ジャンボ尾崎(尾崎将司)の名言40選!弟子に贈った言葉と格言・語録
ジャンボ尾崎の名言として広まる「100を切るのに趣味を捨てた」は本人の言葉なのか。甲子園の優勝投手からプロゴルフで113勝した尾崎将司の名言40選を、弟子に贈った言葉や世界ゴルフ殿堂入りの言葉、ジャンボ尾崎の格言・語録まで、言った時期とともに読めます。
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公式ライター Activel編集部
「100を切るのに、趣味を捨てた」で始まるゴルフの格言は、ジャンボ尾崎の名言として広まっていますが、本人が言った場面は見つかっていません。甲子園の優勝投手からプロゴルフで113勝した尾崎将司が本当に残した言葉を、全盛期の試合の後の会見から弟子に贈った言葉まで、ジャンボ尾崎の名言40選として、時期が分かるものは場面とともに載せています。
ジャンボ尾崎(尾崎将司)のプロフィール
ジャンボ尾崎こと尾崎将司は、高校野球の甲子園で優勝した投手で、プロ野球の西鉄ライオンズを3年で退団してゴルフに移り、国内ツアー94勝・賞金王12回の記録を残しました。シニアの試合には出ず、70代になってもレギュラーツアーで戦い続け、2025年12月23日に78歳で亡くなっています。ジャンボ尾崎の名言には、引退を口にせず、生涯現役を通した人の言葉が多く残っています。
基本プロフィール
本名は尾崎将司(まさし)で、プロになった頃は尾崎正司と書いていました。身長181cmの体で、木のドライバーの時代に300ヤードを飛ばし、それまで職人の世界だったプロゴルフを変えた選手です。通算113勝は、ツアーの制度ができる前の1971・72年の勝利や海外の1勝も含めた数で、1973年に始まったツアーの勝ち数は94勝です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 尾崎将司(おざき まさし) |
| 愛称 | ジャンボ |
| 生年月日 | 1947年1月24日 |
| 出身地 | 徳島県 |
| 身長 | 181cm |
| 出身校 | 徳島県立海南高校 |
| プロ野球 | 西鉄ライオンズ(1965〜1967年) |
| プロゴルファー | 1970年から |
| 優勝 | 国内ツアー94勝・プロ通算113勝 |
| 賞金王 | 12回 |
| 殿堂入り | 世界ゴルフ殿堂(2010年選出)・日本ゴルフ殿堂(2026年選出) |
| 死去 | 2025年12月23日(78歳) |
愛称のジャンボは、1970年に千葉県習志野市で開かれたゴルフの月例の競技会を取材したスポーツ紙の記者が、記事を「ジャンボ・プロ誕生」と書き出したのが始まりです。ちょうどアメリカから、当時としては想像を超える大きさのジャンボジェット機が日本に入ってきた頃でした。
甲子園の優勝からプロ野球、ゴルフで113勝と殿堂入りまでの歩み

ジャンボ尾崎と野球のつながりは深く、1964年の春には徳島海南高校のエースとして選抜高校野球大会で優勝しています。翌年プロ野球の西鉄ライオンズに入りましたが、同じ年に入団した池永正明投手との力の差を感じ、3シーズンで野球をあきらめました。オフに始めたゴルフに打ち込み、1970年にプロゴルファーになっています。
- 1971年9月: 日本プロでプロ初優勝。そこからわずか3か月で5勝
- 1973年: 賞金ランキングが始まった年に、初代の賞金王。マスターズで日本の選手として初めてメジャーの10位以内(8位)に入る
- 1981年: 賞金ランキングが28位まで下がる(1980年代前半は不調が続く)
- 1994〜1998年: 5年続けて賞金王(通算12回)
- 1996年11月: ダンロップフェニックスで、49歳でプロ通算100勝
- 2002年: 全日空オープンで、55歳でツアーの最年長優勝。これが最後の優勝で、通算113勝
- 2010年: 世界ゴルフ殿堂入りが決まる
- 2013年: つるやオープンの初日に62を出し、ツアーで初めてのエージシュート(年齢以下のスコア)
- 2019年11月: ダンロップフェニックスが、最後に出たレギュラーツアーの試合に
- 2025年12月23日: 78歳で亡くなる
- 2026年: 日本ゴルフ殿堂入り
ジャンボ尾崎の殿堂入りは2回あります。2010年に、樋口久子さん、青木功さん、岡本綾子さんに続く日本人4人目として世界ゴルフ殿堂入りが決まりました。亡くなった後の2026年4月には、日本ゴルフ協会などが新しく始めた日本ゴルフ殿堂のプレーヤー部門に選ばれ、9月30日の式典では長男の智春さんが代わりに表彰を受けています。
座右の銘
ジャンボ尾崎が自分で座右の銘として挙げた言葉は、Activel編集部が探した限り見つかりませんでした。ただ、本人が大切にしていた言葉はいくつか分かっています。昔の格言や名言が好きで、正月の書初めでは、その年のテーマを込めた格言を着物姿で書いていました。
- 体・技・心: デビューの頃から口癖のように言っていた考え方。「ゴルフは心・技・体ではなく、体・技・心の順なのだ」
- 書初めの格言: 「捲土重来」「一期一振」「守破離」などを、キャディバッグのタグに書いてぶら下げていた
- 『青春の詩』: 50〜60代のころに出合ったサミュエル・ウルマンの詩。自身のブログに「まさに自分の人生そのものだと思った」と書いた
「一期一振」の「一振」は、趣味の刀剣のことです。一振りの刀に自分の人生を託す、という意味を込めていました。『青春の詩』は「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言う」で始まり、「年を重ねただけで人は老いない」と続く詩で、シニアの試合に出ずにレギュラーツアーにこだわっていた時期に出合っています。
ジャンボ尾崎の名言40選
ジャンボ尾崎の名言のうち、言った時期が分かる一番古いものは、1979年頃にライバルの青木功さんと比べて自分のゴルフを語った言葉です。一番新しいものは、2025年11月に弟子の佐久間朱莉さんが年間女王になった時の祝福でした。その佐久間さんがなかなか勝てずにいた頃、尾崎将司は「俺も優勝の数より2位の方が多いんだ」と声をかけています。113勝した人のこの言葉は、佐久間さんが年間女王になった後に明かしたものです。ジャンボ尾崎の語録には、こうして弟子が後から明かした言葉も入っています。
賞金王を重ねた全盛期の名言
全盛期のジャンボ尾崎は、試合の後の会見を記者たちが楽しみにするほど、見出しになる言葉を口にする選手でした。飛距離で勝負するゴルフを貫き、OBを重ねて批判されても攻め方を変えなかった1970年代の終わりから、49歳で通算100勝を挙げた1996年までの言葉です。
01「刻んで正確にピンにからませられるんだったら、日本でドライバーは一切使わないよ。」
— 1979年頃のインタビューで、ライバルの青木功と自分のゴルフを比べて
02「OBを続けて3発も同じところへ打って批判も受けたけど、逃げることなく、最初の意図のボールで攻めたいからね。復習しているのよ。逃げて勝ってもおもしろくないからね。」
— 1979年頃のインタビューで、川奈の15番で打った3発のOBについて
03「堂々と王者の勝ち方をしたいと思っているから。不遜に聞こえるかもしれないがね……。」
— 1979年頃のインタビューで、人より正確に飛ばして人よりピンに寄せる理想を話して
04「下向きの尾崎ではなく、ひたむきの尾崎をお見せします」
— 1980年代前半、不調が続いた時期に
05「このパッティングフォームを石膏で固めてとっておきたいよ」
— 1982年、関東オープンで優勝した後の記者会見で
06「太く長く生きるためには、ボディスウィングだ」
— 1983年8月8日、千葉県習志野市の自宅で行われた雑誌の対談で
07「この勝利の実感はオフになってからわいてくるのかな。こんないい舞台でこんなことができたなんて・・自分の存在がこんな形でなしとげたことに感謝するしかない」
— 1996年11月17日、ダンロップフェニックスでプロ通算100勝目を挙げた日に
08「過去は振り返らない。一番新しい勝利が最も貴重なものなんだ。さあ、またゼロからの出発だ!」
— 1996年11月17日、100勝目の優勝インタビューで
「100を切るのに」の出どころと練習・上達の名言
アマチュアゴルファーの間でジャンボ尾崎の言葉として語られる「100を切るのに、趣味を捨てた。90を切るのに、仕事を捨てた。80を切るのに、家族を捨てた。70を切ったら、全てが返ってきた」は、本人が言った場面が見つかっていません。2010年には、ネットの質問サイトに作者の名前のない「ゴルフの格言」として出ていました。ジャンボ尾崎の名前つきで出てくるのは、2013年のブログが一番古いものです。本人が練習や上達について話した言葉は、次のとおりです。
09「ゴルフは心・技・体ではなく、体・技・心の順なのだ」
10「飛ばすためにはそれなりの体が必要なんだよ。ふだん何もしていない人が飛ばそうというのはムシがよすぎるんじゃないの」
11「力をつけるより柔軟性を磨け。飛ばしたくて肩や腕の筋肉をつけても、それによって柔軟性が失われるようでは逆効果でしかない。強い部分に頼りすぎるとバランスが崩れる」
12「練習だけで何かをマスターできるものではない。練習し、実戦でも練習と同じ結果を出した時に、初めてマスターしたといえる。しかし実戦で成功する確率は50%ほどしかない。だから練習を積み、実戦で試し、また練習する。その繰り返しだよ」
13「天才ほど努力をする。だから天才でいられるのだ」
14「上手いゴルファーより強いゴルファーになれ」
15「ゴルフで『これだ!』は絶対ないんだよ。せいぜいあっても『これぐらいだろう』くらいでね」
— 2013年、エージシュートを達成した後の対談で
16「ゴルフ(技術練習)だけやってうまくなろうと思っているのか。それは大きな間違いだ」
— 2020年2月1日、千葉市で開いたジュニアレッスン会で
17「うまくなろうと思ったら、人よりしんどい思い、つらい思い、苦しい思いをしないと。人間というのは、苦しさとかつらさが、楽しさに、うれしさに、喜びに変わっていくんだ。レッスンをしてもらったからといって、その場ですぐにはうまくならない。1年後、2年後、3年後にうまくなろうという気持ちをもって、いいことを継続していく。そういう心構えでいかないと」
— 2020年2月1日、ジュニアレッスン会の終わりに選手たちを集めて
世界ゴルフ殿堂入りから晩年の名言
2010年に63歳で世界ゴルフ殿堂入りが決まった時、ジャンボ尾崎はまだレギュラーツアーで優勝を狙う現役選手でした。腰の手術を2度受け、歩いて回るのがつらくなってからも、72歳の2019年までツアーの試合に出続けています。
18「殿堂入り? おれにはまだ早いだろ!」
— 2010年、世界ゴルフ殿堂入りが決まった時の記者会見で
19「スーパースターは『下積み』があってはなれないね」
20「肉体は歳をとっても、情熱は歳をとらない」
21「まさに自分の人生そのものだと思った。この心なんだよ。自分には詩の才はないが、代筆してくれているとしか思えない……嬉しくなってしまったよ」
— 50〜60代のころ、サミュエル・ウルマンの『青春の詩』について自身のブログで
22「自分の人生にはゴルフしかない。今までの人生で満足する部分もあるが、それは過去のこと。人間はこれから先も生きていかなければならない、少しでも長く続けられるようにやっていきたい。」
— 2017年1月、70歳になった時の取材で
23「いや、クラブを置く。生涯現役と思って今までやってきたのだから。」
— 2017年1月、70歳になった時の取材で、シニアツアーに出るかと聞かれて
24「ないない。ほとんどありません。この齢で何をしろって言うんだ」
— 2024年2月4日、77歳の近況を話した時に、ツアーに戻る気持ちを聞かれて
25「現役の自分は過去の栄光に全く興味がないんだ」
— 日本プロゴルフ殿堂入りの打診を断った理由として(2026年9月、長男の智春さんが明かした言葉)
弟子に贈った言葉
ジャンボ尾崎の弟子には、2015年から教わった原英莉花さん、2018年に作ったゴルフアカデミーの1期生の西郷真央さん、中学3年の日本女子オープンをきっかけに入門した佐久間朱莉さんらがいます。教え子からは、笹生優花さんと西郷さんの2人のメジャーチャンピオンが出ました。だらけた選手を怒鳴りつける厳しい師匠でしたが、弟子が優勝した日には、すぐに祝福のコメントを出しています。
26「いいぞいいぞ、もっと悩め。もっと深く悩め」
— 成績が出ずに悩んでいた石川遼に(2025年12月、石川遼が追悼のコメントで明かした言葉)
27「脳が小学生だ。今度誰かに聞かれたら、そう言っておけ」
— 2018年7月、プロテストに合格して報告に来た原英莉花に
28「誰でもラッキーで勝つ事はある。大事なのは2つ目の勝利をとらえにいかなくてはならない!それが一番大事!」
— 2019年6月2日、原英莉花のツアー初優勝に寄せたコメント
29「やっぱり『強いゴルファー』を目指してもらいたい」
— 2020年2月1日、ジュニアレッスン会で一緒になった原英莉花に
30「英莉花はパッティングさえ良くなれば、トッププレーヤーになれる」
— 2020年10月4日、日本女子オープンで優勝した原英莉花へのメッセージ
31「オープンは『オーペン』なんだよ。オーペン、チャンピオン!」
— 2020年10月6日、日本女子オープンの優勝を報告に来た原英莉花に
32「勝つことが全てではないし、常に上位にいられるのもすごいこと。あともう少し頑張れ」
— 2021年10月、2位が続いていた西郷真央に
33「何と言ってもゴルフに対する考え方や取り組み方が優等生で、プロの中でもそのゴルフ頭脳はトップではないかと思うときがある」
— 2022年3月6日、西郷真央のツアー初優勝に寄せたコメント
34「いつまでそこら辺で戦っているんだよ」
— 2023年4月24日、まだ優勝のなかった佐久間朱莉に
35「きょうからエリカを尊敬することにしたよ。お前じゃない方のな」
— 2023年10月、日本女子オープンの優勝を報告に来た原英莉花に
36「もう俺のことはいいんだよ。人生がほとんど終わってんだから。だから、終わる前に、なんか良いものを見てみたいってのはあるわな。うちの女の子が頑張ってるのを」
— 2024年2月4日、77歳の近況を話した時に
37「俺も優勝の数より2位の方が多いんだ」
— なかなか勝てずに苦しんでいた佐久間朱莉に(2026年1月、佐久間朱莉が明かした言葉)
38「あと一歩が届かない悔しさを体験して諦めずに努力した事が1つ目の勝利を呼び込んだね。朱莉、優勝おめでとう」
— 2025年4月20日、佐久間朱莉のツアー初優勝に寄せたメッセージ
39「海外での初優勝がメジャーとは西郷らしいね。常に準備を怠らない西郷だからいずれ勝利の報告があるとは思っていた。西郷どんメジャー優勝おめでとう」
— 2025年4月28日、シェブロン選手権で優勝した西郷真央へ、自身のYouTubeチャンネルで
40「朱莉年間女王おめでとう。1年を通して他の誰よりも強かったという証。昨年は勝つことが出来ずずいぶん悔しい思いをしたと思うが、その思いがあったからこそ、今年の成績に繋がったと思う。本当によかったな朱莉。残りの試合皆に今年の集大成見せてくれ」
— 2025年11月21日、年間女王を決めた佐久間朱莉に
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