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遠藤保仁の年俸推移とは?2022年〜1998年の年収の変化が知りたい!

遠藤保仁の年俸推移とは?2022年〜1998年の年収の変化が知りたい!

Jリーガー遠藤保仁選手の年俸は、デビュー時の340万円が最低金額で、最高では1億8,000万円と推移しています。現在もJ1リーグで活躍している遠藤保仁選手は1998年のデビューから2022年に至りるまでJリーグの最前線で活躍しているサッカー選手です。有名人気のサッカー選手の年俸とは1億を超える人が複数います。

2022.05.09 サッカー

遠藤保仁の年俸とは?

遠藤保仁の年俸は、最高年俸は2015年の1億8,000万円、最低年俸は1998年の340万円です。

遠藤保仁選手は、J1リーグ641試合出場していて年俸上限がないプロA契約です。遠藤保仁選手は日本代表Aマッチ150試合、ワールドカップにはドイツ大会から3大会連続出場して日本代表出場ボーナスを獲得しています。

遠藤保仁のプロフィール

プロフィール
名前 エンドウヤスヒト
出身 鹿児島県鹿児島市
身長 178cm
体重 75㎏
血液型 AB型
ポジション MF(ミッドフィルダー)
クラブ経歴 横浜フリューゲルス
京都パープルサンガ
ガンバ大阪
ジュビロ磐田
最高年俸 1億8,000万円
最低年俸 340万円
獲得タイトル Jリーグ最優秀選手賞Jリーグ優秀選手賞
Jリーグベストイレブン
AFCチャンピオンズリーグMVP
日本年間最優秀選手賞アジア年間最優秀選手賞

遠藤保仁選手は鹿児島実業高校卒業後、横浜フリューゲルス、京都パープルサンガ、ガンバ大阪、ジュビロ磐田がクラブ経歴のJリーガーです。ガンバ大阪では18年間在籍して、年俸1億円を越えている年が11回もあります。また、日本代表に日本人選手歴代最多の通算150試合出場していて、日本代表戦に出場するで日当1万円支給されるので合計で150万円もらっています。

遠藤保仁の凄さ

遠藤保仁選手の年俸凄さは、3つあります。

・年俸1億円を越えている年が11回。
・42歳になった今でも年俸8,000万円。
・日本代表で150試合出場しているので出場ボーナス、試合ボーナス、勝利ボーナスを支給。

ガンバ大阪で18年在籍してるうち11回年俸1億円に到達していて、海外移籍をしてない選手でこれほどの金額で契約しているのは遠藤保仁選手くらいです。

遠藤保仁の全盛期

獲得タイトル
年度 年俸 獲得タイトル
2014年 1億5,000万円 Jリーグ最優秀選手賞
ベストイレブン
日本年間最優秀選手
2015年 1億8,000万円 ベストイレブン
優秀選手賞

遠藤保仁の全盛期は、多くのタイトルを獲得した2014年~2015年シーズンです。2014年は、Jリーグ最優秀選手賞、ベストイレブン、日本年間最優秀選手賞を獲得し、2015年は2年連続ベストイレブン、優秀選手賞を獲得しています。

遠藤保仁の最高年俸と最低年俸

遠藤保仁の最高年収は、個人としてもクラブとしても成績がよかった2015年の1億8,000万円です。遠藤保仁選手個人としてはJ1リーグ通500試合を達成して、チームとしては天皇杯連覇をしています。遠藤保仁の最低年収はデビュー1年目の1998年の340万円で、プロC契約なので出場時間が少ない分年俸も450万円以下となります。

遠藤保仁の生涯獲得年俸

遠藤保仁選手が1998年から2022年までの年俸総額は、21億7,540万円です。1998年デビューから9年間で年俸1億円に到達して、2021年まで継続的に年俸1億円を越え合計で20億円以上獲得してます。さらに、クラブから支払われる年俸に加えて日本代表でのボーナス賞金も獲得しています。

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遠藤保仁の年俸推移【1998年〜2022年】

遠藤保仁の年俸推移一覧
年数 年俸 所属クラブ
1998年 340万円 横浜フリューゲルス
1999年 800万円 京都パープルサンガ
2000年 1,200万円 ガンバ大阪
2001年 3,000万円 ガンバ大阪
2002年 3,700万円 ガンバ大阪
2003年 5,200万円 ガンバ大阪
2004年 5,800万円 ガンバ大阪
2005年 6,500万円 ガンバ大阪
2006年 6,500万円 ガンバ大阪
2007年 7,500万円 ガンバ大阪
2008年 8,500万円 ガンバ大阪
2009年 1億円 ガンバ大阪
2010年 1億1,000万円 ガンバ大阪
2011年 1億3,000万円 ガンバ大阪
2012年 1億3,000万円 ガンバ大阪
2013年 1億3,000万円 ガンバ大阪
2014年 1億5,000万円 ガンバ大阪
2015年 1億8,000万円 ガンバ大阪
2016年 1億6,000万円 ガンバ大阪
2017年 1億5,000万円 ガンバ大阪
2018年 1億4,500万円 ガンバ大阪
2019年 1億2,000万円 ガンバ大阪
2020年 1億円 ガンバ大阪
2021年 1億円 ジュビロ磐田
2022年 8,000万円 ジュビロ磐田

遠藤保仁選手の年俸推移は、クラブの経歴や個人の成績をみると9つの年代に分かれます。

①横浜フリューゲルス(1998年) ②京都パープルサンガ(1999年~2000年)
③ガンバ大阪(2001年~2002年)
④ガンバ大阪:注目期(2003年~2005年)
⑤ガンバ大阪:成長期(2006年~2011年)
⑥ガンバ大阪:J2リーグ時代(2012年~2013年)
⑦ガンバ大阪:黄金期(2014年~2015年)
⑧ガンバ大阪(2016年~2020年)
⑨ジュビロ磐田(2021年~現在)

横浜フリューゲルス(1998年)

1998年の年俸
年度 年俸 備考
1998年 340万円 プロC契約

遠藤保仁選手は、1998年18歳の時に横浜フリューゲルスでデビューし、開幕戦に出場すると1年目でリーグ16試合プレーしています。年俸はプロC契約の340万円です。C契約とは年俸上限480万円で、J1リーグだと年間450分以上試合(5試合90分間出場相当)に出場してない選手が該当します。

京都パープルサンガ(1999年~2000年)

1999年~2000年の年俸
年度 年俸 備考
1999年 800万円 レギュラー定着
2000年 1,200万円 36試合出場

横浜フリューゲルスが1998年で消滅してしまい京都パープルサンガに移籍して1999年の年俸は、800万円です。京都でレギュラーに定着したので金額に制限のないプロA契約を結び、2000年、年俸は1200万円となり国内戦に36試合出場して6得点決めて出場機会を確実に増やしています。しかしチームは年間順位が15位になりJ2に降格します。

ガンバ大阪(2001年~2002年)

2001年~2002年の年俸
年度 年俸 備考
2001年 3,000万円 36試合出場
2002年 3,700万円 クラブの中心選手

遠藤保仁選手は2001年からガンバ大阪に完全移籍し、年俸は3,000万円で国内戦には36試合出場して、チームも年間順位は7位を残します。2002年シーズンは年俸3,700万円で、この年の西野朗監督指導の下、攻撃的なチームスタイルの中心選手になります。

ガンバ大阪:注目期(2003年~2005年)

2003年~2005年の年俸
年度 年俸 備考
2003年 5,200万円 クラブの象徴
2004年 5,800万円 チームが3位
2005年 6,500万円 J1優勝

2003年は個人としてJ1リーグのベストナインに選ばれたので年俸は大きく上昇して5,200万円。背番号が7になり遠藤保仁選手の象徴的な背番号になっています。2004年は年俸5,800万円で、チームは年間順位が3位まで上昇して遠藤保仁選手も30試合以上継続して出場し、2005年はガンバ大阪にとってはじめてのタイトルであるJ1リーグ優勝することで年俸は、6,500万円にまで上昇しています。

ガンバ大阪:成長期(2006年~2011年)

2006年~2011年の年俸
年度 年俸 備考
2006年 6,500万円 準優勝3つ
2007年 7,500万円 34試合フル出場
2008年 8,500万円 日本年間最優秀選手賞
2009年 1億円 アジア年間最優秀選手
2010年 1億1,000万円 ゼロックス杯準優勝
2011年 1億3,000万円 J1通算400試合出場

2006年の年俸は6,500万円で、天皇杯、ゼロックス杯、A3カップ2006は準優勝3つで終わり、2007年はゼロックス杯とJリーグ杯を優勝したので年俸が7,500万円になりました。2008年、遠藤保仁選手は日本年間最優秀選手賞を受賞して年俸は8,500万円になり、チームはリーグ戦、天皇杯、Jリーグ杯3つ優勝しました。2009年は大台の年俸1億円に到達し、2010年と2011年のそれぞれ年俸は1億1,100万円と1億3,000万円です。

ガンバ大阪:J2リーグ時代(2012年~2013年)

2012年~2013年の年俸
年度 年俸 備考
2012年 1億3,000万円 J2降格
2013年 1億3,000万円 J2優勝

2012年はリーグ戦に全試合出場して年俸は前年と同じ1億3,000万円ですがチームは勝てない試合が続き、リーグ戦年間順位17位となり初めてJ2に降格となりました。 2013年、遠藤保仁選手はJ2降格したガンバ大阪に残留で年俸は変わらず1億3,000万円です。J2では、プロ入りして初めて主将を任されて勝ち続けて見事J2優勝し、1年でJ1リーグに返り咲き、J2の最優秀選手賞を受賞してます。

ガンバ大阪:黄金期(2014年~2015年)

2014年~2015年の年俸
年数 年俸 備考
2014年 1億5,000万円 国内3冠
2015年 1億8,000万円 最高収入

2014年は、J1リーグ復帰1年目ですがリーグ戦、天皇杯、ナビスコカップを苦戦しながらも見事国内3冠を獲得し、年俸も1億5,000万円までになり遠藤保仁選手自身もベストイレブンと最優秀選手賞を受賞します。

2015年はチームが、天皇杯連覇とゼロックス杯優勝することができ、遠藤保仁選手の年俸は過去最高の1億8,000万円まで上がりガンバ大阪の黄金期をしっかり支えていました。

ガンバ大阪(2016年~2020年)

2016年~2020年の年俸
年数 年俸 備考
2016年 1億6,000万円 J1リーグ通算100得点
2017年 1億5,000万円 リーグ戦20年連続得点
2018年 1億4,500万円 Jリーグ通算600試合出場
2019年 1億2,000万円 J1通算最多632試合出場
2020年 1億円 ジュビロ磐田移籍

2016年は、J1リーグ通算100得点をマークして年俸は1億6,000万円で、2017年はリーグ戦20年連続得点を記録して年俸は1億5,000万円です。

2018年、Jリーグ通算600試合出場を達成してフィールドプレーヤーとしては初めての快挙を成し遂げ、年俸は1億4,500円となっています。2019年と2020年は共に年俸1億円でJ1史上最多となる632試合出場を達成しますが、出場機会を求めて移籍を決めます。

ジュビロ磐田(2021~現在)

2020年~2022年の年俸
年度 年俸 備考
2020年 1億2,000万円 ジュビロ磐田に期限付き移籍
2021年 1億円 J2優勝
2022年 8,000万円 ジュビロ磐田に完全移籍

2020年は出場機会を求めてJ2のジュビロ磐田に移籍金なしで期限つき移籍をして年俸はガンバ大阪のときの同じ1億円です。2021年シーズンはJリーグシーズン連続ゴール記録を24年に更新して歴代1位となり、年俸1億円でジュビロ磐田は遠藤選手の活躍もあり、J2優勝とJ1昇格を獲得しました。

2022年、遠藤保仁選手は期限つき移籍ではなくジュビロ磐田に完全移籍することになり、年俸は8,000万円となっています。

遠藤保仁と他の選手との年俸比較

遠藤保仁選手の年俸は、Jリーガーの基本的な選手の平均年俸よりはるか多いです。遠藤保仁選手の年俸がJリーグでも高額な金額であることを2つにわけて比較できます。

①J1リーグの年俸ベスト5
②日本代表時の遠藤保仁選手と現在と過去のベストプレーヤーの年俸

J1リーグの選手と年俸の比較

J1リーグ2022年、年俸ベスト5
順位 選手名 年俸 所属クラブ
1位 アンドレス・イニエスタ・ルハン 20億円 ヴッセル神戸
2位 大迫勇也 4億円 ヴッセル神戸
3位 酒井高徳 2億円 ヴッセル神戸
4位 山口蛍 2億円 ヴッセル神戸
5位 セルジ・サンペール 2億円 ヴッセル神戸

2022年J1リーグの選手の年俸は、一番高い選手でイニエスタ選手の20億円です。2022年の年俸ベスト5は5人全員ヴッセル神戸に所属していて1億円をはるかに越えています。遠藤保仁選手は2022年は8,000万円で全体の35番目にいますが同年代の選手のなかでは一番高い年俸です。

日本代表選手と年俸の比較

日本代表デビュー時の年俸比較
選手名 日本代表デビュー時の年俸
遠藤保仁 3,700万円
大迫勇也 2,000万円
香川真司 800万円

遠藤保仁選手が日本代表に初めて選出された2002年の年俸は、3,700万円です。2022年の日本人サッカー選手で最高年俸の大迫勇也選手の 日本代表デビュー時の年俸は2,000万円で、歴代最高年俸である香川真司選手の日本代表デビュー時に年俸は、800万円となっています。

遠藤保仁選手の日本代表デビュー時の年収が、他の2選手と比べても高いことがうかがえます。

遠藤保仁の年俸はキングカズ級

遠藤保仁選手の年収は、42歳の2022年現在の8,000万円です。それだけ年収があればサッカーのキングカズこと三浦知良選手のように高級な衣装に身を纏い、人気の高級車にのれるような生活ができ、実際のところ遠藤保仁選手も高級外車のアウディやベンツを所有していています。

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