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テニスの歴史とは?発祥国や起源・始まりはいつからなの?【硬式】

テニスの歴史とは?発祥国や起源・始まりはいつからなの?【硬式】

テニスの歴史は、紀元前のエジプトから始まります。その後、フランス、イギリスで現在のテニスの原型となるスポーツが発祥しました。日本では明治時代にテニスが伝来し、ゴムまりを打ち合う軟式テニスが誕生します。時代と共にテニスボールやラケット、ルールが変化していきます。現在ではメジャースポーツの1つとして世界各地でプレーされています。

2022.12.04 テニス

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公式ライター
yama1116

学生時代はバスケ、テニス、アメフトをしていました。 現在は観戦専門ですが、サッカーや野球などスポーツ全般に興味がある30代3児のパパです。


テニスの歴史とは?

テニスヴィンテージ絵画  無料画像 - Public Domain Pictures (138529)

テニスの歴史は、紀元前のエジプトから幕をあけます。現代テニスの原型が誕生したのは、11世紀から12世紀頃です。

貴族が手のひらや手袋を使って球の打ち合いを楽しむ、遊戯としてのテニスの歴史がスタートし、16世紀になるとジュドポームと呼ばれるようになります。1873年にイギリスで勝ち負けを競うスポーツへと変化し、ローンテニスと呼ばれます。この頃から競技としてのテニスの歴史が始まります。

テニスの起源

テニスの起源は、エジプトで行われていた宗教的な行為です。エジプトでは、テニスのような宗教行為が描かれた壁画がいくつも発見されています。

8世紀から11世紀ごろになると、フランスの僧侶が前述の宗教行為を模倣し、修道院の回廊で手のひらや手袋を使って球の打ち合い始めます。フランスでジュドポームと呼ばれる遊戯が誕生します。ジュドポームとは手のひらの遊戯という意味があります。

テニスの語源

テニスの語源は諸説ありますが、ジュドポームの掛け声がルーツと言われています。

サーブを打つときのTenez(トゥネ)という掛け声が、イギリス人には、tenets(テネッツ)と聞こえて、それが現代のテニスという言葉に歴史と共に変化していったという説が現在有力とされています。トゥネという掛け声には、「さあいくよ。」という意味があります。

テニスの発祥国

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テニスの発祥国はエジプトです。テニスの原型となるジュドポームの発祥の地は、フランスです。キリスト教の僧侶や貴族がたしなむ遊戯として歴史を刻みます。

テニスは、遊びから勝ち負けを競うスポーツへと変化しローンテニスが誕生します。ローンテニスの発祥地はイギリスです。ローンとは芝生を意味し、当時イギリスでは芝生のテニスコートが多かったため、ローンテニスと呼ばれていました。

日本のテニスの歴史

ファイル:The Birthplace of Tennis in Japan-Memorial.JPG - Wikipedia (138526)

日本のテニスの歴史は、明治時代からスタートします。当時のテニス用具は非常に高価であったため、テニスの普及が進みませんでした。

玩具用のゴムまりが発明されると、ゴムまりを打ち合う軟式テニスが、体育の授業に採用され急速に広まりました。のちに軟式テニスから硬式テニスに転向した選手が、東洋選手権で活躍したことがきっかけとなり、硬式テニスが普及していきました。

日本への伝来

日本にテニスが伝来したのは1878年のことでした。当時の文部省は、体育の教員を養成する方法を模索していました。

アメリカ人のリーランド氏がテニスを紹介し、学校教育の一環としてテニスの指導が始まりました。明治時代は脱亜入欧を掲げており、西欧の文化を積極的取り入れていました。テニスを採用した背景には、ヨーロッパに近づくという狙いもあったのでしょう。

日本テニスの変遷

1879年 リーランド氏が文部省にテニスを紹介
1886年 東京師範大学校にローンテニス部が誕生
1897年 三田土ゴムが国産のゴムまりを開発、軟式テニスが全国に普及
1900年 東京ローンテニス倶楽部が創設
1913年 慶應義塾大学が硬式テニスを採用
1920年 アントワープ五輪で日本人選手が初のメダル獲得
1922年 日本庭球協会が誕生、全日本選手権が創設
1923年 日本庭球協会が国際テニス連盟に加盟
1924年 全日本選手権女子が開始
1931年 佐藤次郎選手が全仏ベスト4、ウィンブルドンベスト8進出
1932年 佐藤次郎選手がウィンブルドンベスト4進出
1945年 終戦により、日本庭球協会が復活
1950年 国際テニス連盟に復帰
1972年 日本庭球協会がジャパンオープンを創設
1980年 日本庭球協会が、財団法人日本テニス協会に変更
1983年 有明テニスの森公園が完成
1987年 有明コロシアムが完成
1992年 松岡修造選手が日本人男子初のツアー優勝、日本人最高の世界ランク46位
1994年 全仏で伊達公子選手がベスト4進出、世界ランク4位
1996年 伊達公子選手がウィンブルドンでベスト4進出
1997年 杉山愛選手がジャパンオープン初優勝
2006年 車いすテニスで国枝慎吾選手が、世界ランク1位に
2007年 車いすテニスで国枝慎吾選手が、年間グランドスラム
2011年 錦織圭選手が、日本人男子最高となる世界ランク25位
2014年 錦織圭選手が、全米オープンでアジア男子初のシングルス準優勝の快挙
2016年 錦織圭選手がリオデジャネイロ五輪のシングルスで銅メダル
2018年 大坂なおみ選手が、日本人史上初の4大大会シングルス制覇,全米オープン優勝
2019年 大坂なおみ選手が、全豪オープン初優勝

テニスの大会の歴史

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テニスの大会の歴史は、ウィンブルドン選手権の開催を皮切りにスタートしました。その後、アメリカで1881年にアマチュア大会が開催されます。フランスでは、1891年に男子の国内選手権がスタート。

1905年には、オーストラリアとニュージーランドの共催でオーストラレージアン・テニス選手権が創設されました。この4大会は後にオープン化され、最も権威のあるテニストーナメントとなります。

四大大会の歴史

テニスの4大大会は、ウィンブルドン、全米オープン、全仏オープン、全豪オープンを指します。ウィンブルドンは、世界で最も歴史の古いテニストーナメントです。

1877年にイギリスで開催されました。1968年に全仏オープンと全米オープンが初開催されます。四大大会の中で一番歴史の浅い全豪オープンは1969年に初開催されました。四大大会は、グランドスラムとも呼ばれています。

日本人選手の四大大会の成績

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日本人選手の4大大会の成績は、車いすテニスやダブルスでは優勝者が複数いますが、シングルスで優勝経験があるのは、2018年に全米オープン、2019年に全豪オープンを制した大阪なおみ選手だけです。男子では、錦織選手の2014年の全米オープンの準優勝が最高の成績です。大阪選手と錦織選手の今後の活躍に期待したいです。

テニスの用具の歴史

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テニスの用具の歴史は、紀元前のエジプトから始まります。最も歴史の古い道具は、テニスボールで、エジプトの壁画にもボールを打ち合う姿が描かれていました。フランスで発祥したジュドポームの時代から、テニスラケットやテニスコートの歴史が始まります。テニスウェアの歴史は、テニスが勝ち負けを競う形に変化した1877年に幕をあけました。

テニスラケットの歴史

テニスラケットの歴史は、ジュドポームの時代から始まります。

ラケットは、素手、革紐、グローブ、木の棒と変化し、バトワールと呼ばれる一枚板を削ったラケットが誕生しました。ラケットにガットが張られるようになったのは、1550年ごろです。

1874年にウォルター・クロプトン・ウィングフィールド氏によって現在の形のテニスラケットが発明されました。同氏は、テニスボールやネット、テニスのルールの特許も取得しています。

テニスラケットの素材の変化

テニスラケットの最初の素材は木製でした。1967年にスチール製のラケットが生まれ、翌年にはアルミ製のラケットが誕生しました。その後カーボン製のラケットに移行していきました。

現在では、航空宇宙機器用としても用いられるグラファイト・ファイバーという素材を使ったラケットが主流となっています。テニスのストリングスは、羊腸が使われていました。その後ナイロンやポリエステル製のストリングスが開発されました。

テニスボールの歴史

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テニスボールの歴史は紀元前から始まりました。黄色いテニスボールは、メルトンと呼ばれているフェルトに覆われています。メルトンで覆われる前は、革や石灰、苔、人間の毛髪、羊毛、羊腸が使われていました。

最初に認可されたテニスボールは、毛髪と羊毛を使用した詰め物のボールでした。現在のテニスボールは、色や表面、重量、直径、バウンドの高さなどの厳格な国際規格が存在します。

テニスウェアの歴史

テニスのウェアの歴史は、1877年に始まります。それまでのウェアは、女性がドレスのような長いスカート、男性は、スーツに白い長ズボンでした、テニスがスポーツとして競いあうようになってからは、動きが激しくなっていったためズボンとスカートの丈が短くなっていきます。

20世紀中ごろには、太ももが全部見えるほどのショートパンツに変化しました。90年代になると、丈が少し長くなり、現在のスタイルに変化していきました。

テニスコートの歴史

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テニスコートの歴史は、前述のジュドポームの発祥とともに始まりました。当初は修道院の回廊でボールを打ち合っていました。のちに王宮や僧院に大型のテニスコートが作られていました。

現在のテニスコートの直接の原型は、ラケットを発明した前述のウォルター・クロプトン・ウィングフィールド氏が発明しました。ウィンブルドン選手権が開催される1877年頃には、現在のテニスコートの形に近づきました。

テニスコートの起源

テニスコートの起源は、僧院の中にあり、天井が傾斜した大型のコートでした。1873年には、現在のテニスコートの原型となる砂時計型のコートが発明されました。その後少しずつ形が変わり、現在の長方形に変化しました。コートの広さは、ウィンブルドン選手権が開催されてからずっと同じ広さです。

テニスコートの変化

初期のテニスコートは、ベースラインが11.895メートル、中央のネットの幅が6.4メートルの砂時計型でした。

ウィンブルドン選手権が開催される頃には、サイドラインが23.77メートル、ベースラインが8.23メートルのコートに変化します。初期のネットの高さは1.44メートルで、現在の高さは0.914メートルです。当時の選手は、今と比べるとかなり高いネットでプレーしていたことになります。

テニスコートの種類

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テニスのコートの種類は、ハードコート、クレーコート、グラスコート、オムニコート、カーペットコートの5種類です。コートの種類(サーフェス)によって、ボールの弾み方や球足の速さが変化します。

ウィンブルドンはグラスコート、全米、全豪オープンでハードコート、全仏では、クレーコートが使用されています。プレーヤーには、それぞれ得意とするサーフェスがあります。

コートの種類 球足の速さ バウンドの高さ
ハードコート 普通 高い
クレーコート 遅い やや高い
グラスコート 早い 低い
オムニコート 遅い 低い
カーペットコート 早い 普通

テニスのルールの歴史

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テニスのルールの歴史は、ウィンブルドン開催される1877年から始まります。それ以前のルールは、地域によって少しずつ異なっていました。テニストーナメントを開催するために、ルールが統一されました。

点数の数え方やサーバーの位置は、1877年から現在までずっと同じです。テニスのポイントは、0ポイントをラブ、1ポイントをフィフィティーン、2ポイントをサーティー、3ポイントをフォーティーとカウントします。

現在のルール

基本的なルールは、以下の通りです。

・ノーバウンドかワンバウンドでボールを打ち返すこと。
・ネットの上を超えてボールを打ち返すこと。
・相手コートにバウンドするように打ち返すこと。

テニスはポイントをつみ重ね、4ポイント先取したら1ゲーム獲得できます。同点となったときは、デュースと呼ばれ2ポイント差がつくまでゲームは続きます。

テニス技術の歴史

テニスの技術の歴史は、1877年からスタートします。テニスの技術で、大きく変化したのはサーブです。中世では召使いがサーブを打っていました。受ける側が返球しやすいように球を打ちだしていました。

そのため下手から打ち出すアンダーサーブが主流でした。その後、テニスの大会が開催され始めると、技術が求められるようになり、サーブの方法が少しずつ変化し、最終的には、現在のようなジャンピングサーブが主流となりました。

テニスの歴史のまとめ

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テニスには、紀元前から続く長い歴史があります。エジプトで宗教的な行為として発祥し、フランスでの遊戯に変化、ヨーロッパ各地に広がりました。1877年にウィンブルドン選手権が開催され、遊びから勝ち負けを競う競技に変わりました。

日本テニスの歴史は、1879年にスタート。日本発祥の軟式テニスが普及し、硬式テニスも広がっていきました。現在テニスは、メジャースポーツとして世界中で愛されています。

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