タイガー・ウッズの名言60選!父の教えと復活を語るゴルフの言葉と英語の原文
ゴルフでツアー最多タイの82勝を挙げたタイガー・ウッズの名言です。父アールに教わった心の強さ、勝ち続けても練習をやめなかった理由、膝や腰の手術と事故から戻った言葉まで。タイガー・ウッズの名言は、どん底からやり直す力をくれます。
Writer
公式ライター Activel編集部
タイガー・ウッズは、アメリカの男子ゴルフのPGAツアーで最多タイの82勝、4大大会(メジャー)で15勝を挙げたゴルファーです。勝ち続けても「完成したと思える日は来ない」と練習をやめず、膝の怪我も、何度も受けた腰の手術も、脚を失いかけた事故も越えて戻ってきました。タイガー・ウッズの名言には、父に教わった心の強さも、トンネルの先の光が見えなかった日の本音もあります。
タイガー・ウッズのプロフィール
1975年にアメリカのカリフォルニア州で生まれ、21歳で4大大会の一つのマスターズに初めて勝ったプロゴルファーです。2000年から2001年には、メジャーの4大会に続けて勝ちました。マスターズには1997年から2019年までに5回勝っています。
基本プロフィール
メジャーの15勝は、ジャック・ニクラスの18勝に次ぐ歴代2位の数です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | タイガー・ウッズ(本名 エルドリック・トント・ウッズ) |
| 生年月日 | 1975年12月30日 |
| 出身 | アメリカ・カリフォルニア州サイプレス |
| 身長 | 185cm |
| 大学 | スタンフォード大学(2年で中退し、1996年にプロ転向) |
| プロ転向 | 1996年8月 |
| PGAツアー | 82勝(サム・スニードと並ぶ最多) |
| メジャー15勝 | マスターズ5・全米プロ選手権4・全米オープン3・全英オープン3 |
| 世界ランク1位 | 通算683週(最多) |
| 世界ゴルフ殿堂 | 2022年3月に殿堂入り |
| 家族 | 父アール・母クルティダ(ともに故人)、娘サム、息子チャーリー |
生い立ち・幼少期
タイガー・ウッズは、アメリカ陸軍の特殊部隊、グリーンベレーにいた父アール・ウッズと、タイ出身の母クルティダの間に生まれました。タイガーの呼び名は、ベトナムで父の命を2度救った南ベトナム軍の将校、ヴオン・ダン・フォンの愛称「タイガー」から来ています。
2歳でアメリカのテレビ番組『マイク・ダグラス・ショー』に出演し、子どもの頃は父とカリフォルニアの海軍のゴルフ場に通って、夜遅くまでパットを練習しました。14歳の時には、両親がジュニアの遠征費のために家を担保にお金を借りています。
アマチュアでは、1991年から全米ジュニアを3連覇し、1994年には18歳で全米アマの最年少優勝者になりました。1996年には全米アマでも3連覇を果たし、スタンフォード大学では全米大学の個人タイトルも取っています。
プロ転向から2026年までの歩み
1996年8月にプロになると、プロ5戦目の10月に初優勝しました。1997年のマスターズでは2位に12打差をつけて、21歳で最年少優勝。黒人の選手として初めてのメジャー優勝でもありました。
1998年にスイングを作り直した後、2000年の全米オープンから2001年のマスターズまで、メジャーの4大会に続けて勝ちました。この4連勝は、タイガー・スラムの名で知られています。2006年5月には父アールを亡くしました。2008年の全米オープンは、左膝の靭帯が切れたまま91ホールを戦って勝っています。
2009年11月に私生活の騒動が明るみに出て、2010年2月に謝罪の声明を出し、2013年には世界ランク1位に戻りました。一方、2014年から腰の手術が続き、2017年4月には4度目の手術で腰の骨を固定しています。同じ年の5月には運転の件で逮捕され、のちに無謀運転の罪を認めています。
そこから2018年9月、シーズン最後の大会のツアー選手権で5年ぶりに勝ち、2019年4月のマスターズで11年ぶりのメジャー優勝を果たしました。10月には日本のZOZOチャンピオンシップで82勝目を挙げ、サム・スニードの最多勝利に並びました。
2021年2月、ロサンゼルス近郊で車の単独事故を起こし、右脚を切断することも考えられるほどの大怪我を負いました。それでも2022年3月に世界ゴルフ殿堂入りし、4月のマスターズでは4日間を回り切りました。その後も右足首、腰、左アキレス腱の手術が続きました。2025年2月には母クルティダを亡くしています。
2026年3月27日にはフロリダ州で車の横転事故を起こして逮捕され、3月31日に治療に専念するため活動を休むと発表しました。9月の司法取引では、無謀運転の罪を認めも否定もしない答弁(不抗争の答弁)をし、運転免許は5年間の停止になっています。
今の役目は2つです。PGAツアーの理事会に選手の代表として入る選手理事と、室内のゴルフリーグ・TGLのチーム、ジュピター・リンクスの主将です。6月には、2028年からのツアーの新しい大会の形を発表する席で、公の場に戻りました。アメリカと欧州の対抗戦、2027年のライダーカップの主将は引き受けていません。2026年11月の時点で、試合に戻る日は発表されていません。
座右の銘
座右の銘に一番近いのは、2000年の全米オープンの優勝会見で父の口ぐせとして紹介した「やった分だけ返ってくる。近道はない」です(名言05)。本人が座右の銘として挙げた言葉は見つかりませんでした。
タイガー・ウッズの名言60選

タイガー・ウッズは、勝った日も、怪我で先が見えなかった日も、会見で自分の言葉で話してきました。本人の名言として日本の名言サイトで広まっている「他人の期待に耳を傾けるな」「負けていても勝てると信じろ」は、どちらも本人が会見で話した言葉が元です。
名言のすぐ下に英語の原文があり、日本語はActivel編集部の訳です。
父アールの教えと少年時代を語った名言
タイガー・ウッズの父アールは、息子にゴルフと心の持ち方を教えた人です。ジュニアの頃、肌の色を理由にクラブハウスに入れてもらえなかった時も、本人が気にしたのはコースのことだけでした。
01「勝てると思えないなら、大会には来ない。それだけのことだ。2位やトップ10、予選通過のために来るんじゃない。勝つために来ている」
“Put it this way, if I didn’t feel that I could win, I wouldn’t come to a tournament. It is that simple. I don’t go to a tournament to play for second or finish top 10 or make the cut or anything like that. I go to win.”
— 1996年6月、アマチュアで出た全米オープンの開幕前の会見で
02「すべてだよ。心は、僕のいちばん強いところだと思う。考えながらコースを回れることが、僕の最大の武器なんだ」
“Everything. It really does. My mind is — I feel it’s the strongest part about me. It’s the biggest asset I have is to be able to think myself around the golf course.”
— 1997年6月、全米オープンの開幕前の会見で
03「両親に教わったことの一つは、他人の期待に耳を貸すなということ。自分の期待に応えて生きればいい。僕は人のために生きているんじゃない。自分のために生きている」
“Well, one of the things that my parents have taught me is never listen to other people’s expectations. You should live your own — live — and live up to your own expectations … I don’t live for them. I live for me.”
— 1997年6月、全米オープンの開幕前の会見で
04「僕はずっと心が強かった。育つ中で耐えなければならないことがあったからだ。…父の人生の経験と教え、それに母からたくさん教わったことで、僕はたいていの人より強い」
“I’ve always been pretty tough mentally, because of the things I’ve had to endure growing up … With my dad’s experiences in his life and some of the teachings he’s given me, and a lot by my mom, that I’m tougher than most.”
— 1997年5月、メモリアル・トーナメントの開幕前の会見で
05「正直に言うと、懸命な練習に代わるものはない。父はいつも言っていた。やった分だけ返ってくる。近道はない、と」
“to be honest with you, there’s really no substitute for hard work. My dad has always said, you get out of it what you put into it, and there’s no shortcuts.”
— 2000年6月、全米オープンの優勝会見で
06「1番ティーはどこで、コースレコードはいくつか?」
“Where was the first tee and what was the course record?”
— 2022年3月、世界ゴルフ殿堂入りのスピーチで
07「子どもの頃を振り返るたびに、顔がほころぶ。誰にでもあることじゃないから、僕はとても運が良かった」
“And I can say that with truth and honesty that I have a smile on my face every time I think back to my childhood because not everyone has that. I was very lucky.”
— 2006年6月、父の死の後で初めて出た全米オープンの開幕前の会見で
プロ転向と1997年マスターズ初優勝の名言
1996年8月にプロになり、翌年4月のマスターズで最年少優勝するまでの言葉です。マスターズの初日の立て直しは、2017年に出した著書『The 1997 Masters: My Story』で本人が振り返っています。
08「どうやら、ハロー・ワールドってところかな」
“I guess, hello world, huh?”
— 1996年8月、プロになって最初の会見の第一声
09「この気持ちは、言葉にするのが本当に難しい。ずっと苦しい戦いで、最後は運良く勝てた」
“It’s really hard to describe the feeling … It’s been a hard struggle all the way, and then I got lucky and won it in the end.”
— 1996年10月、ツアー初優勝の直後に
10「絶対にあきらめない。負けていても、終わりじゃない。…どれだけ離されていても、勝てると信じ続けなきゃいけない。自分を信じることだ」
“… never give up, that is for sure, when you are down, you are not out. … you always have to believe that you can win no matter how far down you are, got to have that belief in yourself.”
— 1997年8月、NECワールドシリーズ・オブ・ゴルフの開幕前の会見で
11「10番ティーへ歩きながら、何よりも確かに分かっていたことがある。この出だしで、私が終わることはない」
“I knew one thing above all as I walked to the 10th tee: My start wasn’t going to finish me”
— 2017年の著書で、1997年マスターズの初日を振り返って
12「先駆者は僕じゃない。チャーリー・シフォード、リー・エルダー、テッド・ローズ。道を切り開いたのは彼らだ。…18番を上がりながら、彼らに小さな感謝の祈りをささげた」
“I wasn’t the pioneer. Charlie Sifford, Lee Elder, Ted Rhodes, those are the guys who paved the way. … Coming up 18, I said a little of prayer of thanks to those guys.”
— 1997年4月、マスターズに勝った日に
13「父がもういない今、最終ホールのあの抱擁が、自分にとってどれだけ大切だったかが分かる。…18番で父を抱きしめた時のことを振り返ると、父がいなければ、あの大会には勝てなかった」
“I guess for me, personally, now that my father is no longer here, I know how important that hug was to me on the last hole … When I hugged him on 18, looking back on it now, I could not have won that tournament without him.”
— 2007年4月、1997年のマスターズから10年たって
14「服を着たまま、グリーンジャケットを毛布のように抱いて眠った」
“I fell asleep fully clothed and hugging the green jacket like a blanket”
— 2017年の著書で、1997年のマスターズに勝った夜を振り返って
スイング改造とタイガー・スラムの名言
1997年のマスターズの後、本人はコーチのブッチ・ハーモンとスイングを作り直しました。優勝が減った1998年を越え、2000年の全米オープンから2001年のマスターズまで、メジャーに4大会続けて勝っています。
15「挑戦は好きだよ。人にそう言われるのも好きだ」
“You know, I like the challenge. I like when people say that.”
— 1998年6月、スイング改造中の全米オープンの開幕前の会見で
16「去年みんなに話したとおり、今はスイングを変えていて、あとはそれに辛抱強く付き合うだけだった」
“It’s just, as I told everybody last year, that I’m making these changes and it’s just a matter of being patient with them.”
— 1999年6月、メモリアル・トーナメントの優勝会見で
17「自分の力をずっと強く信じてきた。大会でそれを証明してきたけど、それ以上に、誰もいない練習で証明してきた」
“I’ve always had a tremendous belief in my abilities. I’ve proven it in tournaments. But more so, I’ve proven it in practice sessions when no one’s been around.”
— 2000年6月、全米オープンの優勝会見で
18「父はずっと僕の力を強く信じていたし、僕もそうだった。違いは、父は口に出し、僕は出さなかったこと。僕はクラブに語らせた」
“I think my dad has always had a big belief in my abilities, and so have I. The only difference is he stated them and I didn’t. I let my clubs do the talking.”
— 2000年6月、父の日に勝った全米オープンの優勝会見で
19「勝って泣いたことも、負けて泣いたこともある。でも、あんな気持ちは初めてだった」
“I’ve cried after wins. I’ve cried after defeats. But I’ve never had that feeling before”
— 2001年4月、メジャー4連勝を決めたマスターズの優勝会見で
20「メジャーに勝つことは考えていた。でも4つ続けてというのは頭に無かった。4つ勝つには、まず1つ勝たなきゃいけないから」
“I’ve thought about winning majors, yes, but I don’t think four ever entered, because you need to win one in order to win four.”
— 2001年4月、同じマスターズの優勝会見で、子どもの頃の夢を聞かれて
練習とうまくなり続けることを語った名言
勝ち続けた時期も、本人は練習の手を止めませんでした。全米オープンと全英オープンに勝った2000年の夏にも、勝つことはいつも上達の物差しになるわけではないと話しています。
21「コースの攻め方や、ゴルフへの考え方は、いつだってもっとうまくなれる。それは終わりのない過程で、ずっと伸ばしていける」
“And I can always get better at my course management and the way I approach thinking about the game. And that’s just an infinite process which I can always improve on.”
— 1996年10月、プロ1年目のツアー選手権の開幕前の会見で
22「逆境からも、勝つことからも、多くを学ぶ。僕の目標は、回るすべてのラウンドから何かを学ぶこと。…学んだことを持ち帰って、分析して、良くしていける」
“Yeah, you learn a lot through adversity, you learn a lot through winning. My goal and objective is to learn something from every round of golf I play … as long as I can learn something, I can take it back home, analyze it and improve on it.”
— 1997年5月、メモリアル・トーナメントの開幕前の会見で
23「毎年、もっといい選手になりたい。それは今年より多く勝つという意味じゃない。勝つことが、いつも上達の物差しになるわけじゃない」
“I want to be a better player every year … It doesn’t necessarily mean that I will have to win more events than this year. Winning is not always a barometer of improvement.”
— 2000年8月、全米プロ選手権の前に
24「毎年自分に言い聞かせていて、みんなにも言い続けているのは、年の終わりには年の初めより良い選手になっていたいということ。それをキャリアの最後まで毎年続けられたら、かなりいいキャリアになる」
“I think the thing I keep saying to myself every year and I keep telling all of you guys this, is that I want to become a better player at the end of the year than I was at the beginning of the year. And if I can keep doing that year after year for the rest of my career, I’ll have a pretty good career.”
— 2002年4月、マスターズ2連覇の優勝会見で
25「完成したと思える日は来ない。もし来たら、やめたほうがいい。もうたどり着いていて、それ以上うまくなれないのだから」
“I don’t think you’re ever there. You never arrive, but if you do, you might as well quit because you’re already there. Can’t get any better.”
— 2005年4月、マスターズの優勝会見で
26「これが醍醐味だ。だから戦うし、あれだけの時間を練習に注ぐ。ずっと積み重ねて、この場面に自分を置き、自分に何ができるかを確かめるんだ」
“This is a thrill. This is why you compete and why you practice all those hours. You log in all the time to put yourself in that position and see what you’ve got.”
— 2005年4月、同じマスターズの優勝会見で、ディマルコとの争いについて
27「緊張、震え、居心地の悪さ。全部ある。それも含めてゴルフで、だから好きなんだ。その居心地の悪い場面に備えて自分を鍛え、乗り越えるために練習する」
“Nervous, shaky, uncomfortable, yeah, all of it. That’s part of it. That’s why you love it. That’s why we practice, to build up ourselves in that one uncomfortable situation and bury it.”
— 2024年7月、全英オープンの開幕前の会見で
父の死と2006年全英オープンの名言
2006年5月3日、タイガー・ウッズの父アールが74歳で亡くなりました。父の死から約2か月半後の全英オープンで、本人は人前で泣いています。
28「父は私の親友で、最高の手本でした。とても寂しくなります」
“My dad was my best friend and greatest role model, and I will miss him deeply”
— 2006年5月、父アールが亡くなった日の声明で
29「正直に言うと、いちばんつらかったのはゴルフに戻ることだった。父とのいい思い出の多くが、ゴルフ場にあるから」
“I think one of the hardest things for me in all honesty was to get back to the game of golf because a lot of my memories, great memories that I have with my dad are at the golf course.”
— 2006年6月、父の死の後で初めて出た全米オープンの開幕前の会見で
30「その瞬間、一気にあふれ出た。父が僕とゴルフにとってどんな存在だったか、そのすべてが。もう一度だけ、父に見てほしかった」
“But at that moment it just came pouring out and of all the things that my father has meant to me and the game of golf, and I just wish he could have seen it one more time.”
— 2006年7月、全英オープンの優勝会見で
左膝の怪我を押して勝った2008年全米オープンの名言
2008年の全米オープンは、左膝の靭帯が切れ、左のすねの骨を2か所疲労骨折した状態での出場でした。その体でロッコ・メディエートとのプレーオフを含む91ホールを戦い抜き、怪我のことは優勝の2日後に明かしました。
31「あそこでも言ったけど、これがたぶん今までで最高の優勝だ。いろいろ考えると、どうしてこの場所にいられるのか、正直分からない」
“As I said out there, I think this is probably the best ever. All things considered, don’t know how I ended up in this position, to be honest with you.”
— 2008年6月、全米オープンの優勝会見の最初の言葉
32「重圧は、もちろんある。緊張していた。それはいいことだ。大事に思っている証拠だから」
“Well, it’s pressure, there’s no doubt. I was nervous and that’s a good thing. That means you care.”
— 2008年6月、同じ優勝会見で
33「言い訳は一つもない。ただプレーするだけだ」
“And there’s never any excuses, you just go play.”
— 2008年6月、同じ優勝会見で、怪我を抱えて戦ったことを聞かれて
34「とにかく続けるだけ。ゴールラインは無い。押して押して押し続ける。今週はそうしてきた」
“You just keep going. And there’s no finish line, you just keep pushing and pushing and I did all week.”
— 2008年6月、同じ優勝会見で
2010年の謝罪から世界1位に戻るまでの名言
2009年11月に私生活の騒動が明るみに出て、本人は競技を離れました。2010年2月19日の声明で謝罪し、2012年に再び勝ち始め、2013年3月には世界ランク1位に戻っています。
35「皆さん一人ひとりに、率直に伝えたい。私の無責任で自分勝手な行いを、深くおわびします」
“I want to say to each of you, simply and directly, I am deeply sorry for my irresponsible and selfish behavior I engaged in.”
— 2010年2月19日、騒動の後に初めて人前で読んだ声明で
36「私がしたことは許されることではありません。責められるべきは、私ひとりです」
“What I did is not acceptable, and I am the only person to blame.”
— 2010年2月19日、同じ声明で
37「いつの日か、もう一度私を信じられるように、皆さんの心の中に場所を空けてほしい。そうお願いします」
“I ask you to find room in your heart to one day believe in me again.”
— 2010年2月19日、同じ声明の締めくくりで
38「勝たなければいけないんじゃない。勝ちたいんだ」
“As far as needing to win, no, you don’t need to win; you want to win.”
— 2012年3月、アーノルド・パーマー招待の優勝会見で
39「ただ言っていた。辛抱しろ、もうすぐ来る、と」
“I just said, be patient, it’s coming.”
— 2012年3月、同じ優勝会見で
40「向き合うしかなかった。健康になれれば、高いレベルでプレーできると分かっていた」
“Well, I had to look at it. If I get healthy, I know I can play this game at a high level.”
— 2013年3月、世界ランク1位に戻った日の会見で
腰の手術と2019年マスターズ復活の名言
2014年から腰の手術が続き、2017年4月には腰の骨を固定する4度目の手術を受けました。タイガー・ウッズの復活は、2018年9月の5年ぶりの優勝と、2019年のマスターズでの11年ぶりのメジャー優勝です。
41「いちばんつらいのは、楽しみにできるものも、目指して積み上げられるものも、何も無いこと。トンネルの先の光は、どこにあるんだ」
“The hardest part for me is there’s really nothing I can look forward to, nothing I can build towards. Where’s the light at the end of the tunnel?”
— 2015年12月、自ら主催するヒーロー・ワールド・チャレンジの会見で
42「8回も手術をした後の100%が何なのか、分からない。でも、できるだけ近づけるようにやってみる。一歩ずつ進むだけ。過程の途中で、急いではいない」
“I don’t know what 100 percent means after eight surgeries, but I’ll try and get as close as I can to that number, yes. But as I said, we just take it one step at a time. It’s a process, and I’m in no hurry.”
— 2017年9月、プレジデンツカップの副主将としての会見で
43「どん底は、痛みなく生きられる日がまた来るのか分からなかったこと。…ゴルフどころじゃなかった。座れず、歩けず、横になっても腰と脚の痛みが消えなかった」
“Probably the low point was not knowing if I’d ever be able to live pain-free again. … I was beyond playing. I couldn’t sit. I couldn’t walk. I couldn’t lay down without feeling the pain in my back and my leg.”
— 2018年9月、5年ぶりに勝ったツアー選手権の優勝会見で
44「2年ほど前のことがあって、本気で疑っていた。歩くのもやっとで、座れなかった。…でも突然、またクラブを振れると気づいた。…体は昔と同じじゃない。でも、手はまだいい」
“I had serious doubts after what transpired a couple years ago. I could barely walk. I couldn’t sit. … But then all of a sudden, I realized I could actually swing a golf club again. … The body’s not the same as it was a long time ago, but I still have good hands.”
— 2019年4月、マスターズの優勝会見で
45「あきらめないのは当然のこと。いつも戦う。あきらめるという選択肢は無い。…毎朝目が覚めると、目の前にはいつも挑戦がある。戦い続けて、乗り越え続けるんだ」
“Well, you never give up. That’s a given. You always fight. Just giving up’s never in the equation. … We wake up every morning, and there’s always challenges in front of us, and keep fighting and keep getting through.”
— 2019年4月、同じマスターズの優勝会見で
46「思い描いた絵に向かって打て。父がいつもそう教えてくれて、コースではずっと自分にそう言い聞かせていた。思い描いた絵に向かって打て、と」
“Just putt to the picture. That’s what he always taught me to do and that’s what I just kept telling myself out there, just putt to the picture.”
— 2019年4月、同じマスターズの優勝会見で、父の教えを聞かれて
47「PGAツアー史上最多の勝利数で、サム・スニードに並べて光栄です。母さん、父さん、支えてくれたみんな、ありがとう。ヒデキは地元ですばらしい戦いをした。日本でこれを成し遂げたことは、決して忘れません」
“It’s an honor to be tied with Sam Snead for most wins in @PGATOUR history. Thanks Mom and Pop and everyone who helped make this possible. Hideki put up an amazing fight on his home soil, but to do this in Japan is something I’ll never forget.”
— 2019年10月、ZOZOチャンピオンシップで82勝目を挙げた後の本人の投稿
事故と怪我の後、今を語った名言
2021年2月、ロサンゼルス近郊で起こした車の事故で、右脚に大怪我を負いました。この後もタイガー・ウッズの怪我は右足首、腰、左アキレス腱と続きました。2026年3月には、フロリダ州で再び事故を起こしています。
48「片脚で病院を出ることになるかどうか、50/50とまでは言わないけど、それに本当に近い時があった」
“There was a point in time when, I wouldn’t say it was 50/50, but it was damn near there if I was going to walk out of that hospital with one leg.”
— 2021年11月、事故の後に初めて受けたインタビューで
49「ここで父の教えが生きた。軍隊では、銃撃戦がどれだけ続くか分からない。5秒かもしれないし、5時間かもしれない。…終わりがいつか分からない。そこがつらいところだ」
“This is where my dad’s teachings came into play. Being in the military, you don’t know how long a firefight’s going to take. It could last five seconds, it could last five hours. … You don’t know when the end is. That’s the hard part.”
— 2021年11月、同じインタビューで、リハビリについて
50「感謝。本当に、本当に感謝している。…僕たちは大きな仲間なんだ」
“Thankful. Yeah, very, very thankful. … We’re a big fraternity.”
— 2022年4月、事故の後に戻ったマスターズの開幕前の会見で
51「本当に胸がいっぱいだ。1995年からここに来ている。…ここセント・アンドリュースでの全英オープンは、これが最後かもしれないと感じた。…ジャックとアーノルドが昔どんな思いだったか、分かった」
“Yes, it’s very emotional for me. I’ve been coming here since 1995 … So to me it felt like this might have been my last British Open here at St Andrews. … I understand what Jack and Arnold had gone through in the past.”
— 2022年7月、全英オープンで予選落ちが決まった後に
52「頑固さだね。見てのとおり、僕は少し頑固なんだ。懸命にやることを信じているし、やった分だけ返ってくると信じている。…1打1打に意味がある」
“Stubbornness. Yeah, you guys have seen me. I’m a little on the stubborn side. I believe in hard work, and I believe in getting out there and getting out of it what you put into it. … Each and every shot means something.”
— 2023年4月、マスターズの開幕前の会見で
53「母は、まさに自然の力そのものでした。…私のいちばんのファンで、最大の支えでした。母がいなければ、私の成し遂げたことは何一つできませんでした」
“My Mom was a force of nature all her own, her spirit was simply undeniable. … She was my biggest fan, greatest supporter, without her none of my personal achievements would have been possible.”
— 2025年2月、母クルティダが亡くなった日の本人の投稿
54「この体は、24歳、25歳の頃のようには回復しない。でも、やっていないわけじゃない。…それでもやり続ける。プレーしたいんだ。あの大会が好きだし、19歳の時からそこにいるのが大好きだった」
“Just this body is — it doesn’t recover like it did when it was 24, 25. It doesn’t mean I’m not trying. … But I keep trying. I want to play. I love the tournament. I’ve loved being there since I was 19 years old.”
— 2026年3月24日、TGLの決勝の後の会見で、マスターズについて
ほかの選手を語った名言
タイガー・ウッズは、ほかの競技のスターとも親しく付き合ってきました。ゴルフの先輩や、日本の松山英樹について語った言葉もあります。
55「子どもの頃、彼に憧れていたし、今もそうだ。親友の一人で、兄のような存在で、助けてくれる。…ゴルフ界のマイケル・ジョーダンになりたいと言ったのは、コートの上の活躍だけでなく、彼のふるまい全体が理由なんだ」
“as a kid I used to look up to him and still do. He’s one of my best friends and is one of — he’s a big brother to me, helps me out. … That’s one of the reasons I said I’d like to be the Michael Jordan of golf, not only because of his on-court performances but just the way he conducts himself in general.”
— 1997年5月、メモリアル・トーナメントの開幕前の会見で
56「僕たちは、心の面、準備の面で特に通じ合った。…細かいことに気を配り続けなければいけない。それを、彼はたぶんNBAの歴史のどの選手よりもうまくやった」
“We really connected more on the mental side of it, the prep, how much it takes to be prepared. … you’ve still got to pay attention to the details, and that’s what he did better than probably any other player in NBA history.”
— 2020年1月、コービー・ブライアントの死を知った日に
57「僕はジャックを見て育った。子どもの頃から彼の記録を超えようとしてきて、今も挑み続けている。彼は本当に高い基準を作った」
“But I grew up watching Jack. And to watch him and, you know, try and beat his accomplishments growing up as a kid, to this day you’re still trying. He set the bar very high.”
— 1999年6月、ジャック・ニクラスが主催するメモリアル・トーナメントの優勝会見で
58「あなたのいないゴルフも、キングほどゴルフにとって大切な人も、想像できない」
“It’s hard to imagine golf without you or anyone more important to the game than the King.”
— 2016年9月、アーノルド・パーマーが亡くなった日の本人の投稿
59「日本の誇りだね、ヒデキ。あなたとあなたの国にとって大きな偉業、おめでとう。この歴史的なマスターズの優勝は、ゴルフの世界全体に影響を与える」
“Making Japan proud Hideki. Congratulations on such a huge accomplishment for you and your country. This historical @TheMasters win will impact the entire golf world.”
— 2021年4月、松山英樹のマスターズ優勝を祝った本人の投稿
60「話すのは心の持ち方のこと。僕たちがしていることに何が必要か、そのすべてをどう扱い、どう釣り合いを取るか。お互いの頭の中を探り合うんだ」
“It’s more the mind-set: what it takes to do what we do, how do you manage all that, the balancing act. We pick each other’s brain.”
— 2006年、テニスのロジャー・フェデラーについて、TIMEの取材で
日本で広まり、本人の言葉と確かめられない言葉
次の言葉は、日本でタイガー・ウッズの名言として広まっていますが、本人の言葉とは確かめられませんでした。
パットについてのタイガー・ウッズの名言として出てくる「届かないパットは入らない」は、昔からあるゴルフの格言です。英語では Never up, never in と言い、作者の名前はありません。「勝つことはすべてではないが、勝つために準備することはすべてだ」も、アメリカのコーチたちの間で伝わる格言です。
「私たちは皆、決断を下す。しかし最終的には、その決断が私たちを形作る」は、2007年のテレビゲーム『バイオショック』の登場人物の台詞です。「2位は最初の敗者」も、作者の分からないスポーツの決まり文句です。2010年2月の声明の「人生で大事なのは、何を成し遂げたかではなく、何を乗り越えたかだ」は、本人が「前に聞いたことがある」と前置きして引いた言葉です。
2005年10月のアメリカン・エキスプレス選手権のプレーオフで、相手のジョン・デーリーのパットに「入れ」と念じたという話は、その日の優勝会見の書き起こしに出てきません。本人は、相手が短いパットを外して決まったことを「あんな勝ち方をするものじゃない」と話しています。
次の言葉も、元の英語と場面が見つかりませんでした。
- 困難は避けるべきものではなく、乗り越えるべきものだ
- 出場回数は関係ない。自分の最高のゲームを自らどう醸し出せるかだ
- 明日の私は今日の私より良くなっている
「どれだけうまくなっても、もっとうまくなれる」も元の英語は見つかりませんでしたが、同じ考えは本人がプロ1年目から話しています(名言21・名言25)。「勝利が全てを解決する」は本人の口ぐせですが、本人より古い言葉です(下のよくある質問で答えています)。
よくある質問(Q&A)
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