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溝口勇児の名言60選!著書『持たざる者の逆襲』とXの語録

溝口勇児の名言60選!著書『持たざる者の逆襲』とXの語録

溝口勇児はヘルスケアの会社FiNCを起業し、格闘技イベントのブレイキングダウンでCOOを務める起業家です。著書『持たざる者の逆襲』の言葉からXの語録まで、挑戦に迷った時に背中を押してくれる溝口勇児の名言60選です。どの名言も、言った時期と場面がわかります。

2026.10.29 | 格闘技

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公式ライター
Activel編集部

溝口勇児は、1試合1分の格闘技イベント・ブレイキングダウンの経営に加わって COO(最高執行責任者)を務め、自分も選手として試合に出る起業家です。3歳の時に両親が離婚して貧しい家庭で育ち、体育の先生になる夢に必要な大学への進学をあきらめて、17歳でトレーナーになりました。20代前半に任されたジムでは、スタッフを半分に減らせという命令に「首を切るならストライキする」と抗議して撤回させましたが、そのせいで店は2年足らずで閉じることになりました。仲間と会員の居場所を守れなかったその悔しさを抱えて、27歳でヘルスケアの会社 FiNC を起業しました。迷った時は自分が成長できるほうを選び、怖くても一歩を踏み出してきた溝口勇児の名言は、仕事や挑戦の前で立ち止まっている人の背中を押してくれます。初めての著書『持たざる者の逆襲』の「人生は選択の総和」から、FiNC を起業した理由としてブログに書いた「力を得るため」、いま X に書き続けている挑戦の言葉まで、それぞれの言葉が生まれた場面と一緒に読んでいきましょう。

溝口勇児のプロフィール

溝口勇児は、東京都出身の起業家です。17歳でトレーナーとして働き始め、2012年にヘルスケアの会社 FiNC を起業しました。2021年後半からは格闘技イベントのブレイキングダウンの経営に加わり、2023年からは自分も選手として戦っています。

基本プロフィール

今の本業は、2026年9月に名前を変えた YOAKE Group の CEO(最高経営責任者)です。エンタメ・マーケティング・教育の約30社が集まるグループで、ブレイキングダウンや番組 REAL VALUE もこのグループの事業に入っています。

項目 内容
生年月日 1984年11月23日
出身地 東京都
今の肩書き YOAKE Group CEO
ほかの肩書き REAL VALUE(番組の運営会社)CEO・ブレイキングダウン COO
起業した会社 FiNC(2012年)
著書 『持たざる者の逆襲』(2023年)
ブレイキングダウンの戦績 6戦6勝
座右の銘 人生は選択の総和

生い立ちからFiNC、ブレイキングダウンまでの歩み

溝口勇児のFiNCの起業からブレイキングダウン、REAL VALUE、YOAKE Group までの歩みと、主な名言が生まれた年をまとめた年表

溝口勇児が育ったのは、本人が「現代では稀に見るくらい貧乏」と振り返る家でした。3歳で両親が離婚して母に引き取られ、高校を卒業するまでに10回以上引っ越しています。体育の先生になる夢は家の事情であきらめ、17歳でトレーナーとして働き始めました。20代前半に任された新しいジムは2年足らずで閉じることになり、約1,500人の会員とスタッフに別れを告げた悔しさが、起業を決めるきっかけになりました。

  • 2012年4月: 生まれて1万日目の日に、27歳で FiNC を創業
  • 2020年1月: FiNC の CEO を退いたことを発表
  • 2021年後半: ブレイキングダウンの経営に加わる
  • 2023年2月: ブレイキングダウンの新しい経営体制で COO に
  • 2023年5月: ブレイキングダウン8(8回目の大会)で選手として初めて戦い、判定勝ち
  • 2023年12月: 初めての著書『持たざる者の逆襲』を出版
  • 2024年7月: 堀江貴文・三崎優太と REAL VALUE を設立し、CEO に
  • 2026年9月: ブレイキングダウン21 で、地下格闘技で知られるヒロ三河に延長の判定で勝つ
  • 2026年9月: グループの名前を YOAKE Group に変え、CEO として再出発

REAL VALUE は、志願した起業家が自分の事業を発表し、溝口勇児たち経営者が企業価値を評価してアドバイスする番組です。ブレイキングダウンでの6勝は、KO 勝ちが3つ、判定勝ちが3つです。

座右の銘

溝口勇児の座右の銘は「人生は選択の総和」です。FiNC の社長だった2019年7月、本人の note に「誰と過ごすのか、何を食べるのか、どんな時間の使い方をするのか。今の人生はこれまで積み上げてきた全ての選択によって作られています。」と書き、「人生は選択の総和」を座右の銘として挙げました。2023年のインタビューでも同じ言葉を挙げて「人生の最後を迎えるときに、この言葉を好きでいられる人生でありたい」と話し、その年に出した本では、最初の節の題にしています。

ほかに好きな名言として挙げているのは、昔からある相場の格言「人の行く裏に道あり花の山」と、「奇跡はあきらめない人を探している」です。

溝口勇児の名言60選

溝口勇児の名言には、つまずいた時に何を考えたかを語った言葉が多くあります。任されたジムを閉じた20代、FiNC の CEO を退いた35歳、ダウンを奪われてから逆転の KO で勝った40歳と、時期が変わっても、逃げない、投げ出さないという思いが何度も出てきます。

著書『持たざる者の逆襲』の名言

『持たざる者の逆襲 まだ何者でもない君へ』は、溝口勇児が2023年12月に幻冬舎から出した初めての著書です(幻冬舎の本の紹介)。「選択」「成長」「運と縁」「解釈」「勇気」の5つの章に35の節があり、節の題の多くは「心のサイドブレーキを引くな」のように短く言い切る言葉です。節の題のいくつかは、本を出す前のインタビューでも同じ考えを語っていたものです。

01「人生の中で最も後悔するのは後悔する人生を生きることである。」

— 2023年11月、本の出版を伝えた会社の発表で、本人の考えとして

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発言時期: 2023年11月22日

発言状況: 溝口勇児が代表を務めていた会社 BACKSTAGE が、初めての本を幻冬舎から出すことを伝えた発表の中で、本人の考えとして紹介された言葉です。エピソードを多くしたのは若い人や本を読まない人にも読めるようにするためで、本人に入る印税は、恵まれない環境で育つ子どもたちのために全額寄付すると、同じ発表で明かされました。

出典: 本人の会社の発表(2023年11月22日)

02「人生は選択の総和」

— 2023年12月に出した著書の、一章「選択」の最初の節の題

03「経験したことがないものに情熱は注げない」

— 同じ著書の一章「選択」の節の題

04「夢や志は努力した先に神様が与えてくれる」

— 同じ著書の一章「選択」の節の題

05「掲げた目標は常に念頭に置け」

— 同じ著書の一章「選択」の節の題

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発言時期: 2023年12月(著書の発売)

発言状況: 本を出す8か月前、2023年4月のインタビューで夢を叶える秘訣を聞かれた溝口勇児は、流れ星を例に同じ考えを話しています。手帳に書く、神社でお祈りをするといった夢の叶え方を挙げた後、「流れ星を見つけてから消えるまでは一瞬ですよね。そんな一瞬の出来事でも即答できるほどに常に念頭にあるような夢や目指す未来ならば、日々の選択を誤る確率は下がります」と続けました。

06「それぞれの人に1024通りもの未来があるとするならば、その中のただの一つも自分の夢に繋がっていないなんてことはあり得ないと僕は思うのです」

— 2023年4月のインタビューで、夢を叶える秘訣を聞かれて

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発言時期: 2023年4月に公開されたインタビュー

発言状況: 学生に向けた講演では、いつも「2の10乗」のスライドを出していると話し、「人生には大きな2本の分かれ道が存在していて、それを10回選択すると1024通りの未来がある」と説明した後の言葉です。夢にたどり着けなかったとしたら、それは妥協や惰性、勇気を出せなかったことなど、一つ一つの選択の質が悪かったからだ、とも話しました。この考えは、同じ年の12月に出した本で、一章「選択」の節「1024通りの未来」になりました。

07「初めの1万日が人生を決める」

— 同じ著書の二章「成長」の節の題

08「脈拍を上げる挑戦が自分を成長させる」

— 同じ著書の二章「成長」の節の題

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発言時期: 2023年12月(著書の発売)

発言状況: 本を出す1年前、2022年12月のインタビューで、溝口勇児は仕事を「究極の自由を掴むためにやるもの」と話し、その自由を「孤独や退屈や不安がない」状態だと説明しています。そのうえで「それを掴むためには脈拍が上がる挑戦が必要です。脈拍が上がるようなものでなければ、それを挑戦とは言いません。」と語りました。自分が老いていないか心配になったら、まず脈拍を上げられているかを自分に問いかけてほしい、とも話しています。

09「心のサイドブレーキを引くな」

— 同じ著書の二章「成長」の節の題

10「自分に刺激を与えてくれる30人を周りに置け」

— 同じ著書の二章「成長」の節の題

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発言時期: 2023年12月(著書の発売)

発言状況: 2023年4月のインタビューでも、溝口勇児は「自分に刺激を与えてくれる仲間と一緒に働くということは、自分に才能があること以上に人生を大きく左右する」と語りました。本では、この考えが「30人」という数を入れた言い方になりました。

11「一緒に高め合える仲間にGIVERであれ」

— 同じ著書の三章「運と縁」の節の題

12「奇跡はあきらめない人に味方をする」

— 同じ著書の三章「運と縁」の節の題

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発言時期: 2023年12月(著書の発売)

発言状況: 溝口勇児は2021年1月の note で、「奇跡はあきらめない人を探している」という言葉を大切にしていると書いていました。人生はいつも綱渡りだったけれど、何があってもあきらめないと腹を括っているので、遠回りをしても最後は目的地に着ける自信がある、とも書きました。本の節の題は、この言葉を自分の言い方にしたものです。

13「事実は一つ、解釈は無数」

— 同じ著書の四章「解釈」の最初の節の題

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発言時期: 2023年12月(著書の発売)

発言状況: 本の発売の直前、2023年12月のインタビューで怒りや悲しみを乗り越える方法を聞かれた溝口勇児は、「物事は全てが解釈で決まる」と答えています。大きな失敗をしても、それは成功を掴むのに必要な出来事だったと解釈すると話し、ネガティブな感情に負けずに歩み続けられるかどうかは、物事をどう解釈するかに尽きると続けました。

14「困難は選ばれた人にしか訪れない」

— 同じ著書の四章「解釈」の節の題

15「悩んだ分だけ、誰かの悩みを解決できる」

— 同じ著書の四章「解釈」の節の題

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発言時期: 2023年12月(著書の発売)

発言状況: 2023年4月のインタビューで、溝口勇児は「僕は、自分が悩んでいることは、他の誰かも悩んでいると考えるようにしています。だからそれを乗り越えることができれば、誰かの悩みに寄り添える人になれるんです」と話しています。困難や逆境を人生の糧にできるのは、自分で乗り越えようと行動した人だけだ、という話の中での言葉です。

16「未来だけでなく、過去も変えられる」

— 同じ著書の四章「解釈」の最後の節の題

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発言時期: 2023年12月(著書の発売)

発言状況: 2023年4月のインタビューで、溝口勇児は困難を自分で乗り越えた人について、「そのときは苦しくとも振り返ったときに『あれがあったから今がある』と辛い過去に意味をもてるようになります」と語っています。反対に、乗り越えようとせずに投げ出しただけの過去には、ネガティブな記憶しか残らないとも続けました。

17「勇気とは恐れを抱かないことではなく、恐れを抱いても行動する度胸気概があること」

— 同じ著書の五章「勇気」の最初の節の題

18「成功者が共通して話す言葉『失敗ばかりしてきた』」

— 同じ著書の五章「勇気」の節の題

19「本当の挑戦はいつも批判から始まる」

— 同じ著書の五章「勇気」の最後の節の題

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発言時期: 2023年12月(著書の発売)

発言状況: 2023年4月のインタビューで、溝口勇児は新しい挑戦や重い仕事を受けるかを考える時、周りに批判されるかどうかを判断の基準の一つにしていると話しています。その理由を「はじめから周囲に支持されてる挑戦を本当の挑戦とは言わないし、本当の挑戦の多くは否定されることからはじまると考えてる」と説明しました。日本で格闘技の有料配信は誰も買わないと言われ続けたことも、大きなやる気になったと振り返っています。

FiNCの経営者時代の名言

2012年4月、27歳でヘルスケアの会社 FiNC を起業した溝口勇児は、ブログに起業の理由を「力を得るため」と書きました。創業半年ごろには、社員の結婚式で家族から「彼をよろしくお願いします」と声をかけられ、本人の言う「願望」が「覚悟」に変わりました。1年目を「思ったよりも大変だった」と振り返った後も、つまずくたびに覚悟を口にしながら、会社を大きくしていきました。

20「私が起業をした理由は、直截簡明に言えば、『力を得るため』です。」

— 2012年9月、起業した理由を書いた本人のブログで

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発言時期: 2012年9月9日(FiNC の起業から5か月)

発言状況: この後に「叶えたい志、変えたい世の不条理、作りたい世界を体現するためには、力が必要なのだということをある時に悟りました。」と続けています。同じ記事には、「崇高な志を掲げても、絶対に正しい問題提起をしても、多くの人に影響を与えられる存在でなければ、それが叶う(解決する)ことはありません。」という一文もあります。

出典: 本人のブログ「起業した理由」(2012年9月9日)

21「起業をして1年経過して思うのは、『思ったよりも大変だった』『思ったよりも辛かった』『思ったよりも楽しくはなかった』です。」

— 2013年4月、創業から1年を振り返った本人のブログで

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発言時期: 2013年4月14日

発言状況: 同じ記事で、溝口勇児は「根拠のない自信さえも失いかけた前半戦を思えば、最高の形で終えることができたと安堵しています。」と1年目を締めくくり、「投げ出さない、逃げない、ということにおいてだけは自信があったりもします。」とも書いています。2020年9月のインタビューでも、20代に贈りたい言葉として「逃げ出さない、投げ出さない、諦めない」を挙げています。

22「本当の信頼関係というのは苦しく辛い時からしか生まれない。」

— 2013年8月、本人のブログの記事の題

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発言時期: 2013年8月16日

発言状況: 溝口勇児は、このブログを「タイトルは28年間の人生で学んだ教訓です。」と書き出しています。自分の経営のやり方では、この先崖に落ちる日が来るのはほぼ確実だと書き、「その時に一緒に乗り越えてくれるチームを今から作りたいなと思う日々です。」と、創業2年目の思いをつづっています。

23「人生における頂上の高さは周囲の期待の総量で決まるということです。」

— 2014年5月、FiNC の創業2年の頃に書いた本人のブログで

24「力がなければ、極端に言えばどんなに思いが強くても叶えられない、誰も救えない、誰も助けられない。」

— 2015年8月のインタビューで、20代で任されたジムを閉じた時を振り返って

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発言時期: 2015年8月の取材

発言状況: 20代前半、溝口勇児は、勤めていた会社が栃木県宇都宮市に出した新しいジムを任されました。ところがジムは2年足らずで閉じることになり、数十人のトレーナーと約1,500人の会員に辞めてもらいました。ジムを残すために市議にまで掛け合った時の悔しさを語った言葉です。自分にもっと力があれば、従業員の首を切ることも、お客様を泣かせることもなかった。もうこういう後悔はしたくないと強く思った、と続けています。

25「想いは多くの人が持っていますが、結局実行力がなければ実現できません。想いの強さと実行力の掛け算ですからね。」

— 2015年8月のインタビューで、これからやりたい事業を語って

26「一生に一度しかないかけがえの無い人生であるわけですから、後悔するような生き方を選択してほしくないと、私は今の社員に対しても思っています。」

— 2015年8月のインタビューの最後に、仕事に迷う人へ向けて

27「夢じゃなくて志に生きている人間が多いと思うんですよね。夢と志を僕らの定義で言うと、夢は自分のため、志は人のため。」

— 2015年11月のインタビューで、FiNC の社風を聞かれて

28「成功するかしないかというのは、覚悟とビジョンだと思うんです。すべての犠牲を払ってでもやるという覚悟を持っているか、ビジョンに対してどれだけ本気か。」

— 2015年11月の同じインタビューで、起業家へのメッセージを求められて

29「何のきっかけでもいいんですけど、頑張れそうだな、と思うことをとにかく一生懸命やれば、やりたいことはあとから全部見えてくる、と思っています。」

— 起業家が集まる ICC STARTUP 2016 の登壇で

30「そもそも失敗を回避しながら成功できた人なんて、一人もいません。チャレンジして、もしだめだったらその経験を次に活かせばいいだけの話。」

— 2016年4月のインタビューで、20代のジムの閉鎖を振り返って

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発言時期: 2016年4月6日に公開されたインタビュー

発言状況: 任されたジムの経営が苦しくなった時、溝口勇児はスタッフを減らすよう求めた経営者に「スタッフの首を切るならストライキする!」と抗議し、命令を撤回させました。ところが、そのせいで店は潰れてしまい、「全ては僕の未熟な道徳観が原因です」と振り返っています。経営者には時に非情な判断も必要だと学んだ失敗の話の最後に、この言葉を語り、「これからも、誰かが作った轍を歩むつもりはありません。」と続けました。

31「例え周囲の誰からも理解されなくても、例え多くの方に後ろ指を指されたとしても、『どうしてもおれはこれをやりきりたいんだ』と全力を傾けられる仕事に出会うことができ、かつ思いを同じにするたくさんの仲間や支援者に囲まれている自分は幸せものだなと心から思います。」

— 2016年11月、32歳の誕生日に書いた本人のブログで

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発言時期: 2016年11月23日(32歳の誕生日)

発言状況: FiNC を創業して4年半がたった誕生日に、フィットネスやヘルスケアの仕事を始めて15年目になったことを振り返って書いた文です。同じ記事には、「小さな達成で自分の人生を良しとしない、できる最高の価値を社会に残すことが人生の達成感を高める、最高の自分以下では満足しない」という言葉も並んでいます。

32「全然いい。ビジョンは最初からなくてもいいよ。最初から持てるものじゃない。」

— 2017年1月のインタビューで、ビジョンを持てないと相談してくる学生や若い人に伝える言葉として

33「あえて個人的なことを加えて言うなら、『なれる最高の自分』でありたいし、なれる最高の世界を実現したい。そこを目指せば、きっと自分はやりきったと思えて、後悔のない人生だったと思えるな、と思うんです。」

— 2018年12月、ヘルスケアの分野のイノベーターとしてアワードに選ばれた時のインタビューで、目指すゴールを聞かれて

34「目の前のことに全力で取り組んだご褒美として、本当に心から好きだと思えるものが見つかり、結果として人生をかけるだけの価値あるものを見つけられるのではないかと思っています。」

— 2019年4月、FiNC の創業7年の日に書いた本人の note で、好きなことの見つけ方について

35「世界中の人に後ろ指を指されても、一番近くの誰かが信じてくれれば、それだけで人間は頑張れたりします。」

— 同じ note で、情熱を持ち続けるには仲間が要ると書いて

36「僕の人生は実力が5%、残りの95%は運や縁です。僕はそれらにとても恵まれました。」

— 同じ note で

37「『もう疲れた』と感じたのはそれだけ頑張ったからであり、もう止めようかなと悩んだのはまだどこかであきらめていなかったからです。」

— 同じ note の、ベンチャーに関わるすべての人へ向けた節で

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発言時期: 2019年4月15日(FiNC の創業7年の日)

発言状況: 会社の創業記念日に書いた note の終わりにある、ベンチャーで働く人たちに向けた節の言葉です。続けて「怒りでふるえたのはそれだけ本気だったからであり、悲しみにくれたのはそれほどまでに真剣だったからです。」「『壁にぶつかった』のは懸命に前に進もうとしていたからであり、大きな失敗ができたのも月並みですが挑戦していたからに他なりません。」と書いています。

38「迷ったときは、自分の成長を見込める意思決定をするべき。人間は弱いから、楽な方に流れがちだけど、迷ったときは『どっちが俺成長するかな? 』と考えるようにしています。」

— 2019年6月、就活イベントの対談で、学生の質問に答えて

39「不言実行は優しく、有言実行は難しい、というのが僕の感覚です。」

— 2019年8月のインタビューで、自分にプレッシャーをかけ続ける理由を聞かれて

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発言時期: 2019年8月に公開されたインタビュー(FiNC の創業7年)

発言状況: 続けて「前者は実現できなくても、誰にも知られることなく明日を迎えることができます。後者はリーダーの正しい姿勢だと僕は思っています。」と話しています。根っこは怠け者で傷つきやすいという溝口勇児は、目標を公言して責任を増やさなければ、目の前の逆境から逃げ出していたかもしれないとも振り返りました。

40「スイッチが入ったんですよね。もうやるしかない。『願望』が『覚悟』に変わりました」

— 2019年8月の同じインタビューで、創業半年ごろに出た社員の結婚式を振り返って

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発言時期: 2019年8月に公開されたインタビュー(話は2012年、創業半年ごろ)

発言状況: 前の職場から一人だけ FiNC に誘った、長い付き合いの社員の結婚式での出来事です。家族や友人、結婚相手から涙ながらに「彼をよろしくお願いします」「心の底から応援してます」と声をかけられました。それまでは、解決したい課題が大きすぎて本当に自分に実現できるのかという不安がありました。それがこの日、期待してくれる人のために絶対にやり遂げたいという思いに変わった、と振り返っています。

41「ベンチャーは、仲間集めの旅だと思うんです。」

— 2019年8月の同じインタビューで

42「どうやら僕の人生の判断基準は幸せよりも何よりも『後悔しない』ということが最も優先度が高いようです。」

— 2020年1月、FiNC の CEO を退いたことを伝えた本人の note で

ブレイキングダウン・REAL VALUEとXの語録

FiNC の CEO を退いた溝口勇児は、2021年後半から格闘技イベントのブレイキングダウンの経営に加わり、2023年からは自分も選手として戦い始めました。2026年9月のヒロ三河戦は延長に入り、4人のジャッジの判定が2対2に分かれた末に、観客の票で勝ちが決まりました。経営者が起業家に助言する番組 REAL VALUE を始めてからは、新社会人や挑戦する人に向けた語録のような長い投稿を X に書くことも増えました。

43「人が老いるのは年齢を重ねたからではなく、自分の成長を見限ったり、諦めたりした時だと思います。」

— 2022年12月のインタビューの最後に

44「1年前に、『1年後は自分の想像もできないような未来でありたい』と話したんですけど、まさかこんな大きな舞台でとは想像もしていなかったので、いまだに実感がないです」

— 2023年11月、ブレイキングダウン10 で KO 勝ちした後に(39歳の誕生日)

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発言時期: 2023年11月23日

発言状況: 誕生日の当日にさいたま市で行われた試合で、ブレイキングダウンの選手・超10人ニキ神を相手に、開始30秒でひざ蹴りからダウンを奪い、KO で勝った後の言葉です。ブレイキングダウンで選手として戦うのは2戦目でした。同じ日には、初めての著書『持たざる者の逆襲』の予約も始まっています。

45「夢を叶えるために必要なのは決して諦めることなく、どんな困難にぶつかっても、ここで終わりだと思うような出来事があったとしても、 諦めずに挑戦をし続けること、行動し続けることに尽きるなと思ってます。」

— 2023年12月のインタビューで、夢を叶える秘訣を聞かれて

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発言時期: 2023年12月に公開されたインタビュー(ブレイキングダウンの年間の表彰式の後)

発言状況: 続けて「僕はいつだって奇跡は諦めない人を探してると思うし、諦めないっていう覚悟を決めた瞬間に待ってるのは成功だけだと思っているので」と話し、ブレイキングダウンに出る選手たちは、そのことを背中で見せているのではないかと語っています。同じインタビューでは、何者でもない人間が大きく飛躍していく姿が、その年に最も印象深かった出来事だったとも振り返りました。

46「失敗は言葉を変えたら、上手くいかない方法を見つけたと解釈できると思います。」

— 2023年12月の同じインタビューで、怒りや悲しみを乗り越える方法を聞かれて

47「自分らしく生きるためには実力もお金も強力な仲間も必要だし、それらを手に入れる過程は相応の覚悟も代償も必要。」

— 2024年6月の本人の X で、FiNC を一緒に作った仲間と会った日に

48「朝倉未来は僕に理不尽が及ぶとニコニコ楽しそうにしてるんですよ!片思いすぎん?」

— 2024年9月、ブレイキングダウン13 で KO 勝ちした後のマイクで

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発言時期: 2024年9月1日

発言状況: 自分を嫌っていると話す相手に KO で勝った後、ブレイキングダウンの社長の朝倉未来が、また同じような試合を組むかもしれないと口にしました。それを受けて、溝口勇児がマイクを取ります。「みんな朝倉未来のこと好きだと思うんですよ。僕も好きなんですよ。」と話し始め、最後は「毎回試合させようとすんな!(笑)」と返して、会場を笑わせています。朝倉未来の体づくりは、朝倉未来の筋肉とトレーニングの記事で紹介しています。

49「このプロジェクトを通して、本物の経営者をたくさん世に送り出していきたいと思っています。」

— 2024年10月、REAL VALUE の本格的な始動を伝えた本人の X で

50「さっと30代を振り返ると、試練や挑戦、葛藤や苦闘が多い日々だったと思います。ただ、今この瞬間を今の場所で迎えられたのは、そうした日々があったからだと曇りなく思えるようになりました。」

— 2024年11月、40歳の誕生日の本人の X で

51「過去にBreakingDownの舞台での試合や若き日の喧嘩相手含めて、自分史上最も強い相手と40歳にもなって金網の中で戦うというのは自分への挑戦でもあります。」

— 同じ投稿で、12月のブレイキングダウン14 を前に

52「練習たくさんしたんですけど、気持ちだけで闘った感じです。格闘技って奥深いなって思いました。」

— 2024年12月、ブレイキングダウン14 で KO 勝ちした後のマイクで

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発言時期: 2024年12月8日

発言状況: 40歳の誕生日の投稿で「自分史上最も強い相手」と書いていた、ラッパーの SATORU との試合です。最初にダウンを奪われながら、残り数秒で右のカウンターをあごに当て、逆転の KO で勝ちました。マイクでは「でもね、最初にダウンしてたよね。」と自分から触れてからこの言葉を話し、「ホントに皆さん、盛り上がってくれたんだったらとっても嬉しいです」と続けています。

53「だから大事なのは合議制よりも責任。(特に初期は)正しい戦略を示せるリーダーのワンマン。」

— 2025年1月の本人の X で、事業を立ち上げたばかりの時期の物事の決め方について

54「働くことは、今の自分を満たすためだけにあるのではなく、未来の自分が後悔しないようにするための選択です。」

— 2025年4月、「新社会人のみなさんへ。」と書き始めた本人の X で

55「失敗しても構わない。うまくいかない日があっても当然。恥をかくことを恐れる必要だってない。何があっても、あきらめない限り、それはすべて『未来の自分』を支えてくれる経験になります。」

— 同じ新社会人への投稿で

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発言時期: 2025年4月2日

発言状況: この投稿で溝口勇児は、「働くことは、自分が本当の自由を手に入れるための手段」だと言い切っています。成長しなければ、力がなければ、大切なものを守ることも選ぶこともできない、というのが多くの挫折から得た結論だと続け、最後は「ようこそ、社会へ。」と新社会人を迎えました。2020年9月のインタビューでも、会社を「真の自由を手に入れるための場所」と呼んでいました。

出典: 本人の X(2025年4月2日)

56「新しい挑戦を始めると、必ず『やめとけ』『無理だ』『評判が下がるぞ』と言う人が現れる。でも、それでいい。むしろそれが挑戦の大きさのバロメーター。挑戦が斬新であればあるほど、理解されない。だからおれは『批判の量=挑戦の深さ』だと思ってる。飛行機だって向かい風があるからこそ浮き上がる。」

— 2025年10月の本人の X で

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発言時期: 2025年10月9日

発言状況: 溝口勇児の成功の考え方が刺さったという人の投稿を引いて書いたものです。続けて「もしそれが、自分が考えて考えて、魂を込めて決めたことなら、周りの雑音なんて気にしなくていい。」と書き、「本当の挑戦は、いつだって否定から始まる。」と結んでいます。

57「当時のブレイキングダウンは今よりも風当たりが強くて、『どうせうまくいかないとか』『一時的なブームでしょ』とか。いろんな揶揄、誹謗中傷があった、そんな興行でした」

— 2026年1月、ブレイキングダウンの年間の表彰式で、経営に加わってからの4年を振り返って

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発言時期: 2026年1月6日

発言状況: 溝口勇児はこの言葉に続けて、選手と運営、スポンサー、応援してくれる視聴者のおかげで、大きな団体として日の目を見ることができたと感謝を伝えています。

58「まぁでもこれからレオが成功していく事実が、『自分には何もない』と思ってるやつの火をつけるきっかけになればいいと思ってたりする。」

— 2026年5月、付き人だったレオが社長になったことを伝えた本人の X で

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発言時期: 2026年5月5日

発言状況: レオはブレイキングダウンにも出ている選手で、社長になったのは運転手と秘書のサービスを手がける会社です。寝坊や遅刻を何十回もくり返したレオに厳しく接してきたことを書いたうえで、「それでも、レオは逃げなかった。投げ出さなかった。」「持たざる者だったやつが、ここまで来た。」と続け、社長の座は情ではなく実力で勝ち取ったものだと書きました。

出典: 本人の X(2026年5月5日)

59「過去イチ疲れた。めっちゃ練習してきたんだけど、ヒロさんめっちゃ強かったです。延長告げられた時に心折れかけたんですけど。」

— 2026年9月、ブレイキングダウン21 でヒロ三河に延長の判定で勝った後に

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発言時期: 2026年9月19日

発言状況: 札幌の大会で、地下格闘技で知られるヒロ三河と、どちらも負けなしどうしで対戦しました。1分では決着がつかず、延長も互角のまま判定にもつれた接戦を制して、ブレイキングダウンでは6戦6勝になりました。この言葉の後には「この後もタイトルマッチ2つ控えますんで、最後まで盛り上がりましょう」と会場に呼びかけました。

60「理不尽によって奪われる人生を、なくす。生まれや境遇に関係なく、誰もが自分の意志で人生を選べる世界をつくる。これは、私自身の人生から生まれた決意です。」

— 2026年9月、グループの名前を YOAKE Group に変えた日の、CEO のコメントで

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発言時期: 2026年9月29日

発言状況: WEIN・BACKSTAGE の名前で広げてきた約30社のグループを、YOAKE Group という一つの名前にまとめ直した日のコメントです。「『YOAKE』という名前には、社会にある孤独や不安、可能性を閉ざす構造に向き合い、夜明けをつくる存在になるという覚悟を込めました。」と書き、「YOAKEは、未来を諦めない人たちとともに、社会を前へ進めていきます。」と結んでいます。

出典: 本人の会社の発表(2026年9月29日)

よくある質問(Q&A)

Q1. 溝口勇児の本『持たざる者の逆襲』はどんな本?

2023年12月20日に幻冬舎から出た、溝口勇児の初めての著書です。副題は「まだ何者でもない君へ」で、「選択」「成長」「運と縁」「解釈」「勇気」の5章からなり、「人生は選択の総和」「事実は一つ、解釈は無数」などの名言が節の題になっています。本人に入る印税は、恵まれない環境で育つ子どもたちのために全額寄付すると発表されました。

Q2. 溝口勇児は今もブレイキングダウンのCOO?

ブレイキングダウンでは今も COO として大会の運営に関わり、2026年9月の大会には選手としても出ました。本業は、ブレイキングダウンや番組 REAL VALUE を含む約30社のグループ YOAKE Group の CEO で、2026年9月にグループの名前を変えて再出発しています。

Q3. 溝口勇児の語録はどこで読める?

今は本人の X で、仕事や挑戦についての長い投稿を続けています。FiNC を起業した頃はブログに、社長だった頃は note にも思いを書いていて、2023年に出した著書『持たざる者の逆襲』では、短い言葉が節の題として並んでいます。

Q4. 溝口勇児の座右の銘は?

「人生は選択の総和」です。2019年の本人の note で座右の銘として挙げ、2023年のインタビューでも同じ言葉を挙げています。同じ年に出した本では、最初の節の題にもなりました。

Q5. ブレイキングダウンでの溝口勇児の名言は?

39歳の誕生日に KO で勝った後の「まさかこんな大きな舞台でとは想像もしていなかったので、いまだに実感がないです」や、40歳で逆転の KO 勝ちをした後の「練習たくさんしたんですけど、気持ちだけで闘った感じです。」があります。2026年9月にヒロ三河に勝った後は、「過去イチ疲れた。」と話しました。


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