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中田英寿の凄さとは?ローマ時代は日本人最高と言われるレジェンド

中田英寿の凄さとは?ローマ時代は日本人最高と言われるレジェンド

中田英寿の凄さは、日本人サッカー選手がヨーロッパで活躍する道を切り開いたことです。中田は1998年、日本をワールドカップ・フランス大会の初出場に導きました。プレーの凄さは海外のクラブに認められ、国内Jリーグから世界最高峰と言われたヨーロッパのリーグに移籍します。移籍2チーム目のローマでは伝説のプレーが生まれ、中田英寿は日本人最高と言われるレジェンドになり凄さを見せました。

2021.12.16 サッカー

中田英寿とは?

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中田英寿とは、国内外で活躍した元プロサッカー選手です。

・1995年から1998年まで国内Jリーグで活躍
・1998年から2006年までヨーロッパで活躍
・1991年から2006年まで日本代表で活躍


現在は国際サッカー評議会に諮問委員で携わるほか、実業家で幅広く活動されています。

プロフィール

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生年月日 1977年1月22日
身長 175cm
ポジション/利き足 ミッドフィルダー/右足
出身地 山梨県甲府市
所属チーム 1995年-1998年:ベルマーレ平塚
1998年-2000年:ACペルージャ
2000年-2001年:ASローマ 
2001年-2004年:ACパルマ
2004年:ボローニャ
2004年-2006年:ACFフィオレンティーナ 
2005年-2006年:ボルトン・ワンダラーズ 

獲得したチームタイトル

1995-1996年 アジアカップウィナーズカップ優勝(ベルマーレ平塚)
2000-2001年 セリエA優勝(A.Sローマ)
2001-2002年 コッパ・イタリア優勝(A.Cパルマ)
アジアカップウィナーズカップは、AFCに加盟するアジアの国と地域の主要カップ戦の優勝チームが出場する大会です。中田は1995年にベルマーレ平塚から出場、決勝でイランのアル・タラバに延長戦サドンデスで勝利し優勝します。2001年にはイタリアのサッカークラブによって争われるコッパ・イタリアに、中田はA.Cパルマから出場し、優勝しました。

獲得した一番大きなチームタイトル

中田が獲得した一番大きなチームタイトルは、セリエA優勝です。中田は優勝を決める試合に出場し、大きく貢献します。まだ日本人サッカー選手がヨーロッパに進出していない時代に、中田はヨーロッパのサッカーファンに中田英寿の名を刻みました。

獲得した個人タイトル

1997年 日本年間最優秀選手賞
1997年 Jリーグベストイレブン
1997年 アジア年間最優秀選手賞
1998年
1997年 AFC All Star Team
1998年
1999年
2001年 FIFA コンフェデレーションズカップ2001ベストイレブン
2001年 FIFA コンフェデレーションズカップ2001ブロンズボール
2004年 FIFA 100
2013年 Jクロニクルベスト ベストイレブン
中田は1995年にプロサッカー選手として国内リーグでプレーし、1998年にヨーロッパに渡るまでのわずか3年間に国内の個人タイトルを獲得しています。ヨーロッパに移籍したあとも日本代表として日韓ワールドカップのプレ大会と言われたコンフェデレーションカップに出場し、ベストイレブンとブロンズボールを獲得しました。

獲得した一番大きな個人タイトル

中田が獲得した一番大きな個人タイトルは、2004年に発表されたFIFA100です。FIFA100は、国際サッカー連盟の創設100周年を記念してロンドンで開催された記念の式典です。式典ではペレが、偉大なサッカー選手100人を選出し発表します。中田は唯一の日本人として選出されました。

中田英寿のサッカーの凄さ

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中田英寿のサッカーの凄さは、プレースタイルとフィジカル力、ゲームメイク力です。中田は、トップ下で司令塔として広い視野でゲームの流れを読み取るゲームメイク力、さらに強靭なフィジカル力でボールを自在にコントロールします。華麗なプレーでチームを勝利へ導き、中田のカリスマ性にサポーターは魅了されました。

プレースタイル

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中田英寿のプレースタイルの凄さは、トップ下からの華麗なゲームメイクです。

・プレッシャーが厳しいトップ下と言われるミッドフィルダーでのプレー
・屈強なフィジカル力と勝負強さでボールをキープする強さ
・キラーパスと呼ばれたスルーパスで決定的なパスを出すテクニック


正確なボールコントロールと的確なパス技術で鋭いスルーパスを決め、重要な局面でミドルシュートを決めました。

フィジカル力

【中田英寿】日本サッカー選手史上最強のフィジカル 中田英寿が最高と言われる理由がわかるプレー集 Hidetoshi Nakata

中田英寿のフィジカル力の凄さは強靭なボディバランスにあります。

・体格はけっして大柄ではない
・体幹が強くボディバランスに優れている
・相手チームの選手から押されても倒れない
・巧みなテクニックと力強いドリブルでボールをキープする

ヨーロッパ時代は、フィジカルモンスターと呼ばれるほど外国人相手にも当たり負けしない強さがありました。

ゲームメイク力

【中田英寿プレー集】出場枠を懸けた闘い | ローマ編

中田英寿のゲームメイク力の凄さは世界屈指の実力です。

・当時のサッカースタイルの特徴は司令塔やゲームメイカーが中心
・ゲームの流れを読む力や広い視野を持っている
・正確なボールコントロールと的確なパス技術がある
・トップ下から当時キラーパスと呼ばれた鋭いスルーパスを決める

現代は、司令塔を置かずフィジカル重視で展開が早いカウンターサッカーが主流ですが、当時のような司令塔やゲームメイカーが中心となる試合で、中田は広い視野と高い技術力で世界屈指のゲームメイク力の凄さを誇ります。

中田英寿のサッカーの凄い記録

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中田英寿のサッカーの凄い記録は、中田が司令塔となり活躍した日本代表がワールドカップへの初出場を決めたことです。伝説の試合はのちにジョホールバルの歓喜と称えられます。海外では移籍直後のペルージャのデビュー戦2得点、ローマ時代はチームを優勝へ導く重要な局面で伝説のプレーが生まれました。

日本国内時代

ジョホールバルの歓喜(実況:山本浩アナ)2/2

日本国内時代の凄さは、ジョホールバルの歓喜と称された試合で3得点をアシストしたことです。アジア第3代表決定戦となったプレーオフでのイラン戦で、中田は、中山雅史と城彰二、岡野雅行が決めた全てのゴールにアシストする活躍で勝利に貢献します。勝利は日本を初めてのワールドカップ出場に導きました。中田の試合での活躍は海外に注目され、同年12月に各国のスタープレーヤーが招かれて行われる親善試合に出場します。

ペルージャ時代

【中田英寿プレー集】ペルージャ移籍・衝撃のデビュー | ペルージャ編

ペルージャ時代の凄さは、ヨーロッパ進出のデビュー戦で2得点あげたことです。開幕戦でジダンを擁する強豪ユヴェントスFCから2得点を勝ち取ります。移籍1年目で、中田はPKを合わせると年間10得点をあげます。中田はミッドフィールダーで当時の日本人海外リーグ最多得点を記録します。中田はイタリアの有力スポーツ誌が選出するセリエAサプライズ賞に選ばれました。

全盛期ローマ時代

【中田英寿プレー集】ローマ移籍後の連続ゴール | ローマ編

全盛期ローマ時代の凄さは、ローマを優勝へ導く伝説のプレーが生まれたことです。当時はセリエAに世界中のトッププレイヤーが集まっていた時代です。中田はローマの司令塔 フランチェスコ・トッティとのポジション争いや、ガブリエル・バティストゥータが君臨するチームに臆することなく積極的になじんでいきます。さらにシーズン終盤の天王山とも言えるゲームのユベントス戦で決定的な仕事をします。

中田英寿のスーパープレイ

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中田英寿のスーパープレイは、ローマ時代の伝説のプレーです。当時、中田はトッティとのポジション争いや外国人出場枠の問題で試合への出場機会が少なく、出場し活躍できる場面が限られていました。中でも中田は抜群の存在感を発揮して伝説のプレーが生まれます。

伝説のプレー

【中田英寿プレー集】中田が伝説となったゴール | ローマ編

伝説のプレーは、チームの優勝が懸かる試合で中田が逆転ゴールを決めたことの凄さです。

ローマ移籍2年目のシーズン終盤、チームの優勝を決める大一番のユベントス戦で劇的な逆転ゴールを決めます。試合にベンチ入りでスタートした中田は、2点ビハインドを背負ったなか途中出場し、強烈なミドルシュートを決めます。

さらに試合終了間際に、中田の強烈なミドルシュートのこぼれ球から同点ゴールが生まれるアシストをします。勝利がローマ優勝のターニングポイントになり、中田はローマ・サポーターのアイドルになりました。

サッカー界のレジェンド、中田英寿の凄さとは?

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サッカー界のレジェンド、中田英寿の凄さとは、日本のサッカー界から海外への道を切り開いたパイオニアであることです。成功までのステップは中田自身が強い気持ちと惜しみない努力で築いたものであり、中田はセルフプロデュースの達人だと言われています。

道を切り開いたパイオニア

中田英寿「20年目の旅」#1 | ペルージャ | Hidetoshi Nakata “20 years after” #1 | Perugia |

サッカー界のレジェンド、中田英寿の凄さは、日本人がヨーロッパで活躍できる礎を作ったことです。日本が初出場した1998年のワールドカップ・フランス大会で中田はチームの司令塔でグループリーグ全3試合にフル出場し活躍します。

プレーが海外のクラブに認められ、中田は国内のJリーグから世界最高峰と言われたヨーロッパのリーグに移籍、活躍します。

中田は、国内→ワールドカップ→ヨーロッパの道を切り開いたパイオニアです。

セルフプロデュースの達人

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中田英寿の凄さは、自分をプランニングし、実行して成功を収めたセルフプロデュースするところです。中田は高校生で初の国際大会を経験します。以来、将来の目標にセリエAへの移籍を考えてイタリア語の勉強を始めました。

サッカーの技術を磨き国内で実績を残し、見事ヨーロッパへの切符を手に入れます。イタリアへ渡って2か月後には通訳なしで会話できました。中田は計画性と行動力で自ら道を切り開きました。

後世へ伝えたい、サッカー界のレジェンド

現在も本田圭佑や多くの日本人サッカー選手がヨーロッパへ進出し活躍しています。中田はステップの礎を築き、日本サッカー界に貢献した中田英寿の凄さは、これから世界を目指すサッカー選手の憧れです。中田英寿がレジェンドとなったローマでの活躍は後世へ伝えられていくでしょう。

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