武井壮の名言100選!努力と才能の本音、人生と大人の夢を語る言葉
十種競技の元日本チャンピオンで、39歳でタレントになった武井壮。その名言は「努力は才能ではなく努力です」と言い切ります。努力と才能、大人の夢、トレーニング、兄の分まで生きる決意まで、今から何かを始めたい大人の背中を押す武井壮の名言を、いつ言ったかと一緒に読めます。
Writer
公式ライター Activel編集部
武井壮は、「百獣の王」を名乗るタレントで、十種競技の元日本チャンピオンです。「努力は才能ではなく努力です」と言い切る武井壮の名言の奥には、39歳まで無職だったと自分で書き、亡くなった兄の分まで生きると決めた歩みがあります。年齢を理由に何かを諦めかけている大人も、読み終えるころには今日の自分を一歩進めたくなります。
武井壮のプロフィール
武井壮(たけい そう)は、大学で陸上を始め、走る・跳ぶ・投げるの10種目を2日間で戦って合計の点数を競う十種競技で日本一になりました。その後、39歳で芸能界にデビューしています。
基本プロフィール
東京の葛飾区に生まれ、2つの大学で陸上に打ち込んで日本一になりました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1973年5月6日 |
| 出身地 | 東京都葛飾区 |
| 出身大学 | 神戸学院大学法学部・中央学院大学商学部 |
| 競技 | 陸上 十種競技 |
| 主な成績 | 1997年 日本選手権 十種競技 優勝(7606点) |
| 今の仕事 | タレント・俳優 |
| 著書 | 『武井壮の目指せ! 百獣の王』『勝つ人 13人のアスリートたち』 |
十種競技からタレントまでの歩み
十種競技で日本一になってから、芸能界にデビューするまで15年かかりました。その間も、武井壮はゴルフや野球に挑戦を続けました。
- 小学校3年生のころ: 両親が離婚し、兄と2人で暮らすようになる
- 神戸学院大学の時: 陸上競技を始め、3年生で十種競技に転向
- 22歳のころ: 2歳上の兄が、がんのため24歳で亡くなる
- その後: 神戸学院大学を卒業して中央学院大学の3年生に入り直し(学士入学)、2年間で日本一を目指す
- 1997年: 日本選手権の十種競技で優勝(7606点)
- 卒業後: アメリカへゴルフ留学。台湾プロ野球チームのコーチなどを務める
- 2005年: 野球のクラブチーム 茨城ゴールデンゴールズに入団
- 2012年: 39歳で芸能界にデビュー。著書『武井壮の目指せ! 百獣の王』が発売
- 2015年: 35歳以上が年齢別に競う世界マスターズ陸上(フランス・リヨン)の4×100mリレーで世界一
- 2018年: 世界マスターズ陸上(スペイン・マラガ)の4×100mリレーで金メダル
- 2020年2月: 本田圭佑が設立したサッカークラブ ONE TOKYO の初代監督に就任
- 2021年6月: 日本フェンシング協会の会長に就任(2022年11月に任期満了で退任)
- 2026年9月22日: NHK『ファミリーヒストリー』に出演し、生き別れた母の行方を知る
座右の銘
武井壮の座右の銘は「毎日、自分史上最高」です。2017年10月、商品の発表会のトークショーで聞かれて答えた言葉です。続けて「不安にならないよう、毎日3時間のトレーニング」とも明かしています。
武井壮の名言100選
芸能界に入るまでの時間を、武井壮は2018年の X の投稿で「24歳から15年間学びまくって」と振り返ります。その時間を、鍛えることと学ぶことに使ってきました。武井壮の語録に努力の話が多いのも、そのためです。2011年のブログから2026年の投稿までの15年で、努力と才能に始まり、大人の夢、毎日のトレーニング、仕事とお金、兄と母の話まで語っています。
努力と才能の名言
「『努力できる才能』があっていいですねえ」と言われると、武井壮は黙っていません。努力という一言で片付けず、何をどう鍛えたのかまで問います。やり方を間違えた努力は報われないと言い切る武井壮は、十種競技で体の小ささを工夫で埋めてきた人です。
01「努力は才能ではなく努力です」
— 2023年7月19日の X の投稿で
02「努力できることも才能だよね、じゃないよ。。努力は自分自身を幸せにしたいと心から願う強い意志だよ。。。」
— 2017年1月24日の X の投稿で
03「『努力できる才能』があっていいですねえ、だってよ。。まあ言いたいことは分かるんだけど。トレーニングも勉強も楽しくはねえけどそれで身に付いた能力で人生が豊かに楽しくなるから苦しいし大変だけど、自分のケツ叩きまくって動かしてんだよなあ、努力しまくって努力の使い方上達したって事かなあ。」
— 2020年6月8日の X の投稿で
04「『スポーツは才能だよ、努力したって無理なものは無理』だとよ おう、無理なものは無理だし、まー難しい、努力しても考え方間違ってたり知識が無いと届かないことばかりだが、まだやってない自分よりやって少しは成長した自分を育てるためにやるのよ、世界一じゃなくても、今より凄い自分になるためだ」
— 2021年11月25日の X の投稿で
05「『全く同じ練習して他の人より努力しても伸びない奴は伸びないですよ、僕がそうです』だとよ。そういう人にじゃ見せて、と実技させたりすると技術的にも物理的にもまるで間違えてる事が多くて、一言指摘しただけであっさり伸びる。。『全く同じ』努力『他の人より』努力って、ただやることじゃねえよ。」
— 2017年9月28日の X の投稿で
06「頑張ってるのに伸びない、なんていうのは才能がねえわけじゃなくて『正しい分析ができていない』だけ。。」
— 2012年2月16日の公式ブログで
07「スポーツはただたくさん努力したから伸びるわけではない。努力の内容がとても大切で、それが伴わないと、努力感と反比例するような悲惨な結果が生まれる」
— 2023年7月の X の投稿で
08「『やればできる』なんて嘘ですよ、だと。。当たり前だ、その人の努力、感覚、体格、知性、知識、性格、顔、表情、声、発言、行動、指導、環境、経済力、家系、人脈、運、精神力、生活圏や国、そういったもの全ての総合点で勝負は決まる。でも知識、発言や行動は自分で努力して変化を起こす武器なんだよ」
— 2019年11月15日の X の投稿で
09「自分がどこまで進めるか それだけに集中するのだ 人の才能などと張り合うことほど無益な事はない 自分の可能性を見限るほど残念な事はない 誰とでもない 今の自分を一歩ずつ進める日々だけが自分の人生を変えるオレにしかできない作業だ」
— 2025年8月23日の X の投稿で
10「大谷翔平になるために自分があるんじゃねえよ 努力で最高級の自分を育てるんだよ」
— 2026年1月の X の投稿で、「努力で大谷翔平になれるんですか?」と聞かれて
11「育ちくらいで自分の生き方決まってたまるかよ 生まれた場所や家や時代よりオレがこう生きると決めた日からがオレの育ちだ」
— 2026年1月の X の投稿で
12「努力とかしんどいやろ オレも好きじゃない でもどうせするなら 努力して身に付くものを 買ってもらえて、努力した以上の対価を手に入れられるところに行こうと考えて『できること』『知ってること』を買ってもらえる芸能界ならそれが叶うと思って今に至ります。」
— 2023年10月14日の X の投稿で
13「例えば、今から歩く道に10 m進んだら1万円ずつ置いてあると言ったら、みんな進むでしょう? 僕はそれと同じ感覚。そこに苦しさはないし、進めば必ず手に入る。」
— 2020年10月公開のインタビューで
14「大切なのは、『頑張らなくてもやりたくなるシステム』を自分でつくりあげること。まずは努力以上の利益が必ず手に入る環境に身を置くことが大切です。頑張りに比べてメリットが少ないと、人の心は簡単に折れてしまいますから。」
— 2019年5月公開のインタビューで
15「おいみんな燃えてるか? 人生をもっと楽しみたいと思ってるか?生まれた家がこんなだから、自分の才能なんかこんなもんだから、こんな学力だから、とか そんなことで諦めたりしてねえか? そんなものな、大人になったら豆粒くらいの差しかねえんだよ」
— 2024年6月29日の X の投稿で
武井壮が「大谷翔平になるために自分があるんじゃねえよ」と書いた大谷翔平本人の言葉は、大谷翔平の名言で読めます。
大人の夢と挑戦の名言
夢は若い人だけのものではないと、武井壮は言い続けています。芸能界へ進むと言った時、周りはみんな無理だと笑ったそうです。39歳でデビューした武井壮は、若くなくても始めていいと言うだけでなく、働きながらどう進むかまで踏み込みます。
16「子供の頃に偶然出会ったスポーツや趣味に人生賭けて若くして成功する事ばかりが夢の様に語られる業界には広く世の中を包む夢が足りないと思うんだよ。大人になってから、世の中が分かって、本当になりたいものややりたい事が見つかった大人達がバンバン夢を叶えられるのが皆が幸せになれる世の中だ。。」
— 2017年11月15日の X の投稿で
17「『夢を諦めようか迷ってます』ってすごい相談くる。夢なんか何回諦めてもいいし何回チャレンジしてもいい。夢だけ追うってのが苦しいならしっかり働いて学んで鍛えて実力伸ばして現実を生きながら叶えりゃいい。夢が上、現実が下じゃねえ、夢を叶えるのは常に現実でしっかり成長できた自分だからな。」
— 2020年7月27日の X の投稿で
18「大人が夢を持つべきだと言うと『生活のために犠牲にしてる時間がある大人は無理』とか『夢追って飯食えないなんて無理』とか言うけど、夢を追う=働かない、お金がないみたいな考えがそもそも違う。仕事の実力上げて収入も確保し更に残りの時間少しでも使って新たな能力を手にする日々を送ることだよ」
— 2018年7月25日の X の投稿で
19「オレは。。 夢はいつからでも見始めていいし。。 いつまでも見てていいと思うんだ。。 ジュニアが夢に燃えるのは当たり前。。 オレ達オッサンもよ。。 夢に燃えて。。 それを掴み取る階段を登ること。。。 諦めねえでいいと思うぜ。。 ただ。。 夢見るばっかで階段は登らねえ。。 そんなのはダメだ。。 夢ってのはよ。。 登りゃ必ず辿り着くもんなんだ。。。」
— 2011年9月20日の公式ブログで
20「夢は叶えるとかじゃねえ。。夢のような場所まで一歩ずつ進んでくもんだから。。みんな必ず辿り着くよ。。一緒に毎日進もうぜ。。」
— 2015年8月17日の X の投稿で
21「日本には夢を追うための環境がない、か。世界でこれ以上環境整ってて、遊びも趣味もなんでも文化になってて、どんな細かな事も仕事になる豊かな国他にねーよ。。ここで踏み出せない、とか言う奴はどこの国でも何も起こせねえ。。成功できる環境なんてねえ。前に踏み出す者にだけ開くドアがあるだけだ。」
— 2014年1月20日の X の投稿で
22「焦る必要なんかねえよ。。オレだって39歳の去年までなんもなかったしな。。後輩にすらご馳走してもらったり、先輩から仕事紹介しようか?って言われてたりしたんだからよ。。なりたい自分になるのは簡単じゃねえもん。。まだまだ道の途中。。。」
— デビューの翌年、2013年12月20日の X の投稿で
23「勘違いすんなよ、オレもバイトしてたし日銭稼ぐ為にスポーツ教えて働いた事もある。でも1日8時間働いたって16時間余ってんだからいくらでも成長できる。十種競技の練習1日8時間やってただけで満足して価値があると思い込んだ結果39歳まで無職だったけど24歳から15年間学びまくって45歳でやっとここだ。」
— 2018年3月5日の X の投稿で
24「フォロワー100万人の瞬間。。4年前39歳の時、2000人くらいだったとこからスタートした百獣の王への道がついに『百』に届いた。。 みんな無理だって笑ってたけど毎日鍛えて学んで笑って戦ってたら届いたよ。。さあこっからスタートだ。。」
— 2016年4月27日の X の投稿で
25「誰かが言った『それは難しいよ』は一切気にしねえ。。だってそいつはオレじゃねえ。。判断基準はいつだってオレができると思うかどうかしかねえ。。」
— 2013年1月23日の X の投稿で
26「やる前はみんな無理だって言うくせに、成功したら才能だの運だの偶然だのと言ってくる(悲) わはは! 無理でもねえし、偶然でもねえ! 実践と成長で不可能を可能に、可能を楽勝にするのがオレの特技だ! まだまだやってやるから、ごちゃごちゃ言ってねえでお前もやれ!」
— 2025年9月7日の X の投稿で
27「39歳でデビューした自分のように、誰もが大人になってからいくつも夢が叶えられる、そんな未来を思い描いています。」
— 2019年5月公開のインタビューで
28「世の中分かってきた大人が夢持って進めねえんじゃ大人になった意味がねえ。。」
— 2013年9月9日の X の投稿で
29「進む道なんか何度諦めてもいい。。でも自分を諦める事は絶対にしねえ。。。オレが最強に違いねえ。。」
— 2014年1月26日の X の投稿で
30「オレならできる。そう思ってやって来た事が全部今のオレにできる事だ。できない。そう思って手に入ったものなんか何一つねえ。」
31「人生冒険するのは不安だし怖い。とか言うけどよ、一回しかねえのに自分から動かねえで終わるほうがオレはよっぽど怖いわ。」
32「本気になったオレの気合の前では世の中にあるどんな壁も高さ2cm未満。イージー」
33「10年前、いい年こいて夢を語るオレをみんな笑ってた。でもオレ本気だったからいつか心から笑顔になれるように、誰にも笑われないくらい毎日成長しようと決めた」
34「輝きたいなら磨かねえとな。。」
— 2014年2月15日の X の投稿で
トレーニングと不安の名言
武井壮のトレーニングは、仕事で夜遅くなっても毎日続きます。鍛えるのは筋肉より思い通りに体を動かす力で、走るのは不安があるからだと本人が明かします。ストイックに見える毎日を、本人は自分へのプレゼントと呼んでいます。毎日努力するモチベーションの手に入れ方を聞かれた時の答えは、1万円札のたとえでした。
35「毎日3時間は自分の能力を鍛えるために使うと決めています。フィジカルトレーニングに1時間、新しい知識の学びに1時間、そして、新しい技術を習得する練習に1時間。たとえどんなに疲れていても、夜遅くなってしまったとしても、必ずやる。」
— 2019年5月公開のインタビューで
36「でも『やらなければ』とストイックに自分を追い込むというより、自分に『プレゼント』するような気持ちで、楽しみながらやっています。」
— 同じインタビューで、続けて
37「たいしたことじゃねえんだよ。。どんなにつまんなくても身体しんどくても、毎日鍛えたり学んだりする時間を自分にプレゼントするんだわ。。仕事も生活もうまくいかなくても必ず成長していくように。。誰かと比べるより先に昨日の自分を今日越えられるように。。それがオレの勝負、今日もギリ勝てた笑!」
— 2014年9月11日の X の投稿で
38「筋肉を鍛えるんじゃねえのさ、動きを鍛えるのよ。。身体を鍛えるんだけどよ、身体を動かす脳を鍛えるのよ。。」
— 2016年1月21日の X の投稿で
39「スポーツが上手かそうでないかは たったひとつの言葉で表現できます それは 『思い通りに体を動かせるかどうか』 それだけです」
— 2025年12月30日の本人の note で
40「僕は頭の中で思う通り動いている”つもり”なだけで、実は動けていなかった。」
— 2019年8月公開のインタビューで、小学5年生の頃を振り返って
41「『グラスの水を飲む』のはいつでも成功できるのに『野球でホームランを打つ』ことは何故失敗するのかが不思議でしかたなかったんです。」
— 同じインタビューで
42「メンタル落ちてるヒマあったら鍛える、学ぶ技磨く 次にまた試される時には勝つ それしかねえだろ」
— 2024年11月26日の X の投稿で
43「毎日努力するモチベーションはどうやって手に入れるんですか? とか聞かれるんだけどさ 目の前に1万円札置いてあって 『ご自由にお持ちください』 って書いてあったらどうする? あざーす!だろ? 自分を幸せにするための勉強やトレーニングにモチベーションなんかいらんよ」
— 2026年7月15日の X の投稿で
44「毎日走ってるから『強い人』だと思われがちだけどさ、不安とか山ほどあるから走らずにいられないのも自分なんだよな。。走って鍛えて学んでなんとかなんとかって抵抗してる。。でもそれを続けてきて起きたさまざまな素敵なことが唯一の支えでさ。。まだ走れそうだと感じてる。。みんなも毎日一歩、な。」
— 2019年4月15日の X の投稿で
45「大迫傑の脚には 無駄なものが何一つない 速く遠くへ進む機能のみが鍛え上げられた結晶のような輝きがある 見習わねばならぬ オレも削って磨いて輝こう」
— 2022年1月2日の X の投稿で
46「私が思う良いトレーニングメニューは 『そんなもんどうでもいい』です笑」
— 2025年11月24日の本人の note で
47「オレは鍛えるのが好きなんじゃなくて成長するのが好きなんだ」
48「凹んでいるヒマあったら鍛える」
49「不安がトレーニングの一番のパートナー」
武井壮が「見習わねばならぬ」と書いた大迫傑本人の言葉は、大迫傑の名言にあります。
勉強と学校の名言
武井壮が勉強の話をすると、言葉が一段強くなります。中学と高校は、学費のために勉強して特待生を取った人です。学生に向けた厳しい言葉の裏には、学ぶことで自分の暮らしを変えてきた本人の経験があります。
50「勉強?した方がいいに決まってんだろ!将来役立つかって?勉強したことを無駄にせず役立てるように生きてくんだろうがよ!スポーツに集中したい?舐めんなよ!寝てる時間以外16時間練習してんのか!?1日1時間くらい人生を広げる新しい知識手に入れろ!難しいなら人体の研究して競技に役立てろや!」
— 2017年4月6日の X の投稿で
51「学校のスポーツも勉強も『しなくてもいい』もんじゃねえよ。やればやるだけ人生のプラスになる武器になんだよ。結果スポーツやら勉強、性格や身なり、家族や人間関係や特殊技能、経歴や学歴やら色んなもんの総合点で進んでいい道が決まってくんだよ。何か足りねえものあんなら今のうちだぜ学生たちよ。」
— 2017年8月13日の X の投稿で
52「学校通って勉強しないなんてのは、一万円札掴み取りで掴まねえで手抜くみたいなもんだよな。。」
— 2020年6月24日の X の投稿で
53「オレの個人的意見だけども、22歳で大学卒業するまでにバイトで稼いだお金でぷらぷら遊んで楽しむよりも、そこまでに他の学生リードできる何かを磨いて、そのあとの50年人より稼いだり知名度を手にして、世の中分かってから『自分のやりたい事』考えた方が芯食って楽しいからまずは学ぶか鍛えといて正解」
— 2020年6月29日の X の投稿で
54「中高と学費の為に仕方なく勉強して特待生取ってたんだけど、その頃勉強した事や、スポーツで負けないために体育大の教科書や物理学の本読みまくって自分でトレーニング理論考えてた小学生時代の貯金が今でも山程生きてるし、30代毎日1時間勉強するのを欠かさず芸能界で削れない知識や技術になってる」
— 2019年2月14日の X の投稿で
55「新しい知識を調べる1時間の最後には、『アウトプット』も必ずセットでやっています。自らトーク番組の司会者になりきって、自分に話を振り、それに答える。落語のように一人二役でする自主トレです。」
— 2019年5月公開のインタビューで
56「単なる知識を詰め込むだけだと、人は簡単に忘れてしまうんですよね。でも『エピソード』として楽しく話すと、忘れにくくなるし、すぐに使えるネタになる。」
— 同じインタビューで
57「魔法の本だと思いましたね。勝つためには読むしかない、これさえあれば、貧乏な生活から抜け出せるかも、と。」
— 2026年9月公開のインタビューで、体育大学の教科書との出会いについて
58「知らねえ事を1週間本気になって調べまくってみたらいいよ。だいたいの事は周りの誰より詳しくなっからよ。」
仕事とお金の名言
日本一になっても、誰からも注目されない。武井壮の仕事の考え方は、この悩みから始まります。そこで30歳のころからテレビ欄を分析し、39歳で芸能界に入りました。能力を商品と考え、お金は自由への鍵だという話は、スポーツ以外の仕事にも当てはまります。
59「その分野で一番の成績さえとれば自分の人生が豊かになると思い込み、数年を費やしてしまったわけです。」
— 2020年1月公開のインタビューで、日本一になった後を振り返って
60「最初は、テレビに出るためにはどんな能力を磨けばいいかを徹底的に研究することから始めました。テレビ欄を見て番組のジャンルをカウントし、どんなタレントが求められているのか、あの番組に出るためにはどんなトークができればいいのかを分析していったのです。」
— 2019年5月公開のインタビューで、30歳のころを振り返って
61「ただのゼネラリストではなく、『超』がつく『スーパーゼネラリスト』であり続けることこそが、僕が芸能界で求められ続けるための戦略でした。」
— 同じインタビューで
62「毎日トレーニングや勉強してるのを ストイックですねと言われるけど 芸能やってんだからさ 能力や芸が商品なんだから 学んだり鍛えたりするのが 商品の仕入れなのさ 寿司屋が魚買うのと同じだ」
— 2026年2月21日の X の投稿で
63「お金はそんなに無くても幸せに暮らせる。。若い頃の自分は本当にそう感じていたし実際に幸せだった。けどお金を稼げない、稼いだことのない自分のままそう言って心の中で誰かを羨むのが嫌だった。稼ぐ努力をして初めて、お金の為じゃないものがはっきり見えたし、豊かになる事での幸せも感じられた。。」
— 2016年11月22日の X の投稿で
64「僕にとって、お金というのは活動の制限を取り除いてくれる『自由への鍵』だと思っています。」
— 2020年1月公開のインタビューで
65「僕は就職しようと思ったことが一度もないんです。就職しないって小学校のときに決めたので。」
— 2015年のラジオ番組『澤本・権八のすぐに終わりますから。』で
66「僕は『造職』だと。職に就くのではなくて、『職を自分で造り出していいんだよ』というメッセージだと思っています。」
— 同じ回の、就職活動の話で
67「『人があまりできないこと』 『人が持っていない知識』 『得るのが困難な資格』 などを手に入れることで初めて 『誰でもできる』から脱却できる つまりは高い報酬を得られる可能性が生まれると言うことです」
— 2026年1月18日の本人の note で
68「アスリートから『仕事にモチベーションが湧きません、どうしたらいいですか?』 なんて質問が多いけど 本当はやりたくないことに対するモチベーションなど、所詮はまがいもの 続くわけない」
— 2023年6月11日の X の投稿で
人生を語った名言
人生を語る武井壮が厳しく責めるのは、自分の不機嫌です。仕事現場で不機嫌を出して後悔した話まで、本人が投稿しています。50代になっても「人生を諦めない」と言い切る武井壮は、弱さも隠しません。
69「人生を諦めない どんな苦境でも 毎日少しずつ成長する 成長できる時間を自分に過ごさせる できる限り真っ直ぐ生きて 行けるとこまで進むのだ もう人生に失敗なんてない 行けたとこまでが大成功だ」
— 2025年9月1日の X の投稿で
70「やりたい事が無くてつまんない事が多かった時期があったけど。。今はつまんなそうな事もやってみたらめちゃくちゃ楽しかったりする。。今考えたらつまんなかったのは世の中じゃなくて、楽しさを見つけらんなかったオレ自身だったんだなあ、と思うわ。。」
— 2013年10月9日の X の投稿で
71「イライラは自分の価値を下げることはあっても、人生に有益なことは何も生まないよな。。 ごみ屑すら燃やせばエネルギーになったり、リサイクルして資源にもなる。。イライラはごみ屑にも満たない人生への害悪だよな。。 もしかしたら穏やかさが人生を進んでいく上のいちばんの強さなんじゃないかな。。」
— 2019年8月22日の X の投稿で
72「今日仕事現場で 不機嫌な自分を出してしまって とても後悔している まだまだ人間性が磨けていない 仕事仲間を楽しい気分に させる事ができなくて 誰を楽しませる事ができるんだ と心から思う もうあんなことの無いように 自分を戒めよう」
— 2022年10月4日の X の投稿で
73「今まで自分の不機嫌をぶつけた人たちの『こんな奴なんやなあ』って想いは取り戻せないんだよなあ。。 そんな自分で過ごした時間が自分に残してくれるものなんて失望しかない。。 そんな人生嫌なんだよ。。 素敵な人間に成長したいと本当に思う、ならまずは目の前からやるしかないよな。。頑張ろう。。」
— 2018年10月8日の X の投稿で
74「未来は今でしか変わらない 自分を変えて運命をねじ曲げるぜ」
— 2026年2月23日の X の投稿で
75「10歳の時に考えた人生の目標は全部達成した 20歳の時に立てた人生の目標もひとつだけやりかけだけどほぼ全部叶えたし、30歳の時に決めた約束事は全部守って、39歳の時に立てた芸能界での目標も想像以上のものになっている 50歳の時に決めたこの10年の道も着実に前進している」
— 2026年8月1日の X の投稿で
76「不機嫌は人と自分を傷付ける最強の武器。。そんな武器はいらねえから捨てちまおう。。」
— 2013年12月27日の X の投稿で
77「最近やる気出ないんすよ。とか言うのはよ、やりてえ事やってねえだけだわ。やりたい事はただやりたくなるもんだろ。やる気出ねえ事で成功なんかしねえしよ。」
78「やりたい事が何か探しているヒマがあったら大ハズレでも大失敗でもいいからなんかやる。それでもやる事わからんかったら人と会いまくる。それでもなかったら映画見て本読みまくってお笑い見まくってライブ行き倒して合間にカラダ鍛えまくる。そしたらいつの間にかなんでも楽しめる感じになりそうじゃね?」
79「人が言った事は気にするくせに、自分の心の中の『〜したい』って本当の気持ちは無視すんだよなあ。心は生きてんだからよ。無視したら拗ねて本当の事言わなくなっちまうのさ。そしたら本当にやりたい事いつかわかんなくなっちまう。どこかの誰かの言葉より胸の中の本当の言葉を聞いて生きようっと。。」
兄と母を語った名言
小学生のころに両親が離婚し、武井壮は親が帰らなくなった家で兄と2人で暮らしました。小学生のうちに区役所に相談に行き、ゴミ捨てのバイトで日銭を稼いでいます。俳優を目指した兄は、がんのため24歳で亡くなります。「二人分やってやろう」と決めた話を、武井壮は2026年のインタビューで語りました。
80「小さい頃に親が家からいなくなって、兄と二人暮らしをして生きていたんだけども、オレは勉強とスポーツを頑張ってなんとか生き延びる!と宣言して、兄はそんなオレのために中卒で有名人の鞄持ちをして生計を立てつつ俳優になりたいという夢を持つようになった。」
— 2023年7月20日の X の投稿で
81「よし、二人分やってやろうと思って。兄貴がやりたかったことを僕がやる。それまでの人生、自分で考えて確実に結果を出してきたから、僕が本気でやろうと思ったことは絶対に叶えられると思いました。」
— 2026年9月公開のインタビューで、兄が亡くなった後を振り返って
82「そこからの人生は自分だけの人生では確実になくなった」
— 2026年10月、ABEMA の企画『Re:MAKE 〜拝啓、あの頃の君へ〜』で
83「30年前に亡くなった兄のために今でも集まってくれる皆さん 本当にありがとうございます 今日は兄の命日です 残った人生は1日も無駄にせず 2人分以上生きようと決めています みなさん本当に感謝です」
— 2026年8月12日の X の投稿で、兄の命日に
84「20代は目いっぱいスポーツをやる。30代からは、兄貴ができなかった芸能の続きを、俺がやる」
— 2026年9月22日放送の NHK『ファミリーヒストリー』で
85「小4くらいの時に 父も母も家に帰ってこなくなってさ どうしたらいいかわかんなかった けど 区役所に相談しに行ったり 地元のお金持ちの家に何かできる仕事や手伝いは無いか聞いて回ったりして なんとかゴミ捨てのバイトで日銭を稼いで暮らしてた」
— 2025年1月21日の X の投稿で
86「産んでもらって、育ててもらった時間だけで一生分感謝ができている。」
— 2026年9月公開のインタビューで、母について
87「みなさん ファミリーヒストリー ご視聴ありがとうございました 僕の先祖や家族のヒストリーが知れて嬉しかったです そして母親の別れた後の暮らしも知れて、人生がくっきりと明るく見えるようになりました」
— 2026年9月22日の X の投稿で、番組の放送を終えて
十種競技の名言
武井壮が十種競技を選んだのは、最短で日本一を取れそうだったからです。国体の宿舎で同じ部屋になった朝原宣治(のちの北京オリンピック リレーのメダリスト)の走りを見て、100mでの日本一を諦めました。十種競技を始めて2年半で、1997年の日本選手権に7606点で勝ちました。得点の取り方を工夫して鍛えたと、本人が語っています。
88「幼稚園くらいの時、具志堅さんのボクシングをテレビで見てすごいな、かっこいいなと思ったのが始まりです。」
— 2019年8月公開のインタビューで、スポーツに興味を持ったきっかけを聞かれて
89「僕が陸上競技を始めた理由は、『日本一になること』でした。だから、一番その可能性が高い競技に挑戦したいと思ったのがきっかけですね。」
— 同じインタビューで、十種競技に転向したきっかけを聞かれて
90「僕の記録が当時10秒82だったので、朝原さんの記録に卒業までの2年で追いつくのは難しいと考え、100メートルはこの男に任せることにしました(笑)。」
— 2021年度の大学特集のインタビューで、朝原宣治の記録について
91「十種目中、七種目は“走る”んです。じゃあ、スプリント力を上げれば、7種目伸びるじゃないかと」
— 2013年8月の取材で
92「『これで本当に勝てるのか?』。毎日が不安でした。それを打ち消すために毎晩、夜中に356号線を走っていました。東我孫子駅の近くの上り坂を足がヨレヨレになるまで走って。そこで初めて『今日はやることやった』と安心して眠ることができました」
— 同じ取材で
93「スポーツには向き不向きがあるが 不向きでも勝てる事もある オレの十種競技はその典型で オレの体は小さく十種競技には不向きだが、トレーニングの方向性と得点の取り方を工夫すれば勝てると努力した それでも、向いている選手が同じ事をしたら勝てない、スポーツ全部体重別ならなあ、と思ったりもした」
— 2022年1月14日の X の投稿で
武井壮がスポーツに興味を持つきっかけになった具志堅用高本人の言葉は、具志堅用高の名言で読めます。
百獣の王の面白い名言
「百獣の王」は、武井壮が自分で名乗っている肩書きです。きっかけはアメリカ留学中に山で大きな鹿に出会い、腰を抜かしたことでした。動物の倒し方の話で人気者になった武井壮には、努力の話とは別に、笑ってしまう言葉もたくさんあります。
94「それで、最初に『動物の倒し方』を考え始めた。」
— 2018年8月、ラジオ番組『あさナビ』で、鹿に出会った話に続けて
95「『〇〇の倒し方』は 20年前から練り上げられた 私のオリジナルです そうです 私が百獣の王です」
— 2023年6月7日の X の投稿で
96「百獣の王って二つ名がもうあるねん!ポメラニアン倒したら炎上するねんで、めっちゃ飼い主怒るねんで!オタンコナス!!」
— 2020年6月11日の X の投稿で
97「ライオンはトレーニングしない、と言う人いるけど いやいやいや やつらは毎日飯食うために 40度超えの大地で 自分たちより足速い草食動物追っかけたり、自分たちよりデカくてパワーあるバッファローやキリン捕まえて命懸けで仕留める」
— 2025年8月22日の X の投稿で
98「オレなんかちょっと賢くなった体毛の薄い猿なんだからさ 失敗もすりゃ知らねえ事も山ほどあるわな 気にしてぷるぷる震えて生きたって仕方ねえんだから ポリポリケツでも掻いて そこら辺の木の実でも食って 枝から枝にひょいひょい飛び移るように軽やかに生きよう」
— 2025年2月24日の X の投稿で
99「なんだこの人生とか言う リアルロールプレイングゲームは 楽しすぎるなオイ まあまあいい武器手に入ってるし 防具もなかなかな輝きだ 仲間も素敵な魔法使いがいたりして なんとも楽しい旅路だぜ レベルアップしまくるわな」
— 2026年2月22日の X の投稿で
100「SnowManの倒し方を教えてくれと小学生に町で聞かれた カリスマックス🎵 の時に脇がガラ空きになるので そこにボディ 目黒蓮を倒すには今のところこれしかないし ラウールだとこの高さは腰骨あたりなのでこちらのダメージがデカいから別の方法が必要だ」
— 2025年12月23日の X の投稿で
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