バスケ選手の名言93選!短い一言から英語・女子選手・座右の銘まで
「不可能なんてない!」は、初優勝を決めたガーネットがコートで叫んだ言葉です。八村塁や女子日本代表の町田瑠唯、ジョーダンが大舞台や負けた日に残したバスケ選手の名言は、試合の前やつらい日に背中を押してくれます。寄せ書きに使える短いバスケの名言や、座右の銘にしたい言葉もあります。
Writer
公式ライター Activel編集部
2008年6月、優勝が決まった直後のコートで、ケビン・ガーネットは中継のマイクに向かって「Anything is possible!」(不可能なんてない!)と叫びました。ミネソタ時代には届かなかったNBA優勝を、ボストンへ移った最初のシーズンでつかんだ夜の言葉です。
バスケ選手の名言には、八村塁がドラフトの会場で口にした「皆さん、やりました!」のような喜びの一言もあれば、ジョーダンが外してきたシュートの数を自分の声で語ったCMの言葉のように、失敗から生まれたものもあります。
寄せ書きの1行にしたい短い一言も、英語のまま覚えたい言葉も、自分の座右の銘にしたい言葉も、言った時の場面を知ると、自分が試合に向かう日や負けた日に重ねて読めるようになります。日本の男子や女子日本代表、NBAのバスケ選手から名監督まで、93の名言の中から、今の自分の背中を押してくれる言葉を見つけてください。
短い一言で心に残るバスケの名言と英語のフレーズ
短い一言なら、渡邊雄太がパリ五輪の出場を決めたコートで叫んだ「死ぬまで代表やります!」や、ヤニス・アデトクンボが負けた直後の会見で言い切った「スポーツに失敗なんてない」が心に残ります。コービーの「マンバ・メンタリティ」のように、英語のまま口に出してもかっこいい言葉は、寄せ書きの1行や練習着の背中にも使えます。
01「不可能なんてない!」
“Anything is possible!”
— ケビン・ガーネット、2008年6月、NBAファイナルで優勝を決めた直後のインタビューで
02「マンバ・メンタリティ」
“Mamba Mentality”
— コービー・ブライアント、2018年10月に出した著書の書名
03「スポーツに失敗なんてない」
“There’s no failure in sports.”
— ヤニス・アデトクンボ、2023年4月、プレーオフで敗退した直後の会見で
04「挑戦しないことだけは受け入れられない」
“I can’t accept not trying.”
— マイケル・ジョーダン、1994年に出した著書の書名
05「夢がある。目指す先がある。その夢を追いかけろ」
“They got a dream. There is a vision out there. Go chase that dream.”
— ジェームズ・ハーデン、2018年6月、MVP受賞のスピーチで
06「協力し合う5人は、いつだって4人に勝てる」
“Five men co-operating can always beat four”
— ジェームズ・ネイスミス(バスケットボールの考案者)、1941年に出た著書で
07「死ぬまで代表やります!」
— 渡邊雄太、2023年9月、W杯でパリ五輪出場を決めた試合の後のコートで
08「負けるのは僕たちの世代までにしましょう。次の世代は世界で勝つのを当たり前にしていく世代だと思います」
— 馬場雄大、2023年8月、W杯でフィンランドに勝った試合の後の取材で
ガーネットとハーデンのほかの言葉は、ガーネットの名言とハーデンの名言にもっとあります。
日本のバスケ選手の名言
日本のバスケ選手の名言には、夢をかなえた夜の喜びと、そこへ向かう途中の覚悟の両方が詰まっています。NBAドラフトで名前を呼ばれた八村塁の一言、代表を退く覚悟でW杯に臨んだ渡邊雄太の言葉、高校1年の負けから失敗との向き合い方を考えた河村勇輝の言葉など、日本代表やBリーグで戦ってきた選手たちが、それぞれの節目で口にしてきた言葉です。
八村塁の名言
NBAドラフトで名前を呼ばれた夜の喜びから、子どもたちへの呼びかけまで、八村塁の言葉はいつも前を向いています。2019年6月、日本の選手として初めて1巡目で指名された直後には日本語で喜びを口にし、その後の記者会見では、自分にはまだ伸びしろがあると落ち着いて話しました。2025年には自分で開いた育成キャンプの最終日に、一生懸命を楽しもうと会場に呼びかけています。
09「皆さん、やりました!」
— 2019年6月、NBAドラフトで1巡目指名された直後の取材で
10「自分にはまだ伸びしろがあり、今からでも成長できる部分があります」
— 2019年6月、NBAドラフトで指名された後の記者会見で
11「僕は一生懸命やることが楽しい。皆さんも一生懸命を楽しめるように頑張ってください」
— 2025年8月、自分で開いた育成キャンプの最終日のイベントで、会場に向けて
渡邊雄太の名言
渡邊雄太が残してきたのは、NBAの夢と日本代表への覚悟をめぐる言葉です。小学生の時に書いた「10年後の自分」への手紙には、大人になってから返事を書きました。2023年のW杯の前には、パリ五輪に行けなければ代表を退くと宣言し、出場を決めた後に、引退させたくないと思ってくれた仲間やファンへの思いをつづっています。6シーズン戦ったNBAを離れると決めた日には、夢に向かって突っ走れたと振り返りました。
12「大丈夫。自分を信じて、努力を続けよう」
— 2021年12月、小学生の時に「10年後の自分」へあてて書いた手紙に、本人が返事としてつづった文章で
13「終わり方はこうなってしまいましたけど、自分の夢に向かって突っ走れたかなと思います」
— 2024年4月、NBAを離れることを伝えたInstagramのライブ配信で
14「あの発言でチームメイトを始め、ファンの方々も僕を引退させたくないと思ってくれたのが何より嬉しかったです」
— 2023年9月、パリ五輪出場を決めた後のInstagramへの投稿で、大会の前に、パリ五輪に行けなければ代表を引退すると公言したことを振り返って
渡邊雄太がNBAの本契約をつかむまでの言葉は、渡邊雄太の名言で読めます。
河村勇輝の名言
失敗とどう向き合うか。河村勇輝の言葉の土台には、福岡第一高校1年の冬に味わった大きな負けがあり、東海大学に入る日には、一回の失敗を簡単に終わらせてはいけないとつづりました。プロになってからは子ども向けのバスケ教室で、一流の人間であれと話し、2024年10月に日本人で4人目のNBAプレーヤーになった後は、NBAは遠い世界じゃないと中学生・高校生に伝えています。
15「『何回も挑戦し、何回でも失敗していい』と言われるけど、一回の失敗を簡単に考えて、終わらせてはいけないと思うし、同じ失敗を繰り返す事はダメだと思う」
— 2020年4月、大学に入学する日のInstagramへの投稿で
16「僕たちは一人のプレーヤーである前に、一人の人間です。トッププレーヤーである前に、一流の人間であれというのは、すごく大事なこと」
— 2024年3月、東京都内で開いた子ども向けのバスケ教室で
17「NBAは遠い世界じゃないんだというところを忘れずに、自分を信じてコツコツと目の前にある目標を達成していけば、必ず到達できると思うので」
— 2026年4月、子ども向けのバスケ教室の後、本気でNBAを目指す中学生・高校生に向けて
富樫勇樹の名言
身長167cmの富樫勇樹は、小さな体で戦ってきたこと自体を、自信に変える言葉を口にしてきました。Bリーグでも日本代表でもいちばん小さい部類のポイントガードとして千葉ジェッツで長く戦い、2019年に日本人のバスケ選手として初めて1億円を超える契約を結んだ時には、夢のあるリーグだと思ってほしいと話しました。パリ五輪の出場がかかった試合の日には、練習量の多さを自信に変えて、あきらめずに戦うと言い切りました。
18「この身長(167cm)でやってるんだからその時点でオーケーでしょ!」
— 2017年5月、Bリーグ公式サイトのインタビューで
19「自分がこうやって発表することで夢のあるリーグだと思ってもらえたらすごくうれしい」
— 2019年6月、日本人初の1億円選手となった契約の発表会見で
20「練習量が断トツに一番多いのは間違いないです。それを自信に変えるとともに、あきらめずに戦う以外にもうないです」
— 2023年9月、W杯でパリ五輪の出場がかかったカーボベルデ戦の当日に
田臥勇太の名言
田臥勇太の言葉からは、何歳になってもバスケットボールが好きで、挑戦をやめない気持ちが伝わってきます。2004年に日本人で初めてNBAの公式戦のコートに立ち、2008年に日本へ戻ってからは今の宇都宮ブレックスだけでプレーしてきました。45歳で現役を続けると発表された2026年にも、情熱を持ってチャレンジし続けたいとコメントしています。
21「基本的にはバスケットをやれているということ自体がやっぱり楽しいですね。純粋にバスケットが好き」
— 2010年11月、日本オリンピック委員会の公式サイトのインタビューで
22「バスケットボールができる喜びや感謝の気持ちを忘れずに、毎日の積み重ねを大切にしながら、情熱を持ってチャレンジし続けたいと思います」
— 2026年6月、45歳で宇都宮ブレックスとの契約を続けると発表された時に
23「チャレンジに大きい、小さいは関係ありません。自分がチャレンジだと思えば、チャレンジなので」
— 2026年7月、スポーツくじ「toto」の公式サイトのインタビューで
田臥勇太の言葉は、田臥勇太の名言にもたくさんあります。
比江島慎の名言
比江島慎が語ってきたのは、高校の決勝、Bリーグのファイナル、W杯と、大きな舞台に立った時の自分です。洛南高校でウインターカップ3連覇を経験し、2022年には宇都宮ブレックスでBリーグの優勝とチャンピオンシップの最優秀選手を手にしました。2023年のW杯で日本がフィンランドに逆転勝ちした試合の後には、世界に勝つには自分の活躍が必須と思ってやってきたと明かしました。
24「背負っているものが大きければ大きいほど、僕は力を発揮できます」
— 2017年12月、高校3年の決勝で自分で決めたシュートを振り返ったインタビューで
25「ひとつの夢でもあったので長い道のりでしたけど、やってきたことは間違っていなかったことを証明できましたし、本当に今日は、優勝を分かち合いたいです」
— 2022年5月、Bリーグのファイナルで宇都宮ブレックスが優勝した後のインタビューで
26「世界の舞台では絶対に自分の力が必要になる。世界に勝つには自分の活躍が必須と思ってやってきました」
— 2023年8月、W杯でフィンランドに勝った試合の後の取材で
富永啓生の名言
大舞台を楽しみ、シュートは自信を持って打ちきる。富永啓生の言葉には、シューターらしい強気があります。桜丘高校3年のウインターカップで6試合合わせて239得点を挙げた時も、日本代表として出た2023年のW杯の前も、たくさんのお客さんの前では楽しまないともったいない、相手が強いほど燃えると話してきました。アメリカでNBAの下部リーグを1シーズン戦った後には、高校生に打ちきることの大切さを伝え、その年からBリーグのレバンガ北海道でプレーしています。
27「こんなにたくさんのお客さんが見てくれているんだから、楽しまないともったいないじゃないですか」
— 2018年12月、高校3年のウインターカップで、なぜそんなに楽しそうにプレーするのかと聞かれて
28「昔からそういった大きな舞台でプレーすることが大好きで、相手が強くなればなるほどパフォーマンスのレベルも上がりますし、大きな舞台になればなるほど燃えるタイプですね」
— 2023年8月、W杯の開幕の直前に、なぜ大舞台に強いのかを聞かれて
29「一番大事なのは打ちきること。自信を持っていないと入るシュートも入らない」
— 2025年5月、高校生にシュートを教えた教室で
女子バスケ選手の名言
女子バスケ選手の名言には、2021年の東京五輪で銀メダルを手にした女子日本代表の選手たちが、勝った夜や負けた決勝のあとに口にした言葉があります。日本のバスケットボールが五輪で取った初めてのメダルで、2017年から金メダルを目標に掲げてきた選手たちは、仲間への感謝や、信じて思い続けることの大切さを語っています。WNBAで長く戦ったスー・バードとダイアナ・トーラジは、引退を決めた時に、バスケットボールが自分にくれたものを言葉にしています。
町田瑠唯の名言
東京五輪の準決勝で1試合18アシストという五輪の記録を作った夜、町田瑠唯がまず口にしたのは、女子日本代表の仲間への感謝でした。女子バスケはメダルから遠いと思われていた、と決勝のあとに振り返った言葉や、身長を理由にバスケを諦めた子どもたちへの言葉も残しています。
30「みんなのおかげでこの数字がついたんじゃないかと思います」
— 2021年8月、東京五輪の準決勝フランス戦の後の取材で
31「今まで女子バスケはメダルから遠いと言われていたと思います。金メダルを目標にしてきましたが、それを信じていた人はそれほど多くなかったと思います」
— 2021年8月、東京五輪の決勝アメリカ戦の後のコメントで
32「小さくても工夫したらできるよ」
— 2022年12月、身長を理由にバスケを諦めた子どもたちに伝えたいこととして、インタビューで
髙田真希の名言
女子日本代表のキャプテンとして東京五輪を戦った髙田真希は、目標を信じて思い続けることの大切さを言葉にしてきました。決勝で敗れて銀メダルになった後には、金メダルを目指して思い続けてきたからここまで来られたと話しています。デンソーで初めてキャプテンを務めたシーズンの後には、なりたい自分を想像しながら練習していると語りました。
33「『なりたい自分』になっている姿を想像しながら練習することが、今の自分のモチベーションですね」
— 2017年4月、所属するデンソーのチームで初めてキャプテンを務めたシーズンの後のインタビューで
34「信じてやればここまで来れるんだなと今日実感しています。思い続けることは大切ですし、思い続けることに対して自分たちがやることもすごく大切です」
— 2021年8月、東京五輪の決勝アメリカ戦の後の取材で
35「自分たち一人一人がどうなりたいか、どこを目指すか、気持ちの部分が一番大切」
— 2021年8月、東京五輪の決勝の翌日、銀メダルを取ったチームの会見で
林咲希の名言
林咲希の言葉には、勝負の場面で自分の仕事を果たす覚悟と、勝っても自分の成長を問い続ける厳しさがあります。女子日本代表のシューターとして、東京五輪の準々決勝ベルギー戦では、2点を追う残り16秒に逆転の3ポイントシュートを沈めました。チームを移った2023年には、優勝しても自分は成長できなかったと打ち明けています。
36「コートに立っている以上は自分の仕事を果たすのが使命というか」
— 2021年8月、東京五輪の準々決勝ベルギー戦の後の取材で
37「優勝はしたけど、私自身が成長できなかった」
— 2023年8月、富士通のチームに移った直後に、前のチームでの最後のシーズンを振り返って
38「こういう負けをどう受け止めるかが大事。もっとレベルアップが必要」
— 2023年11月、富士通がそのシーズン初めて負けた試合の後に
渡嘉敷来夢の名言
大けがをしても、代表から外れても、渡嘉敷来夢は前を向く言葉を残してきました。女子日本代表のセンターで、WNBAのシアトル・ストームでもプレーした渡嘉敷は、2020年12月に右膝の前十字靱帯を断裂してからも、東京五輪を目指してリハビリを続けました。代表候補から外れた日の投稿にも、「※膝は絶好調なのでご心配なく」と添えています。
39「きつい練習も基礎ばっかりの練習も、必ず自分のためになります」
— 2017年ごろの取材で、バスケを始めたばかりの人に向けて
40「リハビリは毎日同じことの繰り返しで嫌にはなるのですが、今できることを全力でやります!」
— 2021年3月、右膝の手術の後のリハビリ中に、クラブの公式インタビューで
41「ここまでベストを尽くしてくれたお膝くん本当にありがとう」
— 2021年6月、東京五輪の代表候補から外れた日のXへの投稿で
馬瓜エブリンの名言
迷った時は、難しくても楽しい方を選ぶ。周りが変わるのを待たず、自分たちで変えていく。馬瓜エブリンは、そうやって道を選んできた選手です。小学生の頃の夢だった「オリンピックに出る」ことと「社長になる」ことを、東京五輪の銀メダルと、五輪のあとに1年間リーグを離れての起業で両方かなえ、高校生向けに3人制のバスケの大会を自分で開いたこともあります。
42「基本的には『難しいけど、楽しい方』をするかな」
— 2024年3月、2つの道に迷った時にどう選ぶのかを聞かれて
43「内に秘めるだけじゃなく、どんどん積極的にチャレンジしていって、たくさん失敗して学んで、いろんな経験をしながら進んでいってほしい」
— 2024年5月、日本スポーツ協会のインタビューで子どもたちへ
44「周りが変わるのを待つんじゃなくて、自分たちで変えていく」
— 2025年6月、愛知県の公式サイトのインタビューで
スー・バードの名言
スー・バードが語ったのは、チームを引っ張るリーダーとしての覚悟と、バスケットボールとファンへの感謝です。アメリカの女子プロリーグWNBAのシアトル・ストームひと筋でプレーしたポイントガードで、リーグで最も若いチームで最年長になった時も先頭に立ち続け、引退を決めた時には、子どもの頃の自分と同じようにプレーすると伝えました。
45「わたしがなりたいのは、偉大になる方法をみんなに見せてあげられるリーダー」
“I want to be a leader who shows them how to be great.”
— 2018年9月、WNBAファイナルの前に本人が書いた文章で、若いチームを率いる最年長の選手として
46「今年を最後のシーズンにすると決めました。一瞬一瞬のすべてが大好きだったし、今もそう。だから最後の1年は、この小さな女の子が最初の1年をプレーした時と同じようにプレーします」
“I’ve decided this will be my final year. I have loved every single minute, and still do, so gonna play my last year, just like this little girl played her first.”
— 2022年6月、引退を表明したSNSへの投稿で
47「わたしはみなさんに、優勝のリングや楽しい瞬間、試合を決めるシュートをあげたかもしれない。でも、みなさんはわたしに帰る場所をくれた」
“And I may have given you rings, some fun moments, some game winners. While I may have given you all of those things, you gave me a home.”
— 2023年6月、背番号10の永久欠番の式典で、シアトルのファンに向けて
ダイアナ・トーラジの名言
ダイアナ・トーラジの言葉には、記録をチームメートと分かち合う気持ちと、過去の金メダルに頼らず次を取りに行く強さがあります。WNBAのフェニックス・マーキュリーで長くプレーし、2023年に41歳で、WNBAの選手として初めて通算1万点に届いた試合の後にも、まずチームメートに感謝しました。
48「チームメートに本当に感謝している。こういう瞬間は、みんなの瞬間だから」
“I’m really thankful for my teammates because moments like this, it’s everyone’s moment.”
— 2023年8月、WNBAで初めて通算1万点に届いた試合の後に
49「大会の前に、チームに言ったの。過去の歴史が次の金メダルを取ってくれるわけじゃない、自分たちで取りに行かなきゃいけないって」
“I just told the team before the tournament, history doesn’t earn you another one. You’ve got to go and earn it.”
— 2024年8月、パリ五輪で6個目の金メダルを取った後に
50「バスケットボールは、私にとって、いつも私を愛し返してくれたただ一つのものなんです」
“It really is, to me, the one thing that always loved me back.”
— 2025年2月、引退を初めて公にしたインタビューで
NBAのバスケ選手の名言
NBAのバスケットボール選手の名言には、ジョーダンが外してきたシュートの数を語ったCMの言葉のように、つまずきを隠さずに語ったものがあります。殿堂入りのスピーチで家族に謝ったロッドマン、HIVへの感染を公表した会見で前を向いたマジック、地元クリーブランドに優勝を届けたレブロン、引退を詩で告げたコービーの言葉からは、スーパースターたちが栄光の裏で何を思っていたかが伝わってきます。
マイケル・ジョーダンの名言
何度も失敗してきたから成功する。限界は恐れと同じように、ただの幻想だ。マイケル・ジョーダンの名言は、負けや恐れとの向き合い方を教えてくれます。シカゴ・ブルズを6度のNBA優勝に導いたジョーダンは、野球に挑戦するために離れていたNBAへ短い声明で戻り、2009年にはバスケットボール殿堂に名を連ねました。
51「戻ってきたぞ」
“I’m back.”
— 1995年3月、野球に挑戦するために離れていたNBAへの復帰を知らせた声明で
52「僕はキャリアで9,000本以上のシュートを外してきた。300試合近くに負けた。勝負を決めるシュートを任されて外したことが26回ある。人生で何度も、何度も、何度も失敗してきた。だから僕は成功するんだ」
“I’ve missed more than 9,000 shots in my career. I’ve lost almost 300 games. 26 times I’ve been trusted to take the game winning shot and missed. I’ve failed over and over and over again in my life. And that is why I succeed.”
— 1997年、ナイキのテレビCM「Failure」で
53「いつか、50歳でプレーしている私を見ることになるかもしれない。笑わないでくれ。『絶対にない』とは決して言わないことだ。限界は、恐れと同じように、たいていはただの幻想なのだから」
“One day you might look up and see me playing the game at 50. Oh, don’t laugh. Never say never. Because limits, like fears, are often just an illusion.”
— 2009年9月、バスケットボール殿堂入りのスピーチで
ジョーダンの言葉は、マイケル・ジョーダンの名言集でもっと読めます。
コービー・ブライアントの名言
アキレス腱を切った夜も、引退を決めた時も、コービー・ブライアントはバスケットボールへの思いを自分の言葉で伝えてきました。ロサンゼルス・レイカーズひと筋に20年プレーして5度のNBA優勝を果たし、60得点を挙げて逆転勝ちした現役最後の試合では、コートでのあいさつを短い一言で締めくくっています。
54「いつか、新しいキャリアの旅が始まる日が来る。でも、それは今日じゃない」
“One day, the beginning of a new career journey will commence. Today is NOT that day.”
— 2013年4月、試合でアキレス腱を切った数時間後に、本人がFacebookに書いた投稿で
55「心は打ちのめされても耐えられる。頭は過酷な日々にも耐えられる。でも体は、別れを告げる時が来たとわかっている」
“My heart can take the pounding / My mind can handle the grind / But my body knows it’s time to say goodbye.”
— 2015年11月、引退を表明した詩「Dear Basketball」で
56「何と言えばいいかな。マンバ、アウト」
“What can I say? Mamba out.”
— 2016年4月、現役最後の試合の後のコートのあいさつで
コービーがほかにどんな言葉を残したかは、コービーの名言で読めます。
レブロン・ジェームズの名言
レブロン・ジェームズの言葉には、近道をせずに積み重ねた努力と、地元オハイオ州への思いがこもっています。マイアミ・ヒートで初めてのNBA優勝を決めた2012年に、努力は報われると話したレブロンは、2014年に地元のクリーブランド・キャバリアーズへ戻り、2016年、クリーブランドに初めてのNBA優勝をもたらしました。
57「近道は一切しなかった。たくさんの努力と献身を注いできた。努力は報われるんだ」
“I didn’t shortcut anything. You know, I put a lot of hard work and dedication in it, and hard work pays off.”
— 2012年6月、マイアミ・ヒートで初めてのNBA優勝を決めた後に
58「北東オハイオでは、何ひとつ与えられない。すべては勝ち取るものだ。手にしたものは、自分で働いて得たものなんだ」
“In Northeast Ohio, nothing is given. Everything is earned. You work for what you have.”
— 2014年7月、地元のキャバリアーズへの復帰を本人の言葉で発表したエッセイで
59「クリーブランド、これは君たちのためだ!」
“Cleveland, this is for you!”
— 2016年6月、NBAファイナル第7戦で優勝した直後のインタビューで
レブロン・ジェームズの言葉をもっと知りたい人は、レブロンの名言も読んでみてください。
ステフィン・カリーの名言
体が小さいことを周りに疑われてきたステフィン・カリーは、周りを見返すためではなく、自分が正しいと証明するために戦ってきたと話しています。ゴールデンステート・ウォリアーズで2015年から2年続けてMVPに選ばれ、NBA史上初めての満票を集めた2016年にも、ゲームを変えようとしたのではなく、自分らしくいたかっただけだと語りました。
60「ゲームを変えようと思ってやってきたわけではない。自分のキャリアでそんなことが起きるとは思っていなかった。僕がしたかったのは、自分らしくいることだった」
“I never really set out to change the game. I never thought that would happen in my career. What I wanted to do was be myself.”
— 2016年5月、満票でMVPに選ばれた会見で
61「でも、僕の原動力は、自分が正しいと証明することだった」
“But my motivation was to prove myself right.”
— 2023年7月、小さいと言われ続けたことを聞かれ、周りが間違っていると証明してきたと話したあとに
62「成功はいつも思い描いた形で来るとは限らない。でも、準備をやり抜く厳しさと信じる心の深さが、ここぞという瞬間と出会う時、成功は私たちみんなの手に届く」
“Success may not always look the way you expect, but it’s attainable for all of us when the rigor of our preparation and the depth of our belief meet the urgency of the moment”
— 2025年9月、自分の歩みを振り返った著書『Shot Ready』で
カリーの言葉は、カリーの名言にもっとあります。
アレン・アイバーソンの名言
大事なのは体の大きさより心の大きさだと言い切ったのが、フィラデルフィア・76ersのエース、アレン・アイバーソンです。2001年にNBAのMVPに選ばれた翌年には、練習への態度を問われた会見で「practice」を何度も繰り返し、2013年の引退の会見では、バスケットボールに持っているすべてを捧げたと振り返りました。
63「体の大きさじゃない。大事なのは心の大きさだ」
“It’s not about size, it’s about the size of your heart.”
— 2001年2月、オールスターで21点差を逆転して勝ち、MVPに選ばれた後に
64「練習の話をしてるんだぜ。試合じゃない。練習の話だ」
“We’re talking about practice. Not a game — we’re talking about practice.”
— 2002年5月、練習への態度を問われた会見で
65「僕はバスケットボールに、持っているすべてを捧げた」
“I gave everything I had to basketball”
— 2013年10月、引退の会見で
アイバーソンの言葉は、アイバーソンの名言でさらに読めます。
デニス・ロッドマンの名言
デニス・ロッドマンは、努力では誰にも負けないと言い切ったリバウンドの名手です。デトロイト・ピストンズとシカゴ・ブルズで5度の優勝を味わい、2011年のバスケットボール殿堂入りのスピーチでは、涙で何度も言葉に詰まりながら、もっといい父親でいたかったと家族に謝りました。
66「俺に勝ちたいなら、そいつは俺より努力するしかない」
“If a guy’s going to beat me, he’s going to have to outwork me.”
— 1992年3月、デトロイト・ピストンズでリバウンドを取り続けていたシーズンの取材で
67「バスケットボール選手として後悔はあるかと聞かれる。後悔はひとつだけある。もっといい父親でいたかった」
“People ask if I have any regrets as a basketball player, I have one regret: I wish I was a better father.”
— 2011年8月、バスケットボール殿堂入りのスピーチで
68「ボールの角度と軌道について、とにかくたくさん練習したんだ」
“I just practiced a lot about the angle of the ball and the trajectory of it.”
— 2020年、ブルズの1997-98シーズンを追ったドキュメンタリー「The Last Dance」で、リバウンドの取り方をどう身につけたかを話して
デニス・ロッドマンの言葉をもっと知りたい人は、ロッドマンの名言も読んでみてください。
マジック・ジョンソンの名言
マジック・ジョンソンの名言には、エースのいない大一番に向かう時の強気な一言と、HIVへの感染を公表した会見で前を向いた言葉が残っています。1980年代のロサンゼルス・レイカーズで黄金期を築いたポイントガードで、若い頃は本名のアービン・ジョンソンの頭文字から、自分のことを「E.J.」と言うこともありました。1991年にコートを去った後も、ファン投票でオールスターに選ばれています。
69「心配するな、E.J.がいるぞ」
“Never fear, E.J. is here.”
— 1980年5月、エースのカリーム・アブドゥル=ジャバーがけがで出られないファイナル第6戦へ向かう飛行機の中で
70「これからも、長く生きていくつもりだ」
“I plan on going on, living for a long time.”
— 1991年11月、HIVに感染したことと引退を公表した会見で
71「言葉には大きな意味がある。でも、いちばん大切なのは気持ちなんだ」
“Words mean a lot, but it’s feelings that count most.”
— 1992年、HIVで引退したあともファン投票でオールスターに選ばれ、MVPに輝いた試合の後に
マジックのほかの名言は、マジック・ジョンソンの名言にまとまっています。
ラリー・バードの名言
ラリー・バードの言葉には、きついスポーツだからこそバスケが好きだという気持ちと、セルティックスにすべてを捧げた誇りがあります。ボストン・セルティックスで13シーズンを戦い抜いたフォワードで、長く苦しんだ背中の痛みを理由に1992年に引退した時も、心も体も魂も捧げたと語りました。ジョーダンに63点を取られた試合の後の言葉も残っています。
72「これはきついスポーツだ。だからこそ、こんなに好きなんだと思う」
“This is a tough game, and I believe that’s why I like it so much.”
— 1985年5月、セルティックスでプレーしていた頃の新聞の取材で
73「あれは、マイケル・ジョーダンの姿をした神様だと思う」
“I think it’s just God disguised as Michael Jordan.”
— 1986年4月、プレーオフでジョーダンに63点を取られた試合の後に
74「僕はセルティックスに、心も体も魂も捧げた」
“I gave my heart, my body, my soul to the Celtics.”
— 1992年8月、引退を表明した会見で
NBAのほかの選手の語録を読みたい人には、NBAの選手の名言集があります。
名監督・コーチのバスケットボールの名言
名監督・コーチのバスケットボールの名言は、勝ち方だけでなく、負けた時や思いどおりにいかない時の向き合い方まで教えてくれます。ジョン・ウッデンがオフィスの壁に貼っていた格言、女子日本代表を銀メダルへ導いたトム・ホーバスの言葉、スパーズのポポビッチやバスケットボールを考え出したネイスミスの言葉からは、チームを率いる側から見たバスケットボールが見えてきます。
ジョン・ウッデンの名言
UCLAを大学の全米王者に10回導いたジョン・ウッデンは、成功とは何かを自分の言葉で決め、短い言葉で自分にもほかの人にも言い聞かせてきた監督です。指導の考え方は、高校の英語の先生だった若い頃から書き残してきました。
75「成功とは、自分がなれる最高の自分になるために努力したと知ることで得られる満足から生まれる、心の平和である」
“Success is peace of mind which is a direct result of self-satisfaction in knowing you made the effort to become the best you are capable of becoming.”
— 1934年、高校で英語を教えていた時に作った「成功の定義」
76「素早く。だが、慌てるな」
“Be quick, but don’t hurry.”
— 自分にもほかの人にもよく言い聞かせていた言葉
77「すべてを知ったと思ったあとに学ぶことこそが大切だ」
“It’s what you learn after you know it all that counts.”
— 長い間、自分のオフィスの壁に貼っていた言葉
トム・ホーバスの名言
トム・ホーバスの言葉は、スーパースターに頼らず、一人ひとりが強くなってチームで勝つという考え方から出てきたものです。東京五輪で女子日本代表を銀メダルへ導き、その後、2026年2月まで男子日本代表のヘッドコーチを務めました。2023年のW杯でパリ五輪の出場を決めた直後には、ロッカールームの選手たちに日本語で語りかけています。
78「スーパースターはいませんが、スーパーチームです」
— 2021年8月、女子日本代表のヘッドコーチとして、東京五輪の決勝アメリカ戦の後のコメントで
79「あなたが強くなったら、チームが強くなる」
— 著書で、キャプテンの富樫勇樹にくり返し伝えてきたと書いた言葉
80「この経験を忘れないで。これからスタンダードをつくります」
— 2023年9月、パリ五輪の出場を決めた直後のロッカールームで、選手たちに日本語で
グレッグ・ポポビッチの名言
グレッグ・ポポビッチは、うぬぼれない選手を迎え、勝ち負けよりも人とのつながりを大切にしてきた監督です。サンアントニオ・スパーズを5度のNBA優勝に導き、2022年にNBAの監督として歴代最多の勝利数を記録した翌年、殿堂入りのスピーチで選手たちとの思い出を語りました。
81「チームづくりのかぎのひとつは、うぬぼれを卒業した選手を迎えることだ」
“One of the keys is to bring in guys who have gotten over themselves.”
— 2009年3月、スパーズが強い理由を聞かれて
82「自分たちが何者なのかは、思いどおりにいかない時にどう反応するかで決まる」
“The measure of who we are is how we react to something that doesn’t go our way.”
— 2014年11月、前の年のファイナルで優勝を目前に逆転されて負けたことを聞かれて
83「勝ち負けは、すべて薄れていく。大事なのは人とのつながりだ」
“All those wins and losses, they fade away. It’s about relationships.”
— 2023年8月、バスケットボール殿堂入りのスピーチで
ジェームズ・ネイスミスの名言
ジェームズ・ネイスミスは、うぬぼれを戒め、潔く負けて礼儀正しく勝とうと、スポーツをする人の心がまえを書き残しました。1891年12月、マサチューセッツ州スプリングフィールドのYMCA訓練学校で、冬でも室内で行える運動としてバスケットボールを考え出したのも、ネイスミスです。
84「人のために尽くすことを恐れず、報いは待てばいい」
“Do not be afraid to serve humanity and wait for your reward.”
— 1936年、コーチたちがベルリン五輪へ行く旅費を集めてくれたと知った時の言葉として、教え子のフォグ・アレン(のちのカンザス大学の監督)が書き残したもの
85「バスケットボールに、うぬぼれ屋の居場所はない」
“There is no place in basketball for the egotist.”
— 1941年に出た著書で
86「潔く負け、礼儀正しく勝とう。批判も称賛も受け入れ、そして何よりも、いつでも相手の立場を思いやろう」
“Let us all be able to lose gracefully and to win courteously; to accept criticism as well as praise; and last of all, to appreciate the attitude of the other fellow at all times.”
— 1941年に出た著書の、本文の結びの言葉
バスケ選手の座右の銘
バスケ選手の座右の銘には、髙田真希の「自信」や富樫勇樹の「人生一度きり」のように、短くても自分を支え続けてきた言葉があります。髙田のように、その言葉を大切にするようになったきっかけまで本人が話している選手もいます。
87「自信」
— 髙田真希(女子日本代表)、2022年9月公開の日本スポーツ協会のインタビューで、好きな言葉として
髙田は桜花学園高校の頃、練習中に監督から「『自信』と声に出して10回言ってごらん」と言われ、体育館中に響くほどの大声で10回言いました。自信のないプレーを見抜いての言葉だったと後から気づき、それ以来この言葉を大切にして、サインを頼まれた時には「自信」と書き添えています。
88「人生一度きり」
— 富樫勇樹、2025-26シーズンの千葉ジェッツ公式の選手紹介で
89「初心、謙虚」
— 渡邊雄太、2025-26シーズンの千葉ジェッツ公式の選手紹介で
90「今からでも遅くない」
“Never too late”
— 田臥勇太、2025年9月、44歳で受けたインタビューで座右の銘として
田臥は、アメリカ留学の体験をつづった本も『Never too late―今からでも遅くない』という書名で出しています。2025年のインタビューでこの言葉を挙げた時には、「40歳を超えていますが、できる限り挑戦したいと思っています」と続けました。
91「努力の上に花が咲く」
— 町田瑠唯、富士通レッドウェーブ公式の選手紹介で
92「日々前進」
— 宮澤夕貴(女子日本代表・東京五輪銀メダル)、富士通レッドウェーブ公式の選手紹介で
93「日々努力、おかげさまです」
— 篠山竜青(川崎ブレイブサンダース)、2024年、Bリーグ公式の選手アンケート「座右の銘編」で
サッカーや野球など、ほかの競技の選手の言葉なら、スポーツ選手の名言集があります。
よくある質問(Q&A)
商品やサービスを紹介いたします記事の内容は、必ずしもそれらの効能・効果を保証するものではございません。
商品やサービスのご購入・ご利用に関して、当メディア運営者は一切の責任を負いません。