プロ野球の歴史とは?日本野球の球団・チームのいつから始まったの?
日本のプロ野球の歴史は、初めてプロ球団が誕生して100年間続いています。1936年にプロリーグが設立され、プロ野球の興行が始まります。球団再編問題などの影響でチームが増減しながら、1リーグのプロ野球が2リーグ制となり、現在の2リーグ12チームとなりました。
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公式ライター Activel_director
日本野球の歴史
当時は野球ではなく、打球おにごっこと翻訳され全国的に有名なスポーツとなりました。
ホーレス・ウィルソンは、日本に野球を広めた功労者であり2003年に日本野球殿堂入りを果たしています。
日本野球の最初の試合は?
国内での最初の試合は、1882年におこなわれました。平岡ひろしが創立した新橋アスレチック倶楽部と、駒場農学校の試合が初の対抗戦です。
日本野球の最初のチームは?
初めての野球チームのメンバーは、学生や工場の仲間です。本場仕込みの野球が好評をよびました。
平岡は、野球チームを作るとともに日本で初めての仮の運動場を作り、運動場で野球チームの活動を始めます。
プロ野球リーグの誕生
・東京巨人軍
・大阪タイガース
・名古屋軍
・東京セネタース
・阪急軍
・大東京軍
・名古屋金鯱軍
1936年の4月に初めてリーグ戦が開催され、団体競技では日本初の全国規模で行われた社会人リーグ戦となります。秋には、優勝チームを決める戦いが開かれました。
日本プロ野球の歴史
当時の日本は学生野球が盛んで、特に大学野球では人気のある選手はスターとなりました。野球での人気に浮かれる選手も多く、学生の不祥事が増加します。現状を変え学生の模範となる球団を作るために、生まれたのが日本運動協会です。日本運動協会の設立当初は、野球だけでなく勉強もおこないました。
プロ野球の歴史年表
1920年 | 日本運動協会が設立され、日本のプロ野球がはじまる |
1936年 | 日本職業野球連盟が誕生し、リーグ戦を開始 |
1939年 | 日本職業野球連盟から日本野球連盟に改称 |
1944年 | 日本野球連盟が日本野球報国会に改称 |
1944年11月13日 | 戦争の影響で活動を休止 |
1945年11月6日 | 日本野球連盟の復活宣言 |
1949年 | プロ野球再編問題で、日本野球連盟がセリーグとパリーグに分裂 |
1950年 | 日本選手権シリーズが始まり、各リーグの優勝チームが対決 |
1955年 | ウエスタン・リーグとイースタン・リーグが発足 |
1965年 | 第1回プロ野球ドラフト会議を開催 |
1978年 | 空白の1日と呼ばれる江川事件が発生 |
1993年 | 逆指名制度とフリーエージェント制の導入 |
2004年 | パリーグでプレーオフ制度が導入 |
2004年 | プロ野球再編問題で近鉄バッファローズとオリックスブルーウェーブが合併 |
2004年 | 東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生 |
2005年 | セ・パ交流戦が実施される |
2007年 | セリーグでプレーオフ制度が導入され、両リーグでクライマックスシリーズ開催 |
2015年 | 野球賭博問題が発覚 |
2018年 | ビデオ判定によるリクエスト制度の導入 |
2020年 | 新型コロナウイルスの影響でリーグ開催が延期 |
プロ野球界を揺るがした事件
巨人の藤田元司投手コーチが暴力団と関係を持っていたことも報道され、八百長の疑いは球界全体に広まりました。
黒い霧事件の関係者は、プロ野球界を永久追放されるなど19人もの選手に処分が下されました。
プロ野球史に残る記録
金田正一投手も、球史に残る大記録を残しています。金田投手の、通算400勝、365完投、5526.2投球回などは不滅の記録です。
プロ野球球団の歴史(NPB)
1934年には大日本東京野球倶楽部が発足し、1936年にかけて日本職業野球連盟に所属する7球団が相次いで結成となりました。初のプロ野球リーグ参加球団のなかには、現在のプロ野球を構成する球団の前身となっているチームが存在します。
プロ野球の球団名の歴史
1935年に発足した大阪タイガースを例にあげます。
・1935年~1940年 大阪タイガース
・1941年~1945年 阪神軍
・1946年~1960年 大阪タイガース
・1961年~現在 阪神タイガース
球団再編問題の歴史
当時の1リーグ8チームの構成から発展したのが、2リーグ16チームの構成です。1973年と2004年にも、再編問題がおこっています。
消滅したプロ野球の球団
【日本野球機構以前】
・天勝野球団 1923年
・宝塚運動協会 1929年
【日本野球機構】
・翼軍 1940年
・名古屋金鯱軍 1940年
・西鉄軍 1943年
・大和軍 1943年
【セリーグ・パリーグ】
・西日本パイレーツ 1950年
・松竹ロビンス 1952年
・高橋ユニオンズ 1956年
・大映ユニオンズ 1957年
・大阪近鉄バッファローズ 2004年
プロ野球のチームの歴史
セリーグ6チーム、パリーグ6チームの合計12チームの構成は、現在も継続中です。
セリーグの歴史
・読売ジャイアンツ
・中日ドラゴンズ
・松竹ロビンス
・大阪タイガース
・大洋ホエールズ
・広島カープ
・西日本パイレーツ
・国鉄スワローズ
パリーグの歴史
・阪急ブレーブス
・南海ホークス
・東急フライヤーズ
・大映スターズ
・毎日オリオンズ
・西鉄クリッパーズ
・近鉄パールス
・高橋ユニオンズ
楽天イーグルスの歴史
パリーグ加入当初は、2年連続で最下位になるなど苦しみましたが、徐々に力をつけ星野監督時代の2013年には、リーグ参戦9年目にして初の優勝を達成しました。2013年の楽天は、リーグ優勝に続いて日本一に輝き、球団の歴史を大きく変えています。
プロ野球のドラフトの歴史
NPBが主催者となり、毎年10月に開催されるのがドラフト会議といいます。現在のドラフト制度には、選手の立場では球団を選択する自由がない点が問題となっています。
ドラフト会議の歴史
1993年には逆指名制度が導入され、高校生以外は希望する球団の指名が出来るようになります。逆指名制度は名前を変えながら2006年まで続きますが、不正の発覚で以降は廃止となりました。
ドラフト会議のエピソード
抽選くじを先に見た真中監督は、くじのドラフト会議のロゴマークを、交渉権獲得のしるしと勘違いしガッツポーズをとります。しかし、当たりくじを引いたのは阪神の金本監督で、高山選手の交渉権は阪神が獲得となりました。
プロ野球のユニフォームや道具の歴史
ユニフォームの歴史
戦後にテレビ中継が始まると、広告宣伝のため企業名を記したユニフォームが標準となります。現在のユニフォームには、親会社の名前やスポンサーのロゴが入っています。
ヘルメットの歴史
日本では、1970年に田淵幸一選手がデッドボールで耳から出血したため、耳あてのついたヘルメットが広く着用されました。現在はフェイスガードが認められ、耳からあごにかけて危険球から身を守るシステムとなりました。
プロ野球のマスコットの歴史
現在の日本野球界には、プロ野球球団ごとにチームの顔ともいえるマスコットが存在しています。
マスコットのエピソード
問題行動をおこすつば九郎ですが、いまのプロ野球に存在するマスコットのなかではとくに存在感をだし、愛されるキャラクターです。2008年にはマスコットで初の1000試合出場を達成し、現在は2000試合出場を目指しています。
女子プロ野球の歴史とは?
2010年には、新たに日本女子プロ野球機構により女子のプロ野球リーグが復活します。現在、女子プロ野球は4チームが参加するリーグ戦となっています。
・愛知ディオーネ
・京都フローラ
・埼玉アストライア
・レイア
野球の歴史のまとめ
2020年はプロ球団誕生から100周年となっていて、今後の野球の歴史を紡いでいくことでしょう。
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