ラファエル・ナダルの名言30選!叔父トニーの教えやケガ、引退スピーチの言葉
ラファエル・ナダルの現役最後の試合は、2024年11月のデビスカップでした。叔父トニーさんの教え、ケガ、引退スピーチの言葉まで、ラファエル・ナダルの名言30選を、言った時期と場面、英語などの原文とともに読めます。よく知られた名言の出どころも分かります。
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公式ライター Activel編集部
ラファエル・ナダルが2025年5月に全仏オープンのコートで行った引退スピーチは、フランス語で始まり、英語、スペイン語へと言葉を変えて続きました。足の感覚がないまま14回目の優勝をつかんだ2022年の全仏から、叔父トニーさんの教え、引退の言葉まで、ラファエル・ナダルの名言30選を、言った時期と原文で読めます。
ラファエル・ナダルのプロフィール
ラファエル・ナダルは、1986年にスペインのマヨルカ島マナコルで生まれ、2024年11月に現役を引退したテニス選手です。四大大会で22回優勝し、そのうち14回が全仏オープンでした。ラファエル・ナダルの名言の多くは英語やスペイン語で話した言葉で、日本で知られている言葉には元の言葉が見つからないものもあります。
基本プロフィール
テニスは左で打ちますが、食事などテニス以外のことは右手でする選手です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1986年6月3日 |
| 出身地 | スペイン・マヨルカ島マナコル |
| 身長 | 185cm |
| 利き腕 | 左(テニス) |
| プロ転向 | 2001年 |
| ツアー優勝 | シングルス92回 |
| 四大大会の優勝 | 22回(全豪2・全仏14・ウィンブルドン2・全米4) |
| 世界ランキング1位 | 通算209週(初めての1位は2008年8月) |
| オリンピック | 金メダル2つ(2008年北京・2016年リオ) |
| 現役引退 | 2024年11月 |
全仏オープンでの通算成績は112勝4敗です。世界1位の通算209週は、1973年に世界ランキングが始まってから6番目に長い記録になっています。
叔父トニーさんとの少年時代から、全仏オープン14回の優勝、2024年の引退までの歩み

ナダル選手にテニスを教えたのは、叔父のトニー・ナダルさんでした。本人は会見で「3歳から一緒だった」と話しています。小さい頃はフォアもバックも両手で打っていて、10歳の頃に片手で打つよう変えた時、自然に出たのが左手でした。トニーさんの考えで左に変えたという話は、本人が2010年と2011年の会見ではっきり否定しています。2011年に出たナダル選手の自伝には、トニーさんの厳しい練習の日々が描かれています。
- 2004年12月: 18歳で国別対抗戦のデビスカップに優勝
- 2005年6月: 19歳で全仏オープンに初優勝
- 2008年7月: ウィンブルドンの決勝でフェデラーに勝ち、初優勝
- 2008年8月: 北京五輪のシングルスで金メダル。8月18日に世界ランキング1位に
- 2010年9月: 全米オープンで優勝し、四大大会の4つすべてで優勝
- 2016年8月: リオ五輪のダブルスで金メダル
- 2017年: シーズンの終わりに、トニーさんが大会に同行するコーチから退く
- 2022年6月: 全仏オープン14回目、四大大会22回目の優勝
ケガとの戦いも長く、左足の持病に加えて膝や手首を痛め、2023年6月には股関節の手術を受けました。現役最後の試合は、2024年11月のデビスカップです。
座右の銘
ナダル選手が座右の銘として語った言葉は、Activel編集部が確かめた範囲では見つかりませんでした。代わりに、会見で繰り返し口にしてきた考えが2つあります。
- 言い訳をしない(2007年11月、負けた試合の後の会見で): 「言い訳はしない。僕はいいプレーをした。彼がもっといいプレーをした」(No excuse. I play well; he play better.)
- 毎日うまくなる(2010年9月、全米オープンで優勝した後の会見で): 「目標はいつも同じで、これまでもずっとそうだった。うまくなり続けて、来年は今年よりいい選手だと感じられることだ」(My goal is all the time and all my life was the same, is keep improving and feel myself better player next year than what I felt this year.)
引退の後の2025年5月にも、ナダル選手は「毎日うまくなろうとすることだけを気にしていた。キャリアの間ずっと、そう感じていた」と話しています。20代の会見と引退の後とで、同じ考えが言葉になっています。
ラファエル・ナダルの名言30選
2006年、20歳で初めてウィンブルドンの決勝に進んだナダル選手は、叔父について「彼がいなかったら無理だった」と話し、12年後の2018年にも「トニーがいなかったら、僕はたぶん今日ここにいない」と言いました。ラファエル・ナダルの名言30選は、叔父トニーさん、メンタル、ケガ、ライバル、引退の場面ごとに分けて古い順に並べ、ナダル選手が話した英語・スペイン語・フランス語の言葉を原文で添えています。
叔父トニーさんの教えと我慢についての言葉
叔父のトニー・ナダルさんは、ナダル選手が3歳の頃から2017年まで、テニスのコーチを務めた人です。自伝によると、11歳でスペインの12歳以下の全国大会に勝った日、トニーさんは過去25人の優勝者の名前を読み上げ、ほとんどが有名な選手になっていないと示してから「今日の勝利で浮かれるな。まだ長く厳しい道がある」と言いました。
01「叔父とは3歳の時から一緒で、ずっと一緒にやってきた。だから、僕が今プロの選手でいられるのは、たぶん彼のおかげなんだ。彼がいなかったら無理だった」
“I began with him at three years old. I am all life with him. So maybe for him I am now professional player, no? Without him, was impossible.”
— 2006年7月、ウィンブルドンで初めて決勝に進んだ後の会見で
02「トニーがいるかいないかは関係ない。違いを生むのは自分自身だ。いつも同じで、勝てば僕の勝ち。もちろん、チームみんなの支えはあった。でも、負けたら僕のせいだし、勝った時も僕の勝ちなんだ」
“Doesn’t make the difference if Toni’s here or not. The thing that make the difference is myself. Always is the same. When I win, I win. Sure, I had the support of all my team. But when I lose, it’s my fault. And when I win, it’s mine also.”
— 2010年8月、シンシナティの大会で敗れた後の会見で
03「我慢するとは、受け入れることだ。物事を望むとおりではなく、あるがままに受け入れる。そして、後ろではなく前を見ることだ」
“Enduring means accepting. Accepting things as they are and not as you would wish them to be, and then looking ahead, not behind.”
— 2011年、自伝『ラファエル・ナダル自伝』で、2008年のウィンブルドン決勝を振り返って
04「子どもの頃から、毎日高い強度で、大きなプレッシャーの中で練習してきた。叔父は最初から僕を強く追い込んだ。それが後になって、ケガやつらい時期を受け入れる準備にとても役立ったんだ」
“I practiced since I was a kid with high intensity. I practiced with a lot of pressure every day. My uncle was pushing me a lot from the beginning, so that was a big help for us later to be ready to accept injuries, to accept the tough moments.”
— 2017年3月、インディアンウェルズの大会の会見で
05「トニーがいなかったら、僕はたぶん今日ここにいない。それが本当のところだ。どれだけ感謝しても足りない」
“Without Toni, I probably won’t be here today. That’s the real thing. I can’t thank him enough for everything.”
— 2018年1月、全豪オープンの大会前の会見で
06「叔父も家族も、僕がラケットを壊すことも、汚い言葉を言うことも、物を投げることも、試合をあきらめることも、決して許さなかった」
“My uncle, my family, never allowed me to break a racquet, never allowed me to say bad words or threw or give up a match.”
— 2022年3月、インディアンウェルズの大会の会見で
負けとメンタルについての言葉
2007年のウィンブルドン決勝でフェデラーに敗れたナダル選手は、翌年の同じ決勝で、同じ相手に4時間48分の末に勝って初優勝しました。のちの自伝には、その決勝の緊張の元は負ける恐怖ではなく、勝つ恐怖だったという一文があります。負けた夜の会見でも、引退の後のインタビューでも、ナダル選手は自分のメンタルを隠さずに語っています。
07「僕は潔く負けを認められる人間なんだ。負けをしっかり受け入れる。負けを引きずるのは数時間だけで、その後は忘れて、100パーセント元気になる」
“I am a good loser. I accept the loss very well. And, well, the lose don’t affect me more than some hours. After that I forgot and I am hundred percent fine.”
— 2007年7月、ウィンブルドン決勝でフェデラーに敗れた後の会見で
08「ただ、1ポイントごとに集中する。考えすぎてはいけない。考えすぎると、いいプレーができなくなるから。次のポイントにだけ集中して、1ポイントずつ戦うんだ」
“Just focus in every point. Is impossible to think too much, because if you think too much you not gonna play well. I just focus next point, have point by point, no?”
— 2008年7月、ウィンブルドン決勝でフェデラーに勝った後の会見で
09「ウィンブルドンの決勝で緊張しないなら、それは人間じゃない」
“If you are not nervous in the final of Wimbledon, you are not human”
— 2010年7月、ウィンブルドンで2度目の優勝をした後の会見で
10「負けることがなければ、勝った後に喜びを味わうことはできない。だから、両方を受け入れなければならないんだ」
“If you don’t lose, you cannot enjoy after the victories. So I have to accept both things.”
— 2011年8月、シンシナティの大会の前の会見で
11「僕は毎日迷っている。(中略)人生はそんなにはっきりしたものじゃない。だから、迷いがないとしたら、それはたぶん傲慢すぎるからだ」
“I have doubts every day. … Life is not that clear. So if you have no doubts probably is because you are too arrogant.”
— 2017年6月、全仏オープンで10回目の優勝をした後の会見で
12「勝つのは好きだ。でも、負けるのを憎んではいない。憎むのは、自分が戦えていないと感じることだ」
“I like to win, yes, but I don’t hate to lose. What I hate is not feeling myself competitive.”
— 2026年5月、ドキュメンタリーの配信に合わせたマドリードでのインタビューで
ケガと向き合った言葉
ナダル選手のケガとの戦いは長く、本人は2024年に書いた文章で、17歳の時のケガで、たぶんもうプロのテニスはできないと告げられたことを明かしました。治すことのできない左足の持病のミュラー・ワイス症候群に加え、2009年と2012年に膝、2016年に左手首、2014年の全豪オープン決勝では背中を痛めました。2022年の全仏オープンの優勝は、左足に麻酔の注射を打ち続けてつかんだものです。2023年には股関節の手術を受け、約1年試合から離れています。
13「チームのみんな、精いっぱいやったよ。本当にありがとう。みんながいなければ、今の自分はなかった。こんな終わり方でごめん。本当に、本当に必死にやったんだ」
“My team, I tried hard, thank you very much. Without them it would be impossible to be where I am today. Sorry to finish this way, I tried very, very hard”
— 2014年1月、全豪オープン決勝で背中を痛めて敗れた後の表彰式で
14「ローラン・ギャロスは、ローラン・ギャロスだから」
“Roland Garros is Roland Garros”
— 2022年6月、全仏オープンで14回目の優勝をした後の会見で
15「最後までベストを尽くす。どれだけ可能性があるかは関係ない。それがスポーツの哲学で、スポーツそのものの本質なんだ」
“Just try your best till the end. Doesn’t matter the chances that you have. That’s the philosophy of the sport. That’s the essence of the sport by itself.”
— 2023年1月、全豪オープン2回戦で股関節を痛めて敗れた後の会見で
16「決めるのは僕ではない。決めるのは僕の体だ」
“No es una decisión que tome yo, es una decisión que toma mi cuerpo”
— 2023年5月、全仏オープンの欠場を発表した会見で
17「健康でいることが恋しかった。戦えている感覚も、こんな満員の観客の前でプレーすることも、恋しかった」
“I missed being healthy, I missed feeling competitive and playing in front of full crowds like this.”
— 2024年1月、ブリスベンで約1年ぶりのシングルスの試合に勝った後に
18「でも、痛みは人生で最高の先生の一つだ」
“But pain is one of life’s greatest teachers.”
— 2024年12月、引退の後に本人が寄せた文章「The Gift」で
フェデラーやジョコビッチ、錦織圭について語った言葉
ナダル選手はフェデラーと40回、ジョコビッチと60回対戦し、錦織圭選手とも14回戦っています。2026年10月の錦織選手の引退に寄せたナダル選手のコメントは、本人の X に英語で書かれ、最後だけ日本語の「ありがとう」で結ばれていました。
19「ロジャー、今日はごめん。君が今どんな気持ちか、本当によく分かる。忘れないで。君は偉大なチャンピオンで、歴史上最高の選手の一人だ」
“Roger, sorry for today. I really know how you feel right now. Remember, you’re a great champion, you’re one of the best in history.”
— 2009年2月、全豪オープン決勝でフェデラーに勝った後の表彰式で
20「決勝で負けてうれしいわけじゃない。でも、キャリアの中で、満足できる負けの一つだ」
“I am not happy to lose the final, yes, but that’s one of the losses that I am happy with in my career.”
— 2012年1月、全豪オープン決勝でジョコビッチに敗れた後の会見で
21「ロジャーがツアーを去ると、僕の人生の大切な一部も去っていく。人生の大事な場面には、いつも隣か向かい側に、彼がいたから」
“When Roger leaves the tour, yeah, an important part of my life is leaving too because all the moments he has been next or in front me in important moments of my life.”
— 2022年9月、レーバーカップでフェデラーと組んだダブルスの後の会見で
22「彼を困らせるだけの球を、打ち続けることができなかった。それに、15年前の脚ももうない。そのすべてがなければ、歴史上最高の選手を困らせることはできない」
“no he tenido la calidad de bola continuada como para crearle problemas. A partir de ahí, tampoco tengo las piernas de hace quince años. Sin todo eso, no vas a crear problemas al mejor jugador de la historia”
— 2024年7月、パリ五輪でジョコビッチに敗れた後に
23「素晴らしいキャリアおめでとう、圭! 君とコートに立つのは、いつも喜びだった。君が成し遂げたすべてのことと、たくさんの人に示してきたお手本を、大いに誇りに思っていい。新しい章に幸運を!」
“Congratulations on an amazing career, @keinishikori! It was always a pleasure to share the court with you. You can be very proud of everything you have achieved and the example you have set for so many people! All the best for this new chapter!”
— 2026年10月1日、錦織選手の現役最後の試合の日に本人の X で
ナダル選手に敗れた2009年の全豪オープン決勝や、レーバーカップでのフェデラーの側の言葉はロジャー・フェデラーの名言40選で、ナダル選手との試合や引退セレモニーについての錦織選手の言葉は錦織圭の名言75選で読めます。
2024年の引退スピーチと全仏オープンの引退セレモニーの言葉
ナダル選手は2024年10月10日、本人の X に載せた動画で引退を発表しました。11月19日、スペイン南部のマラガで行われたデビスカップの準々決勝が現役最後の試合になり、その夜にコートで約15分の引退スピーチをしています。2025年5月25日には、全仏オープンの初日に、14回優勝したコートで引退セレモニーが開かれました。全仏のコートには、ナダル選手の足形と「14」の文字のプレートが埋め込まれました。
24「もちろん難しい決断で、決めるまでに時間がかかった。でも、この人生では、すべてのことに始まりと終わりがある」
“Es una decisión que evidentemente es difícil, que me ha llevado tiempo tomarla, pero en esta vida todo tiene un principio y un final”
— 2024年10月10日、引退を発表した動画で
25「結局、自分のレベルはコントロールできない。できるのは、態度とエネルギーと決意だけ。それは僕を裏切らなかった」
“al final uno no puede controlar el nivel que tiene, sólo la actitud, la energía y la determinación y eso no me ha fallado”
— 2024年11月19日、現役最後の試合の後の会見で
26「20年のプロのキャリアの間、皆さんはずっと僕を担いでくれた。いい時は次のポイントを取る助けに、悪い時は戦い続ける助けになってくれた」
“han sido veinte años de carrera profesional en los que me habéis llevado en volandas. En los momentos buenos me ayudabais a ganar el siguiente punto y en los malos me ayudabais a seguir peleando.”
— 2024年11月19日、マラガでの引退スピーチで
27「トニー、あなたが、僕がここにいる理由です。人生の大きな部分をあきらめて、僕と一緒にいようとしてくれてありがとう。練習して、話して、僕を苦しませ、笑わせ、限界まで連れて行ってくれた。2人で過ごしてきた日々はいつも簡単ではなかったけれど、間違いなく、その価値があった」
“Toni, tú eres la razón por la que estoy aquí. Gracias por renunciar a gran parte de tu vida para querer estar conmigo. Entrenando, hablando, haciéndome sufrir, haciéndome reír y también llevándome a mis límites. Lo que hemos vivido no siempre ha sido fácil, pero sin duda ha merecido la pena”
— 2025年5月25日、全仏オープンの引退セレモニーのスピーチで
28「もうあなたたちの前でプレーすることはできない。でも、僕の心と思い出は、いつまでもこの魔法のような場所と結びついている」
“Je ne pourrai plus jouer devant vous, mais mon cœur et mes souvenirs resteront toujours liés à ce lieu magique.”
— 2025年5月25日、全仏オープンの引退セレモニーのスピーチの最後に
29「相手を全力で倒そうとするのに、相手を憎む必要はない。それが、僕たちが人々に、新しい世代に示したメッセージで、ある意味で僕たちが残したものなんだ」
“You don’t need to hate the opponent to try to beat him with all your forces. And that’s the message that I think we showed people, we showed the new generations, and in some way that’s our legacy.”
— 2025年5月25日、全仏オープンの引退セレモニーの後に
30「今の時点で言えば、恋しくはない。自分の居場所は、もうそこにはないと分かっているから」
“A día de hoy te digo que no, no lo echo de menos porque sé que mi lugar ya no está ahí”
— 2026年5月、マナコルの自分のアカデミーで博物館が開館した日に
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