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プロ野球の歴史とは?日本野球の球団・チームのいつから始まったの?

プロ野球の歴史とは?日本野球の球団・チームのいつから始まったの?

日本のプロ野球の歴史は、初めてプロ球団が誕生して100年間続いています。1936年にプロリーグが設立され、プロ野球の興行が始まります。球団再編問題などの影響でチームが増減しながら、1リーグのプロ野球が2リーグ制となり、現在の2リーグ12チームとなりました。

2021.12.16 野球

日本野球の歴史

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日本の野球の歴史は、1871年に始まりました。野球を広めたのは、アメリカからやってきたお雇い外国人のホーレス・ウィルソンです。英語を教えるために来日し、勉強と一緒に自分の生徒に野球を教えました。
当時は野球ではなく、打球おにごっこと翻訳され全国的に有名なスポーツとなりました。

ホーレス・ウィルソンは、日本に野球を広めた功労者であり2003年に日本野球殿堂入りを果たしています。

日本野球の最初の試合は?

日本の野球の最初の試合は、1872年6月7日のアメリカでの試合です。アメリカ巡業中のロイヤル江戸劇団が、ワシントン・オリンピックスと対戦しています。オリンピックスとの対戦は、17対18と大健闘でした。この記録は、米国野球学会総会が2019年6月に発表しています。

国内での最初の試合は、1882年におこなわれました。平岡ひろしが創立した新橋アスレチック倶楽部と、駒場農学校の試合が初の対抗戦です。

日本野球の最初のチームは?

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日本の野球の最初のチームは、新橋アスレチック倶楽部です。アメリカに留学した平岡ひろしが、留学中に野球を教わり野球道具を日本に持ち帰りました。平岡は、日本に帰国したあとに工部省の勤務となります。
初めての野球チームのメンバーは、学生や工場の仲間です。本場仕込みの野球が好評をよびました。

平岡は、野球チームを作るとともに日本で初めての仮の運動場を作り、運動場で野球チームの活動を始めます。

プロ野球リーグの誕生

プロ野球リーグの誕生は、1936年2月5日です。日本初のプロ野球リーグは、日本職業野球連盟が設立しました。当時のリーグの参加チームは、7球団です。

・東京巨人軍
・大阪タイガース
・名古屋軍
・東京セネタース
・阪急軍
・大東京軍
・名古屋金鯱軍


1936年の4月に初めてリーグ戦が開催され、団体競技では日本初の全国規模で行われた社会人リーグ戦となります。秋には、優勝チームを決める戦いが開かれました。

日本プロ野球の歴史

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日本のプロ野球の歴史は、1920年に始まりました。早稲田大学の野球部OBが創立した日本運動協会が、日本のプロ野球初のプロ野球チームです。

当時の日本は学生野球が盛んで、特に大学野球では人気のある選手はスターとなりました。野球での人気に浮かれる選手も多く、学生の不祥事が増加します。現状を変え学生の模範となる球団を作るために、生まれたのが日本運動協会です。日本運動協会の設立当初は、野球だけでなく勉強もおこないました。

プロ野球の歴史年表

1920年 日本運動協会が設立され、日本のプロ野球がはじまる
1936年 日本職業野球連盟が誕生し、リーグ戦を開始
1939年 日本職業野球連盟から日本野球連盟に改称
1944年 日本野球連盟が日本野球報国会に改称
1944年11月13日 戦争の影響で活動を休止
1945年11月6日 日本野球連盟の復活宣言
1949年 プロ野球再編問題で、日本野球連盟がセリーグとパリーグに分裂
1950年 日本選手権シリーズが始まり、各リーグの優勝チームが対決
1955年 ウエスタン・リーグとイースタン・リーグが発足
1965年 第1回プロ野球ドラフト会議を開催
1978年 空白の1日と呼ばれる江川事件が発生
1993年 逆指名制度とフリーエージェント制の導入
2004年 パリーグでプレーオフ制度が導入
2004年 プロ野球再編問題で近鉄バッファローズとオリックスブルーウェーブが合併
2004年 東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生
2005年 セ・パ交流戦が実施される
2007年 セリーグでプレーオフ制度が導入され、両リーグでクライマックスシリーズ開催
2015年 野球賭博問題が発覚
2018年 ビデオ判定によるリクエスト制度の導入
2020年 新型コロナウイルスの影響でリーグ開催が延期

プロ野球界を揺るがした事件

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日本のプロ野球界を揺るがした事件が、黒い霧事件です。プロ野球選手が八百長に関わり、金銭を受け取った事件をいいます。1969年シーズンの日本のプロ野球で発覚しました。西武の永易将之投手が、わざと試合に負ける行為をおこなったことが事件の始まりです。
巨人の藤田元司投手コーチが暴力団と関係を持っていたことも報道され、八百長の疑いは球界全体に広まりました。
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1971年にかけて事件は調査され、選手がオートレースの八百長にも関わっていることが明らかとなります。
黒い霧事件の関係者は、プロ野球界を永久追放されるなど19人もの選手に処分が下されました。

プロ野球史に残る記録

日本のプロ野球史に残る記録のなかで特に有名なのが、王貞治選手の868本塁打です。王選手は、通算記録で2170打点、2390四球、長打率.634など輝かしい打撃成績を残しています。868本のホームランは世界一の記録であり、王選手は世界の王とよばれる名選手となりました。

金田正一投手も、球史に残る大記録を残しています。金田投手の、通算400勝、365完投、5526.2投球回などは不滅の記録です。

プロ野球球団の歴史(NPB)

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プロ野球球団の歴史は、1920年から始まりました。初のプロ野球球団は、日本運動協会です。1年後には天勝野球団が設立されますが、1923年に両球団は解散します。

1934年には大日本東京野球倶楽部が発足し、1936年にかけて日本職業野球連盟に所属する7球団が相次いで結成となりました。初のプロ野球リーグ参加球団のなかには、現在のプロ野球を構成する球団の前身となっているチームが存在します。

プロ野球の球団名の歴史

プロ野球の球団名は、1923年に日本運動協会が宝塚運動協会と名前を変えて再結成したときから、さまざまな球団が改名を重ねて今に至ります。球団の親会社が変わると、同時に球団の名称も変わりました

1935年に発足した大阪タイガースを例にあげます。

・1935年~1940年 大阪タイガース
・1941年~1945年 阪神軍
・1946年~1960年 大阪タイガース
・1961年~現在 阪神タイガース
1941年から1944年までは、戦争によりアメリカとの関係が悪化したため球団名に英語は使用されませんでした。

球団再編問題の歴史

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球団再編問題は、1949年に初めて発生しました。学生の娯楽だった野球が、戦後に国民の娯楽となりプロ野球に注目する企業が増加し、リーグ参戦を希望する球団が増えます。リーグの構成を巡って意見が分かれたため、日本野球連盟はセリーグとパリーグのふたつのリーグに分裂しました。

当時の1リーグ8チームの構成から発展したのが、2リーグ16チームの構成です。1973年と2004年にも、再編問題がおこっています。
1973年の再編では、ふたつの球団の合併が計画されますが、破談となります。2004年の再編では、近鉄とオリックスの合併をきっかけに1リーグ制の話まで持ち上がりました。2004年は、球界初のストライキなど、ざまざまな問題がおきた年でもあります。

消滅したプロ野球の球団

消滅したプロ野球の球団は、つぎのとおりです。

【日本野球機構以前】
・天勝野球団 1923年
・宝塚運動協会 1929年

【日本野球機構】
・翼軍 1940年
・名古屋金鯱軍 1940年
・西鉄軍 1943年
・大和軍 1943年

【セリーグ・パリーグ】
・西日本パイレーツ 1950年
・松竹ロビンス 1952年
・高橋ユニオンズ 1956年
・大映ユニオンズ 1957年
・大阪近鉄バッファローズ 2004年

プロ野球のチームの歴史

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プロ野球のチームは、1920年に初めて誕生してから球団再編問題の発生や世界情勢の変化により名前やリーグの構成が変わっています。1936年の1リーグ7チームのプロ野球球団が、1949年には2つのリーグをあわせて16チームとなり、球団の吸収合併で1958年には2リーグ12チームとなりました。
セリーグ6チーム、パリーグ6チームの合計12チームの構成は、現在も継続中です。

セリーグの歴史

セリーグは、1949年の日本野球連盟の分裂で誕生しました。新しいチームの参加に反対した巨人、中日、松竹ロビンスと巨人との対戦を望む阪神を中心に結成され、新たに3チームが参戦し合計7チームの構成となりました。1950年には国鉄も参加し、8チームでセリーグが始まります。

・読売ジャイアンツ
・中日ドラゴンズ
・松竹ロビンス
・大阪タイガース
・大洋ホエールズ
・広島カープ
・西日本パイレーツ
・国鉄スワローズ
現在は、松竹ロビンス、西日本パイレーツを除く6球団が親会社の変更で名前を変えながらもセリーグに加盟し続けています。

パリーグの歴史

パリーグは、1949年に日本野球連盟が分裂した影響で誕生しました。新しい球団の参加に賛成する阪急、南海、東急、大映が中心です。新たに3球団が加わり、7球団でスタートしました。1954年には、高橋ユニオンズが加わりパリーグ参加チームは8球団となりました。

・阪急ブレーブス
・南海ホークス
・東急フライヤーズ
・大映スターズ
・毎日オリオンズ
・西鉄クリッパーズ
・近鉄パールス
・高橋ユニオンズ
高橋ユニオンズは3シーズンのみの参加で、1957年には毎日オリオンズと大映ユニオンズが合併されました。1958年からは、球団の名前を変えながら6チームがパリーグに加盟を続けています。

楽天イーグルスの歴史

東北楽天ゴールデンイーグルスは、2004年のプロ野球再編問題のなかで誕生しました。プロ野球については、新球団の加盟は高橋ユニオンズ以来50年ぶりとなります。

パリーグ加入当初は、2年連続で最下位になるなど苦しみましたが、徐々に力をつけ星野監督時代の2013年には、リーグ参戦9年目にして初の優勝を達成しました。2013年の楽天は、リーグ優勝に続いて日本一に輝き、球団の歴史を大きく変えています。

プロ野球のドラフトの歴史

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プロ野球のドラフトの歴史は、1965年に始まりました。西鉄ライオンズの西亦次郎社長が、1964年にアメリカのNFLを参考にしたドラフトを提案します。新人選手選択会議規約のルールにそって、各球団が獲得したい新人選手との交渉権を獲得する制度です。

NPBが主催者となり、毎年10月に開催されるのがドラフト会議といいます。現在のドラフト制度には、選手の立場では球団を選択する自由がない点が問題となっています。

ドラフト会議の歴史

第1回のドラフト会議では、現在のような指名制でなはく獲りたい選手の名前を順位をつけて書いた紙を提出する形式でした。1位の選手がかぶったときは抽選がおこなわれ、2位以下はウェーバー方式と逆ウェーバー方式が採用されました。

1993年には逆指名制度が導入され、高校生以外は希望する球団の指名が出来るようになります。逆指名制度は名前を変えながら2006年まで続きますが、不正の発覚で以降は廃止となりました。

ドラフト会議のエピソード

ドラフト会議のエピソードは、2015年の真中満監督の交渉権獲得の勘違いが有名です。真中監督が率いる東京ヤクルトスワローズと、阪神タイガースが高山俊選手を1位で指名し、抽選となりました。

抽選くじを先に見た真中監督は、くじのドラフト会議のロゴマークを、交渉権獲得のしるしと勘違いしガッツポーズをとります。しかし、当たりくじを引いたのは阪神の金本監督で、高山選手の交渉権は阪神が獲得となりました。

プロ野球のユニフォームや道具の歴史

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プロ野球のユニフォームや道具の歴史は、アメリカのスポルディング社の提供から始まりました。新橋アスレチック倶楽部の創設者の平岡ひろしが野球の道具を持ち帰り、本格的な野球チームを作るためにもユニフォームの作成をおこないます。

ユニフォームの歴史

ユニフォームの歴史は、アメリカの慣習ならって開始されます。胸の位置にニックネームや都市の名前を記入しましたが、同じ都市に複数のチームが存在したため、スポンサーや企業名の入ったユニフォームが登場しました。

戦後にテレビ中継が始まると、広告宣伝のため企業名を記したユニフォームが標準となります。現在のユニフォームには、親会社の名前やスポンサーのロゴが入っています。

ヘルメットの歴史

ヘルメットの歴史は、悲劇の歴史でもあります。1920年にMLBのレイ・チャップマン選手が、投手から受けたデッドボールにより亡くなったことでおこなわれたのがヘルメットの開発です。

日本では、1970年に田淵幸一選手がデッドボールで耳から出血したため、耳あてのついたヘルメットが広く着用されました。現在はフェイスガードが認められ、耳からあごにかけて危険球から身を守るシステムとなりました。

プロ野球のマスコットの歴史

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プロ野球のマスコットの歴史は、1978年ごろに始まりました。ヤー坊、スーちゃんという、1978年から1979年にかけて登場した東京ヤクルトスワローズのキャラクターが第1号といわれています。ヤー坊とスーちゃんは、日本のプロ野球では初めての着ぐるみキャラクターです。

現在の日本野球界には、プロ野球球団ごとにチームの顔ともいえるマスコットが存在しています。

マスコットのエピソード

マスコットのエピソードは、つば九郎の自由気ままな振る舞いが有名です。マスコットにちょっかいをかけたり、フリップ芸で時事ネタをいじり炎上騒ぎをおこしました。

問題行動をおこすつば九郎ですが、いまのプロ野球に存在するマスコットのなかではとくに存在感をだし、愛されるキャラクターです。2008年にはマスコットで初の1000試合出場を達成し、現在は2000試合出場を目指しています。

女子プロ野球の歴史とは?

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女子プロ野球は、1950年から1951年にかけて存在していました。ショーパフォーマンスを重視していた女子プロ野球でしたが、男子プロ野球のパフォーマンスにくらべると実力不足で、衰退しました。

2010年には、新たに日本女子プロ野球機構により女子のプロ野球リーグが復活します。現在、女子プロ野球は4チームが参加するリーグ戦となっています。

・愛知ディオーネ
・京都フローラ
・埼玉アストライア
・レイア

野球の歴史のまとめ

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日本球界の歴史は、1871年にアメリカから伝わって150年にわたって続いています。初めは学生のスポーツでしたが、プロのリーグが創設され発展し、今や国民的スポーツです。
2020年はプロ球団誕生から100周年となっていて、今後の野球の歴史を紡いでいくことでしょう。

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