岩崎恭子の名言40選!「今まで生きてきた中で一番幸せです」は本当は「生きてた」
競泳の岩崎恭子は、14歳でバルセロナ五輪の金メダルを取り、「今まで生きてた中で一番幸せです」と話しました。この名言は「生きてきた」と誤って広まり、本人は批判にも苦しみます。悩みを前向きにとらえるまでの岩崎恭子の名言は、つらい時の支えになります。
Writer
公式ライター Activel編集部
岩崎恭子は、1992年のバルセロナ五輪の200m平泳ぎで、14歳で金メダルを取った競泳の選手です。一番有名な名言は、レース直後の「今まで生きてた中で一番幸せです」です。「生きてきた」の形で間違って広まったこの言葉は批判も呼び、本人を2年ほど苦しめました。その言葉を今は「ありがたかった」と話す岩崎恭子の名言を読むと、悩むのも悪くないと思えてきます。
岩崎恭子のプロフィール
岩崎恭子は、中学2年生で出場したオリンピックで、世界記録保持者を残り5mでとらえて金メダルを取った競泳の選手です。大会前の持ちタイムは世界記録と5秒以上離れていて、本人もメダルを取りに行く状態ではなかったと話しています。金メダルの後は注目と批判に苦しみ、2年ほど競技への意欲をなくしましたが、立ち直って4年後のアトランタ五輪にも出場しました。
基本プロフィール
沼津の街に一つだけのスイミングスクールで育った平泳ぎの選手で、オリンピックには2度出場しました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1978年7月21日(2026年10月時点の年齢は48歳) |
| 出身 | 静岡県沼津市 |
| 学歴 | 日大三島高校 → 日本大学 |
| 種目 | 競泳(平泳ぎ) |
| 身長 | 159.3cm(1996年の登録) |
| 五輪 | 1992年バルセロナ 金メダル、1996年アトランタ 10位(どちらも200m平泳ぎ) |
| 引退 | 1998年(20歳) |
| 今の活動 | 水泳の指導、着衣泳の普及、日本水泳連盟 理事 |
金メダルの時の身長は155〜156cmで、当時の資料の157cmより実際は低かったと本人は明かしています。表の159.3cmは、4年後のアトランタ五輪の時にJOC の選手ページに登録された身長です。
生い立ち:3歳上の姉を追いかけて五輪の代表に決まるまで
岩崎恭子は、3歳上の姉の影響で水泳を始めました。5歳で地元のスイミングスクールに入ると、そこで一番良い選手だった姉が、そのまま目標になります。
- 小学2年生で、姉が小学生の大きな大会であるジュニアオリンピックに出ていたこともあって選手クラスを選んだ
- 小学4年生の時、ソウル五輪で鈴木大地が背泳ぎの金メダルを取る映像を見て、日本の選手でも金メダルを取れると思った
- 同じ年に、ジュニアオリンピックに初めて出場した
- 中学2年生の4月、選考会で2位に入り、バルセロナ五輪の代表に決まった
姉に追いつきたい気持ちと記録が伸びる楽しさで、水泳に夢中になっていきました。
14歳の金メダルから引退、現在の着衣泳までの歩み

14歳で金メダルを取った後の2年間を、本人は「結構長く感じました」と振り返っています。1994年に世界水泳とアジア大会の代表を逃した後に出たアメリカの大会が次のアトランタ五輪につながり、1998年に20歳で引退した今は着衣泳を広めています。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1992年 | バルセロナ五輪の200m平泳ぎで金メダル(14歳6日) |
| 1994年 | 世界水泳とアジア大会の代表を逃す、アメリカのサンタクララの大会へ |
| 1996年 | アトランタ五輪の200m平泳ぎで10位 |
| 1998年 | 20歳で引退 |
| 引退の後 | アメリカのミッションビエホで1年間、指導を学ぶ |
| 2023年 | 「着衣泳を広めるプロジェクト」を立ち上げる |
| 2025年 | 日本水泳連盟の理事になる |
金メダルを取った1992年7月27日の決勝のタイムは2分26秒65で、当時の五輪新記録でした。14歳6日での優勝は、五輪の競泳で史上最年少です。
引退を決めたのは、レースの解説の仕事をしていて、競泳の後輩の田中雅美を全力で応援している自分に気づいた時です。「悔しい、と思わなければ競技どころではないですからね(笑)」と振り返っています。引退の後はアメリカで指導を学び、帰国後は水泳を教えています。現在の活動の中心は、服を着たまま水に落ちた時に身を守る着衣泳を広めることです。2023年に本『はじめての着衣泳教室』を出し、日本水泳連盟の生涯スポーツ・環境委員会の委員長も務めています。
座右の銘
岩崎恭子が「大事にしています」と話す言葉は、2023年に小学校の特別授業で贈った、詩人の相田みつをの「幸せはいつも自分の心が決める」です。座右の銘として挙げた言葉は、Activel編集部が調べた範囲では見つかりませんでした。ほかに、1964年の東京五輪に出場した先輩の木原光知子の「泳縁(えいえん)」の言葉を受け継ぎ、水泳を通じた人のつながりを大切にしたいと話します。自分の心がけとして挙げるのは「素直さ」です。
岩崎恭子の名言40選
岩崎恭子の名言は、14歳の素直な一言だけではありません。批判を受けて「大人は身勝手だな」と感じた中学生は、メダルに届かなかったアトランタ五輪を「勝ち」と言い切るようになり、今は水泳を「命を守ることができるスポーツ」と語っています。本人が大人になってから当時を振り返って語った言葉が中心で、悩みと幸せについての言葉もあります。
「今まで生きてた中で一番幸せです」と14歳の金メダルの名言
金メダルの直後に岩崎恭子が話した言葉は、「今まで生きてた中で一番幸せです」でした。長い間「今まで生きてきた中で一番幸せです」の形で伝えられ、本人も2014年のインタビューではこの形で話していたほどです。2021年7月のクイズ番組で、本人が「『生きてきた中で』って言ってない。みんな間違える」と直しました。バルセロナ五輪の時は世界記録との差が大きく、予選で全体2位に入って満足していましたが、ヘッドコーチの「もう1回泳ぐからね」の一言で決勝へ気持ちを切り替えました。
01「今まで生きてた中で、一番幸せです」
— 1992年7月27日、金メダルのレース直後のインタビューで
02「とにかく何かしゃべらなきゃって、素直に気持ちを表現しただけなんです」
— 2019年のインタビューで、当時の映像を見ながら
03「いつもの何倍も何十倍も練習で頑張ったから」
— 1992年7月27日、記者会見で金メダルの理由を聞かれて
04「オリンピックの合宿なんて毎日、泣きながら泳いでいました。」
— 2008年のインタビューで、五輪前の合宿を振り返って
05「プールが、すごく小さく見える」
— 1992年7月、五輪の開幕前に家族への手紙で
06「一回一回、壁を蹴るように前に進んだ。ぴょーん、ぴょーんと、おもしろいくらいに」
— 2019年のインタビューで、決勝の泳ぎを振り返って
07「今風に言えば『ゾーン』に入っていたんでしょうね」
— 2019年のインタビューで、決勝を振り返って
08「あの後、二度と同じように泳げたことはない」
— 2019年のインタビューで、決勝を振り返って
09「私自身は経験がなかったからこそ金メダルを獲れた。今でも、そう思っています。」
— 2014年のインタビューで、金メダルを振り返って
「言わなきゃよかった」と悩んだ2年間の名言
素直に話しただけの言葉に、「まだ14歳なのに」「偉そうに」という批判が届き、いたずらや無言電話も何年も続きました。地元の沼津では、本人に聞こえる声で「実物はかわいくない」と話す人もいて、下を向いて歩くようになります。立ち直るきっかけとして本人が挙げるのは、1994年のアメリカの大会で誰からも見られなかったこと、ハリウッドでパパラッチに囲まれて堂々と歩く女優を見たこと、コーチの「物事には区切りがある。高校に入ったんだから卒業までやれば」の一言です。
10「言わなきゃよかったって後悔した時もあった。多くの方々が覚えていてくれる言葉を残せて、今なら、良かったなと思えるけれど」
— 2019年のインタビューで、有名な言葉を振り返って
11「正直、『大人は身勝手だな』と感じましたね(苦笑)。」
— 2014年のインタビューで、周りの反応を振り返って
12「生きてきたのが14年間であってもうれしかったり、幸せなことがあってもおかしくない。」
— 2014年のインタビューで、言葉への批判について
13「子どもだって、うれしいことや楽しいことがあるのに素直に表現するのはいけないことなのかなと疑問に感じました。」
— 2014年のインタビューで、言葉への批判について
14「そうか、注目されなければいいんだ、1番でなければいいんだ、と思うようになりました。」
— 2016年のインタビューで、金メダルの後を振り返って
15「何で私が耐えなければいけないんだろうと思っていました。」
— 2023年、小学校の特別授業で、金メダルの後の時期について
16「自分は悪いことをしていないのだから、下を向いて歩く必要はないと思いました。知らない人に何か言われても気にしなくて良いと考えを切り替えました」
— 2023年、小学校の特別授業で、アメリカ遠征の話をして
17「そのうちに周囲から何を言われてもいいやと思うようになった。」
— 2023年、評議員を務める日本ゴルフ協会のインタビューで
18「金メダルを取って大きなプレッシャーとなっていたことも、メダルを含めた全てが自分だと思うようになり、それが大きくて96年アトランタ五輪にも出場することができました。」
— 2023年、日本ゴルフ協会のインタビューで
19「いまだに優勝コメントを覚えてもらっている。そんなアスリートって少ないと思うんですよね。そういう意味では『ありがたかったな』という印象を持っていますね。」
— 2025年のインタビューで、有名な言葉を振り返って
「負け」で「勝ち」だったアトランタ五輪の名言
アトランタ五輪の岩崎恭子は、200m平泳ぎで10位、100mは予選落ちに終わりました。金メダルを取れる位置に自分はいないと気づいたうえで、目標を決めて2年間積み上げて臨んだ大会です。岩崎恭子はこの大会で、「メダルを獲ることよりも、メダルを獲りに行くまでの過程こそが大事なんだ」と分かったと語ります。メダルに届かなかった大会を「勝ち」と言う理由は、そこにあります。
20「バルセロナ五輪は自分で『なし』と考えて(笑)。」
— 2025年のインタビューで、アトランタ五輪へ向かう時の考え方について
21「今の現実を受け止めなければ、それ以上は望めない、って思ったんですよ。」
— 2025年のインタビューで、アトランタ五輪の前を振り返って
22「4年後のアトランタ五輪は経験がある分、怖かったんです。」
— 2014年のインタビューで、2つの五輪を比べて
23「アスリートとしては連覇もできず、メダルも逃したので『負け』です。ただ、人間としてバルセロナよりも成長できた自分がいた。その意味では『勝ち』と言える五輪だったととらえています。」
— 2014年のインタビューで、アトランタ五輪の意味について
24「競泳は駄目になる時は一瞬で駄目になってしまうスポーツなので、自分でもあのような状態からよくやったなと思います。」
— 2023年、日本ゴルフ協会のインタビューで
25「競技者としては良くなかったのですが、私が人生を歩む工程として、凄く意味のあることだと思っています。」
— 2008年のインタビューで、アトランタ五輪を振り返って
着衣泳、子どもの指導、後輩の選手について語った名言
岩崎恭子と水泳の関わりは、引退で終わりませんでした。アメリカで学んだ後は子どもたちに泳ぎを教えました。自分の子どもを産んで命の大切さをより感じると、タイムより命を守れる泳ぎを身につけてほしいと願うようになります。14歳で注目された経験から、後輩の選手には「いい子じゃなくていい」と言います。
26「私としては、なにか一つでも自分に自信が持てるものを見つけてほしいなと考えているだけ。」
— 2014年のインタビューで、子どもについて
27「私は、その子の良さを見つけてあげたいな、と思います。個性を大切にしたいなと思いますし、型にはまらない、ということがすごく大切だと思います」
— 水泳の指導について話したインタビューで
28「自分には関係ない、とは思わないでほしいです。誰にでも起こり得るのが、水の事故です。」
— 月刊「こどもの本」2024年2月号で、本『はじめての着衣泳教室』を紹介して
29「水泳は『命を守ることができるスポーツ』。その技を知ることが大事なんだよ、ということを一番に言いたいです。」
— 2025年のインタビューで、学校の水泳について
30「子どもに教える前に、まずは大人が背中を見せないといけないと強く感じました。」
— ビーチクリーンの活動について話したインタビューで
31「私は個人的に『出場することに意味がある』というのは、こういうことなんだなと感じました。」
— 2021年7月、東京五輪の競泳の解説で、池江璃花子について
32「いい子じゃなくていい。自分で考えて言わなきゃいけない。自分の言葉は選手も大事にしたほうがいい。」
— 2019年のインタビューで、アスリートの言葉について
岩崎が解説で語った池江璃花子自身の言葉は池江璃花子の名言に、「チョー気持ちいい」の北島康介自身の言葉は北島康介の名言にあります。
悩みと幸せについて語った名言
一番幸せだと言って苦しんだ本人は、「人生で一番幸せな瞬間」は変わったかと聞かれ、「変わったというより、日々増えているという感覚でしょうか」と答えています。悩んだ時間も今は必要だったと言い、小さな幸せをたくさん探しています。
33「多くの人に伝えたいのは、どうせ悩むなら前向きに悩んで欲しいって思うんです。」
— 2025年のインタビューで
34「今考えると、その時間も私にとって必要な時間だったのかなと思います。悩むことは悪いことではないですしね。」
— 2025年のインタビューで、苦しかった時期を振り返って
35「苦しい状況から抜け出したとき、必ず何かの手応えが感じられる。」
— バルセロナ五輪から20年の頃のインタビューで
36「大切なのは自信と素直さ。これだけ練習をしたという自分に対する自信と、人の話に耳を傾ける素直さです。人のせい、もののせいにしないことを心掛けていました」
— 2023年、小学校の特別授業で
37「本人は目の前のことを一生懸命繰り返しているだけ。特別なことじゃない。反復です。1日1日をつないでいけば、実力通りのことはできると思う」
— 2019年のインタビューで、10代の選手について
38「大変な事もあるけれど 努力は裏切らないよ」
39「小さな幸せをたくさん探すには、なにごとも積極的に楽しむことだと思います。」
— バルセロナ五輪から20年の頃のインタビューで
40「それが私だけの人生であり、試練であり、生き方なのかなって。他人と比べて悩んでいても仕方がないし、前向きに楽しみたいですね。」
— バルセロナ五輪から20年の頃のインタビューで
ほかの水泳選手が残した言葉は、水泳・競泳選手の名言で読めます。
よくある質問(Q&A)
商品やサービスを紹介いたします記事の内容は、必ずしもそれらの効能・効果を保証するものではございません。
商品やサービスのご購入・ご利用に関して、当メディア運営者は一切の責任を負いません。