ジェイ・カトラーの名言56選!ロニー・コールマンとの戦いと英語の原文
ボディビルのミスター・オリンピアで4度優勝したジェイ・カトラー。ロニー・コールマンに4度敗れて2位だった頃に何を考え、2008年に失った王座を翌年どう取り返したのか。ジェイ・カトラーの名言56選が、英語の原文と言った時期つきで答えてくれます。
Writer
公式ライター Activel編集部
ジェイ・カトラーは、ボディビルの最高峰ミスター・オリンピアで4度優勝した、アメリカのボディビルダーです。王者ロニー・コールマンに4度敗れて2位になった後、2006年に初めて勝ち、2008年に失った王座も翌年に取り返しました。舞台で敗れて王座を失った人がもう一度勝ったのは、オリンピアで初めてです。ジェイ・カトラーの名言には、2位と呼ばれた瞬間から今まで、負けた後に何を考え、どう戻ってきたのか、引退した今何を思うのかが残っています。日本語で広まった「成功に近道はない」も、元は本人が英語で話した言葉です。
ジェイ・カトラーのプロフィール
マサチューセッツ州の小さな町で育ち、兄たちのコンクリート会社で働きながら体を作りました。オリンピアの2位は6回で史上最多、そのうち4回は王者ロニー・コールマンの次でした。
基本プロフィール
2026年時点で53歳。今も動画やポッドキャストで話し続けています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | ジェイ・カトラー(Jay Cutler) |
| 生年月日 | 1973年8月3日 |
| 出身 | アメリカ・マサチューセッツ州 |
| 身長 | 約175cm |
| 競技 | ボディビル |
| 主な成績 | ミスター・オリンピア優勝4回(2006・2007・2009・2010年) |
| ほかの成績 | アーノルド・クラシック3連覇(2002〜2004年) |
| 最後の大会 | 2013年のミスター・オリンピア(6位) |
兄たちの会社で働いた少年時代と18歳の誕生日
マサチューセッツ州スターリングの7人きょうだいの末っ子で、家族にウエイトトレーニングをする人はいませんでした。11歳から兄たちのコンクリート会社で働き、週末も学校の休みも、朝6時から日が暮れるまで、コンクリートを流し込む重い型枠を運びました。
12歳の頃には、姉の恋人が持っていたボディビルの雑誌で1982年のミスター・オリンピアの王者クリス・ディッカーソンを見て、こんな体になりたいと思ったそうです。2024年のスピーチでは、映画『ターミネーター2』でアーノルド・シュワルツェネッガーの体を見たことも、きっかけに挙げています。18歳の誕生日にジムに入り、地元の大学で刑事司法を学びながら鍛えました。
2位4回から4度の王者、引退までの歩み

1996年にアマチュアの全米選手権で優勝してプロになり、2001年に初めてオリンピアで2位に入りました。2002年からは、オリンピアに次ぐ大きな大会のアーノルド・クラシックを3連覇します。一方でオリンピアでは、2001年から2005年まで(出なかった2002年を除く)の4回すべてで、ロニー・コールマンに次ぐ2位でした。
2006年、ついにコールマンを破って初めて優勝し、翌年も勝ちました。2008年はデクスター・ジャクソンに敗れて2位になり、王座を失いますが、2009年に取り返します。舞台で敗れて王座を失った人がもう一度オリンピアに勝ったのは、これが初めてでした。2010年に4度目の優勝を果たし、2011年はフィル・ヒースに敗れて2位になりました。2012年は上腕二頭筋の手術で出られず、6位に終わった2013年の大会が最後になりました。
引退した後は、サプリメントの会社を営みながら、YouTube やポッドキャストで話し続けています。2024年には、アーノルド・クラシックで生涯功労賞を受けました。
座右の銘
ジェイ・カトラーの座右の銘は「成功に近道はない」です。2019年、記者の電話インタビューで23歳の自分に何と言うかと聞かれ、「成功に近道はない。それが俺の信条だ。いきなり頂上には登れない。一歩ずつ、段をよく選んで登るんだ」(There are no shortcuts to success. That’s my motto. You can’t climb immediately to the top. You take steps and you choose steps wisely.)と答えています。
46歳で、引退して6年がたった頃でした。SNS で見かける「成功に近道はない」は、このインタビューの言葉です。
ジェイ・カトラーの名言56選
ジェイ・カトラーの名言には、2位と発表された瞬間の言葉から、52歳になって「22歳の時より調子がいい」と話す言葉まであります。10代のジェイ・カトラーは食事の決まりを一度も破らず、王座を失った夜には親友に言葉をかけました。日本語訳は Activel編集部によるものです。
少年時代からプロになるまでの名言
2024年に生涯功労賞を受けたスピーチで、ジェイ・カトラーは自分の始まりを振り返りました。少年時代を語った言葉には、兄たちの会社の力仕事と、一度も破らなかった食事の決まりが出てきます。
01「多くの子どもは弁護士や医者、プロのスポーツ選手になりたがる。俺はボディビルダーになりたかったんだ」
“many kids want to be lawyers, doctors, professional athletes, I wanted to be a bodybuilder”
— 2024年3月2日、アーノルド・クラシックの生涯功労賞のスピーチで
02「7人きょうだいの末っ子で、家族にウエイトをやる人は誰もいなかった。何もかも自分で働いて手に入れるしかなかった」
“Youngest of seven kids, no one in my family lifted weights, … I had to work and earn everything I did”
— 2024年3月2日、同じスピーチで
03「アメリカの小さな町から大舞台まで来て、思っていたよりずっと遠くまで来られた。座って、自分がどれだけ遠くまで来たのかを感じることは、とても大事なんだ」
“By coming from Smalltown, USA and making it to the big time, I’ve gone above and beyond anything I ever expected to be. It’s very important to sit down and realize how far you’ve really come.”
— 2006年2月、地元の雑誌の取材で
04「でも、あの仕事で、人生で欲しいものは働いて手に入れるものだと教わった。出発点がそこだったから、俺には何もつらくない」
“But it taught me you have to work for what you get in life … Because of where I began, it’s never difficult for me”
— 記者のインタビューで、10代のコンクリートの仕事を振り返って
05「ディッカーソンを見て、こんな体になりたいと言ったのを今でも覚えている」
“I also remember looking at Dickerson and saying, ‘This is what I want to look like.'”
— 記者のインタビューで、12歳の頃を振り返って
06「18歳の誕生日に、ウースターのゴールドジムの会員になった。練習を始めて最初の1年で、50ポンド増えたよ」
“On my 18th birthday I bought a membership at Gold’s Gym in Worcester. I put on 50 pounds in my first year of training.”
— 2002年7月、専門誌のインタビューで
07「食事の決まりを一度も破らなかった。ケチャップさえかけなかった」
“I never cheated on my diet once. I wouldn’t even have ketchup.”
— 記者のインタビューで、10代の終わりの頃を振り返って
08「成功が、もっと上を目指す飢えを少しくれた。一番いい時はこれからだ」
“But success has brought me a little more hunger to be even better. … And the best is yet to come.”
— 2002年7月、専門誌のインタビューで
4度の2位の頃の名言
2001年から2005年まで、オリンピアに出るたびに、発表で最後に残るのはロニー・コールマンとジェイ・カトラーの2人でした。2位と呼ばれ続けた頃、ジェイ・カトラーは悔しさよりも、次は勝つと口にしていました。
09「でも、気おくれはしなかった。自分はここにいるべき人間だと分かっていた」
“But I wasn’t intimidated. … I knew I belonged.”
— 2001年11月ごろ、初めてオリンピアで2位になった後の取材で
10「がっかりしたよ。でも正直、がっかりしたのは2秒くらいで、すぐに『俺は世界で2番目だ』と思ったんだ」
“It was disappointing, but, honestly, I was only disappointed for about two second, and then I said, ‘I’m second in the world.'”
— 2001年11月ごろ、オリンピアの発表の瞬間を振り返って
11「勝てるさ。一度はもう勝っている。オリンピアの採点表がそれを証明している」
“Yes, I can. I did it once already. The scorecards at the Olympia prove it.”
— 2002年7月、専門誌のインタビューで
12「お金のためじゃない。ミスター・オリンピアになることが大事なんだ。勝てると分かっている。来年はもっと強くなって戻り、正々堂々あいつに勝つ」
“It’s not about the money. It’s about being Mr. Olympia. I know I can win. I’ll come back stronger next year and beat that guy, fair and square.”
— 2005年10月、オリンピアで2位になった2日後の電話取材で
13「2位でも、世界一の男の次の2番目だ。何度もの2位は、ぶれずに続けてきた証なんだ」
“Second place is still second best to the best guy in the world … But the second-place finishes show consistency.”
— 2019年、記者の電話インタビューで
14「4回もあいつの2位になったら、たいていの人はあきらめていただろう」
“I was second to him four times to him, where most guys would have given up”
— 2021年6月公開のインタビュー動画で
初優勝から4度の王者までの名言
2006年に初めて王者になってから、2010年に4度目の優勝を果たすまでの言葉です。勝った年、負けた年、取り返した年で言い方が変わります。2007年には「1点差でも20点差でも、勝ちは勝ちだ」と話し、王座を守りに行く2008年には「圧倒して勝ちたい」と話しています。
15「これで、2回勝たないと意味がないなんて、もう俺をからかえないだろう」
“It means you can’t make fun of me anymore, saying I have to win two for it to matter.”
— 2007年9月、オリンピアで2連覇した直後の舞台裏で
16「1点差でも20点差でも、勝ちは勝ちだ。家に帰れば、サンドウ像は暖炉の上にある」
“A win’s a win whether I take it by one point or 20 points. The Sandow’s still sitting on my mantle when I get home.”
— 2007年9月、同じ舞台裏で
17「4回2位になってみろ。その時に本当の痛みを感じ始めるんだ」
“Try getting second four times. That’s when you start really feeling the pain.”
— 2007年9月、同じ舞台裏で、2位のビクター・マルチネスについて
18「勝ちたい。でも、圧倒して勝ちたいんだ」
“You want to win, but you want to win with domination”
— 2008年9月、オリンピアの前の取材で、前の年の2連覇を振り返って
19「頂点に立つためにしてきたことを、全部はやっていなかった」
“I wasn’t doing everything I had done to be on top.”
— 2008年9月、同じ取材で、王者の1年を振り返って
20「手ごわい相手はたくさんいる。でも、俺を負かせるのは俺だけだ」
“There’s going to be a lot of competition, but the only one who can beat me is myself.”
— 2008年9月、同じ取材で
21「予選で260ポンド、決勝までに12ポンド落としたが、足りなかった。来年は違う」
“I was 260 at the prejudging, and dropped 12 pounds for the finals, but it wasn’t enough … Next year will be different.”
— 2008年10月、オリンピアで王座を失った後の取材で
22「歴史を作りたい。考えているのはそれだけだ。そのために生きている。食べるのも、飲むのも、眠るのも、ボディビルのためだ」
“I want to make history. This is all I think about. It’s what I live for … I eat, drink and sleep bodybuilding.”
— 2009年9月、王座を取り返しに行くオリンピアの前の取材で
23「最初から3回勝ちたいと言っていて、こうしてここにいる。もう現実だ。失って初めて、これがどれだけ特別なものか分かった。だから胸がいっぱいなんだ」
“In the beginning I said I wanted to win three, and here I am. It’s reality now. … It’s very emotional, because I realized when I lost it how special it is”
— 2009年9月、オリンピアで王座を取り返した直後の舞台裏で
24「これまでになかったものを持ってこようとした。それが必ず強みになると分かっていたから」
“I tried to bring things I never had before because I realized that would definitely give me an advantage.”
— 2009年、オリンピアの後の取材で、仕上げについて
25「誰がこうなると思った? 夢みたいだよな。出会った頃、同じ舞台に立って、友だちになって、オリンピアで最後の2人になるなんて」
“Who would’ve thought? You’re living the frickin’ dream, dude … Who would’ve thought when we met that we would actually be on the same stage and be friends and be the last two standing here for the Mr. Olympia.”
— 2010年9月、オリンピアの優勝が発表される直前の舞台で、フィル・ヒースに
26「勝つのは嫌だった。負けている側にいる時のほうが、いつも飢えていたから。挑戦者の時は、いつも飢えていた」
“I hated winning because I was always hungrier on the other side. I was always hungry as the underdog.”
— 2019年7月、本人の YouTube の動画で
2011年の敗戦と引退の名言
2011年、ジェイ・カトラーは親友のフィル・ヒースに敗れ、王座を渡しました。けがと手術を経て、2013年の大会が最後になります。引退の後には、競技そのものを心から好きだったことはない、と動画で打ち明けています。
27「上腕二頭筋が切れたとみんなに言って出てくるわけにいかないだろう? 自信を持って出るしかなかった」
“What was I going to do, come in and tell everyone I had a torn biceps? … Of course I was going to come in confident.”
— 2011年9月、オリンピアの決勝の前の舞台裏で
28「お前が王になる。準備はいいか?」
“You’re gonna be the king now. Are you ready?”
— 2011年9月、オリンピアの優勝が発表される直前の舞台で、フィル・ヒースに
29「王座を失うなら、友だちの君のような人に負けるのが一番うれしいと、ずっと言ってきた」
“I always said if I was to lose the title, I wouldn’t be happier than to lose it to someone like you, as my friend.”
— 2011年9月、オリンピアで敗れた直後の会場のスピーチで
30「出るなら100%を注げる時だけだ。今年はその時ではなかった」
“The only way I would compete is if I can put 100 percent into it, and the timing wasn’t right for this year.”
— 2012年8月、オリンピアの欠場を伝えた声明で
31「引退したのは、熱を失ったからだ。毎朝、ボディビルの舞台で一番になるという一つの思いで起きる熱をね」
“I retired pretty much because I lost the enthusiasm, I lost the enthusiasm to wake up everyday with that one mindset to be the best on a bodybuilding stage.”
— 2021年2月、本人の YouTube の動画で
32「楽しくないことを、お金のためだけに続けるつもりはない」
“If something’s not fun I’m not just going to keep doing it for paychecks or whatever.”
— 2021年2月、同じ動画で
33「人をやる気にさせること。それが俺の天職だったと思う。だから今も続けているんだ」
“and motivating people, I think that’s really what my calling was and that’s why I’ve continued to do that”
— 2021年2月、同じ動画で
食事とトレーニングの名言
ジェイ・カトラーの食事とトレーニングの話は、細かいメニューよりも、続けることと食べることの大切さに行き着きます。本人は、ボディビルで一番難しいのは食事だと言い続けています。
34「トレーニングや遺伝の話はいくらでもできる。でも、ボディビルの成功はほとんど食事で決まる。みんな、食べ方を知らないんだ」
“We can talk all we want about training or genetics, but bodybuilding success is mostly about eating … People just don’t know how to eat.”
— 記者のインタビューで
35「ボディビルで一番難しいのは何かと聞かれたら、俺はずっと食事だと答えてきた」
“What’s the hardest part about bodybuilding and I always said the food.”
— 2024年4月、本人の YouTube の動画で
36「家族と過ごすのが好きで、食事は1日に8回から10回、練習は1日2回だ」
“I like spending time with my family, I eat eight to 10 times a day, and I train twice a day.”
— 2002年7月、専門誌のインタビューで、自分の暮らしについて
37「ボディビルが1日24時間のものだと、分かっていない人は多い」
“A lot of people don’t realize bodybuilding is a 24-hour a day thing”
— 2006年2月、地元の雑誌の取材で
38「ただの決まりごとだった。俺には楽しかったんだ」
“It was just routine. … To me it was fun.”
— 2020年11月公開の、記録映画の撮影の時のインタビューで
39「秘訣なんてない。秘訣は、毎日少しずつ伸ばすこと、続けること、打ち込むことだ」
“And there’s no secret. The secret is progression, consistency, dedication day in and day out.”
— 2026年8月の動画で
40「とても良い選手と頂点の選手を分けるのは、心の持ち方だ。怒りを込めて、狂ったように、気持ちを込めて練習しなければいけない」
“it’s the mindset … You have to train angry, you have to train crazy, you have to train with emotion.”
— 2024年5月、本人の YouTube の動画で
41「回数は大事じゃない。筋肉の繊維をどう使うかを考えるんだ」
“So repetitions don’t matter. You’re thinking fiber, fiber control.”
— 2023年7月、ボディビルダーのマイク・オハーンとの対談で
引退後から現在までの名言
ジェイ・カトラーの現在は、サプリメントの会社を営み、動画やポッドキャストで話し続ける毎日です。引退した後の言葉には、楽しむことを自分に言い聞かせた話や、52歳の体の話が出てきます。
42「でも、こうしてここにいる。引退して6年、後悔はないし、23歳だったあの頃と同じくらい熱を持っている」
“But here I am, six years retired, no regrets and still as passionate as I was when I was that kid at 23.”
— 2019年、記者の電話インタビューで
43「偉大なボディビルダーにはなれる。でも、この先に何が来るのか、何を残したいのかを考えなければいけない」
“People can be great bodybuilders, but you have to think of what the future brings and what you want your legacy to be.”
— 2019年、同じインタビューで
44「でもね、もっと楽しむように、自分に言い聞かせなければならなかった」
“But, I’ll tell you, I’ve had to talk myself into having more fun.”
— 2019年、同じインタビューで、引退した後の自分について
45「ジェイ、お前はもう昔のお前じゃない。人生を楽しむ時だ。…それが俺で、これからもずっとそうだ。この生き方が好きなんだ」
“Jay, you’re not who you used to be anymore. Time to enjoy your life. … It’s who I am, and who I’ll always be. I just love the lifestyle.”
— 2019年、同じインタビューで
46「名を知られようとしていた頃、大事なのは知られることではなく、競技で結果を出すことだった。そこへ行く道は? 勝つことだけだった」
“it wasn’t about being known, it was about being successful competition-wise. What was the only way to get there? It was winning.”
— 2023年6月、本人のポッドキャストで
47「もう練習でお金をもらうことはない。…またすべてを始められる気がする。来週で50歳だ。ジムは一日で一番いい時間なんだ」
“I don’t get paid to work out any longer … I feel like this could all start again. I’ll be 50 next week. It’s the best part of my day.”
— 2023年7月、ボディビルダーのマイク・オハーンとの対談で
48「動き続けなきゃいけないよ」
“You got to stay active.”
— 2026年1月の対談の動画で
49「まったく衰えていない。52歳の今のほうが、22歳の時より調子がいいと思う」
“I’m not slowing down one bit … I think I feel better at 52 than I felt at 22.”
— 2026年7月、本人のポッドキャストで
50「完璧を追いかけるのはたやすい。でも本当の勝利は、その場に立ち、全力を出し、まわりの人を励ますことだ。…立ち続けよう。前に進み続けよう」
“It’s easy to get caught up in chasing perfection, but the real victory is showing up, giving your all, and inspiring others along the way. … Keep showing up. Keep pushing forward.”
— 2025年10月28日、本人の Instagram の投稿で
51「今の俺の考えは、人を励まし、想像を超えるところまで背中を押すことだ」
“My whole outlook now is to just inspire people and push people beyond what you can imagine.”
— 2026年9月、自伝を出すことを伝えた SNS の発信で
52「俺の生い立ちを少しは知っていても、何が俺を一番へと駆り立てたのか、その深い話はみんな知らない」
“they don’t know the deep stories of, you know, what drove me to be the best”
— 2026年9月、同じ発信で
ロニー・コールマンについての名言
ジェイ・カトラーとロニー・コールマンは、2001年から2006年まで、出なかった2002年を除く5回のオリンピアで、最後の2人に残って優勝を争いました。ジェイ・カトラーはロニー・コールマンを、ライバルというより憧れの人として語っています。
53「この男は俺のアイドルだった。そのアイドルがライバルになって、そして倒さなければならなかったんだ」
“this guy was my idol. So for me to come up and have him as my idol and then become a rival, and then of course have to beat him”
— 2021年6月公開のインタビュー動画で、2006年の初優勝を振り返って
54「俺の競技人生は、どうしても越えられない1人の男に勝つことだった。勝つまではね。そして勝った後、少し見失ってしまった」
“I think my whole career was about beating the one guy that I just couldn’t overcome, until I did, and I think I got lost a little bit in that.”
— 2019年、記者の電話インタビューで
55「何より俺を突き動かしたのは、負けることへの怖さだった。それは正直に認める。…彼が毎回どれだけ緊張していたか、俺は見ていた」
“I feel like the fear of losing was what drove me more than anything and I can honestly admit that … I saw how nervous he was every time.”
— 2020年10月公開の、記録映画の撮影の時のインタビューで
56「君は俺のアイドルだ。そのアイドルに勝ってしまったけど…愛しているよ。…史上最高のボディビルダーだ」
“You are my idol. I ended up beating my idol but…I love you. … The greatest bodybuilder of all-time.”
— 2024年3月2日、アーノルド・クラシックの生涯功労賞のスピーチで
ジェイ・カトラーが憧れ、戦ったロニー・コールマン本人の言葉は、ロニー・コールマンの名言で読めます。2024年のスピーチで名前を挙げたアーノルド・シュワルツェネッガーの言葉は、シュワルツェネッガーの名言に載っています。
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