オープンの優勝会見)

発言状況: 3日続けて、追う立場で18番のティーに立ったことへの質問に答えた言葉です。「その力を使って集中を高め、いい状況に持っていけばいい。今週はそれがうまくいった」とも付け加えました。

33「言い訳は一つもない。ただプレーするだけだ」

“And there’s never any excuses, you just go play.”

— 2008年6月、同じ優勝会見で、怪我を抱えて戦ったことを聞かれて

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発言時期: 2008年6月16日(全米オープンの優勝会見)

発言状況: 「スポーツは、たいてい体に優しくない。おかしなことも起きる。大事なのは、それとどう向き合い、全力を出すかだ」と話した流れの言葉です。

34「とにかく続けるだけ。ゴールラインは無い。押して押して押し続ける。今週はそうしてきた」

“You just keep going. And there’s no finish line, you just keep pushing and pushing and I did all week.”

— 2008年6月、同じ優勝会見で

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発言時期: 2008年6月16日(全米オープンの優勝会見)

発言状況: メジャー14勝の中でこれが一番かと聞かれ、「これか、最初のメジャーだ」と答えた流れです。トレーニングの仲間と「あと何回?」「永遠に」と言い合っていた話をしてから、この言葉を続けました。

2010年の謝罪から世界1位に戻るまでの名言

2009年11月に私生活の騒動が明るみに出て、本人は競技を離れました。2010年2月19日の声明で謝罪し、2012年に再び勝ち始め、2013年3月には世界ランク1位に戻っています。

35「皆さん一人ひとりに、率直に伝えたい。私の無責任で自分勝手な行いを、深くおわびします」

“I want to say to each of you, simply and directly, I am deeply sorry for my irresponsible and selfish behavior I engaged in.”

— 2010年2月19日、騒動の後に初めて人前で読んだ声明で

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発言時期: 2010年2月19日

発言状況: 2009年11月の騒動の後、初めて人前で話した声明の冒頭近くの言葉です。質疑応答は無く、本人が声明を読み上げました。冒頭では、この部屋にいる人の多くは友人だと呼びかけています。

36「私がしたことは許されることではありません。責められるべきは、私ひとりです」

“What I did is not acceptable, and I am the only person to blame.”

— 2010年2月19日、同じ声明で

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発言時期: 2010年2月19日

発言状況: 自分の行いの責任は自分ひとりにある、と認めた部分です。同じ声明で、「私は間違っていた。愚かだった。私だけ違うルールでプレーしていいわけではない。誰にでも当てはまる線引きは、私にも当てはまる」とも話しています。

37「いつの日か、もう一度私を信じられるように、皆さんの心の中に場所を空けてほしい。そうお願いします」

“I ask you to find room in your heart to one day believe in me again.”

— 2010年2月19日、同じ声明の締めくくりで

38「勝たなければいけないんじゃない。勝ちたいんだ」

“As far as needing to win, no, you don’t need to win; you want to win.”

— 2012年3月、アーノルド・パーマー招待の優勝会見で

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発言時期: 2012年3月25日(アーノルド・パーマー招待の優勝会見)

発言状況: 2009年9月以来のPGAツアーでの優勝の後の会見です。前の日に「勝たなければとは思わない、勝ちたいのだ」と話していて、本当は勝たなければと思っていたのではと聞かれました。「それは多くの人の思い違いだと思う。勝ちたい気持ちがあるから大会に出る」と返しています。

39「ただ言っていた。辛抱しろ、もうすぐ来る、と」

“I just said, be patient, it’s coming.”

— 2012年3月、同じ優勝会見で

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発言時期: 2012年3月25日(アーノルド・パーマー招待の優勝会見)

発言状況: 努力が報われた満足感はあるか、という質問への答えです。キャディーのジョー・ラカバと「1年中、1ヤードずつずれていた」と話し合っていた日々を振り返った後、「今日のように風が吹いても、ああいう球をコントロールできた。いい気分だ」と喜びました。

40「向き合うしかなかった。健康になれれば、高いレベルでプレーできると分かっていた」

“Well, I had to look at it. If I get healthy, I know I can play this game at a high level.”

— 2013年3月、世界ランク1位に戻った日の会見で

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発言時期: 2013年3月25日(アーノルド・パーマー招待の優勝会見)

発言状況: 雨で月曜日までずれた大会に勝ち、世界ランク1位に戻った日の会見です。脚を痛めていた2011年から、ここに戻ることを想像できたかと聞かれました。「健康になることが、最初の一歩だった」とも語っています。

腰の手術と2019年マスターズ復活の名言

2014年から腰の手術が続き、2017年4月には腰の骨を固定する4度目の手術を受けました。タイガー・ウッズの復活は、2018年9月の5年ぶりの優勝と、2019年のマスターズでの11年ぶりのメジャー優勝です。

41「いちばんつらいのは、楽しみにできるものも、目指して積み上げられるものも、何も無いこと。トンネルの先の光は、どこにあるんだ」

“The hardest part for me is there’s really nothing I can look forward to, nothing I can build towards. Where’s the light at the end of the tunnel?”

— 2015年12月、自ら主催するヒーロー・ワールド・チャレンジの会見で

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発言時期: 2015年12月1日(ヒーロー・ワールド・チャレンジの開幕前)

発言状況: 2015年9月と10月に続けて腰の手術を受けた直後の会見です。プレーに戻る見通しは立たず、運動は歩くことだけでした。40歳になる直前のことです。

42「8回も手術をした後の100%が何なのか、分からない。でも、できるだけ近づけるようにやってみる。一歩ずつ進むだけ。過程の途中で、急いではいない」

“I don’t know what 100 percent means after eight surgeries, but I’ll try and get as close as I can to that number, yes. But as I said, we just take it one step at a time. It’s a process, and I’m in no hurry.”

— 2017年9月、プレジデンツカップの副主将としての会見で

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発言時期: 2017年9月27日(プレジデンツカップの会見)

発言状況: 4月に腰の骨を固定する手術を受けてから約5か月、60ヤードの球しか打っていなかった頃です。体が100%に戻れば、また世界一になれると信じるか。そう聞かれての言葉です。同じ会見では、「自分の将来がどうなるか分からない」とも話しています。

43「どん底は、痛みなく生きられる日がまた来るのか分からなかったこと。…ゴルフどころじゃなかった。座れず、歩けず、横になっても腰と脚の痛みが消えなかった」

“Probably the low point was not knowing if I’d ever be able to live pain-free again. … I was beyond playing. I couldn’t sit. I couldn’t walk. I couldn’t lay down without feeling the pain in my back and my leg.”

— 2018年9月、5年ぶりに勝ったツアー選手権の優勝会見で

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発言時期: 2018年9月23日(ツアー選手権の優勝会見)

発言状況: アトランタのイーストレイクで勝ち、PGAツアー80勝目を挙げた日の会見です。腰の骨を固定した後、初めての優勝でした。2014年の最初の手術から振り返って、いちばんの底といちばんの高みはと聞かれ、「これが残りの人生なのかと思った。そんな生き方はしたくなかった」とも明かしました。

44「2年ほど前のことがあって、本気で疑っていた。歩くのもやっとで、座れなかった。…でも突然、またクラブを振れると気づいた。…体は昔と同じじゃない。でも、手はまだいい」

“I had serious doubts after what transpired a couple years ago. I could barely walk. I couldn’t sit. … But then all of a sudden, I realized I could actually swing a golf club again. … The body’s not the same as it was a long time ago, but I still have good hands.”

— 2019年4月、マスターズの優勝会見で

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発言時期: 2019年4月14日(マスターズの優勝会見)

発言状況: 11年ぶりのメジャー優勝で、5度目のマスターズを手にした日の会見です。この復活をどんな言葉で表すか、もう一度勝てるのか疑いもあったのでは、という質問への答えです。腰の手術で普通の生活を送れるようになり、またクラブを振れると気づいた時、どうにか組み立て直せれば、まだやれるだけの手の感覚は残っていると感じたと話しています。

45「あきらめないのは当然のこと。いつも戦う。あきらめるという選択肢は無い。…毎朝目が覚めると、目の前にはいつも挑戦がある。戦い続けて、乗り越え続けるんだ」

“Well, you never give up. That’s a given. You always fight. Just giving up’s never in the equation. … We wake up every morning, and there’s always challenges in front of us, and keep fighting and keep getting through.”

— 2019年4月、同じマスターズの優勝会見で

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発言時期: 2019年4月14日(マスターズの優勝会見)

発言状況: 人生で苦しんでいる人に、あきらめないためのどんな言葉を送るかと聞かれた答えです。「押し続けて勝ちにこだわってきたから、この状態になった。でも、そこから抜け出させてくれたのも同じものだった」と話し、取り組み方を少し変えて戦い続けたと振り返りました。

出典: ASAP Sports(会見の書き起こし・2019年4月14日)

46「思い描いた絵に向かって打て。父がいつもそう教えてくれて、コースではずっと自分にそう言い聞かせていた。思い描いた絵に向かって打て、と」

“Just putt to the picture. That’s what he always taught me to do and that’s what I just kept telling myself out there, just putt to the picture.”

— 2019年4月、同じマスターズの優勝会見で、父の教えを聞かれて

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発言時期: 2019年4月14日(マスターズの優勝会見)

発言状況: この日、父のことを思い、教えを思い出した場面はあったか、という質問への答えです。打つ前に思い描いた球の転がりのとおりに打て、という教えです。12番、13番の下りのパット、特に9番のパットでは、これだけを考えていたと話しています。

47「PGAツアー史上最多の勝利数で、サム・スニードに並べて光栄です。母さん、父さん、支えてくれたみんな、ありがとう。ヒデキは地元ですばらしい戦いをした。日本でこれを成し遂げたことは、決して忘れません」

“It’s an honor to be tied with Sam Snead for most wins in @PGATOUR history. Thanks Mom and Pop and everyone who helped make this possible. Hideki put up an amazing fight on his home soil, but to do this in Japan is something I’ll never forget.”

— 2019年10月、ZOZOチャンピオンシップで82勝目を挙げた後の本人の投稿

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発言時期: 2019年10月28日(日本時間)

発言状況: 日本で初めてのPGAツアーの大会は、千葉県の習志野カントリークラブで開かれました。松山英樹に3打差をつけて勝った後の投稿です。雨で日程がずれ、決着は月曜日でした。

事故と怪我の後、今を語った名言

2021年2月、ロサンゼルス近郊で起こした車の事故で、右脚に大怪我を負いました。この後もタイガー・ウッズの怪我は右足首、腰、左アキレス腱と続きました。2026年3月には、フロリダ州で再び事故を起こしています。

48「片脚で病院を出ることになるかどうか、50/50とまでは言わないけど、それに本当に近い時があった」

“There was a point in time when, I wouldn’t say it was 50/50, but it was damn near there if I was going to walk out of that hospital with one leg.”

— 2021年11月、事故の後に初めて受けたインタビューで

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発言時期: 2021年11月29日(アメリカのゴルフ誌のインタビュー)

発言状況: 2021年2月23日の単独事故で、右のすねの骨(脛骨と腓骨)を開放骨折しました。事故の後に初めて公に語ったインタビューで、脚を切断することも考えられた時期を振り返った言葉です。

出典: PGA TOUR 公式サイト(2021年11月29日)

49「ここで父の教えが生きた。軍隊では、銃撃戦がどれだけ続くか分からない。5秒かもしれないし、5時間かもしれない。…終わりがいつか分からない。そこがつらいところだ」

“This is where my dad’s teachings came into play. Being in the military, you don’t know how long a firefight’s going to take. It could last five seconds, it could last five hours. … You don’t know when the end is. That’s the hard part.”

— 2021年11月、同じインタビューで、リハビリについて

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発言時期: 2021年11月29日

発言状況: 退院してから何か月も、家の中で続けたリハビリについて話した言葉です。同じ答えの中で、何日も続く銃撃戦もある、とも話しています。

50「感謝。本当に、本当に感謝している。…僕たちは大きな仲間なんだ」

“Thankful. Yeah, very, very thankful. … We’re a big fraternity.”

— 2022年4月、事故の後に戻ったマスターズの開幕前の会見で

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発言時期: 2022年4月5日(マスターズの開幕前)

発言状況: 事故の日からこの日までの14か月を振り返って、今日どんな言葉を選ぶかと問われ、最初に出た言葉がこれでした。毎日の取り組みに関わったチームと、ツアーの選手たちの支えに感謝しました。この大会で、本人は4日間を回り切っています。

51「本当に胸がいっぱいだ。1995年からここに来ている。…ここセント・アンドリュースでの全英オープンは、これが最後かもしれないと感じた。…ジャックとアーノルドが昔どんな思いだったか、分かった」

“Yes, it’s very emotional for me. I’ve been coming here since 1995 … So to me it felt like this might have been my last British Open here at St Andrews. … I understand what Jack and Arnold had gone through in the past.”

— 2022年7月、全英オープンで予選落ちが決まった後に

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発言時期: 2022年7月15日(第150回全英オープンの2日目)

発言状況: 18番を上がる時に大きな拍手を受けて涙ぐんだことについて、答えた言葉です。次にセント・アンドリュースで全英オープンが開かれるのは2030年ごろで、その時にプレーできる体かどうか分からない、というのが本人の説明です。

52「頑固さだね。見てのとおり、僕は少し頑固なんだ。懸命にやることを信じているし、やった分だけ返ってくると信じている。…1打1打に意味がある」

“Stubbornness. Yeah, you guys have seen me. I’m a little on the stubborn side. I believe in hard work, and I believe in getting out there and getting out of it what you put into it. … Each and every shot means something.”

— 2023年4月、マスターズの開幕前の会見で

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発言時期: 2023年4月4日(マスターズの開幕前)

発言状況: 長年、逆境を乗り越えてきた鍵は何かと聞かれた答えです。2000年に父の口ぐせとして紹介した「やった分だけ返ってくる」(名言05)と同じ言い方をしています。本人はこの大会を3日目の再開前に棄権し、4月19日に右足首の手術を受けました。

53「母は、まさに自然の力そのものでした。…私のいちばんのファンで、最大の支えでした。母がいなければ、私の成し遂げたことは何一つできませんでした」

“My Mom was a force of nature all her own, her spirit was simply undeniable. … She was my biggest fan, greatest supporter, without her none of my personal achievements would have been possible.”

— 2025年2月、母クルティダが亡くなった日の本人の投稿

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発言時期: 2025年2月4日

発言状況: 母は前の週に、本人が出る室内リーグTGLの試合を見に来ていました。投稿では、2人の孫のサムとチャーリーに特に愛されていたことにも触れています。

54「この体は、24歳、25歳の頃のようには回復しない。でも、やっていないわけじゃない。…それでもやり続ける。プレーしたいんだ。あの大会が好きだし、19歳の時からそこにいるのが大好きだった」

“Just this body is — it doesn’t recover like it did when it was 24, 25. It doesn’t mean I’m not trying. … But I keep trying. I want to play. I love the tournament. I’ve loved being there since I was 19 years old.”

— 2026年3月24日、TGLの決勝の後の会見で、マスターズについて

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発言時期: 2026年3月24日(TGLの決勝の第2戦の後)

発言状況: 室内のゴルフリーグTGLの決勝で、ジュピター・リンクスがロサンゼルスに敗れた後の会見です。この試合でマスターズへの出場に近づいたか、という質問でした。3日後の3月27日に車の横転事故を起こし、この年のマスターズには出ませんでした。

ほかの選手を語った名言

タイガー・ウッズは、ほかの競技のスターとも親しく付き合ってきました。ゴルフの先輩や、日本の松山英樹について語った言葉もあります。

55「子どもの頃、彼に憧れていたし、今もそうだ。親友の一人で、兄のような存在で、助けてくれる。…ゴルフ界のマイケル・ジョーダンになりたいと言ったのは、コートの上の活躍だけでなく、彼のふるまい全体が理由なんだ」

“as a kid I used to look up to him and still do. He’s one of my best friends and is one of — he’s a big brother to me, helps me out. … That’s one of the reasons I said I’d like to be the Michael Jordan of golf, not only because of his on-court performances but just the way he conducts himself in general.”

— 1997年5月、メモリアル・トーナメントの開幕前の会見で

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発言時期: 1997年5月28日(メモリアル・トーナメントの開幕前)

発言状況: 会見で、記者から「ゴルフ界のマイケル・ジョーダン」という呼び方を挙げられ、こう話しました。バスケットボールのジョーダン本人の言葉は、マイケル・ジョーダンの名言で読めます。

56「僕たちは、心の面、準備の面で特に通じ合った。…細かいことに気を配り続けなければいけない。それを、彼はたぶんNBAの歴史のどの選手よりもうまくやった」

“We really connected more on the mental side of it, the prep, how much it takes to be prepared. … you’ve still got to pay attention to the details, and that’s what he did better than probably any other player in NBA history.”

— 2020年1月、コービー・ブライアントの死を知った日に

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発言時期: 2020年1月26日(ファーマーズ・インシュランス・オープンの最終日)

発言状況: 最終日を回り終えた直後、キャディーのジョー・ラカバから、コービー・ブライアントがヘリコプターの事故で亡くなったと聞かされ、記者に囲まれて話した言葉です。「彼がNBAに入った頃に僕もプロになった。20年を一緒に走ってきた」とも話しています。コービー本人の言葉は、コービー・ブライアントの名言で読めます。

57「僕はジャックを見て育った。子どもの頃から彼の記録を超えようとしてきて、今も挑み続けている。彼は本当に高い基準を作った」

“But I grew up watching Jack. And to watch him and, you know, try and beat his accomplishments growing up as a kid, to this day you’re still trying. He set the bar very high.”

— 1999年6月、ジャック・ニクラスが主催するメモリアル・トーナメントの優勝会見で

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発言時期: 1999年6月6日(メモリアル・トーナメントの優勝会見)

発言状況: ニクラスの大会に勝つ意味を聞かれた答えです。練習場の隣で球を打つニクラスを見て、「彼の歳になったら、歩けるだけでいい」と冗談を言い、会見の場を笑わせてもいます。

58「あなたのいないゴルフも、キングほどゴルフにとって大切な人も、想像できない」

“It’s hard to imagine golf without you or anyone more important to the game than the King.”

— 2016年9月、アーノルド・パーマーが亡くなった日の本人の投稿

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発言時期: 2016年9月25日(アメリカの日付)

発言状況: 87歳で亡くなったアーノルド・パーマーに向けて続けて出した、2つの投稿のうち2つ目です。1つ目の投稿は、「友情と助言と、たくさんの笑いをありがとう。あなたの慈善と謙虚さは、伝説の一部だ」でした。

出典: 本人の X 投稿(2016年9月25日)

59「日本の誇りだね、ヒデキ。あなたとあなたの国にとって大きな偉業、おめでとう。この歴史的なマスターズの優勝は、ゴルフの世界全体に影響を与える」

“Making Japan proud Hideki. Congratulations on such a huge accomplishment for you and your country. This historical @TheMasters win will impact the entire golf world.”

— 2021年4月、松山英樹のマスターズ優勝を祝った本人の投稿

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発言時期: 2021年4月(松山英樹のマスターズ優勝の日)

発言状況: 松山英樹は、日本の男子で初めてメジャーに勝ちました。その頃、本人は2月の事故の怪我で療養していました。

60「話すのは心の持ち方のこと。僕たちがしていることに何が必要か、そのすべてをどう扱い、どう釣り合いを取るか。お互いの頭の中を探り合うんだ」

“It’s more the mind-set: what it takes to do what we do, how do you manage all that, the balancing act. We pick each other’s brain.”

— 2006年、テニスのロジャー・フェデラーについて、TIMEの取材で

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発言時期: 2006年(TIMEの2006年12月25日号の取材)

発言状況: 本人は2006年の全米オープン(テニス)の決勝を、フェデラーの招待で観戦し、2人は親しくなりました。その2人が何を話すのか、と聞かれた答えです。「ロジャーとはずっと友達でいると思う」とも話しています。フェデラー本人の言葉は、ロジャー・フェデラーの名言で読めます。

日本で広まり、本人の言葉と確かめられない言葉

次の言葉は、日本でタイガー・ウッズの名言として広まっていますが、本人の言葉とは確かめられませんでした。

パットについてのタイガー・ウッズの名言として出てくる「届かないパットは入らない」は、昔からあるゴルフの格言です。英語では Never up, never in と言い、作者の名前はありません。「勝つことはすべてではないが、勝つために準備することはすべてだ」も、アメリカのコーチたちの間で伝わる格言です。

「私たちは皆、決断を下す。しかし最終的には、その決断が私たちを形作る」は、2007年のテレビゲーム『バイオショック』の登場人物の台詞です。「2位は最初の敗者」も、作者の分からないスポーツの決まり文句です。2010年2月の声明の「人生で大事なのは、何を成し遂げたかではなく、何を乗り越えたかだ」は、本人が「前に聞いたことがある」と前置きして引いた言葉です。

2005年10月のアメリカン・エキスプレス選手権のプレーオフで、相手のジョン・デーリーのパットに「入れ」と念じたという話は、その日の優勝会見の書き起こしに出てきません。本人は、相手が短いパットを外して決まったことを「あんな勝ち方をするものじゃない」と話しています。

次の言葉も、元の英語と場面が見つかりませんでした。

  • 困難は避けるべきものではなく、乗り越えるべきものだ
  • 出場回数は関係ない。自分の最高のゲームを自らどう醸し出せるかだ
  • 明日の私は今日の私より良くなっている

「どれだけうまくなっても、もっとうまくなれる」も元の英語は見つかりませんでしたが、同じ考えは本人がプロ1年目から話しています(名言21・名言25)。「勝利が全てを解決する」は本人の口ぐせですが、本人より古い言葉です(下のよくある質問で答えています)。

よくある質問(Q&A)

Q1. 「届かないパットは入らない」はタイガー・ウッズの言葉?

本人の言葉ではなく、昔からあるゴルフの格言です。英語では Never up, never in と言い、作者の名前はありません。

タイガー・ウッズの名言として英文つきで載せるサイトもありますが、その英文の出どころは見つかりませんでした。パットについての本人の言葉なら、2019年のマスターズで父の教えとして語った「思い描いた絵に向かって打て」があります(名言46)。

Q2. 「勝利が全てを解決する」は本人の言葉?

本人が会見で何度も使ってきた言葉ですが、本人が作った言葉ではありません。

英語の Winning takes care of everything は、1960年代にはアメリカのフットボールの監督の言葉として記事に出ています。本人の口から確かめられる一番古い例は、2007年9月、BMW選手権の会見です。

2013年にナイキがこの言葉を広告に使って批判された時、本人は「プロになった時からずっと言っている言葉だ」と話しました。

Q3. タイガー・ウッズの父アール・ウッズはどんな人?

アール・ウッズは、ベトナムで従軍した元軍人で、陸軍の特殊部隊グリーンベレーにいました。タイガーに幼い頃からゴルフを教えた人で、2006年5月3日に74歳で亡くなりました。

本人は、父の教えとして「頭でゴルフをしろ」「近道はない」などを会見で紹介しています。2021年の事故の後のリハビリも、軍隊の経験を語った父の教えで耐えたと話しました。

タイガーの呼び名も、ベトナムで父の命を救った南ベトナム軍の将校の愛称から来ています。

Q4. タイガー・ウッズの怪我と復活の歩みは?

膝と腰の手術を何度も受け、2021年には右脚を切断しかけるほどの事故にも遭いましたが、そのたびにコースに戻ってきました。

2008年は、左膝の靭帯が切れ、すねの骨を疲労骨折したまま全米オープンに勝ちました。2014年からは腰の手術が続き、2017年に腰の骨を固定しています。

2018年9月にツアー選手権で5年ぶりに勝ち、2019年4月のマスターズでは11年ぶりにメジャーで優勝しました。2021年の事故の後も、2022年のマスターズで4日間を回り切りました。

その後も、右足首(2023年)、腰(2024年・2025年)、左アキレス腱(2025年)の手術が続いています。

Q5. タイガー・ウッズの現在は?引退したの?

2026年11月の時点で、引退は発表していません。ただ、PGAツアーの大会には、2024年7月の全英オープンを最後に出ていません。

2026年3月27日にフロリダ州で車の横転事故を起こして逮捕され、3月31日に「治療を受け、健康に専念するため、しばらく離れる」と声明を出しました。9月の司法取引で、運転免許は5年間の停止になっています。

タイガー・ウッズの現在の役目は、PGAツアーの選手理事と、TGLのジュピター・リンクスの主将です。6月には2028年からのツアーの新しい大会の形を発表する場に立ちましたが、試合に戻る日は発表されていません。

Q6. 英語の名言サイトで見るタイガー・ウッズの名言は本人のもの?

本人の会見に元がある言葉もあれば、元の英語が見つからない言葉もあります。

たとえば Never listen to other people’s expectations は、1997年6月の会見で両親の教えとして話した言葉を整えた形です(名言03)。

There’s no sense in going to a tournament で始まる文は、同じ内容を会見で話していますが、その英文そのものは見つかりませんでした(名言01)。

ゲームの台詞のような、別人の言葉も混じっています。

タイガー・ウッズの名言を英語で確かめたい時は、上の名言60選の原文を読んでください。どれも本人の会見・インタビュー・投稿・著書で確かめた英語です。


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