バレーボールの歴史とは?起源やルーツはどこからきているの解説!
バレーボールの歴史は、1895年にアメリカで生まれた室内球技からスタートしています。歴史のスタートは、アバウトなルールで行われてきたバレーボールで、現在では老若男女・世界中で親しまれているスポーツになりました。バレーボールの歴史と起源やルーツを詳しく解説します。
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公式ライター Activel_director
バレーボールの歴史の起源とは?
モーガン氏は、国際YMCAトレーニングスクール卒業後、体育教師をしていました。彼はバスケットボールが人とぶつかる激しいスポーツであることに気づき、テニスやバドミントンをヒントに、誰でも気軽に楽しめる球技を作ろうと思ったのです。
そしてモーガン氏は、試行錯誤の後1895年にバレーボールの起源となる、ネットを挟んでボールを手で返しあうバレーボール考案しました。
「バレーボール」という名前の起源
考案された当時、バレーボールはミントネット、ミノネットと呼ばれていました。
その後、YMCAトレーニングスクール教官のハルステッド氏の提案を受けて、ボレー・ボール(volley・ball)という名前に改め、1952年に現在と同じくバレーボール(volleyball)という一語での名称になりました。
バレーボール誕生の起源
バレーボールが初めてプレーされたのは、1895年2月9日がバレーボール発祥の日とされています。この発祥の日から本格的な室内球技としてのバレーボールの歴史が始まります。
バレーボール発祥の地は、アメリカのマサチューセッツ州です。
バレーボールの歴史について
バレーボール誕生から全世界で愛されるスポーツになるまでの、約125年の歴史や変遷をご紹介していきます。
バレーボール誕生時の状況
そして、バレーボールは相手チームの選手とのぶつかり合いがないことから、子供から高齢者まで幅広い層で支持されました。そしてその後、各地に点在するYMCAを通じてアメリカ全土に広まっていきました。
バレーボールというスポーツの広がり
一方、ヨーロッパにバレーボールが紹介されたのは1920年頃で、第一次世界大戦に参戦したアメリカ軍の兵士たちが伝えたとされています。まずフランスやイタリアに6人制バレーボールが紹介され、その後ポーランド・ソビエト・チェコスロバキアと、ヨーロッパ全土に広まっていきました。
国際的なバレーボール協会の設立
国際バレーボール連盟が設立のきっかけは、1924年のパリ五輪でバレーボールが発祥国であるアメリカのスポーツとして紹介されたことです。
バレーボールが世界中に広がっていき、国際試合も行われるようになりました。そこで、バレーボールのルールを統一する必要性ができたのです。
国際ルールが定められたことにより、バレーボールの人数の世界基準が6人制となり今に至ります。
日本バレーボールの歴史
1913年(大正2年)北米YMCA体育主事のF・H・ブラウン氏が、バレーボールの紹介と指導に尽力し、日本バレーボール界の基礎を築きました。
しかし実は、日本にバレーボールが初めて紹介されたのは1908年でした。ヨーロッパの体育視察から帰国した東京YMCA体育主事の大森兵蔵氏が、初めて日本にバレーボールを紹介しました。
しかし大森氏が死去してしまったため、本格的なバレーボール普及に至らなかったという、あまり歴史に残らない経緯があります。
日本バレーボールの協会設立
以前からあった歴史ある大日本排球協会を日本バレーボール協会と改称して、正式に設立されたのです。
日本にバレーボールが伝わった当時は明確なルールがなく、人数も16人制でした。しかしそれでは多すぎるということから、12人そして9人となり、1927年に日本では9人制バレーボールが定着しました。
日本バレーボール協会が設立された後の1951年に、日本は国際バレーボール連盟(FIVB)へ加入しました。そこで、日本も世界基準である6人制を取り入れ現在に至ります。
バレーボールの日本ルール
日本国内では9人制のバレーボールが行われていた歴史があり、その名残で現在のママさんバレーボールや実業団バレーボールは9人制となっています。
6人制バレーボールと9人制バレーボールではルールが異なり、ネットの高さやボールのサイズなども違います。9人制バレーボールの大会は国内でのみ行われており、9人制のルールは日本独自のルールとなっています。
日本バレーボールとは?
これまで「パワー・高さ」の概念しかなかったバレーボールの歴史の中で、日本が世界と戦っていくためには様々な工夫が必要になっていったのです。
日本バレーボールは、東京オリンピックでコンビネーションや精密さという概念をくわえたのですが、これは歴史的なできごとでした。現在各国で普通に使われているコンビネーションバレーは、日本が開発したものが元になっています。
・回転レシーブ
・時間差攻撃
・A・B・C・Dクイック
・フライングレシーブ
バレーボールのルールの歴史と変遷
バレーボールは、ボールを繋げて返すだけの娯楽から、点を取りあうスポーツに変遷していきました。そういった歴史の中で、統一されたルールが必要になっていったのです。
ルールの制定
国際基準のルールは、1947年に設立された国際バレーボール連盟によって制定されました。当初のルールは、アメリカ式のルールを元に作られたとされていて、主に人数やコートの広さ・ネットの高さの規定で、ボールに関する細かい反則はほとんどありませんでした。
ルールの変更(1)
主要な追加ルール・改正項目としてはこのようなことです。
変遷 | ルールの変更内容 |
---|---|
1965年 | ブロックでのオーバーネット許容 |
1977年 | ブロックのワンタッチをカウントしない |
1984年 | サーブに対するブロック禁止 |
1989年 | 5セット目のみをラリーポイント制 |
ルールのその後の変遷
主要な追加ルール・改正項目としてはこのような内容ですが、以降に若干のルール変更はありますが、現在でもこのルールのもとで試合が行われています。
変遷 | ルールの変更内容 |
---|---|
1994年 | サービスゾーンの範囲、エンドライン全体に広がる |
1995年 | 膝から下での打球も、反則ではなくなる |
1998年 | リベロ制が正式導入される |
1999年 | サーブのネットインの容認 |
5セットマッチ、全ラリーポイント制の導入 | |
デュースの勝敗は、2点差がつくまで無制限 | |
サーブは吹笛後8秒以内に打つ。 |
バレーボールの歴史は、娯楽から競技性へ
またバレーボールは、歴史を重ねるごとに競技性の高いエキサイティングなスポーツに発展し、戦術や高いテクニックが必要になりました。バレーボールは今後も皆に愛されるスポーツとして、ますます発展していくと考えられます。
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